むらゆう―村人を目指す英雄―

瀬口恭介

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村編

第5話『危急存亡』

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 その後、俺はキウィさんに弄られながら、村人たちはバカ騒ぎしながら肉を完食し、お疲れモードに入っていた。
 子供は寝てしまっている。
 もう夜中だからな、無理もないだろう。

 その辺にはどこからとも無く現れた酒樽の餌食になった村人が泥酔している。
 犯人はヤス、じゃなくて、酒屋の店主だ。
 俺? もちろん飲んだよ。
 中身は成人してるからいいのさ、それに、この世界ので飲酒を禁止されてるのは15歳未満だ。
 これはキウィさんに教えて貰った話だ。
 日本ではお酒は二十歳になってからだからな、未成年飲酒ダメ絶対。
 ミントも飲んでたけどすぐに酔って倒れてたな。
 もちろんキウィさんも飲んだ、お酒には強いらしいがさすがに飲みすぎたようで、火の消えたかまどを背もたれにして寝ている。

 それはそれとして眠い、どこで寝ようか、ここって宿屋あるかな。
 できればベッドがいいな、俺寝るの大好きだから。

「なあじいさん、この村って宿屋あるか? もう眠いんだけど」
「おお、そういえばお主もこの村の一員になったんじゃから住む場所くらいは必要じゃな」
「お、家くれる感じ?」

 家が手に入るのは嬉しいぞ、こっそりこそこそいろんなことが出来るからな。
 なるべく大きい家がいいな。

「残念ながら空き家はないのぉ、宿屋も今は物置になっとるし……」

 ないのかよ! じゃあどこに泊まれってんだ……野宿か、野宿なのか? 慣れてるから別に構わんけど。

「なら私の家に泊まるってのはどう? 一部屋空いてるし、ユウトくんなら大歓迎よー」

 現れたのはキウィさん、にっこにこである。
 ……この人酔いつぶれてなかったっけ?

「む、キウィの家が空いていたか。ユウトよ、それでよいな?」
「別にいいけど……ミントのやつは大丈夫なんですか?」

 そう、問題はミントだ。
 あいつとはまあまあ仲良くなったとはいえ、今日会ったばかりの男女なのだ。

「大丈夫って、何が?」
「今日知りあったばかりの男ですよ? 嫌がるでしょう」
「そんなことないと思うけど……どうせ酔って寝てるし、大丈夫よ!」
「はぁ、わかりました。ありがたく泊まらせてもらいます」

 どうせ他に宛がないんだ、妥協するのが妥当だろう。
 妥協と妥当って似てない、似てないか。
 村長はなら良かったと自分の家に戻っていた、お年寄りは寝る時間さね。
 なら俺はもっと早く寝るべきでは……?

「ミントはどうしたんです?」
「まだ寝てない子供たちの相手してるのよ、そのうち帰ってくるはずよー」

 子供の相手ねぇ、俺子供苦手なんだよな。
 中学の頃にあった幼稚園を訪問する行事を思い出した、あれは酷かった。
 クラスの余り物たちで集まった班は園児達の遊び道具になってしまっていたからだ。
 自分にもこんな時代があったと考えると、イラつくわけにもいかず、やられっぱなしだったのを覚えている。

「ささ、入って入って」
「お邪魔します……って、そのセリフはカウンター裏の扉を開けてからでしょ」
「ちっちゃい事は気にしなーい」

 えー何それ、まじワカチコだわ。
 そういえばワカチコってどういう意味なの、なんか意味あんのかあれ。

「ここが店の裏ねぇ」

 思ったよりも広い、扉を開けたらすぐにリビングなのか、そこから部屋がいくつかある、と。

「結構広いんだよね、旦那が向こう行ってから広くて広くて」
「その言い方だと死んだみたいですよ」
「あはは、どうせ生きてるって、ユウトくんが言ったんでしょ!」
「そういえばそうですね」

 いつかミントの親父さんにも会ってみたいな、アイテムマスターってどんな戦い方するんだろうか。
 特殊なポーションとか言ってたな、毒や麻痺以外に何かあるかな、俺が持ってないポーションを使ってるならぜひ手に入れたいものだ。

 そんなことを考えていると、後ろのドアノブがガチャりと音を立てた。

「ただいまー……うわっユウト!?」
「よお、なんか泊まることになったからよろしく」

 入ってきたのはもちろんミント。
 俺は困惑するミントを横目にリビングを物色する。

 ポーションなどが部屋の隅の木箱に入っている。
 在庫だろうな。
 棚には……空瓶? これはなんだろうか。

「キウィさん、この瓶ってなんですか」
「待って無視しないで」
「あ、それは旦那のだね。国から認められた時に贈られた品らしいよ」

 へぇ、アイテムマスターだから空瓶なのか。
 ならソードマンとかだったら装飾品の剣とかなのかな、そいつは面白いな。

「はぁ……お母さん、お風呂ある?」
「用意してる時間なんてないわよー。そうだ、明日の朝に入ればいいじゃない」
「えー、ユウトもお風呂入りたいよね? ね?」
「寝たい」

