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95、羨ましい
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どこか上の空であるオクルスを心配し、部屋へと訪れたヴァランだったが、中から聞こえた声に身動きが取れなくなっていた。
『ねえ、エストレージャ。どうしたら良かった? どうしたらいい? 助けて』
オクルスの悲痛にまみれた声に、ヴァランは静かに息を吐いた。
「助けて、か……」
ヴァランは、オクルスから「助けて」の一言ももらえなかった。相談はもちろんのこと、咄嗟に出る言葉としても救いを望まれていなかった。だから、オクルスは全てを背負い込む羽目になったのだから。
部屋から、オクルスが嗚咽する声がこぼれてきている。ヴァランの前で、オクルスがここまでの激情を表にすることはない。
やはり、オクルスが頼ることのできるのはエストレージャなのだ。ヴァランには頼ることがない。どうしようもない無力感に、ヴァランは自身の拳を強く握った。
しばらく、そのまま立ち尽くしていたが、急に扉が開いた。ヴァランは慌てて隠れようとするが、間に合わなかった。
「ヴァラン」
部屋から出てきたエストレージャは、驚いた様子がなかった。むしろ、落ち着いた声で名を呼ばれ、ヴァランの方が戸惑ってしまう。
「エストレージャ様。気づいていたんですか?」
「人の気配で分かる」
エストレージャが言うならそうなのだろう。盗み聞きをしていたことを知られているということに居心地の悪さを感じて、ヴァランは下を向いた。
「最初の方から聞いていただろう」
「はい」
「他言無用だ。特に、姉上の話の方は」
「はい」
王族が前世の記憶などと言い出したら、気が狂っていると思われるからだろう。ヴァランも、オクルスから聞いていなければすんなりと納得はできなかったはずだ。
エストレージャは、どうなのだろうか。ルーナディアからではなく、オクルスから聞いていたら信じていただろうか。
そんな答えの分かりきった問いが浮かんだことに、ヴァランは苦笑した。エストレージャなら、オクルスのことを真っ直ぐに信じる。
「エストレージャ様は……」
オクルスが好きなのか、と尋ねようとして、ヴァランは思いとどまった。エストレージャの気持ちを聞いたところで、ヴァランの中の何かが変わるわけでもないのに。
「なんだ?」
「いえ……」
羨ましい。妬ましい。このオクルスに頼られる人間が。お世話になっている人にこんなどす黒い感情を持つことは良くないことだが、それでも堪えがたかった。
「……ヴァラン。お前は俺のことが気に食わないか?」
「え?」
エストレージャの言葉に彼をじっと見つめると、エストレージャは呆れたような顔をしながら言った。
「すごい目をしていたぞ」
エストレージャの言葉に、少しばつが悪くなりながらもヴァランは返事をする。
「嫌いではないです。だからこそ、どうしようもできない気持ちになる」
いっそ、嫌いだったら。エストレージャを憎んでおわりだっただろう。オクルスに近づかないように排除していたはずだ。
しかし、ヴァランはエストレージャのことが嫌いではないどころか、信用している。それなのに、オクルスがエストレージャに心を許しているところを見ると、嫉妬心が浮き彫りになる感覚がして苦しい。
「そうか。俺はお前が羨ましいが」
「……え?」
エストレージャがヴァランを羨ましがる必要などはないはずだ。エストレージャは多くを手にしているのに。ヴァランは不思議に思うが、エストレージャはそれ以上説明する気がないようで、黙ってしまった。
しばらくの沈黙に、ヴァランは気まずくなってきて、話を逸らすついでに不思議だったことを尋ねた。
「オクルス様は、どうしてまだ魔法が使えないと思いますか?」
ナイフに薬が塗られていた、という話だったが、それならとっくに効果が切れていてもおかしくない。しかし、未だに改善していないことを考えると、単純な話ではないのだろう。エストレージャが、難しい顔で頷いた。
「はっきりとしたところは分からないが、今隣国の聖女を呼ぼうと考えているところだ」
「聖女を?」
「これだけ長く効果が出ているということは、魔法関連か魔素関係だ。だから、聖女に浄化を依頼しようと思っている」
隣国にあった魔の森で起きていた現象のように、魔獣が生まれる原因は魔素だ。それを浄化できるのは光魔法の中でも浄化の魔法を使うことができる人で、その方面に力のある聖女が適任なのだろう。
「まあ、隣国が聖女を国から出してくれずに交渉が長引いているが」
面倒くさそうに肩をすくめたエストレージャに、ヴァランは提案をしてみた。
「僕がシレノル様にお願いしてみましょうか?」
「ああ……。確かに。頼んでもいいか?」
「はい」
シレノルを利用することにはなってしまうが、彼が好きにして良いと言っていたのを素直に受け取りたいと思う。
