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最終章『黄昏の約束編』

133 決戦ミカゲ その4

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「〔イビルフレイム〕〔イビルウィング〕〔イビルレーザー〕」

 技名を言う必要こそあれ、自由度の高い技がミカゲを襲う。
 その全てがルインの意志で動かされている。レーザーの調整やフレイムの出力、範囲。ウィングはそのままホーミング無しでの移動の阻害。
 それに対抗するように、ミカゲは氷を大量に生成し相殺や防御をしていく。
 ミカゲが氷を扱う理由は、攻めと守りの汎用性の高さにある。最初こそ様々な属性で翻弄していたが、現在は自分が最も得意とする氷を扱っている。

「時間稼ぎには時間稼ぎさ」

 ミカゲは空中に魔方陣を描き、大量の使い魔を呼び出した。
 魔法を扱う鳥や、意思を持ち敵に突撃して攻撃する鳥、煙幕や幻惑魔法を使用するコウモリ。
 その全てを、後方から追いかけてくるであろうレクトに向けて放つ。なるべく、魔王との戦闘時間を確保するために。

「予想はしてたけど、やっぱり強いね」

 攻撃を続けるルインがそう呟く。
 ミカゲに対しての攻撃は全て氷で防がれ、逆に鋭く尖った氷を飛ばされてしまった。

「君は……世界に絶望し戦うことをやめたはずだろう? 何故戦うんだい」

 ミカゲは、度重なる調査の末魔王が〔未来視〕で世界の破壊を見たという情報を知っていた。
 それが理由で、運命を受け入れ、諦めていたことも知っていた。

「確かに、あたしは未来を知って諦めてたよ。戦うのはレクトくんの手助けをするため」
「その手助けも、意味はないだろう」

 レクトに出会い、レクトの下につき、戦うよう指示されている。
 たったそれだけなのだから、戦意を削ぐのは容易だろうと考えた。
 しかし。

「うん、そうかもしれない。でも、今日世界が滅ぶはずなのに全然未来が視えないの。だから、もしかしたら、なんていうずっと前に押し殺した気持ちが出てきちゃってる。不思議だね」

 ルインの〔未来視〕は目の前の数秒先の未来を視ることだけではない。ふと自分の意志とは関係なく、大きな事件の前にその結末などを視ることがあるのだ。
 今回は、それがなかった。ミカゲほどの強敵と戦うというのに、自分が死ぬ未来も、世界が滅ぶ正確な情報も視えない。
 当然、もしかするとレクトの目標は達成するのではないだろうか。そう考えるようになる。

「否定はしないさ。確かに未来は変えられる。それは私がやろうとしてることでもあるのだから」
「……そっちの事情は知らないけど、とにかくあたしは諦めないよ。もうすぐレクトくんも追いつく。そうしたら、そのまま貴方の負け」
「かもしれない。だがそれでも、戦わなければならないんだ」

 ミカゲは心の奥で、負けを認めてしまっていた。
 レクトたちの魔力量は相当なもので、この世界の第五魔法以上のものが飛び交うようになる。
 そうなったら、まず勝てない。スケールが違い過ぎるのだ。

「妙に覚悟があるよね。後で全部知りたいし、レクトくんが帰ってきたら聞こうかなー」

 ルインは、ミカゲの事情を知らない。知らないが、やろうとしていることは世界の破壊なので止めなければならない。
 だから、全てが終わった後でレクトに聞こうと思った。
 ミカゲは、そんな独り言を聞きながらも隙を狙う。まずは魔王をどうにかしなければ空中は不利になる。空中戦の弾幕の中に、魔王の自由な攻撃が入ることは避けたい。

「っ!」

 無言のまま、巨大な氷をルインに向けて放つ。それとほぼ同時に、回避を行えないように氷塊を上下左右に放つ。
 十字になっているような氷がルインを襲うが、ルインは咄嗟に左に避けた。
 しかしそこには、巨大な氷の陰に隠れた氷塊が一つ。
 バァン! と破裂音に似た音が響いた。

「危ないなぁ」

 被弾……ではなく、正面から拳で砕いている。
 いくら身体能力を強化できるミカゲでも、そのような芸当はできない。
 単純に、種族の差というものだった。

 一つの氷塊は拳で破壊できる。それを考えていなかったことを反省しつつ、高速で飛行しながらルインに氷での攻撃を続ける。
 それに倣うようにルインも飛行をしながらの攻撃を開始した。
 青白い氷と紫色のオーラを纏った黒い魔力が飛び交う。どちらも常に飛びながら避け続け、被弾はしない。
 少しでもその場から離れ魔王を倒そうと考えていたミカゲだったが、それはルインが許さない。
 ルインは常にミカゲをレクトがいる方向と自分の間になるよう動いていた。そのため、いつレクトが来ても挟み撃ちができるようになる。

「〔イビルレーザー〕〔イビルウィング〕あー! 数が多いなーもー!」

 ルインが不満を漏らす。
 無理もない、ミカゲの放つ氷は一人が出しているとは思えない量と範囲なのだから。
 詠唱が必要なルインはそれだけ不利ではあった。時折接近戦を仕掛けるが決定打にはならない。

 だがこれでいい。長引けば長引くだけ勝率は高まる。
 何故ならば、後方に一人の男が視えたのだから。

「何故攻撃の手を緩めた……? まさか」

 ミカゲは咄嗟に振り向き、頑丈な氷の盾を作り出した。
 盾の生成と同時に、高速で飛んできた男が勢いそのまま攻撃を仕掛ける。
 ミカゲとしては、思考が咄嗟にその存在に行きついたのは奇跡であった。

「やっと追いついた!」

 大量の煙幕や幻惑魔法をかいくぐりやってきたのは、刀を持ったレクトであった。
 魔方陣が設置されている位置と、ミカゲがいる位置にそれほどの距離はない。
 後は、先ほどいた場所までミカゲを誘導するだけの簡単な仕事。

「遅いよー」
「ごめん! さ、始めようよ」
「はは……うん、やろうか」

 ミカゲは笑うしかなかった。この場を凌ぐことはできるかもしれない。
 しかし、攻撃を凌ぐだけでやっとになるのだ。再び、あの場所へ戻されてしまうかもしれない。
 そうなったら、最後の手段を使うしかないと、心の底で思いながら。
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