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第一章 忘却の通り魔編

11.力になってくれ

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「はぁ……はぁ……。シキ、その体力の塊みたいな子はいったい何者なんだい……」

 三十分ほど走り回った末に盛大にすっ転んだサラは、半透明な青の紙を擦り剥いた傷口に張り付けて治療していた。

「私が言うのもなんだが、少しは運動をした方がいいぞ」

「エーテル頼りの生活が仇となったね……。今度運動不足を解消する薬品でも探そうかな」

 根本的な解決はしたくないらしい。サラの変なこだわりが垣間見えた気がした。

 紙を取り出したサラの荷物に目を向けながら、シキは今後について相談する。

「それで、調査はどうする? 動けないなら私が代わりに調べてもいいが」

「んや、荷物の中には劇薬もあるし君に任せるのはちょっと厳しいね。医療道具ってのは素人が触っていい物ばかりではないんだよ」

 サラはやんわりと道具へ触れられる事を拒み、傷を癒すまでの提案をする。

「まぁちょっと休めば大丈夫さ。そうだなぁ、そろそろ昼食時だしどこか食べに行こう。なに、君の懐事情は分かってる。心配せずとも奢ってやるから、な? いいだろ?」

 何か忘れている気がするが、ネオンの事を知りたいのは事実だ。調査は食事の後行うと言っているし、この誘いは乗っても損はないだろう。
 一応言っておくが、決して奢ってくれるから乗る訳ではない。決して。

「そこまで言われたら仕方ないな」

 あくまで受け身な姿勢を取りながらシキは提案に同意する。
 その言葉を聞いたサラはにこりと笑みを返した。

「よし、そうと決まればさっそく行こうか。近所に私のお気に入りの場所があるんだ。そこにしよう」

 言われるがままシキとネオンは連れられる。
 少し歩くと、以前歩いた覚えのある風景が見えてきた。

「ここさ」

 サラは自慢げに紹介するように手のひらを店へ向け、到着を告げる。
 そこには、見覚えのある看板が立っていた。

『期間限定! 超ジューシー肉厚サンドイッチ!! この肉汁、今食べなきゃ損するぜ!?』

 …………。

 いや待てダメだシキここは耐えるんだ。せっかく奢ってくれると言っているのだ、今のお前は文句の言える立場じゃない。

 叫びだしそうになる頬や口を筋力で無理やり抑え込み、シキはぎこちない笑顔で何とか返事をした。

「ワー! オイシソウダナ! イッタイドンナアジガスルンダロウ!?」

 大きな声でリアクションを取る。
 声に抑揚が無いが、本人は気づいていていない。

 四食連続サンドイッチは流石に気が狂いそうだ。しかも記憶喪失後からまだ同じものしか食べていない。
 気付かぬうちに皆が協力して、赤子同然の扱いをしているのではないかと不安すら覚える。

 同じ食事しか取っていないもう一人をちらりと見てみた。いくら大食いのこいつとはいえ、同じものばかりは辛いだろう。

 しかし、シキの横にネオンはいなかった。

「ん?」

 辺りを見渡して見ると、少し離れたところでネオンの姿を見つけた。……サラの隣で。

「……正気か?」

 彼女にかかれば、腹の中に入るもの全てがありがたいのだろう。あれだけサラから逃げ回っていた事すらもう、忘却の彼方らしい。

「シキ、どうかしたか? ぐずぐずしていると列が出来てしまうじゃないか。さぁ早く」

「あ、ああ……」

 拒否権もなく、シキは再び店の中へと吸い込まれていった。


 ────────────────────


「……どうした? 食べないのか?」

 目が覚めてから二日目。四度目の食事はサンドイッチである。サンドイッチを食べるのも四度目である!

