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いびつなかぞく、それもしあわせ。
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「みてまぁくん!こいのぼりだよぉ!すごいねぇ!おっきぃねぇ!」
そう言ってはしゃぐ”おねえちゃん”の言葉に、僕は「そうだね」と呟くことしかできなかった。
「あれ?まぁくん元気ないの?きょうは男の子のお祝いの日だって、ママ言ってたよ?だから凛もお部屋にかぶと飾るのお手伝いしたのに!」
“ねぇね”にとっては、「お祝いではしゃがないこと」など意味のわからないことのようだ。
これが一般の家庭だったならば、幼い”妹”たちの興奮を抑えながら楽しい時間を過ごすことくらいは容易にできたのだろう。
たとえ僕が、”大学を卒業した22歳の青年”であったとしても。
半年前、僕の人生計画は音を立てて崩れ去った。
1年前のこの時期、どれだけ言っても治らない父の浪費癖に愛想を尽かした母は、半ば強引に離婚を成立させ、「元夫のことをいち早く忘れたいの」と言って新しい恋に走った。
その結果、早くも10月の終盤には新しい相手を見つけてゴールイン。相手は7歳と5歳の娘を連れた大企業の役職持ちだった。
この再婚こそ、僕の終わりだったのだ。
「子どもを持つ親同士が結婚した場合、母方の子どもは何歳であっても父方の子どもより年下の立場となる」
これは、ほとんど知られていないこの世界の掟。
故に、誰しもが存在すら忘れていたのだ。「子どもが独立しないうちに自分の子より幼い子を持つ男と再婚してはならぬ」という言い伝えすら、いつしか風化していた。
だから、誰も母の再婚を引き留めなかったのだ。
当時、当然ながら僕は大学生だったから、「親と戸籍を分けない方が何かと便利」だと、両親の離婚後は母方に付いていたのだが、これが災いした形になる。
僕に与えられた新しい立場は、藤嶋家、その末子。年齢は3歳。
早くから勝ち取っていた内定も、真面目に積み立てた単位も、全てがチャラ。それどころか、小学校への入学すら、遠い先の話。
僕が生きた20年は、一瞬にして記録から抹消されたのだ。
システムというのは非情なもので、一度確定してしまえば、その事実が逆行して元に戻ることは無い。
僕の境遇に焦って親が離婚しようとも、僕の立場は3歳のまま。
今更母親の戸籍から抜けようにも、3歳では親との分籍はできない。
それはつまり、詰み状態ということ。
両親は方々を駆け回って解決に動いてくれたけれど、結局僕の立場は戻せなかった。
母も、義父も謝ってくれたのだが、この後悔と絶望は何処にもぶつけられない。
あの日の僕は、呆然と空を見上げているだけの植物だった。
それから数日、市の職員が家を訪ねてきた。
「真さんの件ですが、現代の医学では真さんを若返らせることも、小さくすることもできません。ですので大変申し上げにくいのですが、真さん自身で3歳相応の振る舞いをしていただく他なく……」
希望という希望を粉々に打ち砕く、あまりにも残酷な宣告。
耳を疑いたくなるような言葉の数々に、僕はいつしか意識を失っていたようで。
失神から目覚めた僕が目にしたのは、いかにも幼児が好みそうなキャラクターがプリントされたシャツを着ている自分の姿だった。
この世界は、僕を苦しめたくて仕方ないのだろうか。
義父から聞いた話によると、僕が立場相応の振る舞いをしなければ、教育制度の保護を受けられないのだそうだ。
ちなみに、制度を変えることもできない。
国や行政がそう決めたのではなく、”この世界がそうなっている”のだから、誰も僕を救える人はいない。
つまり、僕は3歳になりきるしかないのである。
その結果が、この恰好であった。もう十何年と見ていなかったアニメのキャラクターが、死んだ目で鏡を見つめる僕に笑いかけている。
今は見えていないが、下着も3歳という年齢に見合うようなものになっているらしい。
言われてみれば、普段着ていた下着とは肌触りが若干違う気もする。
新しい家庭で貰えると約束されていた僕の部屋は、パステルカラーの玩具が散りばめられた遊び場と化していた。
かくして、僕の新生活は思わぬ時期に思わぬ形で始まった。
「ママぁ!まーくん元気ない!もしかしたら、おむつがぬれてるのかも!」
