この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

文字の大きさ
47 / 169
第二章 鏡映しの兄弟編

07.蜃気楼の首飾り

しおりを挟む
 そんなこんなでシキとエリーゼが言い合いをしていると、探し物を終えたエランダが選び抜いた一品を手に魔術雑貨屋の中から現れる。

「……それは?」

 エランダの手には、大きな勾玉一つと小さな勾玉六つが紐通された首飾りが掲げられていた。

「中々に癖のある一品さ。『蜃気楼の首飾りネック・レス・ミラージュ』と言ってね、文字通り蜃気楼のような事が出来るんだよ。ちょいと見てな」

 そういうと小さな勾玉のうちの一つを取り外し、シキの隣に立っていたエリーゼに手渡す。

「エリーゼ、やりな」

「はい!」

 元気良く返事をしたエリーゼはエランダから距離を取るように少し歩き、先に結晶が取り付けられた木の杖を振りかざした。

 そして、エリーゼは祖母との間へ思いもよらぬ魔術を繰り出す。

「いきます。岩盤精製:通行禁止パネルオープン:ノーエントリー!」

 エリーゼの掛け声に呼応するように、二人の間にある地面から岩で出来た壁が生えてきた。

「岩の……魔術だと!?」

 シキは目の前の光景に意表を突かれた。

 彼女の使った術は以前見た氷の魔術ではなく、祖母が操るという岩の魔術であったのだ。

 シキがそびえ立つ岩の壁を見上げて驚いていると、術を使い終わったエリーゼが声をかけてきた。

「このように、本来術者が使えない魔術を首飾りの持ち主からエーテルを共有し、小さな勾玉を所持している間だけ使えるようになる魔道具です」

「なるほど……確かにこれなら、集団であればあるほど力を持つという訳か。まさに奴らのためにあるような物だな」

 小さな勾玉はエリーゼが預かった物の他にあと五つ残っている。つまり、術者本人を入れて七人が同じ術を使えるという訳だ。

「私にも一つ、貸してはもらえないだろうか? 他人の術を使う事には大変興味がある」

 道具を頂くからには、シキもその使用感が気になって仕方が無かった。この魔道具は盗賊に対してどう扱えるものか、その身で感じ、体験しておく必要があると考えたのだ。

「……いいですけど、恐らく無理だと思いますよ。私の物をどうぞ」

 しかし、シキの熱意に反しエリーゼはそれほど期待をしていない様子。半ば諦めたようにエリーゼは自身が使っていた勾玉の一つをシキへ手渡す。

 彼女の物言いを若干不服に感じながらもシキは受け取る。そして、彼女と同じようにエランダの術を唱えた。

「ふっ、いくぞ。岩盤精製:通行禁止パネルオープン:ノーエントリー!」

 …………。

 ……。

「……ん? 岩盤精製:通行禁止パネルオープン:ノーエントリー!!」

 何も起きない事を不思議に思い、シキは念入りにもう一度唱えた。しかし、何度唱えても岩盤どころか石ころ一つ現れはしなかったのだ。

 シキが岩を出そうとした場所へ、ネオンがゆっくりと歩いて近づいた。

「…………」

 そびえ立つエリーゼが生み出した岩盤の横でそっとしゃがみ込み、転がっている小さな石ころをいくつか手に取ろうとして、そのまま消滅させていた。
 その様子はシキが生み出した僅かな欠片でも探そうとしているようだが、シキにとってその行動は追い打ち以外の何物でもなかった。

 エランダが言ったように、エーテルの結晶になり損ねた石ころがそこらに転がっているようだ。ネオンが持つたびに消えているのが良い証拠だろう。

 儚く消滅する石ころを見て、シキは今のエーテルが極端に少ない自分と重ね合わせそうになる。
 ブンブンと首を振り意識を呼び戻した後、スーっと軽く息を吸い一拍置いた。そしてやはりといった様子で伺っていたエリーゼに、シキは改めて質問を投げかけた。