 お前ならわかってくれるよな、とでも言いたげな目で見つめてくるミントに、俺は目を細めながら答えた。
 嘘は言ってない、俺にとっては寝ることの方が大事なのだ。
 そしてその何裏切ってんだよって顔やめろ。
 いいんだよ、こういう裏切りは。

「ならお風呂沸かすだけとか! できない!?」
「必死だな……まあお湯出すだけならいいけどよ」
「やりぃ! さすが便利屋ユウト!」

 やめようかな。

*     *     *

 さて、移動しました先には浴槽があります。
 そしてなんと滑らかに磨かれた石で出来ています。
 石材加工の職人でも住んでるのかこの村には。

「ユウト、はやく、はやく」
「お前どんだけ風呂好きなんだよ」

 言いながら手に魔力を集める。
 水、火、二つの魔法を同時に使う。
 それも水に含まれる魔力を極力少なくして。

 魔法を発動すると浴槽の壁から温水が沸き出す。
 わぁ、なんか日本で見たことある光景だぁ。

「おぉ……!」

 この魔法はかなりの集中力が必要だったりする。
 魔力の含まれていない水を出すだけでも難しいのに、それを温めるのだからなおさらだ。

 まあ慣れれば簡単なんだけどな。

「ほらよ、満足か」
「いいけど、このまま出続けたら溢れちゃうよ」
「それなら大丈夫だ、いい感じのところで止まるようになってるから」

 まあ正確にはいい感じのところで遠隔操作して止めるんだけどな。
 魔法の操作範囲が広いのは多分普通じゃないから黙っとこうね。

「ほーん、あ、寝てていいよーおやすみっ」

 ミントは人差し指と中指を揃えて額に当て、敬礼のようなポーズをとった。
 はいはい可愛い可愛い、童貞ならさぞ萌えていただろうよ。

「おやすみ、朝起きてこなかったら残り湯顔にぶっかけてくれ」
「了解、おっふろおふろ」

 聞いちゃいねぇ、俺は朝弱いんだ。
 なんだろうな、起きれないんだよ。
 いや、実際は起きてるんだけど二度寝するんだ。
 なんでだ。

 リビングに戻ると、キウィさんが椅子に座りながらコップを持っていた。

「何飲んでるんですか?」
「ん、ハーブティーだよ。この村の近くはいろんな種類のハーブが生えててね」

 ほー、ハーブティーか。
 ハーブティーってあれだろ? リラックス茶だろ?
 なんか牧場しそうな響きだな。

「ユウトくん」
「なんです?」
「君は本当に記憶がないのかい?」

 なんだと?
 キウィさんは今なんて言った? 本当に記憶がないのか?
 疑われている……?

「それは……そうですよ、自分が何者かもわからないんですから」
「錬成の魔法を教えて貰ったって言ってたよね、どこで教えて貰ったの?」

 また痛いところをついてくるなこの人は。
 錬成の魔法を使った時にそんなことを言った記憶がある、とっさに考えたから忘れていた。

「東大陸の、職人さんに……」
「へぇ、旅の目的と、一般常識の記憶がないはずなのにそれは覚えてるんだ」
「……」
「君は何者なの……?」
「俺は……」

 なんなんだ……なんで疑われてるんだ。
 俺は普通に暮らしたいだけだったのに、平和に過ごせればよかったのに。
 この村は……諦めた方がいいのか……?

 自分の心臓の音が聞こえてくる、ドクンドクンと、全身に血が通うのがわかる。
 ドクン……ドクン……
 ドタ……ドタドタ……ドタドタドタ……
 え? ドタドタ?

「ユウトおおおおおおおおおおおおお!!」
「えっなに!?」

 名前を叫びながらガシッと肩を掴んできたのは、先程まで身体を洗っていたであろうミントだ。
 髪が濡れている、動くたびに水滴がつくからあんまり近寄らないで……。

「水止めるって言ったよね!? 溢れてる! 止まらない!」

 しまった、忘れていた。
 本当ならすぐにベッドに入って水を止める予定だったのに。
 とりあえずお湯の魔法を遠隔操作で止める、よし、これで止まっただろう。

「すまん忘れてた。ほら、止めたから戻れ」
「全く、使えないなぁー」

 そう言いながら、ミントはお風呂に戻った。
 お湯出しただけでもありがたいと思え。

 さっきまで似合わないシリアスになんとか耐えてたのに、なんだこの空気は。
 話に戻りづらいわ。

「ユウトくん、君は何者なの……?」
「あっ、そこからやり直すんですね」
「何者なの?」

 キウィさんは真剣な表情に戻り、俺の目を真っ直ぐ直視してくる。
 再び訪れる緊張、今言える最善の言葉を選ぶ。

「今は言えません、自分が何者かを隠しているのは確かです、でも村になにかしようってわけじゃないんです。一般常識を知らないっていうのは本当です。ただ、俺はこの村で暮らしたい、平和に過ごしたい、それだけです」

