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第二章 鏡映しの兄弟編
07.蜃気楼の首飾り
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そんなこんなでシキとエリーゼが言い合いをしていると、探し物を終えたエランダが選び抜いた一品を手に魔術雑貨屋の中から現れる。
「……それは?」
エランダの手には、大きな勾玉一つと小さな勾玉六つが紐通された首飾りが掲げられていた。
「中々に癖のある一品さ。『蜃気楼の首飾り』と言ってね、文字通り蜃気楼のような事が出来るんだよ。ちょいと見てな」
そういうと小さな勾玉のうちの一つを取り外し、シキの隣に立っていたエリーゼに手渡す。
「エリーゼ、やりな」
「はい!」
元気良く返事をしたエリーゼはエランダから距離を取るように少し歩き、先に結晶が取り付けられた木の杖を振りかざした。
そして、エリーゼは祖母との間へ思いもよらぬ魔術を繰り出す。
「いきます。岩盤精製:通行禁止!」
エリーゼの掛け声に呼応するように、二人の間にある地面から岩で出来た壁が生えてきた。
「岩の……魔術だと!?」
シキは目の前の光景に意表を突かれた。
彼女の使った術は以前見た氷の魔術ではなく、祖母が操るという岩の魔術であったのだ。
シキがそびえ立つ岩の壁を見上げて驚いていると、術を使い終わったエリーゼが声をかけてきた。
「このように、本来術者が使えない魔術を首飾りの持ち主からエーテルを共有し、小さな勾玉を所持している間だけ使えるようになる魔道具です」
「なるほど……確かにこれなら、集団であればあるほど力を持つという訳か。まさに奴らのためにあるような物だな」
小さな勾玉はエリーゼが預かった物の他にあと五つ残っている。つまり、術者本人を入れて七人が同じ術を使えるという訳だ。
「私にも一つ、貸してはもらえないだろうか? 他人の術を使う事には大変興味がある」
道具を頂くからには、シキもその使用感が気になって仕方が無かった。この魔道具は盗賊に対してどう扱えるものか、その身で感じ、体験しておく必要があると考えたのだ。
「……いいですけど、恐らく無理だと思いますよ。私の物をどうぞ」
しかし、シキの熱意に反しエリーゼはそれほど期待をしていない様子。半ば諦めたようにエリーゼは自身が使っていた勾玉の一つをシキへ手渡す。
彼女の物言いを若干不服に感じながらもシキは受け取る。そして、彼女と同じようにエランダの術を唱えた。
「ふっ、いくぞ。岩盤精製:通行禁止!」
…………。
……。
「……ん? 岩盤精製:通行禁止!!」
何も起きない事を不思議に思い、シキは念入りにもう一度唱えた。しかし、何度唱えても岩盤どころか石ころ一つ現れはしなかったのだ。
シキが岩を出そうとした場所へ、ネオンがゆっくりと歩いて近づいた。
「…………」
そびえ立つエリーゼが生み出した岩盤の横でそっとしゃがみ込み、転がっている小さな石ころをいくつか手に取ろうとして、そのまま消滅させていた。
その様子はシキが生み出した僅かな欠片でも探そうとしているようだが、シキにとってその行動は追い打ち以外の何物でもなかった。
エランダが言ったように、エーテルの結晶になり損ねた石ころがそこらに転がっているようだ。ネオンが持つたびに消えているのが良い証拠だろう。
儚く消滅する石ころを見て、シキは今のエーテルが極端に少ない自分と重ね合わせそうになる。
ブンブンと首を振り意識を呼び戻した後、スーっと軽く息を吸い一拍置いた。そしてやはりといった様子で伺っていたエリーゼに、シキは改めて質問を投げかけた。
「……何かコツでもあるのか? そういったものがあるのなら、先に教えてくれないか」
「コツも何も、恐らくシキさんには出来ませんよ」
「何故だ?」
特別な発動条件や、この道具特有の使い方があるのではないかとシキは考えた。しかし、この魔道具にはそれ以前のもっと単純な問題が発生していたのだ。
