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90、残光
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ヴァランはぐっすりと眠っているオクルスをまじまじと見つめていた。不眠だと言っていたが、今日は深く眠っているらしくて身じろぎすらしない。
ヴァランはオクルスの金の髪に触れた。細い髪はさらさらと手からこぼれ落ちた。そのあまりの手触りのよさに、もう一度触れようとしたところで、オクルスが寝返りをうった。
「ん……」
慌てて手を引っ込めたヴァランは、起こしてしまわないように息を殺して静かにしていた。オクルスは目が覚めたわけではなかったようで、そのまま眠っている。
ヴァランは、またオクルスの観察を始めた。
昔は背が大きいと思っていたが、今になってみるとそこまで大柄ではない。細身なのもあって、間違って折ってしまいそうで怖いくらいだ。もう少しで身長を抜かせるだろうか。
じーっと見ていると気がつけば時間が経っていたようだ。窓の外に見える月の位置は大分変っている。ヴァランは寝るのを諦めて一度身体を起こした。
オクルスが――愛する人が目の前にいると思うと全く眠れない。寝るのも惜しい。そんな暇があるのなら、視界にいれておきたい。
こんなことを考える自分は、とっくにおかしくなっているのだろうか。ヴァランはふっと苦笑した。
恋とは人を狂わせる。オクルスに借りた物語の文章がこんなに自分に当てはまるとは思わなかった。
「眠れなくなるくらいなら、オクルス様のところで寝なきゃいいんですよ」
「テリー」
呆れたようなテリーの声に、ヴァランは顔を上げた。近くの机にいるテリーの真っ黒な目がこっちを向いていた。
テリーに見られたという気恥ずかしさから、下を向く。口ごもりながら、言い訳のように呟いた。
「でも、こんな機会は滅多にないから」
オクルスは冗談で言ったのかもしれない。それでも、この前まで嫌われようと振る舞っていたオクルスが、次はどんなことをしてくるか分からない。また何か思いついて始めてしまうかもしれないのだ。それなら、自分の欲望に忠実になっておいた方が良い。
「ご主人様はもう何もしないと思いますが」
「そう、かな? そうだと良いけど」
オクルスの手記を見た限り、ヴァランのためを考えてくれている人だ。そしてオクルスは相当にマイペース。彼が何をするのかは予測できない。
曖昧に言ったヴァランのことを、テリーがじっと見つめてきた。テリーの真っ黒な目は、ヴァランの心の内まで見透かすようで、居心地が悪い。
「そういえば、オクルス様が魔法を使えないけれど、テリーは大丈夫なの?」
話の逸らし方が露骨だったかも、と言ってから思う。しかし、テリーはそこに言及することなく頷いた。
「はい。大丈夫です。一度水差しからコップに水を注いだとして、その水差しが壊れたとしてもコップの水は消えないですよね?」
「確かに」
テリーは「完成しきった存在」ということだろう。ヴァランはオクルスから「物従」の魔法を何度借りても、影響したことはなかったのだから、把握はしていたが。
ヴァランが納得していると、テリーが静かな声で言った。
「……ヴァラン。君は、ご主人様と2人きりになるために、ボクが邪魔だとは思わないんですか?」
テリーの言葉に、ヴァランは目を見開いた。すぐに首を振って否定をする。
「思わないよ。テリーは家族だから」
自分で口にしておいて、「家族」という言葉がすとんと落ちた。孤児院にいた頃には天涯孤独になると思っていたのに、今ではこんなことを口にできると思うと感慨深い。
ヴァランの言葉に一度頷いたテリーだったが、さらに質問を重ねてくる。
「それでは逆に。なぜ、ご主人様への気持ちは『家族への愛』では駄目だったんですか?」
テリーの言葉に、ヴァランは動きを止めた。
言いたいことは分かる。ヴァランは、自分がオクルスに持つ気持ちを「恋」だと定めた。名付けたと言っても良い。とにかく、家族とはしなかった。
ヴァランの口元にゆっくりと笑みが広がった。
「それだけだと、足りない。僕はオクルス様に必要とされたい。僕を生きる意味にしてほしい。願わくば、オクルス様の全てになりたい」
ヴァランの気持ちを全て口にできたわけではない。まだ、一部だけだ。もっと。もっとヴァランの中ではキラキラと輝くような気持ちもあれば、どす黒く泥に沈みゆきそうな重たい気持ちも隠れている。
「こんな身勝手で、重苦しい気持ちを、家族に持つものだとは到底思えないよ」
だって、テリーにはそんなことを思わないのだ。オクルスだけ。特別であり、唯一なのだ。
「今回の件がなければ。オクルス様の手記を見なければ、気づかなかったかもしれないけれどね」
ヴァランにとって、オクルスは神のような存在だった。そんな神に、何かを求めることなんてあるはずはない。
しかし、ヴァランは知った。オクルスは神ではない。悩み抜いた人間。必死でヴァランのことを考えてくれた人。
それは、神でないからこそ尊いことに思えた。自分と同じような人間であるにも関わらず、ヴァランを庇護してくれる。それは奇跡のようだ。
ずっとヴァランの中でも残り続ける光のように。オクルスの存在は、ヴァランの中に残り続けているし、それは死ぬまで輝き続けるだろう。
じっと黙って聞いているテリーに、ヴァランは尋ねた。
「テリー。僕の気持ち、オクルス様に言う?」
「言いませんよ。だって、この人は信じないから」
「……?」
