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第二十一話

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✳︎錬金術師・キャスと黒幕?!✳︎

フィーガンの一件が落ち着いて、二週間。
私はアポロン亭の中庭で、小さな〝仲間〟と話をしていた。

「そうですか……。では、引き続き監視をしてくれるかな? 何かあったらすぐ連絡をよこして」

私の指先に止まった小さな蜂は、左右に小首を傾げると。
空気を振動させるように羽音を立てて、アポロン亭の中庭から空高く舞い上がった。

私が使役する機械仕掛けの蜂・マキナビー。

小さいながらも、かなりの働き者ですからね。
空に小さな点を残して、あっという間に見えなくなったマキナビーを見上げる私に。
ゴゴッと鈍い音を立てながら、大きな影が近づいてきた。

「ラピス、どうしました?」
「ギギギ……」

臆病な石のゴーレム・ラピス。
ゴーレム一倍臆病者なラピスは、どのゴーレムより人の気持ちを察するのが得意で。
私は今、とてもラピスに気をつかわせる顔をしていたんだろうな、と容易に想像がついた。

「大丈夫ですよ、ラピス。心配には及ばないので」
「ギギギギ……」
「あぁ、アポロン亭の皆も心配なんですね。大丈夫ですよ、ラピス。大好きなカレンにも誰にも迷惑をかけるようなことにはなりません。ほら、あなたの友達もそう言ってますから」

中庭の入り口に。
迅雷の魔道士アイルと氷晶の魔道士ハーベンが立っていて。
ハーベンの肩に乗っていたフワフワした生き物が、ラピス目掛けて飛んできた。

「ぴゅい、ぴゅい」

スパローグリフォンのフォンが、小さな羽を羽ばたかせてラピスの頭に甘えるように着地する。

「あの、キャス……話があるんだが」

アイルが難しそうな顔をして口を開いた。

「占い……のことですか?」
「あぁ、察しが早くて助かる」

アイルがハーベンに目配せすると。
ハーベンは手のひらに小さな氷の球体を作り出した。
その球体に、アイルが指先から出した光をふりかける。
球体がみるみる金色に染まり、途端に所々赤黒い点が球体を侵食していく。

「フィーガンの件がひと段落して、この点も少なくなると思っていたんだが……。減るどころか、強さを増している」
「……そうですか」
「何か心当たりはないか?! ハーベンが! ハーベンが……不安でたまらないと訴えてきて」
「…………皆……」

アイルのとなりにいたハーベンは、相変わらず穏やかな表情をしている。

「助かりましたよ、ハーベン。私も確固たる証拠や裏付けがなかったものだから。これで一つわかりました」

私の言葉に、アイルとハーベンが視線を交わして表情を少し緩ませた。

「それで、と言ってはなんですが。アイル、ハーベン。私もあなた方に頼みたいことがあるんです。よろしいかな?」






✳︎シタンとマキナビー✳︎

「ここでいい。俺たちが戻るまで、ここでしばらく待機していてほしい」

シフが身を乗り出して、馬車の御者に何かを握りしめた拳を突き出した。
御者は軽く会釈すると、何も言わずに拳の中身を受け取った。

二頭引きの貸し馬車を降りると。
私のあとにミカが続けて馬車を降り、その肩にクロスボウを担いだ。

シフと私と、ミカと。
なんとも奇妙な組み合わせだが。

私たち三人は、目の前をそびえるコサクエ峠の荒々しい山肌にその足を止め、思わず息を飲んだ。
そんな私たちの目の前に、うるさいくらい羽音を立てた蜂が現れ、〝こっちへこい〟と案内するかのように旋回している。

ここにいるのは……そう、理由があるのだ。

ウィルとフェイレイと偶然遭遇した地下迷宮ドラゲバームター。
そこでアンデッドに襲われて以来、私とシフもなんとなく足が遠ざかり。
悶々とした状態のまま、私はアポロン亭に併設されているディオニュソス酒場でエールを煽っていた。