「何故ってシキさん、あなたが扱えるのは赤のエーテルでしょう。黄色のエーテルであるおばあちゃんの術は、黄色のエーテルがないと扱えませんよ」
「…………なるほど」
エーテルには赤、青、緑、黄と四つの色が存在している。そしてその色にはそれぞれ、プラズマ、液体、気体、固体を司る性質を持っているのだ。
エランダは岩を操っている。つまり彼女のエーテルは黄色という事だ。その孫にあたるエリーゼは氷を操れる。彼女が言うには、氷とは液体と固体の間、つまり青と黄色のエーテルを持っている必要があるらしい。
そしてシキが持つエーテルは、赤色のエーテルコアから供給される赤のエーテルのみだ。要するに、シキには黄色のエーテルを扱う魔術への適性が無いという事を意味していた。
納得したシキは全てを受け入れるように目を閉じ、そっと小さな勾玉をエリーゼに手渡した。
「それで、この首飾りの性質は分かった。しかしこれが本当に奴ら盗賊団が望むものなのか? 人数がいるという事は、それだけエーテルの色もバラバラではないのか?」
その場その場で主となる大きな勾玉を受け渡せば、この色に関する問題は解決出来るかもしれない。しかし盗賊団などという忙しない彼らに、いちいち受け渡しを行う手間を抱えてまでこの魔道具は使いたい物なのだろうか。
シキはエランダのセンスを疑った。しかし、それは次の一言で簡単に払拭される事になる。
「奴らは同じ村出身の集まりだよ。確か風使いの……つまり緑か。聞いた話が本当なら、どいつもこいつも風を操る緑のエーテルを持った連中さ。だからそんな事は心配せんでも大丈夫だよ」
同郷の集いであるため、一人が持てば受け渡しなど必要はないようだ。とんだ杞憂をしたとシキが一人納得をしていると、エランダは再度確認を取ってきた。
「それで、持って行くのはこの『蜃気楼の首飾り』でいいのかい? 他のが良いってなら探してもいいが、それなら何が良いかもっと具体的に頼むよ」
「いや、それでいい。それがあれば奴らはここを襲わないのだな?」
シキの言葉を聞いたエランダは、上げていた眉をすとんと落とし驚いた。急に心配をする一言をかけられ、彼に対する評価が少し変わっていた。
「……なんだい。そんな事を考えていたのかい。それはどうかねぇ。うちにはお宝がたくさんあるからねぇ」
「売り物で盗賊が求めるのは、これ以外にもあるという事か?」
「さぁね。でも一番と言わたらそれで間違いないはずさ。それとも、何十年と売買をやって来たこのババアの目とアンタの目、どちらが正しいか勝負でもするかい?」
「いいや、大丈夫だ。それを頂こう。私達もそろそろ出発する。世話になったな」
「それはお互い様さ。次来る時はお客として来て欲しいもんだがね」
軽く悪態を付いてコミュニケーションを取る祖母を見て、エリーゼは思わず反抗的な態度を取った。仮にも自分達の事をを心配してくれた相手に、最後までつんけんするのも忍びないと感じていたのだ。
「もう、おばあちゃんったら! ……シキさん、相手は相当強いですよ。お気を付けて」
祖母をなだめるエリーゼを見て、シキは改めて二人の血の繋がりを感じていた。結局似た者同士なのだが、当の二人は気づいていないのだろう。
くすりと笑いたくなる感情を抑え、シキはエリーゼの言葉に返事をする。
「心配には及ばんさ。上手い事やってやるつもりだ。それではな。行くぞ、ネオン」
石ころ拾いをやめて、再び魔術雑貨屋を囲む岩の見つめていたネオンへ呼びかける。彼の呼びかけにぴくりと反応しながらも、ネオンは名残惜しそうに眺め続けていた。
そんな彼女を見たシキはもしかしてと思い、最後にもう一度だけエリーゼにとあるお願いをしてみた。
「エリーゼ、ちなみにだが、クリプトのなんとかってのを貰う事は……」
「ダメと言っているでしょう! もう、もう一度だけ作ってあげますから、それで勘弁してください」
