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リアル大富豪
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「シノちゃん強いねぇ~!さすがじゃん!」
軽い口調で私の肩を叩くのは、アカリ"お姉ちゃん"。
勝負に負けているというのに、なんとも呑気なものだ。
まあ、これがただの遊びなら「遊びに付き合ってる」というだけで済んだのかもしれない。
しかし、今私たちが行っているのはただの遊びではない。
ではどうして、アカリ"お姉ちゃん"はこうも笑っていられるのか。
その理由は、アカリ"お姉ちゃん"が圧倒的に"勝っている"からに他ならなかった。
負けているのに"勝っている"とは、どういうことなのか。
それを知るには、この勝負の特徴を理解しないといけない。
今私たちが行っている勝負、それは"リアル大富豪"と呼ばれるものだ。
一生に一度しか参加できない、人生を賭けた大勝負。
とは言え、賭けるのは金銭ではない。
金銭の代わりにプレイヤーが賭けるもの、それは……年齢である。
このリアル大富豪の参加者は皆、自身の年齢の一部を賭けなければいけない。
1マッチ5ゲーム。それが終わった時点で富豪は貧民の、大富豪は大貧民の年齢を増減させたり、授受することができる。
これが大きいルールで、各ゲームの進め方は通常の大富豪とほとんど変わらない。
では、アカリ"お姉ちゃん"は何度も勝っているのか、と言われるとそうではない。
そもそも、一生に一度しか参加できないのだから、"何もなければ"一人の人間が勝ちと負けを両立することはあり得ない。
だけど、現状がこうなっているということは、「何かが起きた」ということだ。
勝負が決する前に"勝ち"となる何か。
それは、"革命"だった。
大富豪において革命といえば、同じ数字のカードを4枚場に出すことで成立する、いわゆる一発逆転のシステムだ。
革命が起きたゲームでは、その瞬間からカードの強さが逆転し、富豪側に渡される2やAといった数字は弱く、貧民側に押し付けられる3や4といった数字が弱くなる。
強力な効果ゆえに発動させるのは難しく、5ゲーム程度では1回もその光景を拝めないことなどはよくある話だ。
そんな革命だが、リアル大富豪というゲームにおいてはあり得ないほどに強い効果を持っている。
その効果というのは、「参加しているプレイヤーの生年月日を逆転させる」というものだ。
すなわち、年上年下の関係が入れ替わるということであり、それはプレイヤー同士の年齢差が激しいほど強く作用し、上下の端に位置するプレイヤーほど強い影響を受ける。
そして、通常の大富豪と同じく即時適応されるこの逆転だが、1つだけ違う点がある。
それは「ゲーム及びマッチが終了しても元に戻らない」というものだ。
つまり、2度目の革命が起きない限り、ゲーム開始前の自分に戻るのは難しいということで、確率的に考えてしまえば元に戻ることは"ほぼ不可能"だと言って差し支えないだろう。
現に今、私の目の前で進行している試合は最終ゲームに入ろうというところだが、革命は第2ゲーム序盤にアカリが起こした1回以外起きていない。
元に戻るため、ここで同じ数字のカードを最低3枚は持っておきたいのだが、隣には配られるカードを私よりも真剣に見つめる人物が居た。
その人物とは、私にとって唯一の年上"だった"ヤマトである。
幼さの抜けないつぶらな瞳で祈るようにカードを見つめる彼は、先の革命で一番年下だったアカリと生年月日を交換され、小学校の過程をようやく1年修了したばかりの児童になってしまった。
第1ゲームでは高校生の知能的アドバンテージを生かして順当に大富豪となったヤマトだったが、続く第2ゲームでは交換するカードまで頭が回らなかったのか、4枚目の3をアカリに献上し革命のきっかけを作ってしまい、大幅に低下した知能では不利状況を覆す一手を打てず没落。都落ちによって第3、第4ゲームを大貧民で迎える結果となっていた。
そして、運命の最終ゲーム。先程の第4ゲームでは私が運の差で大富豪となり、それによって都落ちが適用されたアカリが大貧民、繰り上がりとなったヤマトが貧民、私と立場が入れ替わっても特段反応せず、淡々と各ゲームを進めているタクミが富豪という状況だ。