……自分の中に疑問が生じてしまった、というのが正直な気持ちで。

なかなか欲しいものの手がかりすら掴めないし、私の行動自体が正しいのかも分からずに。
何より、あの時苦しむフェイレイを見て胸が苦しくなったのだ。
何故か、フェイレイの姿とシフの姿が重なって……胸がつかえて、余計に居た堪れない。 
その生じた不快な思いを払拭するように、エールを再び煽ると酒場を見渡した。

いつも賑やかなディオニュソス酒場。
入り口に近いテーブル席に、派手な三人組の姿と錬金術師のキャスが見えた。

クローマ三兄弟か……いつも、賑やかだな。

きっと、胸を押しつぶされるような悩みなど、抱えたことはないんだと確信した。
もし、私とシフがこのような関係ではなく、クローマ三兄弟のようなただ純粋に笑い合える関係なら……こんな風に、心を蝕まれる苦しさを感じることすらないのではないか。

そう……。
あんな風に、私は腹の底から同じ目線でシフと笑い合えることなど……ないのだから。
一抹の寂しさを抱えてぼんやり酒場を眺めていると、ふと目の前に人影が現れた。

「少し、よろしいかな?」

顔をあげるとキャスと、いつの間にかハンターのミカが立っていて。
あまりピンとこない組み合わせに絶句していると。
シフが私の代わりに「あぁ、大丈夫だ」と答えていた。

「黒幕を潰さなくては、この一連の騒ぎは落ち着かないのですよ」
「黒幕?」
「えぇ、このドラコブルトで次々と起こっている不可解な事柄についての黒幕ですよ。今まで何もなかったのが不思議なんですが……。今のドラコブルトは、何者かが意図的に騒ぎを起こしている。私はそう感じるのです」

ワイングラスを手のひらで転がしながら、呟いたキャスの言葉に。
一瞬、フェイレイの姿が頭をよぎった。

「そこでお二人とミカにお願いがあるのですが」
「お願い?」

キャスは胸元から小さな瓶を取り出した。
網で蓋をした透明のその瓶の中には、小さな蜂が足をバタバタして。
私は思わず、その蜂を凝視してしまった。

「この蜂と一連の騒ぎと、なんの関係があるのだ!」

まわりくどい言い方をするキャスに、幾分苛立った口調でミカが噛みつくように言う。

「このマキナビーの言うことを聞いて欲しいんです」
「はぁ?! この機械仕掛けの蜂の言うことを?!」

何を考えているかわからない……。
常に自信たっぷりの笑顔で、私のさらに先を見越しているようなキャス。
一連の騒ぎを落ち着かせるために、何故、私たち三人が蜂の……マキナビーの言うことを聞かなければならないのか。

皆目見当がつかない。

「私はこう見えても……。まぁ、意外かもしれませんが。カレンもスカイも、このアポロン亭の全てを気に入っているんです」
「……キャス」
「ただ……今のアポロン亭は、いろいろと取り合わせが悪い……」
「取り合わせ??」
「フィーガンが殺人犯として陥れられようとしていたのは何故か? シタンとシフ、それにフェイレイが襲われたのは何故か? そして近頃のヴァンパイア騒動……今は接点がないような素材でも、錬金してみると不思議と効果の高い劇薬が生まれたりと……一つにつながることもあるんですよ」
「……一連の事件が繋がっていると?」

キャスの目が。
一瞬、鋭く光った。
この目に射抜かれたように、私は息をゴクっと飲み込んだ。

「昨日、クローマ三兄弟に話を聞きました」
「クローマ三兄弟に!?」

ワインを一口、口に運んだキャスは。
一呼吸おいて言葉を続けた。

「ドラコブルトからさほど遠くない、コサクエ峠の近くの森に。あまりよろしくない輩が出入りしているそうです」
「この俺に……ゴロツキ共の正体を、探れと?」

静かに言葉を返すシフの横で、ミカが静かに立ちがった。

「俺の専門はヴァンパイアだ!! アンデッド以外に用はない」
そう言うと、自分の飲んでいたエール代のコインをテーブルに置くと、踵を返して立ち去ろうとする。

「もし……ヴァンパイアも、それに、関わっているとしたら?」
「……」

ミカの足が止まる。

「説明はしてもらえるんだろうな?」
「先ほども言ったとおりドラゲバームターにアンデッドが増えている原因……ヴァンパイア騒動……そしてシタンとシフ……フェイレイが襲われた一件……さらにはフィーガンの殺人容疑にもヴァンパイアの疑いでした……その全てが繋がっているかも、しれませんよ?」
「……証拠はあるのか?」
「ありません」
「!!」
「ですが……アンデッドを追えば、自ずとヴァンパイアに近づく……そうではないですか? ミカ」
「ふっ!!」