無邪気に僕をお世話する凛”ねぇね”は、最初こそ困惑していたものの、少し時間が経つと弟ができたことをかなり喜んでいた。
幼稚園の中では、どうやら僕は本当に3歳の弟だと思われていたらしいと、参観に行った母は語っていた。まあ、事実3歳であることに変わりは無いから、間違いではない。
ただそんな誤解も、この4月に僕が入園したことで解けることとなった。
本来であれば幼稚園の先生であってもおかしくないはずの月日を生きているのだが、今の僕は入園してまだ1ヶ月の年少児だ。入園時には制服等の衣服から椅子や机などの備品まで、何もかもが大人サイズの特注品が1式、幼稚園に支給された。
ここで一度、冒頭の台詞を確認してみよう。
凛”ねぇね”は、僕の元気が無いことに対して、「おむつがぬれてるのかも」と報告した。
実は、幼稚園への支給品には「僕の幼稚園生活に必要なもの」として、布おむつが数枚含まれていたのだ。
これには、近年の子どもたちのおむつ離れが遅くなっていることが関係している。
「3歳頃の子どもは、まだおむつを使用しているのが一般的だ」という世間の流れに沿い、僕も半年前からおむつを着用させられている。当然トイレは使えず、尿意を感じたら我慢せずそのまま放出するという習慣によって、いつしか僕は尿意を我慢できない体になってしまった。最近はようやく、人生で2度目のトイレトレーニングをスタートさせたところだ。
本気になればそんなもの一瞬で終わらせることだって可能だと思っているのだが、あくまでも僕の生活は「一般的な3歳児」に縛られている。だからこうやって、あえて「おもらしの報告を忘れていた」というミスをしている……というのは都合のいい言い訳で。
いくらなんでも、恥ずかしすぎるのだ。
立場上は3歳であるとはいえ、無垢な5歳児の前で、母親を呼びつけ「ちっちでた」などと申告できるわけがない。もし、それを嫌な顔一つせず遂行できる青年が居るとするならば、その胆力を分けてほしいものである。
そんな理由で、僕は中々トイレトレーニングを進められずにいた。
母と義父の再婚前、初めて会った日の凛ちゃんですら、昼間のおむつは外れていたはずだ。
あの時の凛ちゃんは4歳。僕の新しい年齢は、まもなく当時の凛ちゃんに追いつこうとしている。何としても、追いつくまで、せめて追い越すまでに僕は羞恥心を捨て、トレーニングを完遂させると誓った。
「じゃあまぁくん、マットにごろんしてね~」
まるで僕を赤ちゃんのように扱うのは、咲良”おねえちゃん”だ。
普段は小学校に通っているから触れ合えるのは夕方以降なのだが、休日となれば話は別である。
平日には中々参加できない僕のお世話を積極的に行い、嫌な顔一つ見せたことは無い。
長女の咲良”おねえちゃん”は、当然凛ちゃんのお世話経験もあるわけで、まだ手際のたどたどしい凛”ねぇね”とは比較にならないほど手際よくおむつ替えを進めていく。
その速度は、20年以上のブランクを抱えた実母をも凌駕するほどだ。
あっという間に僕の腰には新しいおむつが巻かれていた。
「まぁくん、すっきりした?じゃあおもちたべよっか。おねえちゃんがちぎってあげる!」
おむつ替えなど造作もないとでも言いたげな仕事人は、既に次の話題に切り替える。
今日は端午の節句。”おもち”といえば、柏餅とちまきのことに違いない。
本来であれば1人でも食すことは容易なのだが、3歳児扱いではそうもいかないらしい。
2人の姉は競うように2種の和菓子を手に取り、僕の口を両側から挟み込んだ。
食い気味に「おいしい!?」と聞かれると、頷くしかない。
双方ともそれを確認し、満足気な表情で僕がかじった残りを口に入れた。
本来驚くべき行動なのだが、もう慣れてしまったらしい。僕は2人の”弟”になって間もない頃のことを、ふと思い返していた。
「みてまぁくん!これかわいいでしょ!」
僕の立場が決定してからわずか数日。僕たち家族は写真スタジオに居た。
11月15日は七五三。丁度7歳、5歳を迎えていた姉2人はそれぞれ、見たことの無い着物たちに目を泳がせ、終始はしゃいでいたのが記憶に残っている。
母と義父もそれぞれ着物に身を包み、はしゃぐ娘たちを見ていた。
そんな中、僕はというと、特注サイズの派手な着物、そして被布と呼ばれる前掛けを纏わされていたのだ。
そう、僕の立場は3歳。七五三では一番幼い”三”担当である。