手札の分配が終わった。祈る気持ちで開いた手札には革命の素となる4枚組の数字は無かった。
という事は、私は全力でこの地位を死守しなければならないということだ。
小学生に舞い戻るピンチを避けるチャンスが目の前に転がっているというのに、それを逃すわけにはいかない。
私はアカリとカードを交換し、強いカードを抱えて決戦に臨んだ。
緊迫した空気が、部屋に流れる。
ゲームを動かしたのは、窮地に陥っているヤマトだった。
おもむろに8切りで場を流したかと思えば、出してきたのは4枚組になった5のカード。
この瞬間、カードの強さと私たちの生年月日が逆転した。
眩しい光の中で、体が大きくなるのを感じる。
萎んでいた胸は再び張りを取り戻し、10cm以上低くなっていた背も150cmの大台を軽く超えた。
開いた目に映っていたのは見慣れた自分の体。
ここ数年磨いていた曲線美が、そのまま戻ってきていた。
隣で歓喜するヤマトと、正面で泣き崩れるアカリ。
先程までの勝ち誇った顔が嘘のように、アカリは"可愛い"顔を台無しにしていた。
ただ、ゲームはまだ続いている。
私は泣きじゃくるアカリの介抱をし、一旦泣き止むまで背中をさすっていた。
アカリのすすり泣きも落ち着いてきたところで、ヤマトからゲームが再開される。
革命が起きたこのゲーム、このまま進行すると強"かった"カードを持っている私の立場も怪しい。
どうやってこの不利状況を覆そうかと思案していたら、伏兵が私たちの味方をしてくれた。
このゲーム2度目の革命が起こされたのである。
ゲーム再開からたった2ターン。革命下で最も強い3を出したタクミは表情一つ変えずQを4枚出すという行動を取った。
驚きのあまり声も出なかったが、体が光に包まれた瞬間に状況を理解することができた。
体が縮み、シルエットが直線に近づいていく。
胸の膨らみは失ったが、終盤も近づきカードの強さがもとに戻ったことの方が大きく、喪失感を感じることも無かった。
隣から大きな泣き声が上がる。
どう頑張っても小学生まで逆戻りすることが決定したヤマトが、声変わり前の甲高い声で泣き始めたのだ。
正面では、再び高校生の体を手にしたアカリがその図体に似合わぬ飛び跳ね方をしていた。
タクミの援護射撃の影響は大きく、私は"大富豪"という称号を手にした。
そんなタクミが富豪をキープし、アカリは精神崩壊したヤマトを抑え貧民となり、結局何も出来なかったヤマトは叫びながらトランプを投げ捨て、本日3ゲーム目の大貧民となった。
私はヤマトの年齢を3歳分好きにする権利を得たのだが、やることはもちろん決まっている。
タクミ"お兄ちゃん"も、アカリ"お姉ちゃん"の年齢について決めたという。
私たちはまた、謎の光に包まれた。
タクミと共に、中学校への道を歩く。
アカリ"お姉ちゃん"は、私たちより早く高校へ向かって家を出ている。
ヤマトは泣き疲れたのかまだ寝ていたし、急ぐ必要もないので母に任せてそのままにしておいた。
道中で、私はタクミに昨日のことを訊いた。
最後の革命については、「面白そう」という理由だけでやったらしい。
そして、好きにできたアカリ"お姉ちゃん"の1歳分の年齢について、減らすだけに留めた理由についても質問し、
「年齢差が開くのはなんかイヤだから増やすことはなく、減らした1歳を貰っていきなり受験期よりも修学旅行に行けたりする中2の方が良い」という回答を貰った。
その判断によって、小2となったヤマトから無慈悲に3歳奪った私と同学年になり、誕生日の早い私(元々はタクミの誕生日)に引っ張られる形で双子の弟ということになったことにも触れたのだが、「別にねーちゃんとの差なんて気にしてないし」と一蹴された。
葉桜の下をくぐり、いつもと変わらない校舎に入っていく。
昨日から私自身は奇跡的に誕生日以外変わっていないけど、高1の姉ができ、弟とは双子になった。そして兄だった人物は弟となり、私たち双子と9学年も離れた幼稚園の年中児まで落ちた。そんな彼は今頃、母親から起こされている頃だろう。
起こされたヤマトが周りの社会と触れる時、私たちの記憶から昨日のことは消し去られるという。
全員が全員の立場を"当たり前だ"と思わなければ、様々な発言に齟齬が生じるからだ。
