この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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序章 無の旅人編

10.プロローグ

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「ここは、どこだ……?」

 薄暗い森の、ずっとずっと奥深く。
 見覚えのない静かな自然の上で、男はゆっくりと身を起こした。

 どこまでも続く暗闇の中、男は一人考える。

「私は何をしていた?」

「そもそも、私はどこから来た……?」

「私は……」

「私は、いったい────」

 大切な何かを忘れてしまったような、虚脱感と焦燥感。
 底知れぬ不安に襲われる中、それは突然現れた。


「…………ッ!?」


 男の前を横切った、煌びやかな光の塊。
 その正体は、闇夜を断つ銀色の髪であった。

 目の前には、銀色を二つに結った物静かな少女。
 薄暗く何もない森の中に、少女は一人佇んでいた。


「…………?」


 なんだこの少女は。

 男は理解が追い付かなかった。
 頭の中で何かがうごめいているのに、その正体がはっきりしない。

 他の誰とも比べられない特別な存在であると、胸の奥が訴えかけてくる妙な感覚。
 そんな彼女の存在に、男は困惑し、警戒し、そして期待した。

 彼女は危機的状況に舞い降りた天使か。それとも全ての現況を生み出した悪魔か。

 妙に気怠い身体を引きずって、男は藁にもすがる想いで少女へと近づいて行く。

 何か知っている。どんな事でもいいからこの状況を説明してほしい。
 静けさに包まれた森の中で、男の意識は目の前の少女だけを捉えていた。

 歩くたび、気怠い身体はさらに重くなる。だがそれでも、答えを知るためには。
 なんとか手が届く距離まで辿り着き、男は口を開き言葉を投げ掛けた。しかし。


「────────」


 声が、出ない。

 聞きたい事は山ほどあるのに、喉が音を発せられない。
 男は焦りながら、もう一度と問いかける。


「────……ッ!?」


 だが言葉が喉元を超える前に、首へ激痛が走る。

 思わず首筋へ手を押さえ、痛みを堪えようとする。
 妙な感覚を覚え押えた手を確認してみると、手のひらにはドロリとした気持ちの悪い液体が、べっとりと付着している事に気が付いた。

 大量の出血。自身の身体が真っ赤に染まる姿を見て、男は急速に意識を失っていく。
 怪我に気付くと同時、視界は霞み身体はフラフラと揺れ、重心を保てず崩れ落ちる。


 男は悟った。もうすぐ死んでしまうのだと。


(だ、ダメだ……。このまま意識を失っては……!!)


 すがるように男は銀髪の少女へと手を伸ばす。死から逃れるため、何も分からない状況から変わるため。そして僅かに残った希望を掴み取るために、その血に濡れた手を前に出す。

 この少女に、気付いてもらわなければ。

 赤く染まった指先が少女の足元へと触れる。瞬間、少女は視線をギロリと動かし男の姿を捉えた。


(……ッ!?)


 気付かれるのでなく、見つかった。理由は分からないが、少女と目が合い男はそう感じ取った。

 男が驚く間もなく、少女はその華奢な両手を伸ばし、地面に倒れる男の顔を包み込む。

 霞んだ視界へ、人形のように無機質な少女の顔が映る。
 宇宙を想起させる底知れぬ瞳が爛々と輝き、そして猫ののように縦に長い瞳孔が突き刺さった。

 少女の瞳を見ていると頭の中が揺れ、意識が吸い込まれるような感覚に陥る。
 視界の中の少女は、手を男の顔から血濡れた首元へと下ろし、傷口へと指を這わせた。

(…………ッ!!)


 視界がぐらりと揺れ、男は意識を失いかける。
 薄れゆく意識の中、少女の瞳だけが鮮明に脳裏へと映っていた。

 少女は何も言わず、ただひたすらに男を見つめる。

 無言のまま、じっと、ずっと、強く、強く、強く。



 そして──────。



「はっ…………!?」

 男は一人、見知らぬ世界で目を覚ます。

 無の旅人編 終わり。
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