とても笑える状況では無かったのだが、写真のためにと何とか笑顔を作っていた。
この時、記念品として貰った2本の千歳飴を3人で食した時、僕は2人の無邪気さを痛感したのだ。
それ以降、何かイベントがあると僕は強制的に参加させられ、そのイベントにあった食べ物を3人で分けて食べるというのが藤崎家の慣習となった。
基本的に、僕が最初に食べさせられ、その残りを姉2人が頬張るというシステムである。
僕はもちろんのこと、2人も食べる量が減っているはずなのに、揃って満足気な顔をしているものだから、「やめてほしい」なんて言えるわけがない。
僕はただ、2人が食べ終わるまで大人しく待つしかなかった。
「あ!そうだ!この前ね、幼稚園でね……」
そう言うが早いか、柏餅を食べ終えた凛”ねぇね”は、手も拭かずに子ども部屋へと駆けていった。
再び走る音が聞こえ、振り返った時、飛び込んできたのは、小さな手で包むように持たれた折り紙の数々。
十数枚にものぼろうかというそれらは、兜や鯉のぼりの形をしていた。
おそらくは、幼稚園で習ったものを覚えて量産したのだろう。十分な努力の結晶が小さな手いっぱいに広げられている。ただ1つ残念なことは、そのほとんどがピンク色であるということだ。赤やオレンジも混ざっているということは、ピンク色の折紙のストックは無くなっているのだろう。
目を輝かせて「これ、ぜんぶまぁくんにあげる!」というのが”妹”であれば、純粋に喜んで受け取れたのかもしれない。
ただ、何度も言うように、立場上は僕の方が”弟”なのだ。「折り紙の兜や鯉のぼりで無邪気に喜んでくれる」と思われているのかもしれないという邪念が、「ありがとう」と言う僕の笑顔を引きつらせていた。
ただ、凛”ねぇね”はその不自然な笑みに気付かなかったのか、それともこの反応が僕の日常茶飯事なのか、屈託のない笑みで「どういたしまして!」と言ってくれた。
「夕ご飯までまだ時間もあるし、また3人で遊んどいで。」
一連の流れを微笑ましく見守っていた、母の言葉。
2人の姉は元気よく、僕はほどほどに返事をする。
立場通りなら、僕が一番元気でなければいけないのだが、大人の体で子どもの振りをして遊ぶのは、かなり疲れるものなのだ。
僕は、この先の未来など考えないようにしながら、我先にと子ども部屋を目指す2人の姉の後を追った。
そう言ってはしゃぐ”おねえちゃん”の言葉に、僕は「そうだね」と呟くことしかできなかった。
「あれ?まぁくん元気ないの?きょうは男の子のお祝いの日だって、ママ言ってたよ?だから凛もお部屋にかぶと飾るのお手伝いしたのに!」
“ねぇね”にとっては、「お祝いではしゃがないこと」など意味のわからないことのようだ。
これが一般の家庭だったならば、幼い”妹”たちの興奮を抑えながら楽しい時間を過ごすことくらいは容易にできたのだろう。
たとえ僕が、”大学を卒業した22歳の青年”であったとしても。
半年前、僕の人生計画は音を立てて崩れ去った。
1年前のこの時期、どれだけ言っても治らない父の浪費癖に愛想を尽かした母は、半ば強引に離婚を成立させ、「元夫のことをいち早く忘れたいの」と言って新しい恋に走った。
その結果、早くも10月の終盤には新しい相手を見つけてゴールイン。相手は7歳と5歳の娘を連れた大企業の役職持ちだった。
この再婚こそ、僕の終わりだったのだ。
「子どもを持つ親同士が結婚した場合、母方の子どもは何歳であっても父方の子どもより年下の立場となる」
これは、ほとんど知られていないこの世界の掟。
故に、誰しもが存在すら忘れていたのだ。「子どもが独立しないうちに自分の子より幼い子を持つ男と再婚してはならぬ」という言い伝えすら、いつしか風化していた。
だから、誰も母の再婚を引き留めなかったのだ。
当時、当然ながら僕は大学生だったから、「親と戸籍を分けない方が何かと便利」だと、両親の離婚後は母方に付いていたのだが、これが災いした形になる。
僕に与えられた新しい立場は、藤嶋家、その末子。年齢は3歳。
早くから勝ち取っていた内定も、真面目に積み立てた単位も、全てがチャラ。それどころか、小学校への入学すら、遠い先の話。
僕が生きた20年は、一瞬にして記録から抹消されたのだ。
システムというのは非情なもので、一度確定してしまえば、その事実が逆行して元に戻ることは無い。
僕の境遇に焦って親が離婚しようとも、僕の立場は3歳のまま。