ミカは静かに自分の席に座ると、

「続けてくれ……」

そう言ってスカイにエールをもう一杯、頼んだ。

キャスを見上げた私は、この時初めて目が合って。
鋭いその眼差しのまま、口角をキュッとあげて。
わざとらしく笑顔を作ったキャスは、ワインをグッと飲み干した。

「まぁ、何かといかがわしい錬金術師の言うことなど信用できないと思いますが。ここは少し……アポロン亭の、カレンのためだと思って。人肌脱いでもらえませんか?」
「カレンの為か……」

私とシフは同時にそう、呟いていた……。





✳︎頼れる用心棒・シフのクレメル救出大作戦✳︎

「……あの錬金術師の言うことは、いちいち胡散臭い」

木の影に身を隠しながら。
巻き上げ式のクロスボウをキリキリといじるミカが、不機嫌極まりない感じで呟いた。
ミカの言わんとすることも、まぁわからんでもない。
錬金術師自体、かなり胡散臭い上に、キャスの言い回しときたら、いちいち奥歯に何か挟まったようだったからだ。

『あなた方の命を狙う真打を、退治していただけないかな?』

にわかには信じがたい言葉を口にするキャス。

それは、俺とシタンにとったら寝耳に水というヤツだった。
見知らぬ輩に命を狙われ、シタンに傷を追わせてしまった。
襲われたのが一度ならまだ、気のせいで済んだのだ。
それなのに……二度も襲われることになろうとは。
その犯人に対して、腹わたが煮え繰り返るくらい憎悪の念を抱いていたんだ。

その言葉に半信半疑になりながらも。
キャスの使役であるちっぽけな蜂に案内され、俺たちはコサクエ関所に程近い山小屋にたどり着いた。

夜の帳が下りるのが早い。
山の影と、夜の闇が溶けるように。
その闇を深く、黒く、包み込んでいく。

……こんな所で、グズグズしている場合ではない。
森には何が潜んでいるか分からないんだ。
俺は、すぐ隣の木に身を隠すシタンに視線を送った。
俺の視線に気付いたシタンが俺を見上げる。

「見張りは、山小屋の外に四人……」
「シフ、中の様子が分かるか?」

ぼんやりとランタンに照らされた山小屋の室内。
本来ならば、はっきりと見えぬはず。
周りの闇の深さが、わずかな灯りでも中にいる人の輪郭をはっきりと現していた。

「あぁ。柱に縛られた少年が一人。椅子に座った初老の男と……手練れの用心棒が少なくとも三人はいる」
「少年? 捕まってるのか?!」
「あぁ。おそらく人質かなんかだろう。しかし……」
「なんだ、シフ」
「あの初老の男性……どこかで見た気がするんだが……」

シタンが俺の言ったことを確認するかのように、木から身を乗り出して、中の様子を伺う動作をした。

「なっ!! 見つかるぞ、シタン!!」

俺はシタンの肩を掴んで押し戻すと。
こちらに気付いていないか、息を殺して山小屋の様子を伺った。

「あれは!? ガーランド卿だ……」

小さく、シタンが声を漏らした。

「ガーランド卿?! あの巨万の富を持つ男爵の!?」
「あぁ……。一度、父上とパーティに招かれてお会いしたことがあるが。……あまりいい印象はなかったな」
「ソイツが、黒幕なのか?!」

キリキリ言わせていたミカが、荒ぶる声を抑えて叫ぶように言った。

「……なんとも言えん。ただ……」

シタンが拳を唇に押し当てて、何か考えるようにして目を伏せる。

「裏の社会と繋がっている、そう言う噂は絶えない方だ」
「なおさら黒だろうが!」

そう言ったミカがクロスボウを構えて、山小屋に照準を合わせた。

「ガーランド卿を捕らえたとなると、色んな意味で反響があるだろうな」
「あぁ、わかってる。それくらい容易に想像がつくんだ、シフ。それに伴う私たちの影響も」
「ヴァンパイアが絡んでるかどうか……ソイツに聞くほかないのだろ?」
「まぁな」
「なら、やることは一つだ……合図をくれ」
「わかった」

