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第二章 鏡映しの兄弟編
05.その身に宿りし力
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挨拶もせず消えた人間には二度と会えない。
この世界の摂理を表すような言葉を聞き、シキは店の外でぶつけようのない怒りと脱力感を覚えうなだれていた。
何をするでもなく無気力に立ち尽くしていると、雑貨屋の扉にクローズと書き吊るされた看板がカラカラと音を立てる。中から、大きな水晶を手にしたエリーゼがひょっこりと出てきた。
「すみませんシキさん。道具を選ぶと言いましたが、その前にあなたのエーテルを見せて頂いても良いでしょうか? シキさんに合う物を探すなら、まずはあなたのエーテルを知らないと元も子もないですもんね」
これはうっかりといった様子で、エリーゼは何色にも染まって
いない透明な水晶を手渡した。人の頭ほどある大層な水晶を受け取ると、シキはこの魔道具の使い方について指南を受ける。
「では、そちらの水晶へ普段使うようにエーテルを込めて下さい。色で属性を、光の大きさで量を測る事が出来ます」
以前小さな宝石に触れ色が現れなかった事があった。
その時使った魔道具の最上級品がこの水晶なのだろうと考えながら、シキは落さないようにしっかりと水晶を両手で包み込む。
普段使うようにエーテルを込める。
通り魔との一戦以来まともにエーテルを使っていなかったシキは、改めて戦っていた時の感覚を思い出す。
火照るように、燃え盛るように。その内に秘める、真っ赤な記憶を思い出す。
「はーーーーーぁぁぁぁぁあああああ!!」
大きく掛け声を上げ、当時の煮えたぎるように溢れ出たエーテルをイメージした。その結果。
「……え?」
目の前の光景に、エリーゼは思わず声を漏らす。
「どうだ……!! 水晶は真っ赤に燃え上がっているか……!?」
シキは額から汗を流しながら、全力で力を込めていた。
「真っ赤……。ええ、真っ赤です。紛れもない赤属性です。でも……量が赤子以下なのですが」
「……は?」
シキは目いっぱい力を入れるため閉じていた目を開く。水晶の中には、薪に火をくべる時の種火程度の赤い光しか存在していなかった。
「シキさん……真面目にやってもらっていいですか? 面白くない冗談ほど嫌われるものはないですよ」
辛辣なエリーゼの言葉が胸に刺さる。
こっちだって冗談で行った訳では無い。
シキは改めて今起きている事を整理してみる。確かに込めたエーテルは、通り魔との一戦と同程度にしたつもりだ。しばらく使っていなかったとはいえ、流石にここまで量が減る事も無ければ、出力が少なくなるはずもない。
ならばとシキは通り魔との一戦を思い出してみた。全力の真っ赤な炎を操り彼女を倒したシキは、それからの記憶があまりなかった。
意識が朦朧としている中、ネオンにそっと抱きかかえられていた事だけがふと頭によぎった。
「…………ネオン。お前か?」
頬をピクピクと引きながら、シキはギロリとネオンを睨み付ける。
「…………」
ネオンは何も言わず、ただ深々と頷いていた。
シキは深く溜め息をつく。彼女の反応で全て合点がいった。
あの時燃え盛るように熱かった身体が、突然落ち着いた理由を。
彼女のエーテルを吸収する能力と、水晶に輝くエーテルが極端に弱い理由を。
肩をすくめ落ち込んでいると、両手に重くぶら下がっていた水晶をエリーゼがひょいと取り上げた。
「まさか壊れてませんよねぇ。しばらく使ってなかったとは言え……わぁっ!? もう、大丈夫じゃないですか! 自分のエーテルに驚いて落とすところでしたよ」
エリーゼの持つ水晶は、水晶から溢れるほどの光が眩く輝いていた。
流れる水のように柔らかな青色に積み上げられた土のように温かな黄色、二色の光。水晶から溢れる二つの光を見たシキは、その水晶の反応に疑問を持つ。
「青と黄色……? エリーゼ。お前は氷が扱える青のエーテル使いではないのか?」
シキは以前似たような魔道具を触った事を改めて思い出す。
その時エーテルの色が無かったシキは光らず、水を操るエーテル使いは青色に輝いていたのだ。
だが一転してシキの思い込んでいた認識を、根底から覆す新たな常識をエリーゼは口にした。