「……いや、今朝も同じ物を食べたものでな。まだちょっと腹に残っているのかもしれない」

 サラとネオンの前には『超ジューシー肉厚サンドイッチ』が並んでいた。一方シキはエビカツだとかフルーツサンドなど、今まで食べていない種類で何とか食欲を刺激する。

「今朝……? はっ、今日の朝食はサンドイッチだったか~~~!! 食べてから出かければ良かった……!」

 サラは両手で美しくなびく白髪の頭を抱え悶えていた。彼女と出会って恐らく一番のリアクションである。
 最初はクールな印象を持っていたが、どうやら意外とエキセントリックな人物のようだ。

「この街の住人はサンドイッチが大好物なのか?」

「ん? まぁ歩きながら食べたり、多少時間を置いても大丈夫だったりと冒険者をはじめ忙しい人達には人気だね。もっとも、私は単純に好物なだけだけど」

 わりと合理的な理由があり、シキは少し納得する。
 すると説明を終えた次の瞬間、サラは目を見開きシキとネオンへ叫んだ。

「はっ! という事は、君らミコのサンドイッチを食べたんだね!? どうだった!?」

「あ、ああ、美味しかったぞ。ここの物とはまた違い、家庭の味を極めたような暖かみのある味わいだったな」

「そうだろうそうだろう!! やっぱりミコの作る料理が一番美味しいんだ。なんたって朝食目当てで泊まりに来るリピーターもいるくらいなんだぞ。それほどあの子は、宿を盛り上げるため頑張っているんだよ!」