今更母親の戸籍から抜けようにも、3歳では親との分籍はできない。
それはつまり、詰み状態ということ。
両親は方々を駆け回って解決に動いてくれたけれど、結局僕の立場は戻せなかった。
母も、義父も謝ってくれたのだが、この後悔と絶望は何処にもぶつけられない。
あの日の僕は、呆然と空を見上げているだけの植物だった。
それから数日、市の職員が家を訪ねてきた。
「真さんの件ですが、現代の医学では真さんを若返らせることも、小さくすることもできません。ですので大変申し上げにくいのですが、真さん自身で3歳相応の振る舞いをしていただく他なく……」
希望という希望を粉々に打ち砕く、あまりにも残酷な宣告。
耳を疑いたくなるような言葉の数々に、僕はいつしか意識を失っていたようで。
失神から目覚めた僕が目にしたのは、いかにも幼児が好みそうなキャラクターがプリントされたシャツを着ている自分の姿だった。
この世界は、僕を苦しめたくて仕方ないのだろうか。
義父から聞いた話によると、僕が立場相応の振る舞いをしなければ、教育制度の保護を受けられないのだそうだ。
ちなみに、制度を変えることもできない。
国や行政がそう決めたのではなく、”この世界がそうなっている”のだから、誰も僕を救える人はいない。
つまり、僕は3歳になりきるしかないのである。
その結果が、この恰好であった。もう十何年と見ていなかったアニメのキャラクターが、死んだ目で鏡を見つめる僕に笑いかけている。
今は見えていないが、下着も3歳という年齢に見合うようなものになっているらしい。
言われてみれば、普段着ていた下着とは肌触りが若干違う気もする。
新しい家庭で貰えると約束されていた僕の部屋は、パステルカラーの玩具が散りばめられた遊び場と化していた。
かくして、僕の新生活は思わぬ時期に思わぬ形で始まった。
「ママぁ!まーくん元気ない!もしかしたら、おむつがぬれてるのかも!」
無邪気に僕をお世話する凛”ねぇね”は、最初こそ困惑していたものの、少し時間が経つと弟ができたことをかなり喜んでいた。
幼稚園の中では、どうやら僕は本当に3歳の弟だと思われていたらしいと、参観に行った母は語っていた。まあ、事実3歳であることに変わりは無いから、間違いではない。
ただそんな誤解も、この4月に僕が入園したことで解けることとなった。
本来であれば幼稚園の先生であってもおかしくないはずの月日を生きているのだが、今の僕は入園してまだ1ヶ月の年少児だ。入園時には制服等の衣服から椅子や机などの備品まで、何もかもが大人サイズの特注品が1式、幼稚園に支給された。
ここで一度、冒頭の台詞を確認してみよう。
凛”ねぇね”は、僕の元気が無いことに対して、「おむつがぬれてるのかも」と報告した。
実は、幼稚園への支給品には「僕の幼稚園生活に必要なもの」として、布おむつが数枚含まれていたのだ。
これには、近年の子どもたちのおむつ離れが遅くなっていることが関係している。
「3歳頃の子どもは、まだおむつを使用しているのが一般的だ」という世間の流れに沿い、僕も半年前からおむつを着用させられている。当然トイレは使えず、尿意を感じたら我慢せずそのまま放出するという習慣によって、いつしか僕は尿意を我慢できない体になってしまった。最近はようやく、人生で2度目のトイレトレーニングをスタートさせたところだ。
本気になればそんなもの一瞬で終わらせることだって可能だと思っているのだが、あくまでも僕の生活は「一般的な3歳児」に縛られている。だからこうやって、あえて「おもらしの報告を忘れていた」というミスをしている……というのは都合のいい言い訳で。
いくらなんでも、恥ずかしすぎるのだ。
立場上は3歳であるとはいえ、無垢な5歳児の前で、母親を呼びつけ「ちっちでた」などと申告できるわけがない。もし、それを嫌な顔一つせず遂行できる青年が居るとするならば、その胆力を分けてほしいものである。
そんな理由で、僕は中々トイレトレーニングを進められずにいた。
母と義父の再婚前、初めて会った日の凛ちゃんですら、昼間のおむつは外れていたはずだ。
あの時の凛ちゃんは4歳。僕の新しい年齢は、まもなく当時の凛ちゃんに追いつこうとしている。何としても、追いつくまで、せめて追い越すまでに僕は羞恥心を捨て、トレーニングを完遂させると誓った。
「じゃあまぁくん、マットにごろんしてね~」
