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番 編
獣化と番
しおりを挟むユリウス様の後ろを小走りでついていく。この人はこんなに早く歩く人だったっけ。
リヒト様がレイス様と番っているなんて信じない。
ぐんっと裾がひっぱられて、のけぞってしまう。
下を見るとクロム君が私の着物を掴んで行かせまいとしていた。
「お願いクロム君、行かせて欲しい。行かなきゃ駄目なの」
「お嬢……」
しょんぼり眉の下がったクロム君が迷う様に手を離したので、またユリウス様を走って追いかけた。
牡丹の花の生垣に囲まれた梅の庭園の入り口が見えて、鉄のアーチの左右に立つルース君とクロードさんの驚愕の表情と目があった。
「つむぎちゃん!?!?何でここに!!」
クロードさんが叫ぶ。
「犬、下がれ」
ピタっと前をゆくユリウス様が止まったと思ったら、ルース君がユリウス様の前に腰を落として入り込み、長い刀を首に突き付けていた。
いつもの口調じゃないし、殺気なのかビリビリと空気が震える。
「彼女の意思でここにきた」
ユリウス様は動じていないのか、落ち着いて話している様に聞こえる。
「クロム坊!何してた!!!」
クロードさんが怒鳴る声がする。
「私が無理やり来たんです!お願い、通して!」
「無理だよ~~、危ないからね~」
いつもの口調に戻ったルース君が答える。体勢はまだユリウス様に刀を突きつけたまま。
無理やり通ろうとアーチの門に走ると、クロードさんが通せんぼをしてアーチの門に立ちはだかった。
身体の大きなクロードさんがいっぱいに立ちふさがっていて通れない。
それでもと思い、クロードさんの胸元に入り込んで押そうとしたらスッと一歩クロードさんが下がったのが分かった。
「クロム坊!止めろ!」
自分で止めたらいいのに、クロム君に命令する意味がわからない。
クロム君がまた私の裾を持つ。
クロム君もそうだった。門衛の人が私に触れようとするたびに攻撃をしていた。
私に触ると何かある……?理由はわからないけど、それなら前に進めるかもしれない。
「クロムくんお願い。お願いよ」
やっぱり困った顔をしてクロム君の握った力が弱まる。クロードさんに激突する勢いで前に走ると、案の定クロードさんはサッと私を避けた。
「クロム坊!気絶させろ!許可する!!!」
クロム君が迷う素振りをしてる間に走り出すと、庭園の中から声が聞こえた。
「ゔぁ、あ゛ぁあああああ!!」
◇◆◇
庭の向こう、中華風の屋根のガゼボに、リヒト様とレイス様。もう十メートルもない。
テーブルが倒れ、椅子に座ったレイス様の首元にキスをするように覆い被さる人。
私は俺の番だと言ってくれた、あの人。
レイス様が私を認めて、笑顔を見せる。満面の笑顔。
体が凍りついたみたいにその場に止まってしまって動けない。レイス様がリヒト様の首に両腕を回す。
「何、で……」
ユアンさんとリツさんも私を認めて驚愕の表情をしている。
「殿下、私の殿下、もっとして下さいま…………ぐっ!?あ゛っ……!?」
レイス様がよくわからない叫び声をあげて、リヒト様に回していた腕を解いて抵抗している様な仕草を見せた。
意味がわからない。
また目の前で浮気を見せつけられている?レイス様は抵抗している?さっきまで、笑顔だったのに。
「あ゛ぁぁぁぁ!!離せ!!痛いっ!!離せぇ!!!」
レイス様が泣き叫ぶ、悲痛な声。
「何……?」
よく見るとレイス様の着物の肩が真っ赤に染まっている。————血?
ブシャっと血しぶきが上がったとおもったら、リヒト様がレイス様からフラフラとはなれ、ガゼボの柱に寄りかかってズルズルと座り込んだ。
「なんなのよ!ユリウスにはうまくいったのに!!!あの女の血が劣化したの!?なんで私がこんな事に!!!」
肩口を押さえながらレイス様が叫ぶ。鎖骨のあたりがえぐられたみたいにポッカリなくなっている。喰い、千切られた……?
ユアンさんがチラっとこっちを見てから話しだす。
「オオカミごときなら、お前がつむぎ様の血を改良したものを飲めば簡単に騙せたでしょう。ですが殿下は竜の王族ですよ?力も格も違うとなぜわからない。お前が騙そうとした獣性は、お前が思うより何倍も強いのですよ。相手を殺しかねないぐらいに。貴方はご自分でそれを煽った。貴方の血では、一時の押さえにはならないですから、ご自分で何とかしてください」
いつのまにかみんな側にきていて唖然としている。ユリウス様も。
「ユリウス!ユリウス!!助けて!!!あなたの番が怪我をさせられているのよ!?」
「キラキラお兄さん、これ、証拠品~」
ルース君が何か小さな瓶の様な物を投げ、綺麗にキャッチしたユリウス様が瓶の口の匂いをかいで目を見開いて私を見た。
「な、何?」
「っ————俺は、間違えた、の、か……?宝を」
ユリウス様が俺って言ったな、と回らない頭でしょうもない事を考える。
「ぐああああああ!!!」
リヒト様の叫び声がして我にかえると、胸元を押さえて苦しむ彼がいた。
「つむぎ嬢!離れてください!!これ以上はだめです!」
みんなが私を止めようと動く。
勝手に足が動いてリヒト様のそばに一歩でも近づこうと振りきる。
皆なぜか私にふれようとはしないので、無視してリヒト様のところまで走っていく。十メートル程の短い距離が凄く遠く感じる。
翼がはえ顔に黒い鱗の様なものが現れて、片腕が竜のそれになっているリヒト様に、走った勢いのまま抱きついた。
恐ろしいはずなのに、愛おしい。
「ぐっあああぁあああああ!」
グンっと凄まじい力で抱きしめられ、私の首元にリヒト様が噛み付いたのが分かった。鋭い痛みが走る。
————深く深く牙が刺さる。
「っう……!!」
すごい勢いでダラダラと血が流れ出る感覚がした
その瞬間牙の進行が止まり、片側が大きく竜の様に裂けた口元から声がした。
「つむ……ぎ……、俺から、にげ……ろ……」
「逃げない!そばにいる!」
苦しいのはリヒト様のはずなのに、私の心配をしている彼にしがみつく。
————手が熱い。
————右手が熱い。
この感覚に覚えがある。
私の中で力が渦を巻いて流れていく感覚。
リヒト様をギュッと抱きしめて、彼に力を流し込む。熱い何かがリヒト様を通ってまた私に循環している様な感覚。
ギュッと閉じていた目を開けると、金色の光の球が出来て私達をつつみ、キラキラと空に消えて行くのが見えた。
「つむ、ぎ…………?」
明らかに質量の変わったリヒト様から腕を離すと、いつものお兄さんが私の前にいた。
上半身の軍服がビリビリだけれど、それ以外に怪我はなさそうだし、苦しんでもなさそう。
「よか、よかった、で、出来た」
頭がクラクラする。
目の前がどんどん真っ暗になっていって、周りの声だけが聞こえる。
「つむぎっ!つむぎ!!!」
元気になってよかった、力が使えて良かった。
そのまま私は意識を手放した。
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