 突然始まった昔馴染による友人自慢。奢ってもらっている手前、シキは何も言わず聞き入れる。

「確かミコがお前と昔馴染だと言っていたな。付き合いは長いのか?」

「まあね。あれは十年ぐらい前だったかな。訳あってこの街に来た私を、あの子は姉のように慕ってくれたんだ。今のミコも可愛いが、ふふ、小さかった頃も可愛かったなぁ~」

 今の反応や妙にネオンへ執着していたのを見るに、どうやらサラは小さな娘が好きな人種のようだ……。シキは苦笑いを挟みつつ話を続ける。

「……という事は、お前も宿の客だったのか?」

「んーちょっと違う……かな」

 サラはふと遠くを見つめ、思い出にふけるように語り出す。

「彼女の祖父で、街一番の名医と呼ばれていたミストラルという男がいたんだ。私はその男に弟子入りするためこの街に来た」

「ミコの祖父……」

 シキの脳裏には、羽ペンを壊した時の出来事が浮かんでいた。
 その時ミコは言っていた。羽ペンは祖父に関する物だったと。

「そう。その縁で宿の一室を借りる事になり、そして今に至るって話さ。たまに彼へ会うため宿に来る人がいるけど、私と勘違いされて困るんだよねぇ」

 サラは少し困った様子で笑う。

「なるほどな。だが待て、あの宿には他に若い従業員ぐらいしかいないじゃないか。その祖父やミコの両親は今何をしているんだ?」

 シキの何気ない言葉を聞き、楽しそうに食事を進めていたサラの手が止まった。
 何かを察したシキは思わず声を出し、話題を変えようとする。

「いやすまない、何か事情があるのだろう。あまりこういう事は聞かない方がよかったか」

 シキにだって両親の記憶は無い。むやみに他人のプライベートを探ろうとするのは悪い行動だったと少し後悔した。

「いや……うん、大丈夫。そうだね、話せば長いんだけど、君には伝えておこうか」

 だが、彼女はあえてその話をすると言い出す。
 サラは手に持っていたサンドイッチを置き、真剣な表情で話し始めた。

「ミコの両親はすでに病気で他界していてね、あの宿も一度休業していたんだ」

「なっ……」

 驚くべき事実を告げられ、シキは言葉を失う。

「それから数年後。ミコは宿を引き継ぎ、祖父の力を借りながら再建させた。それが今の『ミコノスの宿』さ」

 サラがやたら彼女を気にかけ、彼女の頑張りを認めている理由が分かった。

「ミコは……苦労していたんだな……」

「それ、本人には言わないであげてね。あの子そういうの気にするから」

 ミコの事を誰よりも知っているサラは、シキの軽はずみな言葉に釘を刺す。

「……すまない。それで、両親の事は分かった。では祖父はどこに」


「行方不明」


「なに……!?」

 想像をはるかに超えた言葉が、サラの口から伝えられた。

「半年前、隣町が医者不足で困っててね。ミストラルはその応援に行ったんだ。それっきりさ」

「それっきりって……ならば隣町に居るのではないのか? どうして行方不明などという話になる」

「居なかったんだよ、どこにも。それどころか、そんな老人誰も見ていないらしい」

「そんな事があるのか……?」

「私も信じられなかったさ、だから調べたんだ。調べて調べて、死ぬほど調べて、そしてある噂にたどり着いた」

「噂……?」

 サラは真剣な面持ちで頷くと、とあるワードを口にした。

「記憶を奪い去る、通り魔の噂さ」

「なんだと!?」

 通り魔。その単語を聞くのは初めてではなかった。
 それは、ある少女の追っている人物と同じであった。

「通り魔と言ったか……!?」

「ん、知ってるのかい?」

「ああ……アイヴィがその通り魔を追っていると言っていた」

「あの子が……?」

 サラの様子が変わる。ネオンを調べる前、やたらシキに迫ってきた時と同じ雰囲気がした。

「それで、アイヴィはなんて言っていた?」

「あまりその話は出来なかったが……私も興味を持つとか言っていたな。記憶……。そうだ、通り魔は記憶を操作すると言っていた……!」

「……間違いないね。私の聞いた噂の人物と同じだろう」

 サラは知っている情報を話し始めた。

「その通り魔は、襲った相手の記憶を奪い去る。そして、攫って行くんだ。記憶喪失の被害者を……」

「な……に……?」

 サラの話していた事が繋がる。

「師匠……ミストラルはその通り魔に攫われた。私はそう見ている」

「攫われる!? なぜ!? 確かこの街の被害者は、記憶を奪われただけではなかったか……?」

「そんな事私も知らないよ。でも、隣町が医者不足になっていたのも、医者が消えたのが原因だった。他にも腕の立つ冒険者とか、名の知れた騎士だとか、調べれば調べるほど攫われたとされる行方不明者が各地にいたんだ。奴はきっと、何か目的を持って攫っているんだろうさ」

「クソ……何が起きているんだ」

 ピリピリと、肌の表面が痛んだ気がした。

 シキは段々と、この街の、この世界の乱れをその身に感じていく。

「シキ、先に言うよ。私はミコのためなら、全てを捨てられる」

 落ち着きを保ったままサラは、語り続ける。

「……何が言いたい」

「ミコのためなら、何だってやる。そう言っているんだ」

「まさか、通り魔を捕まえる気なのか?」

 シキはサラに問いかける。しかし、サラの目は鋭くシキを見つめ返していた。

「シキ、あの羽ペンについて。話そうか」

「!!」

「あれは去年だったかな。宿を再建して二周年記念にミストラルから贈られた物が、あの羽ペンなんだ」

「なっ……」

 シキは自分達のやった罪の重さを知り、心臓がズキリと痛くなる。

「君は、君達はそれを壊した。言っている意味が分かるよね」

 ただの羽ペンではない。家族を失い、残されたミコへ寄り添うように助けよなっていた祖父。形見ともいえるのそのプレゼントを壊してしまったのだ。

「……サラ、私はどうしたらいい」

 ミコとサラは幼馴染で昔からの付き合いと言っていた。
 だからこそ、ミコをよく知る彼女だからこそ、彼女を想った選択をする。そう考え、シキは彼女に助けを求めた。

 サラは視線を一度も外さず、シキに告げる。


「ミコの力になってくれ」


 私の手助けをしろでも、通り魔を捕まえろでもなく。

 力になってくれ。彼女はそう言った。

 その一言は、やたらと重みのある言葉だった。
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