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婚約者編
離れた心
しおりを挟む最悪な雰囲気のまま兄上が急遽運び込まれた控え室に歩く。紬は大人しく俺の後についてきている。
今すぐ謝ってヴィクトランの匂いを上書きしないとと思うのに、力のない目をした紬を前に何も言えなくなる。俺の過去のせいで傷ついている紬に嫉妬に駆られて酷い言葉をかけた。
何も言えないまま兄上の運び込まれた控え室についてしまい、嫌な汗ばかりが背を伝う。
しずしずとベッドに近寄った紬は、兄上の腕を取って——じっと俺の方を見た。
なんだ?
何でそんな顔をする?
怒りでは無い、諦めた様な突き放す様な紬の表情から目が離せない。
視線を逸らした紬は元の位置にそっと腕を置いて数歩下がると「できません、ごめんなさい」とだけ言った。
「何でだ!?違うだろ!?つむぎ!?」
慌てて問いただしても、その目に光は宿らない。
「本当に、出来ないのです。使い方が分からない。あなたには、そう言ったのに」
頭を殴られた様な衝撃。
俺は聞いていたはずなのに。
俺を治したことでもう力は使えるものと思い込んでいた。
力がつかえない、使い方が分からないと俺は教えられていたはずなのに。
自分は偽物の聖女かもしれないと訴えてきた、不安そうな顔を今更思い出す。
◇◆◇
国王陛下が寝かされていた控室には、私の知らない竜人達ばかりがひしめき合っていた。
知っているのは、アマリリスさんだけ。
「すみません、出来ません」
と言った私を、満面の笑みで見ている。
どこからか玉子を投げつけられた。こんなパーティーの控え室に何で玉子なんてと、意味のない事をぼんやり考えた。
玉子だけではなく、私にあたらないまでもペンやグラスが飛んできて、もう下がろうと踵を返そうとした所で何か硬いものが頭にあたって血が伝う。
コロコロと転がった物を見ると指輪だった。アマリリス嬢のしていた、金の指輪。竜人の力は女性でも強い。
リヒト様は身を挺して王様を庇って動かない。
私の方にしか、物は投げられてはいないのに。
ぺこりと頭を下げて退出する。
「その者を捕えなさい!!」
アマリリスさんの声がする。
「王の御前だ!騒ぐ者は誰であろうと許さない!ミリーナを呼べ!」
リヒト様がミリーナさんを呼んだ。私を離れに戻すつもりだろうとわかった。誰かが動き出す前に、私は自分で部屋を出た。
ドロドロと垂れていくものが汚れなのか血なのか確認する気力もなくフラフラと会場を出て、そのまま何個も門を潜って一人で王宮の外に出た。
門衛の人達は私をみても何の反応もしなかったので、入るのは大変でも出ていくのは簡単なのかもしれない。
ストールで玉子と血を拭い、街を目指す。王宮は高台に立っていたのですぐに分かった。
トボトボと歩き続けて街の賑わいが見えてくると、辻馬車の溜まり場の様な場所が見えた。
タクシーみたいなものだろうか。
先頭にいた狐っぽい獣人の御者に声をかける。
「一番近い国境までいきたいのです。どこになるか教えて下さいますか」
「そりゃーワニ族の国カルネクアだね。この馬車で三時間くらいだ。のるかい?」
良かった。すぐに国境を越えられる。
「はい、お願いします。お代はこれでかまいませんか?」
腕につけていた翡翠の腕輪を外して渡す。
「こりゃーえらく高価な物だぞ。いいのかい?」
「ええ、もう必要ないの」
馬車に揺られながら考える。国境までの三時間でお兄さんにバレるだろうか。ばれても、追っては来ない様な気もするけれど。
この世界に来て、男の人から逃げてばかりだ。
私は何も成長できてない。男の人に頼って、浮気されて、逃げ出す。その繰り返し。
自分の足でちゃんと立って自分で自分を守らないとダメだ。
そんな事は分かっているはずなのに突然異世界に呼ばれてひとりぼっちの所を優しくされると、甘え縋りたくなる。
足元が沼にハマっている様な気分になる。
————自分の足で立たなくてはならない。
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