エリーゼはシキへと釘を刺す。ネオンが口惜しそうに眺ていたからなのだが……。しかしもう一食分頂けたのは彼女の功績として、シキはここでは愚痴をこぼさず抑える事にした。
新しくホットサンド二人分を受け取った後、シキとネオンは一家の経営する魔術雑貨屋を後にした。
「……それは?」
エランダの手には、大きな勾玉一つと小さな勾玉六つが紐通された首飾りが掲げられていた。
「中々に癖のある一品さ。『蜃気楼の首飾り』と言ってね、文字通り蜃気楼のような事が出来るんだよ。ちょいと見てな」
そういうと小さな勾玉のうちの一つを取り外し、シキの隣に立っていたエリーゼに手渡す。
「エリーゼ、やりな」
「はい!」
元気良く返事をしたエリーゼはエランダから距離を取るように少し歩き、先に結晶が取り付けられた木の杖を振りかざした。
そして、エリーゼは祖母との間へ思いもよらぬ魔術を繰り出す。
「いきます。岩盤精製:通行禁止!」
エリーゼの掛け声に呼応するように、二人の間にある地面から岩で出来た壁が生えてきた。
「岩の……魔術だと!?」
シキは目の前の光景に意表を突かれた。
彼女の使った術は以前見た氷の魔術ではなく、祖母が操るという岩の魔術であったのだ。
シキがそびえ立つ岩の壁を見上げて驚いていると、術を使い終わったエリーゼが声をかけてきた。
「このように、本来術者が使えない魔術を首飾りの持ち主からエーテルを共有し、小さな勾玉を所持している間だけ使えるようになる魔道具です」
「なるほど……確かにこれなら、集団であればあるほど力を持つという訳か。まさに奴らのためにあるような物だな」
小さな勾玉はエリーゼが預かった物の他にあと五つ残っている。つまり、術者本人を入れて七人が同じ術を使えるという訳だ。
「私にも一つ、貸してはもらえないだろうか? 他人の術を使う事には大変興味がある」
道具を頂くからには、シキもその使用感が気になって仕方が無かった。この魔道具は盗賊に対してどう扱えるものか、その身で感じ、体験しておく必要があると考えたのだ。
「……いいですけど、恐らく無理だと思いますよ。私の物をどうぞ」
しかし、シキの熱意に反しエリーゼはそれほど期待をしていない様子。半ば諦めたようにエリーゼは自身が使っていた勾玉の一つをシキへ手渡す。
彼女の物言いを若干不服に感じながらもシキは受け取る。そして、彼女と同じようにエランダの術を唱えた。
「ふっ、いくぞ。岩盤精製:通行禁止!」
…………。
……。
「……ん? 岩盤精製:通行禁止!!」
何も起きない事を不思議に思い、シキは念入りにもう一度唱えた。しかし、何度唱えても岩盤どころか石ころ一つ現れはしなかったのだ。
シキが岩を出そうとした場所へ、ネオンがゆっくりと歩いて近づいた。
「…………」
そびえ立つエリーゼが生み出した岩盤の横でそっとしゃがみ込み、転がっている小さな石ころをいくつか手に取ろうとして、そのまま消滅させていた。
その様子はシキが生み出した僅かな欠片でも探そうとしているようだが、シキにとってその行動は追い打ち以外の何物でもなかった。
エランダが言ったように、エーテルの結晶になり損ねた石ころがそこらに転がっているようだ。ネオンが持つたびに消えているのが良い証拠だろう。
儚く消滅する石ころを見て、シキは今のエーテルが極端に少ない自分と重ね合わせそうになる。
ブンブンと首を振り意識を呼び戻した後、スーっと軽く息を吸い一拍置いた。そしてやはりといった様子で伺っていたエリーゼに、シキは改めて質問を投げかけた。
「……何かコツでもあるのか? そういったものがあるのなら、先に教えてくれないか」
「コツも何も、恐らくシキさんには出来ませんよ」
「何故だ?」
特別な発動条件や、この道具特有の使い方があるのではないかとシキは考えた。しかし、この魔道具にはそれ以前のもっと単純な問題が発生していたのだ。
「何故ってシキさん、あなたが扱えるのは赤のエーテルでしょう。黄色のエーテルであるおばあちゃんの術は、黄色のエーテルがないと扱えませんよ」
「…………なるほど」