私は無邪気な幼児になったヤマトの姿を想像しながら、進級したばかりのクラスへ足を踏み入れた。
軽い口調で私の肩を叩くのは、アカリ"お姉ちゃん"。
勝負に負けているというのに、なんとも呑気なものだ。
まあ、これがただの遊びなら「遊びに付き合ってる」というだけで済んだのかもしれない。
しかし、今私たちが行っているのはただの遊びではない。
ではどうして、アカリ"お姉ちゃん"はこうも笑っていられるのか。
その理由は、アカリ"お姉ちゃん"が圧倒的に"勝っている"からに他ならなかった。
負けているのに"勝っている"とは、どういうことなのか。
それを知るには、この勝負の特徴を理解しないといけない。
今私たちが行っている勝負、それは"リアル大富豪"と呼ばれるものだ。
一生に一度しか参加できない、人生を賭けた大勝負。
とは言え、賭けるのは金銭ではない。
金銭の代わりにプレイヤーが賭けるもの、それは……年齢である。
このリアル大富豪の参加者は皆、自身の年齢の一部を賭けなければいけない。
1マッチ5ゲーム。それが終わった時点で富豪は貧民の、大富豪は大貧民の年齢を増減させたり、授受することができる。
これが大きいルールで、各ゲームの進め方は通常の大富豪とほとんど変わらない。
では、アカリ"お姉ちゃん"は何度も勝っているのか、と言われるとそうではない。
そもそも、一生に一度しか参加できないのだから、"何もなければ"一人の人間が勝ちと負けを両立することはあり得ない。
だけど、現状がこうなっているということは、「何かが起きた」ということだ。
勝負が決する前に"勝ち"となる何か。
それは、"革命"だった。
大富豪において革命といえば、同じ数字のカードを4枚場に出すことで成立する、いわゆる一発逆転のシステムだ。
革命が起きたゲームでは、その瞬間からカードの強さが逆転し、富豪側に渡される2やAといった数字は弱く、貧民側に押し付けられる3や4といった数字が弱くなる。
強力な効果ゆえに発動させるのは難しく、5ゲーム程度では1回もその光景を拝めないことなどはよくある話だ。
そんな革命だが、リアル大富豪というゲームにおいてはあり得ないほどに強い効果を持っている。
その効果というのは、「参加しているプレイヤーの生年月日を逆転させる」というものだ。
すなわち、年上年下の関係が入れ替わるということであり、それはプレイヤー同士の年齢差が激しいほど強く作用し、上下の端に位置するプレイヤーほど強い影響を受ける。
そして、通常の大富豪と同じく即時適応されるこの逆転だが、1つだけ違う点がある。
それは「ゲーム及びマッチが終了しても元に戻らない」というものだ。
つまり、2度目の革命が起きない限り、ゲーム開始前の自分に戻るのは難しいということで、確率的に考えてしまえば元に戻ることは"ほぼ不可能"だと言って差し支えないだろう。
現に今、私の目の前で進行している試合は最終ゲームに入ろうというところだが、革命は第2ゲーム序盤にアカリが起こした1回以外起きていない。
元に戻るため、ここで同じ数字のカードを最低3枚は持っておきたいのだが、隣には配られるカードを私よりも真剣に見つめる人物が居た。
その人物とは、私にとって唯一の年上"だった"ヤマトである。
幼さの抜けないつぶらな瞳で祈るようにカードを見つめる彼は、先の革命で一番年下だったアカリと生年月日を交換され、小学校の過程をようやく1年修了したばかりの児童になってしまった。
第1ゲームでは高校生の知能的アドバンテージを生かして順当に大富豪となったヤマトだったが、続く第2ゲームでは交換するカードまで頭が回らなかったのか、4枚目の3をアカリに献上し革命のきっかけを作ってしまい、大幅に低下した知能では不利状況を覆す一手を打てず没落。都落ちによって第3、第4ゲームを大貧民で迎える結果となっていた。
そして、運命の最終ゲーム。先程の第4ゲームでは私が運の差で大富豪となり、それによって都落ちが適用されたアカリが大貧民、繰り上がりとなったヤマトが貧民、私と立場が入れ替わっても特段反応せず、淡々と各ゲームを進めているタクミが富豪という状況だ。
手札の分配が終わった。祈る気持ちで開いた手札には革命の素となる4枚組の数字は無かった。
という事は、私は全力でこの地位を死守しなければならないということだ。