まるで僕を赤ちゃんのように扱うのは、咲良”おねえちゃん”だ。
普段は小学校に通っているから触れ合えるのは夕方以降なのだが、休日となれば話は別である。
平日には中々参加できない僕のお世話を積極的に行い、嫌な顔一つ見せたことは無い。
長女の咲良”おねえちゃん”は、当然凛ちゃんのお世話経験もあるわけで、まだ手際のたどたどしい凛”ねぇね”とは比較にならないほど手際よくおむつ替えを進めていく。
その速度は、20年以上のブランクを抱えた実母をも凌駕するほどだ。
あっという間に僕の腰には新しいおむつが巻かれていた。
「まぁくん、すっきりした?じゃあおもちたべよっか。おねえちゃんがちぎってあげる!」
おむつ替えなど造作もないとでも言いたげな仕事人は、既に次の話題に切り替える。
今日は端午の節句。”おもち”といえば、柏餅とちまきのことに違いない。
本来であれば1人でも食すことは容易なのだが、3歳児扱いではそうもいかないらしい。
2人の姉は競うように2種の和菓子を手に取り、僕の口を両側から挟み込んだ。
食い気味に「おいしい!?」と聞かれると、頷くしかない。
双方ともそれを確認し、満足気な表情で僕がかじった残りを口に入れた。
本来驚くべき行動なのだが、もう慣れてしまったらしい。僕は2人の”弟”になって間もない頃のことを、ふと思い返していた。
「みてまぁくん!これかわいいでしょ!」
僕の立場が決定してからわずか数日。僕たち家族は写真スタジオに居た。
11月15日は七五三。丁度7歳、5歳を迎えていた姉2人はそれぞれ、見たことの無い着物たちに目を泳がせ、終始はしゃいでいたのが記憶に残っている。
母と義父もそれぞれ着物に身を包み、はしゃぐ娘たちを見ていた。
そんな中、僕はというと、特注サイズの派手な着物、そして被布と呼ばれる前掛けを纏わされていたのだ。
そう、僕の立場は3歳。七五三では一番幼い”三”担当である。
とても笑える状況では無かったのだが、写真のためにと何とか笑顔を作っていた。
この時、記念品として貰った2本の千歳飴を3人で食した時、僕は2人の無邪気さを痛感したのだ。
それ以降、何かイベントがあると僕は強制的に参加させられ、そのイベントにあった食べ物を3人で分けて食べるというのが藤崎家の慣習となった。
基本的に、僕が最初に食べさせられ、その残りを姉2人が頬張るというシステムである。
僕はもちろんのこと、2人も食べる量が減っているはずなのに、揃って満足気な顔をしているものだから、「やめてほしい」なんて言えるわけがない。
僕はただ、2人が食べ終わるまで大人しく待つしかなかった。
「あ!そうだ!この前ね、幼稚園でね……」
そう言うが早いか、柏餅を食べ終えた凛”ねぇね”は、手も拭かずに子ども部屋へと駆けていった。
再び走る音が聞こえ、振り返った時、飛び込んできたのは、小さな手で包むように持たれた折り紙の数々。
十数枚にものぼろうかというそれらは、兜や鯉のぼりの形をしていた。
おそらくは、幼稚園で習ったものを覚えて量産したのだろう。十分な努力の結晶が小さな手いっぱいに広げられている。ただ1つ残念なことは、そのほとんどがピンク色であるということだ。赤やオレンジも混ざっているということは、ピンク色の折紙のストックは無くなっているのだろう。
目を輝かせて「これ、ぜんぶまぁくんにあげる!」というのが”妹”であれば、純粋に喜んで受け取れたのかもしれない。
ただ、何度も言うように、立場上は僕の方が”弟”なのだ。「折り紙の兜や鯉のぼりで無邪気に喜んでくれる」と思われているのかもしれないという邪念が、「ありがとう」と言う僕の笑顔を引きつらせていた。
ただ、凛”ねぇね”はその不自然な笑みに気付かなかったのか、それともこの反応が僕の日常茶飯事なのか、屈託のない笑みで「どういたしまして!」と言ってくれた。
「夕ご飯までまだ時間もあるし、また3人で遊んどいで。」
一連の流れを微笑ましく見守っていた、母の言葉。
2人の姉は元気よく、僕はほどほどに返事をする。
立場通りなら、僕が一番元気でなければいけないのだが、大人の体で子どもの振りをして遊ぶのは、かなり疲れるものなのだ。
僕は、この先の未来など考えないようにしながら、我先にと子ども部屋を目指す2人の姉の後を追った。
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