この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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序章 無の旅人編

05.意表を貫く

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「少し汚れているが……問題はあるまい」

 黒のケープを回収したシキは、道中打ち合わせていた作戦を早速決行する事とする。
 まずはネオンに小型の位置を教えて貰いながら、一匹だけを灰色の大樹へと誘導する。

「小型がその目で見た情報を伝える習性を逆手に取る。小型に偽りの情報を与え、大樹の下まで誘き寄せるぞ」

 シキの伝えた作戦はこうだった。

 真正面からやり合っても敵わない相手なら、相手の意表を突いて弱点を貫くしかない。当然、並大抵の策では意表など突けず力負けしてしまうだろう。だから二人は、相手を騙す必要があった。

「大樹の近くでワザと小型に遭遇し、本体へ居場所を送らせる。だからお前はタイミングを合わせ、気づかれぬようこのケープで小型の視界を奪ってくれ」

「…………」

 ネオンは相変わらず返事をしない。
 だがシキの作戦を聞き入れたのか、彼の持つケープをそっと受け取っていた。

 標的の小型を見つけた二人は、気づかれぬよう頷き合う。

 小型を誘き寄せるには、辺りに落ちていた木の実が役立った。
 知性はあまり無いのか、目の前へ投げると獣はその場へ歩み寄る。

「良いぞ……その調子でこちらに来い」

「…………」

 ネオンへ他の個体を注意させながら、一歩一歩確実に灰色の大樹へと引き連れる。
 ネオンが茂みの側に隠れ込む、同時にシキも大樹の下に辿り着く。

 準備は整った。

「今だぁ! こっちを見ろ獣よ!!」

 シキは大樹の真下から、誘き寄せた小型の獣へ木の実を投げつける。
 木の実が獣の額へと当たり痛みに驚くと同時、獣は身体を震わせ自爆の予備動作に移る。

 シキはネオンへ声を掛けない。声を出してしまえば、彼女の存在が伝わってしまうのだ。だからシキはネオンを信じる。そして、彼女は飛び出した。

(よし! 上手くやったな!!)

 ネオンは音も立てずにひっそりと現れ、そしてケープを被せ身を潜める。
 ケープは小型の視界どころか、その身体をすっぽりと覆い完全に周りを囲っていた。

 急いでシキは大樹をよじ登る。少女を担いで森を逃げ回った体力と腕力で、シキは堂々とした腕使いで大樹の上の定位置へと身を移す。

 時を同じくして、獣の破裂音が森の中へと轟いた。瞬間、どこからか木々や草花の折れる音が聞こえる。音は、最初に男が走った潰れた植物のある方角からだ。

(やれる。いや、やってやる……!!)

 地響きが伝わる。森が揺れ、自然が悲鳴を上げ、獣の放った花弁の甘い臭いが鼻を掠める。


 そして化け物は、姿を現す。


「そこだあああああ!!」


 化け物は大樹を避ける軌道を描き、シキの立っていた居場所へと全体重を放っていた。
 そんな敵の脳天へ、大樹の上から重力を乗せた男の一撃が降り注ぐ。

 化け物の攻撃は空振り。シキの一撃が森の攻防に終止符を打つ。はずであった。


「なっ……んだと!?」


 ギロリと。明後日の方向を見ていた化け物が顔を上げる。
 瞬間、化け物はシキが重力を乗せ切るよりも先に、シキの身を突き飛ばしていた。

 叫び声すら出せない。腹の中の空気が全て飛び出し、意識すらも消えかける。
 何が、何が起きたと言うのか。シキは必死に目を血走らせ、状況の整理を図る。

 それは化け物の足元。大量の黄色い花弁が、甘い香りを放ち大地を彩っていた。
 化け物は自身の足場に大量の小型を生み出し、それらを爆発させ軌道を真上に曲げていたのだ。

 空振りなどではない。より勢いの乗った突進はシキを軽々と跳ね返し、あまつさえその背にあった灰色の大樹すらなぎ倒す。

 宙を舞う中、視界の端で寡黙な少女が顔を覗かせる姿が目に入った。
 作戦は失敗も失敗。全てが台無しだ。当然、自身どころか少女の身すら守る事など出来なかった。

 男の抱いた希望は、未知の力を前にあっけなく敗れ去るのであった。
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