信じない。そんなことがあるだろうか。オクルスはヴァランの話を丁寧に受け止めてくれているというのに。このときのヴァランはそう思っていた。
――テリーの言葉が事実だと悟るのは、もう少し先の話。
ヴァランはオクルスの金の髪に触れた。細い髪はさらさらと手からこぼれ落ちた。そのあまりの手触りのよさに、もう一度触れようとしたところで、オクルスが寝返りをうった。
「ん……」
慌てて手を引っ込めたヴァランは、起こしてしまわないように息を殺して静かにしていた。オクルスは目が覚めたわけではなかったようで、そのまま眠っている。
ヴァランは、またオクルスの観察を始めた。
昔は背が大きいと思っていたが、今になってみるとそこまで大柄ではない。細身なのもあって、間違って折ってしまいそうで怖いくらいだ。もう少しで身長を抜かせるだろうか。
じーっと見ていると気がつけば時間が経っていたようだ。窓の外に見える月の位置は大分変っている。ヴァランは寝るのを諦めて一度身体を起こした。
オクルスが――愛する人が目の前にいると思うと全く眠れない。寝るのも惜しい。そんな暇があるのなら、視界にいれておきたい。
こんなことを考える自分は、とっくにおかしくなっているのだろうか。ヴァランはふっと苦笑した。
恋とは人を狂わせる。オクルスに借りた物語の文章がこんなに自分に当てはまるとは思わなかった。
「眠れなくなるくらいなら、オクルス様のところで寝なきゃいいんですよ」
「テリー」
呆れたようなテリーの声に、ヴァランは顔を上げた。近くの机にいるテリーの真っ黒な目がこっちを向いていた。
テリーに見られたという気恥ずかしさから、下を向く。口ごもりながら、言い訳のように呟いた。
「でも、こんな機会は滅多にないから」
オクルスは冗談で言ったのかもしれない。それでも、この前まで嫌われようと振る舞っていたオクルスが、次はどんなことをしてくるか分からない。また何か思いついて始めてしまうかもしれないのだ。それなら、自分の欲望に忠実になっておいた方が良い。
「ご主人様はもう何もしないと思いますが」
「そう、かな? そうだと良いけど」
オクルスの手記を見た限り、ヴァランのためを考えてくれている人だ。そしてオクルスは相当にマイペース。彼が何をするのかは予測できない。
曖昧に言ったヴァランのことを、テリーがじっと見つめてきた。テリーの真っ黒な目は、ヴァランの心の内まで見透かすようで、居心地が悪い。
「そういえば、オクルス様が魔法を使えないけれど、テリーは大丈夫なの?」
話の逸らし方が露骨だったかも、と言ってから思う。しかし、テリーはそこに言及することなく頷いた。
「はい。大丈夫です。一度水差しからコップに水を注いだとして、その水差しが壊れたとしてもコップの水は消えないですよね?」
「確かに」
テリーは「完成しきった存在」ということだろう。ヴァランはオクルスから「物従」の魔法を何度借りても、影響したことはなかったのだから、把握はしていたが。
ヴァランが納得していると、テリーが静かな声で言った。
「……ヴァラン。君は、ご主人様と2人きりになるために、ボクが邪魔だとは思わないんですか?」
テリーの言葉に、ヴァランは目を見開いた。すぐに首を振って否定をする。
「思わないよ。テリーは家族だから」
自分で口にしておいて、「家族」という言葉がすとんと落ちた。孤児院にいた頃には天涯孤独になると思っていたのに、今ではこんなことを口にできると思うと感慨深い。
ヴァランの言葉に一度頷いたテリーだったが、さらに質問を重ねてくる。
「それでは逆に。なぜ、ご主人様への気持ちは『家族への愛』では駄目だったんですか?」
テリーの言葉に、ヴァランは動きを止めた。
言いたいことは分かる。ヴァランは、自分がオクルスに持つ気持ちを「恋」だと定めた。名付けたと言っても良い。とにかく、家族とはしなかった。
ヴァランの口元にゆっくりと笑みが広がった。
「それだけだと、足りない。僕はオクルス様に必要とされたい。僕を生きる意味にしてほしい。願わくば、オクルス様の全てになりたい」
ヴァランの気持ちを全て口にできたわけではない。まだ、一部だけだ。もっと。もっとヴァランの中ではキラキラと輝くような気持ちもあれば、どす黒く泥に沈みゆきそうな重たい気持ちも隠れている。
「こんな身勝手で、重苦しい気持ちを、家族に持つものだとは到底思えないよ」
だって、テリーにはそんなことを思わないのだ。オクルスだけ。特別であり、唯一なのだ。
「今回の件がなければ。オクルス様の手記を見なければ、気づかなかったかもしれないけれどね」
ヴァランにとって、オクルスは神のような存在だった。そんな神に、何かを求めることなんてあるはずはない。
しかし、ヴァランは知った。オクルスは神ではない。悩み抜いた人間。必死でヴァランのことを考えてくれた人。
それは、神でないからこそ尊いことに思えた。自分と同じような人間であるにも関わらず、ヴァランを庇護してくれる。それは奇跡のようだ。
ずっとヴァランの中でも残り続ける光のように。オクルスの存在は、ヴァランの中に残り続けているし、それは死ぬまで輝き続けるだろう。
じっと黙って聞いているテリーに、ヴァランは尋ねた。
「テリー。僕の気持ち、オクルス様に言う?」
「言いませんよ。だって、この人は信じないから」
「……?」
信じない。そんなことがあるだろうか。オクルスはヴァランの話を丁寧に受け止めてくれているというのに。このときのヴァランはそう思っていた。
――テリーの言葉が事実だと悟るのは、もう少し先の話。
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