 ……。

 お互いが顔を見つめながら沈黙が続く。
 長い沈黙の後、キウィさんが口を開いた。
 
「……だよね! いやー、もしかしたら悪者かも、って思っちゃってたよ!」
「はは、俺も村に居られなくなるんじゃないかと思っちゃいましたよ」
「ユウトくんが何者かは気になるけどこの話はここでおしまい! それじゃあおやすみ! 寝室はそこの奥の部屋ねー」
「おやすみなさい」

 なんとか乗り切れた。
 一時はどうなることかと思ったが、案外上手くいくもんだな。
 まあ、あの人の能天気ぶりに助けられたって感じかもしれない。

 キウィさんは残っているハーブティーを一気に飲み干すと、自室へ消えていった。
 ハーブティーってもっと優雅に飲むものじゃないんですか。

*     *     *

 言われた部屋の扉を開けると、棚や机によく似たテーブルの置かれている一般的な寝室があった。
 ごく普通の寝室、変なものとかないよね?

 今更だがこの照明はなんだ、火じゃなさそうだ。
 天井には何やら半透明な石が、これはまさか……

「魔石照明……?」

 扉付近の壁を見ると、長方形の黒い石版のようなものが付けられていた。
 これはあれだ、ここに微量でもいいから魔力を流し込めば光魔石ひかりませきが光って照明になるというものだ、オンとオフの切り替えだな。
 懐かしい、この世界の魔力も電気の代わりにもなるのか。

 最後にこのシステムがあった世界はどんな世界だったかな……ああそうだ、水晶の世界だ、あの世界は綺麗だった。
 まああの世界では魔石ではなく光水晶だったわけだが。

 と、懐かしみながらどこかの名人のごとく十六連射で照明をつけたり消したりする。
 よくやるよねこの遊び。
 この遊びって実は結構電気使うからやめといた方がいいぜ、電気代ってたまに笑えない時あるからな。
 流石にこの辺でやめとこうね。

 明日はどうしようかな、城下町ってところにも行ってみたいが、この村についても知らないことが多すぎる。
 なら、明日は村人達との交流をしながら村を一周するって感じにしようかな。
 ああ、もう眠い、どうするのかは明日の自分に任せよう、そうしよう、あと眠い。
 俺は迷わずにベッドに入り、瞼を閉じた。

*     *     *

 身体が宙に浮いている感覚、真っ暗な世界に自分一人だけがいる。
 ……夢?
 この世界に来て初めての夢か、どんな夢だろ、っていうか夢って自覚できるのか。

 すると、一瞬ノイズが走る。
 この空気、この雰囲気、あの男だ。
 何者かもわからない、俺を異世界に転生させ、自由を奪った男。

『ユウト……カンザキユウト……』

 最悪の展開になってしまった。
 このまま別の世界に転移させられるのだろうか。
 せっかく留まれたというのに。

『お前はその世界にいるべき存在ではない、その世界での役目は終わっている』

 この世界での役目……?
 お前は何を言っているんだ?

『今のお前はもう用無しだ、失敗作』

 え、洋梨?
 マジか、今の俺ってラ・フランスなのか、食べると多分美味い。
 と、ボケている場合ではない。
 失敗作だと……?
 「それはどういう意味だ」と、声を出そうとするが、口から出てくるものは乾いた空気のみ、音が完全に消えている。
 ということはこの男は直接脳内に……?
 ならば試すしかあるまい。

(ファミチキください……)
『……死ねッ』

 声の主には俺の決死の願いは届かなかったようだ。
 ちょっとまて、俺死ぬのか、転移するとかじゃないのか、やばいやばい。
 これもしかして生きるか死ぬかの瀬戸際? 危急存亡ききゅうそんぼう

 今更焦っていると、首筋に冷たい感触が。
 手だ、酷く冷たい、氷のような冷たさが俺の首を包み込んでいる。

——まて、まさか

 瞬間、その手は俺の首を勢いよく締めた。
 だめだ、呼吸が……意識が……

(そうだ……俺には精霊の加護がある、きっと大丈夫だ)
『そんなものが、この空間で発動するものか』
(聞こえてんじゃねぇかふざけんな)

 くそっ……こんなところで死ねるか……
 こんな訳わかんないまま死んだら、死んでも死にきれねぇ……
 せっかく幸せに暮らせそうな世界に辿り着けたっていうのに……

 男の手のように、自分の身体の温度が低下していく。
 身体が重い、全身が鉛になったみてぇだ……
 殺してやる……いつかてめぇを……殺す……!

 そんな自分の意思を裏切って、意識が遠のいていく。
 俺は……死ぬのか……? 身体が冷たい、怖い、冷たい、怖い冷たい怖い冷たい怖い冷たい怖い冷たい怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

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