小学生に舞い戻るピンチを避けるチャンスが目の前に転がっているというのに、それを逃すわけにはいかない。
私はアカリとカードを交換し、強いカードを抱えて決戦に臨んだ。
緊迫した空気が、部屋に流れる。
ゲームを動かしたのは、窮地に陥っているヤマトだった。
おもむろに8切りで場を流したかと思えば、出してきたのは4枚組になった5のカード。
この瞬間、カードの強さと私たちの生年月日が逆転した。
眩しい光の中で、体が大きくなるのを感じる。
萎んでいた胸は再び張りを取り戻し、10cm以上低くなっていた背も150cmの大台を軽く超えた。
開いた目に映っていたのは見慣れた自分の体。
ここ数年磨いていた曲線美が、そのまま戻ってきていた。
隣で歓喜するヤマトと、正面で泣き崩れるアカリ。
先程までの勝ち誇った顔が嘘のように、アカリは"可愛い"顔を台無しにしていた。
ただ、ゲームはまだ続いている。
私は泣きじゃくるアカリの介抱をし、一旦泣き止むまで背中をさすっていた。
アカリのすすり泣きも落ち着いてきたところで、ヤマトからゲームが再開される。
革命が起きたこのゲーム、このまま進行すると強"かった"カードを持っている私の立場も怪しい。
どうやってこの不利状況を覆そうかと思案していたら、伏兵が私たちの味方をしてくれた。
このゲーム2度目の革命が起こされたのである。
ゲーム再開からたった2ターン。革命下で最も強い3を出したタクミは表情一つ変えずQを4枚出すという行動を取った。
驚きのあまり声も出なかったが、体が光に包まれた瞬間に状況を理解することができた。
体が縮み、シルエットが直線に近づいていく。
胸の膨らみは失ったが、終盤も近づきカードの強さがもとに戻ったことの方が大きく、喪失感を感じることも無かった。
隣から大きな泣き声が上がる。
どう頑張っても小学生まで逆戻りすることが決定したヤマトが、声変わり前の甲高い声で泣き始めたのだ。
正面では、再び高校生の体を手にしたアカリがその図体に似合わぬ飛び跳ね方をしていた。
タクミの援護射撃の影響は大きく、私は"大富豪"という称号を手にした。
そんなタクミが富豪をキープし、アカリは精神崩壊したヤマトを抑え貧民となり、結局何も出来なかったヤマトは叫びながらトランプを投げ捨て、本日3ゲーム目の大貧民となった。
私はヤマトの年齢を3歳分好きにする権利を得たのだが、やることはもちろん決まっている。
タクミ"お兄ちゃん"も、アカリ"お姉ちゃん"の年齢について決めたという。
私たちはまた、謎の光に包まれた。
タクミと共に、中学校への道を歩く。
アカリ"お姉ちゃん"は、私たちより早く高校へ向かって家を出ている。
ヤマトは泣き疲れたのかまだ寝ていたし、急ぐ必要もないので母に任せてそのままにしておいた。
道中で、私はタクミに昨日のことを訊いた。
最後の革命については、「面白そう」という理由だけでやったらしい。
そして、好きにできたアカリ"お姉ちゃん"の1歳分の年齢について、減らすだけに留めた理由についても質問し、
「年齢差が開くのはなんかイヤだから増やすことはなく、減らした1歳を貰っていきなり受験期よりも修学旅行に行けたりする中2の方が良い」という回答を貰った。
その判断によって、小2となったヤマトから無慈悲に3歳奪った私と同学年になり、誕生日の早い私(元々はタクミの誕生日)に引っ張られる形で双子の弟ということになったことにも触れたのだが、「別にねーちゃんとの差なんて気にしてないし」と一蹴された。
葉桜の下をくぐり、いつもと変わらない校舎に入っていく。
昨日から私自身は奇跡的に誕生日以外変わっていないけど、高1の姉ができ、弟とは双子になった。そして兄だった人物は弟となり、私たち双子と9学年も離れた幼稚園の年中児まで落ちた。そんな彼は今頃、母親から起こされている頃だろう。
起こされたヤマトが周りの社会と触れる時、私たちの記憶から昨日のことは消し去られるという。
全員が全員の立場を"当たり前だ"と思わなければ、様々な発言に齟齬が生じるからだ。
私は無邪気な幼児になったヤマトの姿を想像しながら、進級したばかりのクラスへ足を踏み入れた。
応援ありがとうございます!
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