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第五章 それぞれの……
第8話 まさかのニアピン
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三ヶ月間の研修が終わり、いよいよ司書として一人立ちする事になった7月最初の火曜日、ちょっとした事件が起こった。
朝
いつもの時間にエントランスホールに降り、コンシェルジュに挨拶をした。
今の時間の担当は秋本さんのようだ。
「櫻井様、おはようございます。今日は夕方から天気が崩れるとの予想が出ております。傘はお持ちですか?」
「はい、持っています。ありがとう秋本さん。」
「左様でしたか。では、いってらっしゃい。」
「はい、いってきます。」
一歩外へ踏み出せば、流石7月。
日差しの眩しさに、クラっとしてしまう。
今までずっと、何処へ行くにもいつも羽田さんに送って貰っていたからだろう。
今は、勤務先の図書館まで歩いて10分という好立地に住んでいる為、余程の事がない限り徒歩通勤をしている。
晴雨兼用傘を差し、図書館へ向けて歩みだしたその時。
「利く~ん!待ってよ~。」
鼻にかけた態とらしいほど甘えた声が、右手前方から耳に飛び込んできた。
時刻は午前8時
忘れもしない。12年間聞き続けてきた声。空耳なんかじゃない。桃花の声だ。
私は咄嗟に、踵を返してマンションのエントランスへ戻った。
「如何なさいましたか?櫻井様。」
慌てて戻ってきた私を見た秋本さんが駆け寄ってきた。
「忘れ物しちゃったかもしれなくて。ちょっと此処でバッグの中を確かめさせて貰っても?」
「そうでしたか。勿論です。」
そう言って秋本さんが離れていくのを横目にしながら、桃花達をやり過ごす。
このマンションがある敷地はとても広く、主要道路より一本中に入っている為とても静かな場所にある。
また、マンションの南面には緑地公園、東向きのエントランスの前から道路までの間にもちょっとしたガーデニングスペースと家庭菜園があり、近所に住むお年寄りの方々がお世話をしてくれ、朝採りのお野菜が無人販売という形で販売されている。
東側の庭は、丈が低い植物ばかりなので、人通りがよく見える。
荷物を確認している振りをしながら、利樹さんと桃花が通り過ぎて行くのを見つめる。
色とりどりの花や瑞々しい野菜が植えてある庭の前で立ち止まるかな?と思ったが、流石桃花だ。全く興味がないらしい。
マンションのエントランスのガラスはマジックミラーなので、外から中を見ることは出来ない仕様だから、二人が通り過ぎて行くところがばっちり見えた。
しかし、何故こんなところに、しかもこんな時間に桃花と利樹さんがいるのだろうか?
桃花は私の本当の姿を知らないから万が一出くわしても、絶対に分からないだろう。
でも…利樹さんには分かってしまうかもしれない。幼い頃は、今の姿で普通に過ごしていたのだから。
それを思い出されたら……
そう思ったら、身震いがした。
もし明日もこんなことがあったら、ほとぼりが冷めるまで、マンションから離れた方がいいかもしれない。
スマホを取り出し、伯父様にメールを送っておいた。
とりあえず、二人をやり過ごす事が出来た為、私は少し小走りになりながら、図書館へと向かったのだ。
朝
いつもの時間にエントランスホールに降り、コンシェルジュに挨拶をした。
今の時間の担当は秋本さんのようだ。
「櫻井様、おはようございます。今日は夕方から天気が崩れるとの予想が出ております。傘はお持ちですか?」
「はい、持っています。ありがとう秋本さん。」
「左様でしたか。では、いってらっしゃい。」
「はい、いってきます。」
一歩外へ踏み出せば、流石7月。
日差しの眩しさに、クラっとしてしまう。
今までずっと、何処へ行くにもいつも羽田さんに送って貰っていたからだろう。
今は、勤務先の図書館まで歩いて10分という好立地に住んでいる為、余程の事がない限り徒歩通勤をしている。
晴雨兼用傘を差し、図書館へ向けて歩みだしたその時。
「利く~ん!待ってよ~。」
鼻にかけた態とらしいほど甘えた声が、右手前方から耳に飛び込んできた。
時刻は午前8時
忘れもしない。12年間聞き続けてきた声。空耳なんかじゃない。桃花の声だ。
私は咄嗟に、踵を返してマンションのエントランスへ戻った。
「如何なさいましたか?櫻井様。」
慌てて戻ってきた私を見た秋本さんが駆け寄ってきた。
「忘れ物しちゃったかもしれなくて。ちょっと此処でバッグの中を確かめさせて貰っても?」
「そうでしたか。勿論です。」
そう言って秋本さんが離れていくのを横目にしながら、桃花達をやり過ごす。
このマンションがある敷地はとても広く、主要道路より一本中に入っている為とても静かな場所にある。
また、マンションの南面には緑地公園、東向きのエントランスの前から道路までの間にもちょっとしたガーデニングスペースと家庭菜園があり、近所に住むお年寄りの方々がお世話をしてくれ、朝採りのお野菜が無人販売という形で販売されている。
東側の庭は、丈が低い植物ばかりなので、人通りがよく見える。
荷物を確認している振りをしながら、利樹さんと桃花が通り過ぎて行くのを見つめる。
色とりどりの花や瑞々しい野菜が植えてある庭の前で立ち止まるかな?と思ったが、流石桃花だ。全く興味がないらしい。
マンションのエントランスのガラスはマジックミラーなので、外から中を見ることは出来ない仕様だから、二人が通り過ぎて行くところがばっちり見えた。
しかし、何故こんなところに、しかもこんな時間に桃花と利樹さんがいるのだろうか?
桃花は私の本当の姿を知らないから万が一出くわしても、絶対に分からないだろう。
でも…利樹さんには分かってしまうかもしれない。幼い頃は、今の姿で普通に過ごしていたのだから。
それを思い出されたら……
そう思ったら、身震いがした。
もし明日もこんなことがあったら、ほとぼりが冷めるまで、マンションから離れた方がいいかもしれない。
スマホを取り出し、伯父様にメールを送っておいた。
とりあえず、二人をやり過ごす事が出来た為、私は少し小走りになりながら、図書館へと向かったのだ。
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