ヴァランは、オクルスのためにできることはないのだろうか。きっと、あるはず。オクルスから頼ってくれなくても、ヴァランにできることが何か。
「エストレージャ様。許可をいただきたいのですが」
『ねえ、エストレージャ。どうしたら良かった? どうしたらいい? 助けて』
オクルスの悲痛にまみれた声に、ヴァランは静かに息を吐いた。
「助けて、か……」
ヴァランは、オクルスから「助けて」の一言ももらえなかった。相談はもちろんのこと、咄嗟に出る言葉としても救いを望まれていなかった。だから、オクルスは全てを背負い込む羽目になったのだから。
部屋から、オクルスが嗚咽する声がこぼれてきている。ヴァランの前で、オクルスがここまでの激情を表にすることはない。
やはり、オクルスが頼ることのできるのはエストレージャなのだ。ヴァランには頼ることがない。どうしようもない無力感に、ヴァランは自身の拳を強く握った。
しばらく、そのまま立ち尽くしていたが、急に扉が開いた。ヴァランは慌てて隠れようとするが、間に合わなかった。
「ヴァラン」
部屋から出てきたエストレージャは、驚いた様子がなかった。むしろ、落ち着いた声で名を呼ばれ、ヴァランの方が戸惑ってしまう。
「エストレージャ様。気づいていたんですか?」
「人の気配で分かる」
エストレージャが言うならそうなのだろう。盗み聞きをしていたことを知られているということに居心地の悪さを感じて、ヴァランは下を向いた。
「最初の方から聞いていただろう」
「はい」
「他言無用だ。特に、姉上の話の方は」
「はい」
王族が前世の記憶などと言い出したら、気が狂っていると思われるからだろう。ヴァランも、オクルスから聞いていなければすんなりと納得はできなかったはずだ。
エストレージャは、どうなのだろうか。ルーナディアからではなく、オクルスから聞いていたら信じていただろうか。
そんな答えの分かりきった問いが浮かんだことに、ヴァランは苦笑した。エストレージャなら、オクルスのことを真っ直ぐに信じる。
「エストレージャ様は……」
オクルスが好きなのか、と尋ねようとして、ヴァランは思いとどまった。エストレージャの気持ちを聞いたところで、ヴァランの中の何かが変わるわけでもないのに。
「なんだ?」
「いえ……」
羨ましい。妬ましい。このオクルスに頼られる人間が。お世話になっている人にこんなどす黒い感情を持つことは良くないことだが、それでも堪えがたかった。
「……ヴァラン。お前は俺のことが気に食わないか?」
「え?」
エストレージャの言葉に彼をじっと見つめると、エストレージャは呆れたような顔をしながら言った。
「すごい目をしていたぞ」
エストレージャの言葉に、少しばつが悪くなりながらもヴァランは返事をする。
「嫌いではないです。だからこそ、どうしようもできない気持ちになる」
いっそ、嫌いだったら。エストレージャを憎んでおわりだっただろう。オクルスに近づかないように排除していたはずだ。
しかし、ヴァランはエストレージャのことが嫌いではないどころか、信用している。それなのに、オクルスがエストレージャに心を許しているところを見ると、嫉妬心が浮き彫りになる感覚がして苦しい。
「そうか。俺はお前が羨ましいが」
「……え?」
エストレージャがヴァランを羨ましがる必要などはないはずだ。エストレージャは多くを手にしているのに。ヴァランは不思議に思うが、エストレージャはそれ以上説明する気がないようで、黙ってしまった。
しばらくの沈黙に、ヴァランは気まずくなってきて、話を逸らすついでに不思議だったことを尋ねた。
「オクルス様は、どうしてまだ魔法が使えないと思いますか?」
ナイフに薬が塗られていた、という話だったが、それならとっくに効果が切れていてもおかしくない。しかし、未だに改善していないことを考えると、単純な話ではないのだろう。エストレージャが、難しい顔で頷いた。
「はっきりとしたところは分からないが、今隣国の聖女を呼ぼうと考えているところだ」
「聖女を?」
「これだけ長く効果が出ているということは、魔法関連か魔素関係だ。だから、聖女に浄化を依頼しようと思っている」
隣国にあった魔の森で起きていた現象のように、魔獣が生まれる原因は魔素だ。それを浄化できるのは光魔法の中でも浄化の魔法を使うことができる人で、その方面に力のある聖女が適任なのだろう。
「まあ、隣国が聖女を国から出してくれずに交渉が長引いているが」
面倒くさそうに肩をすくめたエストレージャに、ヴァランは提案をしてみた。
「僕がシレノル様にお願いしてみましょうか?」
「ああ……。確かに。頼んでもいいか?」
「はい」
シレノルを利用することにはなってしまうが、彼が好きにして良いと言っていたのを素直に受け取りたいと思う。
ヴァランは、オクルスのためにできることはないのだろうか。きっと、あるはず。オクルスから頼ってくれなくても、ヴァランにできることが何か。
「エストレージャ様。許可をいただきたいのですが」
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