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第十三話『もっと、遠いものだと思っていた』
しおりを挟むあれから数日が経った。いつものように史奈さんと二人で帰り、そのまま家デート……というかただ部屋でダラダラしている。
今となっては、部屋に女子がいてもあまり緊張しなくなってしまった。慣れというものは怖いな。今までの俺では考えられない。
そんなことを考えながら漫画に目を通す。こういう、ほぼ何もしない時間が大切なのだ。普段生きているだけで疲れるのだから、何もしないというのはとてもいい休息になる。と、思う。
ふと、パタンと史奈さんが読んでいた本を閉じた。なんだ、いつもは最後まで読み終わってから話を始めたり他の本に手を出したりするのに。
「ねえ、束紗くん」
「なんですか」
「恋ってなんだろうね」
「どうしたんですか突然」
本当に突然だった。
下校中の会話でも、その話題に繋がるような話はしていなかったのだ。いつものような日常で、どうでもいい探り合いをして、終わると思っていた。
まさかこんな話題が出るなんて。
「この間、三谷くんと話をしたよね? その時からずっと考えているの。私がキミに抱いている感情は恋なのか、そうじゃないのか。私には分からなかった。ねえ、キミは私に恋をしているの?」
「そうですね、世間一般的な恋に詳しいわけではないですが……少なくとも今の俺が貴方に抱いている感情は恋ではないです」
恋ではない。それはこれまでに何度も考えて、結論付けたことだった。
確かに、俺は史奈さんと仲がいい? だろう。よく話をするし、たまに距離が近くなるとどきどきしたりする。
しかしそれは普通の反応なのだ。これが中学の頃なら、恋だと勘違いしていたのだろう。今だからわかる、これは、恋ではない。
「そう。じゃあ、私のこの気持ちはなんだろうね」
「独占欲じゃないですかね。面白いものを見つけたから、そばに置いておきたい。それだけでしょう」
「そっか。そうなのかな」
多分、史奈さんが最初に俺に対して抱いた気持ちが独占欲だったのだ。
この人は、俺を欲しがっていた。面白いから、どうにか手に入れようとした。
そして、最近恋について考えるようになった。考えて、考えて、最初の独占欲が恋なのではないかと疑ってしまった。
だから、史奈さんは恋をしていない。最初から今まで、俺に向けている想いは変わっていない。
「…………え」
「どうしました?」
話は終わり、再び漫画に目を戻そうとしたその時、史奈さんはスマートフォンの画面を見ながら小さく声を漏らした。
なんだ、何か用でもあったのだろうか。ここにいて時間を忘れてしまったのなら、さっさと向かってほしい。俺のせいにされたくない。
「三谷くんと紗耶香、付き合うことになったってさ」
「……え?」
驚きを隠せないのだろう、史奈さんはゆっくり絞り出すように声を出した。
俺も、その言葉を聞いて声を漏らす。三谷先輩のことは応援していた、喜ばしいことだと思う。
だけど、複雑な気持ちだった。なんで、姉貴は三谷先輩と付き合うことにしたのだろうか。それが気になってしまった。
元々その気があったのだろうか。そうじゃなければ、姉貴は誰かと付き合おうとは思わないはずだ。
「たっだいまー。およ、また来てんねー史奈」
「「!」」
玄関からドアが開く音、そして姉貴の声が聞こえてきた。
今まさに姉貴の話になっていたところで帰ってきたのだ。当然、さらにその話題について考えるようになる。
階段を上る音、姉貴はそのまま自分の部屋に入るかと思われたが入らず、俺の部屋のドアをノックした。どうぞ、と短く返事する。
「よっす史奈。最近どう?」
「ねえ紗耶香。三谷くんと付き合うことになったんだよね?」
「あーーー、やっぱ言ってたかあいつ。まあいいけど」
姉貴は、史奈さんの言葉に頭を掻きながらそう呟いた。
語りたいこともあるのだろう、部屋まで入ってくる。そして、床に座った。
「それで、聞きたいことがあるんだよね」
「そうだけど、よくわかったね」
自分から語ることはないらしい。まあ、付き合うことになりました、くらいしか話すことはないか。しかもそれをこちらは知っているのだから、言う必要もない。
「わかるよ。史奈、恋愛について知りたいんでしょ? なら質問に答えたげる」
「ふふ、束紗くんそっくりだね」
「うげ、複雑」
「俺も反応に困るんだけど、それ」
察しがいいとか、そういう部分だろうか。確かに史奈さんの考えを読んで行動する部分は似ているかもしれない。
しかしそれはそれとして、姉が弟に、弟が姉に似ていると言われるのは何とも言えない気持ちになる。内容が内容なので別に嬉しくもないし。
「まず、どうして付き合ったの? 別に、三谷くんに恋はしてなかったよね」
「まあね。恋はしてなかったけど、本気さに負けたって言えばいいのかなー? 後悔しなさそうだなってさ。元々嫌いじゃないしね」
「後悔?」
「どうせ傷つくからね。別れた時に付き合わなければよかった、とか思うのは嫌なんだ」
そういう「付き合わなければよかった」という気持ちになる恋愛に多いのが俺が嫌いな軽い恋愛だ。もちろん姉貴も適当な恋愛は嫌いだ。
「なら、まだ恋愛感情はないの?」
「いや、今は好きだよ? なんか、好きって言われたら好きになっちゃった? そんな感じ。適当って思われるかもしれないけど、私はこれからこの気持ちを確定させていくつもり。まだ本当に好きなのかは分からないからねー」
「そっか」
史奈さんは会話を止め、考え込んでしまった。
なら、俺も姉貴の言葉を参考にして恋愛について考えてみようか。
姉貴は、三谷先輩に恋愛感情を持っている。しかしそれはまだ微弱なもので、これから大きくなるものだ。
それが勘違いなのか、それとも本当の恋なのか。それはまだ分からないが、付き合って後悔しないのなら、分かるまで付き合ってみてもいいか。というような感じだろう。
こういうのも、一般的な恋愛なのだろうか。そもそも、一般的な恋愛なんてあるのだろうか。
「あんまり参考にならなかったかなー? でもまあ、恋愛なんていろんな種類があるし、自分たちなりの恋愛を見つけられるよきっと。二人も頑張ってね」
「何を」
「分かってるくせに」
それだけ言い残し、姉貴は部屋を後にした。結局、参考になったのかならなかったのか微妙なところだ。
しかし、恋愛というものをあまりにも身近に感じたのは大きい。これまで恋愛はもっと遠くで起こるものであり、近くで起こることはないと思っていた。その常識が取っ払われたのだ。少しは考えも変わってくるかもしれない。
「束紗くん。私、やっぱり分からないよ。恋愛って、なんだろうね」
「俺も、知れば知るほど分からなくなってきました。今まで興味もなかったんですがね、不思議です」
「そうだね」
恋愛について、ここまで考えたことは初めてだった。史奈さんと付き合うことになった時にはこんなことは考えなかったのに。
いくら考えても埒が明かない。ゆっくり頭の中を整理しなければ答えは出るだろうか。そもそも、答えなど存在するのだろうか。
また、改めて考えをまとめよう。今はそれしかない。
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