そう言って、俺とシタンは足音を立てないように、山小屋へと向かった。

山小屋の近くまで来たところで、シタンが腰に携えたレイピアに手をかけた。

「何にしても目の前で拘束されている少年を見過ごすことができない」
「おまえはそう言うだろうと思ったよ、シタン」
「……シフ」

俺はツヴァイハンダーに手をかけて、小さく息を吸った。

見張りの死角に立つと、巨大な剣を上に掲げた。
これがミカへの合図だった。

刹那。
山小屋に向かって走り出した俺たちの横を。
真っ直ぐ銀色の光が、暗闇を切り裂くように横切り。
山小屋の前に立つ見張りの一人の首筋に、クロスボウから放たれたボルトが鈍い音を立てて突き刺さった。
続けて、山小屋周囲に立つ残る三人の急所に命中し、音もなく見張り達は崩れ落ちた。

俺たちは山小屋の扉の前に立つ。
次の瞬間、ミカの放ったボルトは窓ガラスを突き抜け、室内のランタンに命中。
部屋は、漆黒の闇に包まれた。
「な、なんだ?」

ガーランド卿の叫び声が聞こえた。
同時に俺たちは山小屋のドアを蹴破ると、山小屋の中に雪崩れこんだ。
暗闇の中にいた分、目が慣れている俺たちは。
振り回す剣の先に手応えを感じながら、縛られている少年の方に向った。
男の呻き声にまざって、ジジジ……ジジジ……。
キャスのマキナビーが、俺を導くように羽音を立てる。

……こっちか!

その時、背後で灯りが灯った。
目の前には、柱に縛られ猿轡をかまされた青い目の少年。
そして俺の下に、ねじ伏せられたガーランド卿の姿があった。
振り返ると、折り重なる三人の男の背中に、串刺しのようにレイピアが深く刺さっていた。
携行用ランタンに灯りをともすシタンが、静かに口を開いた。

「用心棒のくせに。案外、鍛えてなかったようだ」

が、次の瞬間、シタンの背後にまだ一人、息を殺していた奴が残っていたのだ。
「シタン! 危ないっ!」

シタンが振り向くよりも早く、ダガーを構えた用心棒が背後に迫っていた。

「うぐっ……」

そう呻いて倒れたのは、用心棒だった。
その胸には、クロスボウのボルトが深々と突き刺さっていた。

「ミカに、エールを奢んないとな……」

シタンが呟くと、その声に反応したかのようにガーランド卿が呻いた。

「おまえッ! クラウゼヴィッツの倅だな?! 私にこんなことをして、ただで済むと思ってるのか!!」

俺の腕の下でねじ伏せられたガーランド卿が、しゃがれた声を苦しげに振るわせて、シタンを罵った。

「暴れるな!」
「ガーランド卿、そいつは馬鹿力ですからね、下手に暴れると骨の一本や二本、平気でへし折りますよ」
「くっ……」
「そんなことより、俺の命、狙ったのは……何でですか?」

これはシタンのハッタリだ。
黒幕だという明確な証拠もないまま、キャスに言われるがままに来てるだけだ。
だが、さも全て知っているかのように語るシタンは、権謀術数が飛び交う貴族社会で生き抜いてきただけのことはある。

「馬鹿馬鹿しい……そんなことが……」
「ガーランド卿……もうバレてるんですよ……ベルガー卿の奥方の件だって……最近のヴァンパイア騒動のことだってね」
「な!?」

全てはハッタリなのだが、ビンゴだったらしい。
男爵の顔色が、明らかに変わったのがわかる。

「ガーランド卿……理由を聞かせてください」
「理由だと……ふっ」
「何がおかしい?」
「いくら話したところで……貴様らに、我らの崇高な計画の意味などわかるはずもない……」
「こっちは、その意味のわからないことで殺されかけてんだ。説明くらいしろよっ!」