「え? 私は青と黄色のエーテルが使えますよ? 青は父から、黄色は母から受け継ぎました。なので液体と固体の間に位置する、氷が私の得意分野です」
なんとエリーゼは、二つのエーテルを併せ持つと言い出したのだ。
シキはその事実に驚きながら、以前エーテルについて聞いた説明をもう一度振り返ってみる。
エーテルとは記憶の積み重ね。血液や性別の遺伝のように、両親から受け継ぐもの。それ故に生物は、一つはエーテルの色を持っているのだと。
「……そういう事か。エーテルとは一人に一色ではなく、二色の場合もあるのだな」
一人で納得しているシキを前に、エリーゼは再び疑いを持った目で彼を見つめる。
「もしかしてシキさん……。エーテルについて何も学んでいないのですか? 学院や大魔術師級のエーテル使いに教わったりせず、独学で学ぶ事もせず、今のいままで生きて来たのですか? クリプトの事を知らないのもそれが理由ですか……? はっ!! だからエーテルも赤子並みしないのですね……!?」
勝手に点と点を繋げて驚く早とちりが目の前にいる。
シキが言葉を挟み誤解を解くよりも前に、早とちり少女は思いついた最善の答えを口に出した。
「何をお渡しすれば良いか分かりました! 今シキさんに必要なのはエーテルの入門書です! 私が子供の頃使っていた教科書をお譲りしましょう!!」
今シキに必要なのは基礎の基礎である。
両手をポンと合わせシキに必要なものを言い当てると、エリーゼはぐるりと背を向け雑貨屋の中へ戻って行こうとした。
待て待て待て待て!!
咄嗟に教科書を取りに行こうとしたエリーゼを掴み、シキは苦し紛れにエーテルが少ない理由を説明する事にした。
「記憶がないの! 私、記憶喪失なの!!」
腕を掴まれたエリーゼは思わず振り返った。
目の合ったシキは額から汗を垂らし、気まずそうに目線を逸らす。
普段の彼なら絶対に言わない口調がうっかりと飛び出す。
言葉の意味と口調のギャップでエリーゼは思わずその場に立ち止まった。
妙な沈黙が、岩で囲まれた魔術雑貨屋の入り口で発生していた。
「…………それ、本当ですか?」
「……冗談な訳が無いだろう」
「…………」
「…………」
「…………」
それで、次のホットサンドはいつ食べられるのだろう。
二人のやり取りを他人事のように聞き流していたネオンは、そわそわと期待をしながら話が終わるのを待っていたのであった。
この世界の摂理を表すような言葉を聞き、シキは店の外でぶつけようのない怒りと脱力感を覚えうなだれていた。
何をするでもなく無気力に立ち尽くしていると、雑貨屋の扉にクローズと書き吊るされた看板がカラカラと音を立てる。中から、大きな水晶を手にしたエリーゼがひょっこりと出てきた。
「すみませんシキさん。道具を選ぶと言いましたが、その前にあなたのエーテルを見せて頂いても良いでしょうか? シキさんに合う物を探すなら、まずはあなたのエーテルを知らないと元も子もないですもんね」
これはうっかりといった様子で、エリーゼは何色にも染まって
いない透明な水晶を手渡した。人の頭ほどある大層な水晶を受け取ると、シキはこの魔道具の使い方について指南を受ける。
「では、そちらの水晶へ普段使うようにエーテルを込めて下さい。色で属性を、光の大きさで量を測る事が出来ます」
以前小さな宝石に触れ色が現れなかった事があった。
その時使った魔道具の最上級品がこの水晶なのだろうと考えながら、シキは落さないようにしっかりと水晶を両手で包み込む。
普段使うようにエーテルを込める。
通り魔との一戦以来まともにエーテルを使っていなかったシキは、改めて戦っていた時の感覚を思い出す。
火照るように、燃え盛るように。その内に秘める、真っ赤な記憶を思い出す。
「はーーーーーぁぁぁぁぁあああああ!!」
大きく掛け声を上げ、当時の煮えたぎるように溢れ出たエーテルをイメージした。その結果。
「……え?」
目の前の光景に、エリーゼは思わず声を漏らす。
「どうだ……!! 水晶は真っ赤に燃え上がっているか……!?」
シキは額から汗を流しながら、全力で力を込めていた。
「真っ赤……。ええ、真っ赤です。紛れもない赤属性です。でも……量が赤子以下なのですが」
「……は?」
シキは目いっぱい力を入れるため閉じていた目を開く。水晶の中には、薪に火をくべる時の種火程度の赤い光しか存在していなかった。
「シキさん……真面目にやってもらっていいですか? 面白くない冗談ほど嫌われるものはないですよ」
