この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第一章 忘却の通り魔編

01.お前は誰だ?

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 それは目が覚めた直後の事だった。

「君はどうして、魔力が無いんだ……?」

 医者から伝えられた、たった一つの言葉。
 自分が記憶喪失だと分かった、数分後の出来事。

 魔力と魔術の溢れる世界にて。
 その男は何色にも染まっていない、無色透明の存在であった。


 ────────────────────


 男が衝撃の事実を知る少し前。
 後に『シキ』と呼ばれるその男は、どことも分からぬ場所で目を覚ます。

「ここはどこだ……?」

 軽く頬を叩かれ、だんだんと意識がはっきりしていく。
 視界の先には、無表情で不思議な雰囲気をまとった、少女の姿が映った。

 もう目を覚ましているというのに、目の前の少女は未だにペシペシと頬に触れ続ける。

「ま、待て。もう目は覚めている。覚めているからこの状況を説明してくれないか!?」

 深く深く広がる森の中で、シキは思わず声を上げる。

 手を引っ込めてはくれたものの、少女は何も答えない。
 後に『ネオン』と呼ばれるその少女は、何一つ語らず、ただじっとシキを見つめるのみであった。

「お前は誰だ?」

「…………」

 名前を聞いても、答えてはくれない。シキは続けて今の状況やこれまでの出来事、互いの関係性と様々な事を問いかけるも、やはり少女の口から言葉が発される事はなかった。

「うーむ、覚えていないなら仕方ない。ではこれは答えられるだろう? お前、名はなんと言う? どこで生まれて今まで何をしていたのか。流石に答えられないとは言わせんぞ」

 かく言う自分は言えないのだが。という答えは喉で止めておいて。
 シキは知っていて当然の事を聞いてみた。しかし。

「…………」

 それでもネオンは語らない。
 その様子を察して、シキの表情も次第に険しくなっていく。

 そして、ある一つの結論にたどり着く。

「まさかお前、喋れないのか……!?」

 シキの視線はネオンのジトっとした眼差しと交わる。少しの沈黙を置いて、ネオンは小さく頷こうとした。しかし直前に、森の奥から地鳴りと共に轟音が響き渡る。

「なんだ……?」

 衝撃と共に、木々は倒れ次第に近づいて来た。思わず振り返り確認をしようとしたその瞬間。シキの目前には、ゆうにシキの身長の倍以上の大きさを誇る、巨大な獣が押し寄せていたのだ。

「化け……物……!?」

 辺りを流れる時間が、ずっと遅く感じた。

 直感、シキは死を覚悟した。世界の理から外れたその存在に恐怖し、身は硬直し、思考が働かない。
 途方もない虚脱感に苛まれ呆気に取られていると、その化け物はついにシキを視界に捉える。

 何も分からないまま、死んでしまうのか?

 そんなのは絶対に嫌だ。シキが自身の中に眠る執着に気づいたその時、死の間際にゆっくりと流れていた時間は、急速に動き出す。


「あれはイノシシ型の魔物『マッシボア』よ。ま、あまりこの辺りじゃ見かけないけど……ねっ!!」


 シキを目掛けて巨大な獣が襲い掛かる。しかしその直後に、クリーム色の髪をした少女が突如として乱入してきた。そして少女は、あろうことかその華奢な身体で獣の攻撃を受け流したのだ。

 クリーム髪の少女は振り返り、驚き言葉を失うシキに対し問いかける。

「っと、君達は誰? 魔術師かなっ? って、そうだったらこんな所隠れてないよねっ。あ、じゃあこの獲物はわたしが貰ってもいい? っていうか貰っちゃうね☆」

「は? 魔物? 魔術師……? お前は何を言って……ッ、危ない離れろぉ!!」

 シキの顔を見てあれやこれやと話すクリーム髪の少女に、巨大な影は覆い被さる。
 シキは咄嗟に危険を知らせるが、シキの意に反してクリーム髪の少女は余裕の表情を見せていた。

「冗談! 離れるのはこの子の方だよっ。吹き飛んじゃえ、炎波フレイム・インパクトッッッ!!」

 少女は不敵な笑みを浮かべる。同時に腰から赤く煌めく短剣を引き抜き、巨大な獣に向かって振り上げた。短剣からは真っ赤な炎をまとった斬撃が放たれ、獣はその巨体を宙に浮かせる。

「ドヤッ☆ わたしにかかればこんなものよっ。ってあれれ? さっきの男の子は……!?」

 宙を舞う獣を背に、クリーム髪の少女は優雅に振り返って、自信満々な顔をこれでもかと見せつけた。しかし二人いたはずの一人、青年の姿が見えない。

 残ったもう一人の少女ネオンがゆっくりとクリーム髪の少女を指を差す。
 指先が示すのは少女。の、その先。宙を舞っていた獣だ。

「…………」

「わたし? じゃなくて後ろ……? ってちょ、ちょっと君ーーーーッ!?」

 シキは獣と共に、宙を舞っていた。

 クリーム髪の少女を守るために割って入ったシキを、あろうことか少女は、その真っ赤な斬撃で一緒に吹き飛ばしてしまっていたのだった……。

 そのまま地面に落下したシキは、再び意識を失ってしまう。

「なんだ……、強いではない……か……」

 その男には記憶が無い。生まれた場所も名前も、側にいた少女の事さえも。
 だがそれ以上に衝撃的な出来事の数々が、この世界には眠っているのであった。
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