エーテルには赤、青、緑、黄と四つの色が存在している。そしてその色にはそれぞれ、プラズマ、液体、気体、固体を司る性質を持っているのだ。
エランダは岩を操っている。つまり彼女のエーテルは黄色という事だ。その孫にあたるエリーゼは氷を操れる。彼女が言うには、氷とは液体と固体の間、つまり青と黄色のエーテルを持っている必要があるらしい。
そしてシキが持つエーテルは、赤色のエーテルコアから供給される赤のエーテルのみだ。要するに、シキには黄色のエーテルを扱う魔術への適性が無いという事を意味していた。
納得したシキは全てを受け入れるように目を閉じ、そっと小さな勾玉をエリーゼに手渡した。
「それで、この首飾りの性質は分かった。しかしこれが本当に奴ら盗賊団が望むものなのか? 人数がいるという事は、それだけエーテルの色もバラバラではないのか?」
その場その場で主となる大きな勾玉を受け渡せば、この色に関する問題は解決出来るかもしれない。しかし盗賊団などという忙しない彼らに、いちいち受け渡しを行う手間を抱えてまでこの魔道具は使いたい物なのだろうか。
シキはエランダのセンスを疑った。しかし、それは次の一言で簡単に払拭される事になる。
「奴らは同じ村出身の集まりだよ。確か風使いの……つまり緑か。聞いた話が本当なら、どいつもこいつも風を操る緑のエーテルを持った連中さ。だからそんな事は心配せんでも大丈夫だよ」
同郷の集いであるため、一人が持てば受け渡しなど必要はないようだ。とんだ杞憂をしたとシキが一人納得をしていると、エランダは再度確認を取ってきた。
「それで、持って行くのはこの『蜃気楼の首飾り』でいいのかい? 他のが良いってなら探してもいいが、それなら何が良いかもっと具体的に頼むよ」
「いや、それでいい。それがあれば奴らはここを襲わないのだな?」
シキの言葉を聞いたエランダは、上げていた眉をすとんと落とし驚いた。急に心配をする一言をかけられ、彼に対する評価が少し変わっていた。
「……なんだい。そんな事を考えていたのかい。それはどうかねぇ。うちにはお宝がたくさんあるからねぇ」
「売り物で盗賊が求めるのは、これ以外にもあるという事か?」
「さぁね。でも一番と言わたらそれで間違いないはずさ。それとも、何十年と売買をやって来たこのババアの目とアンタの目、どちらが正しいか勝負でもするかい?」
「いいや、大丈夫だ。それを頂こう。私達もそろそろ出発する。世話になったな」
「それはお互い様さ。次来る時はお客として来て欲しいもんだがね」
軽く悪態を付いてコミュニケーションを取る祖母を見て、エリーゼは思わず反抗的な態度を取った。仮にも自分達の事をを心配してくれた相手に、最後までつんけんするのも忍びないと感じていたのだ。
「もう、おばあちゃんったら! ……シキさん、相手は相当強いですよ。お気を付けて」
祖母をなだめるエリーゼを見て、シキは改めて二人の血の繋がりを感じていた。結局似た者同士なのだが、当の二人は気づいていないのだろう。
くすりと笑いたくなる感情を抑え、シキはエリーゼの言葉に返事をする。
「心配には及ばんさ。上手い事やってやるつもりだ。それではな。行くぞ、ネオン」
石ころ拾いをやめて、再び魔術雑貨屋を囲む岩の見つめていたネオンへ呼びかける。彼の呼びかけにぴくりと反応しながらも、ネオンは名残惜しそうに眺め続けていた。
そんな彼女を見たシキはもしかしてと思い、最後にもう一度だけエリーゼにとあるお願いをしてみた。
「エリーゼ、ちなみにだが、クリプトのなんとかってのを貰う事は……」
「ダメと言っているでしょう! もう、もう一度だけ作ってあげますから、それで勘弁してください」
エリーゼはシキへと釘を刺す。ネオンが口惜しそうに眺ていたからなのだが……。しかしもう一食分頂けたのは彼女の功績として、シキはここでは愚痴をこぼさず抑える事にした。
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