夫の仇である死ぬほど憎い男を愛してしまったどころかドロドロの沼に落とされた話

花山院静

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 日没になるとサーシェン城の門は閉ざされた。

 城壁の上を篝火かがりびに照らされた衛兵が立つと、眼下に広がる、もう薄墨の色になってしまった丘に点在する村からもチラホラと火が焚かれた。

「いやあ、夏が近いとはいえ冷えるねえ」

「俺は下に一枚多く着てきたよ。肌に鎧が触れると仮眠もとれないからな」

「まったく。ん、あれは何だい。見ろよ、遠くから馬車が来るじゃないか」

 城内を振り返った衛兵の一人が、持っている自慢の槍で指し示しながらこう言った。

「槍で指すやつがあるかい、不躾な。しかし本当だ。数名を従えた馬車。しかもあんなに遠くから来るということは君、なかなかの身分の方じゃないか」

「おい、城門を開けろなんて言われたらどうする」

「どうするったって、日没後の城門は天地が裂けても開かないというのが俺たちの役目だぜ」

 衛兵たちの心配をよそに、ペルネ公を乗せた堂々たる馬車の一群は、石畳の幹道をゆるゆると進んだ。

 馬車は巨体のペルネ公のために特別に作られた代物で、車輪は通常のものを二つ重ね合わせ、膂力りょりょくの並外れたペルネ公を支えている。それらを曳く馬はペルネ公の好みの巨躯きょく凛然とした毛並み艶やかな黒馬。

 御者の手綱さばきも軽快に馬車が進む。

 すると、周囲の邸のカーテンがそっと開かれ、中の明かりが漏れ出てくる。周囲の貴族たちはもちろんこの馬車の”行軍”に気づいている。気づいてはいるが、そこは貴族。見物などという品のないことはできないのだ。しかし気にはなる。だからこの明かりの漏れというわけだ。

 ペルネ公は邸を出てから終始無口だ。といって、思案に暮れているというわけではなく、頭の中は空っぽ。ときおり冷えるなと思うくらいで、自慢の顎鬚あごひげを撫でながら、御者の背中や馬の耳を眺めていた。

「そろそろベルタ様のお邸で」

 御者が不意に声を掛けたのを聞き、ペルネ公は言った。

「どうすればいい?」

 御者は吹き出し掛けたが、馬車の隣でずっと葦毛の牝馬に乗りながら闊歩して付いている教育係のルカランブがその質問ともいえない質問を受けた。

「まずは慌てないこと。といっても威風堂々たる若様のこと、あたふたすることはないでしょうが、粗野はいけません。門番には私が話をしますが、ベルタ様がお越しになられた時は、練習に練習を重ねたご挨拶をゆっくり丁寧に述べられますよう」

「あの面倒な口上、省けないものかね」

「若様」

「なんだ。何を怒っている?」

 こんな具合のペルネ公であった。
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