シタンは語気を荒げた。
そこにクロスボウを構えたミカが入ってきた。

「もういい! 話す気がないならそれでも構わない! ヴァンパイアはどこにいる? 俺が聞きたいことはそれだけだ!」

ミカは、乱暴にクロスボウをガーランド卿の目の前で構えた。

「ヴァンパイアハンターか……くだらぬ」
「話せば命だけは助けてやる」
「命だと? この計画に加わった以上、もとよりこの命など惜しくもないわっ!」

ガーランド卿は叫び声を上げた。

「いいから言え!! ヴァンパイアはどこだっ! 奴らはどこで何をしている?」
「……ウグッ」

押さえつけられたまま、もがくガーランド卿の頬には血がにじんでいた。

「シフ、男爵を放してやれ」

シタンに言われて俺はガーランド卿を立たせると、椅子に座らせた。
それでもミカのクロスボウは、ガーランド卿に向けられたままだったが……。


「お話いただけますか? ガーランド卿」
「いいだろう……どこまで話せるか……試してやろう」
「?」

その言い回しに引っ掛かった。
ガーランド卿は、左指にはめた赤く大きな指輪を気にするように触っている。

「この計画は、我らが教団によるドラコニス復興の福音なのだ」
「教団? なんの話をしている?」
「!? 我らの正体に気付いているのではないのか?」
「!!」

シタンがしまったという顔をした。
ハッタリがガーランド卿にバレたのだ。
その次の瞬間だった。
ガーランド卿の左指の指輪が淡い光を放つ。

その刹那。
「ゔわぁぁぁっ!」

ガーランド卿が、首をかきむしる仕草をしながら苦しみ出した。

「何だ!? いきなり!!」

断末魔が山小屋に響き、床にのたうちまわったガーランド卿は、瞬く間にミイラのように干からびて動かなくなった。
指輪の赤い石は、真っ黒になっていた。

「魔法だ……秘密を話そうとする者のマナを根こそぎ奪う致死の呪いだ……」
「そんな魔法……邪神を崇拝する者しか使わない禁忌の術だ」
「要するに口封じの指輪ってことか……」
「……トカゲの尻尾切りか」

悔しそうに顔を歪めたミカがつぶやいた。

「となると、黒幕は他にいるな」
「教団って言っていたが……一体……」
「クソッ!」

悪態をついて悔しがるミカを尻目に、俺に近づいたシタンが静かに続けた。

「あぁ……。私たちにつきまとう現状は、変わることもなければ、終わることもなさそうだ」

そのシタンの表情が、不安定というか。
自分の信念を貫けば貫く程、自分に対する敵視する者が増える……ジレンマに苛まれて。

……そんな表情を、シタンにさせてしまわぬように。
俺はより強く、ならなければならないんだと心に誓った。

「心配ない、シタン。俺が全て排除する」
「……シフ」
「必ずシタンの願いを叶える。俺はそのためならなんだってする」

誓った想いを、強く焼き付けるように呟くと。
短刀を取り出し、柱に縛りつけられたまま、グッタリと意識を失っている様子の少年の猿轡と縄を断った。

「ッ!?」

油断をしていたのは否めない。
少年は意識を失ってなどいなかった。
目の前の少年は体勢を低くして、いつの間にか手に握られていた細身のナイフで、俺に斬りかかってきたのだ。
間髪避けた俺は、ナイフを構えて震える少年と間合いをとる。

「に、兄ちゃんを……兄ちゃんはどこだ!!」
「兄さん?」
「必ず帰ってくると言ったのに……!! 兄ちゃんはどこだ!!」

なりふり構わず斬りかかってくる少年の腕を軽く叩き、その手からナイフをはたき落とすと。
俺は少年の腕をキツく握り、その動きを封じた。

「兄さんとは? おまえの兄の名は何という」
「……」
「名前を答えろ!」
「リヒャルト……」
「リヒャルト?!」

少年の発した名前に。
サッと、血の気がひいて。

と、同時に。
俺の中に渦巻いていた全ての疑問や疑惑のパーツがガチッとハマった、そんな気がした。

……リヒャルト。

アポロン亭の常連。
あのリヒャルトが、俺たちに刃を向けた暗殺者だったんだ……!!
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