「……何かコツでもあるのか? そういったものがあるのなら、先に教えてくれないか」

「コツも何も、恐らくシキさんには出来ませんよ」

「何故だ?」

 特別な発動条件や、この道具特有の使い方があるのではないかとシキは考えた。しかし、この魔道具にはそれ以前のもっと単純な問題が発生していたのだ。

「何故ってシキさん、あなたが扱えるのは赤のエーテルでしょう。黄色のエーテルであるおばあちゃんの術は、黄色のエーテルがないと扱えませんよ」

「…………なるほど」

 エーテルには赤、青、緑、黄と四つの色が存在している。そしてその色にはそれぞれ、プラズマ、液体、気体、固体を司る性質を持っているのだ。

 エランダは岩を操っている。つまり彼女のエーテルは黄色という事だ。その孫にあたるエリーゼは氷を操れる。彼女が言うには、氷とは液体と固体の間、つまり青と黄色のエーテルを持っている必要があるらしい。

 そしてシキが持つエーテルは、赤色のエーテルコアから供給される赤のエーテルのみだ。要するに、シキには黄色のエーテルを扱う魔術への適性が無いという事を意味していた。

 納得したシキは全てを受け入れるように目を閉じ、そっと小さな勾玉をエリーゼに手渡した。

 「それで、この首飾りの性質は分かった。しかしこれが本当に奴ら盗賊団が望むものなのか? 人数がいるという事は、それだけエーテルの色もバラバラではないのか?」

 その場その場で主となる大きな勾玉を受け渡せば、この色に関する問題は解決出来るかもしれない。しかし盗賊団などという忙しない彼らに、いちいち受け渡しを行う手間を抱えてまでこの魔道具は使いたい物なのだろうか。

 シキはエランダのセンスを疑った。しかし、それは次の一言で簡単に払拭される事になる。

「奴らは同じ村出身の集まりだよ。確か風使いの……つまり緑か。聞いた話が本当なら、どいつもこいつも風を操る緑のエーテルを持った連中さ。だからそんな事は心配せんでも大丈夫だよ」

 同郷の集いであるため、一人が持てば受け渡しなど必要はないようだ。とんだ杞憂をしたとシキが一人納得をしていると、エランダは再度確認を取ってきた。

「それで、持って行くのはこの『蜃気楼の首飾りネック・レス・ミラージュ』でいいのかい? 他のが良いってなら探してもいいが、それなら何が良いかもっと具体的に頼むよ」

「いや、それでいい。それがあれば奴らはここを襲わないのだな?」

 シキの言葉を聞いたエランダは、上げていた眉をすとんと落とし驚いた。急に心配をする一言をかけられ、彼に対する評価が少し変わっていた。

「……なんだい。そんな事を考えていたのかい。それはどうかねぇ。うちにはお宝がたくさんあるからねぇ」

「売り物で盗賊が求めるのは、これ以外にもあるという事か?」

「さぁね。でも一番と言わたらそれで間違いないはずさ。それとも、何十年と売買をやって来たこのババアの目とアンタの目、どちらが正しいか勝負でもするかい?」

「いいや、大丈夫だ。それを頂こう。私達もそろそろ出発する。世話になったな」

「それはお互い様さ。次来る時はお客として来て欲しいもんだがね」

 軽く悪態を付いてコミュニケーションを取る祖母を見て、エリーゼは思わず反抗的な態度を取った。仮にも自分達の事をを心配してくれた相手に、最後までつんけんするのも忍びないと感じていたのだ。

「もう、おばあちゃんったら! ……シキさん、相手は相当強いですよ。お気を付けて」

 祖母をなだめるエリーゼを見て、シキは改めて二人の血の繋がりを感じていた。結局似た者同士なのだが、当の二人は気づいていないのだろう。

 くすりと笑いたくなる感情を抑え、シキはエリーゼの言葉に返事をする。

「心配には及ばんさ。上手い事やってやるつもりだ。それではな。行くぞ、ネオン」

 石ころ拾いをやめて、再び魔術雑貨屋を囲む岩の見つめていたネオンへ呼びかける。彼の呼びかけにぴくりと反応しながらも、ネオンは名残惜しそうに眺め続けていた。

 そんな彼女を見たシキはもしかしてと思い、最後にもう一度だけエリーゼにとあるお願いをしてみた。

「エリーゼ、ちなみにだが、クリプトのなんとかってのを貰う事は……」

「ダメと言っているでしょう! もう、もう一度だけ作ってあげますから、それで勘弁してください」

 エリーゼはシキへと釘を刺す。ネオンが口惜しそうに眺ていたからなのだが……。しかしもう一食分頂けたのは彼女の功績として、シキはここでは愚痴をこぼさず抑える事にした。

 新しくホットサンド二人分を受け取った後、シキとネオンは一家の経営する魔術雑貨屋を後にした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...