辛辣なエリーゼの言葉が胸に刺さる。
こっちだって冗談で行った訳では無い。
シキは改めて今起きている事を整理してみる。確かに込めたエーテルは、通り魔との一戦と同程度にしたつもりだ。しばらく使っていなかったとはいえ、流石にここまで量が減る事も無ければ、出力が少なくなるはずもない。
ならばとシキは通り魔との一戦を思い出してみた。全力の真っ赤な炎を操り彼女を倒したシキは、それからの記憶があまりなかった。
意識が朦朧としている中、ネオンにそっと抱きかかえられていた事だけがふと頭によぎった。
「…………ネオン。お前か?」
頬をピクピクと引きながら、シキはギロリとネオンを睨み付ける。
「…………」
ネオンは何も言わず、ただ深々と頷いていた。
シキは深く溜め息をつく。彼女の反応で全て合点がいった。
あの時燃え盛るように熱かった身体が、突然落ち着いた理由を。
彼女のエーテルを吸収する能力と、水晶に輝くエーテルが極端に弱い理由を。
肩をすくめ落ち込んでいると、両手に重くぶら下がっていた水晶をエリーゼがひょいと取り上げた。
「まさか壊れてませんよねぇ。しばらく使ってなかったとは言え……わぁっ!? もう、大丈夫じゃないですか! 自分のエーテルに驚いて落とすところでしたよ」
エリーゼの持つ水晶は、水晶から溢れるほどの光が眩く輝いていた。
流れる水のように柔らかな青色に積み上げられた土のように温かな黄色、二色の光。水晶から溢れる二つの光を見たシキは、その水晶の反応に疑問を持つ。
「青と黄色……? エリーゼ。お前は氷が扱える青のエーテル使いではないのか?」
シキは以前似たような魔道具を触った事を改めて思い出す。
その時エーテルの色が無かったシキは光らず、水を操るエーテル使いは青色に輝いていたのだ。
だが一転してシキの思い込んでいた認識を、根底から覆す新たな常識をエリーゼは口にした。
「え? 私は青と黄色のエーテルが使えますよ? 青は父から、黄色は母から受け継ぎました。なので液体と固体の間に位置する、氷が私の得意分野です」
なんとエリーゼは、二つのエーテルを併せ持つと言い出したのだ。
シキはその事実に驚きながら、以前エーテルについて聞いた説明をもう一度振り返ってみる。
エーテルとは記憶の積み重ね。血液や性別の遺伝のように、両親から受け継ぐもの。それ故に生物は、一つはエーテルの色を持っているのだと。
「……そういう事か。エーテルとは一人に一色ではなく、二色の場合もあるのだな」
一人で納得しているシキを前に、エリーゼは再び疑いを持った目で彼を見つめる。
「もしかしてシキさん……。エーテルについて何も学んでいないのですか? 学院や大魔術師級のエーテル使いに教わったりせず、独学で学ぶ事もせず、今のいままで生きて来たのですか? クリプトの事を知らないのもそれが理由ですか……? はっ!! だからエーテルも赤子並みしないのですね……!?」
勝手に点と点を繋げて驚く早とちりが目の前にいる。
シキが言葉を挟み誤解を解くよりも前に、早とちり少女は思いついた最善の答えを口に出した。
「何をお渡しすれば良いか分かりました! 今シキさんに必要なのはエーテルの入門書です! 私が子供の頃使っていた教科書をお譲りしましょう!!」
今シキに必要なのは基礎の基礎である。
両手をポンと合わせシキに必要なものを言い当てると、エリーゼはぐるりと背を向け雑貨屋の中へ戻って行こうとした。
待て待て待て待て!!
咄嗟に教科書を取りに行こうとしたエリーゼを掴み、シキは苦し紛れにエーテルが少ない理由を説明する事にした。
「記憶がないの! 私、記憶喪失なの!!」
腕を掴まれたエリーゼは思わず振り返った。
目の合ったシキは額から汗を垂らし、気まずそうに目線を逸らす。
普段の彼なら絶対に言わない口調がうっかりと飛び出す。
言葉の意味と口調のギャップでエリーゼは思わずその場に立ち止まった。
妙な沈黙が、岩で囲まれた魔術雑貨屋の入り口で発生していた。
「…………それ、本当ですか?」
「……冗談な訳が無いだろう」
「…………」
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それで、次のホットサンドはいつ食べられるのだろう。
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