この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

文字の大きさ
70 / 169
第二章 鏡映しの兄弟編

30.愚者を灯す紫の太陽

しおりを挟む
 瞬きをした瞬間。それぞれのエーテルは光を放ち、戦場は輝きに包まれる。

「何もさせる前に!! 氷結精製:フリージングビルド:氷柱の監獄アイシクルプリズン!!」

「おっせぇよ雑魚が! 愚者を焦がす死の太陽イグニス・バーンド・ヘル・フレア!!」

 開戦の合図を皮切りに敵の弟、オーキッドは一歩前へ出ると、赤みを帯びた紫の炎を撃ち出す。右耳に取り付けられた紫の耳飾りが、彼の攻撃へ呼応するように不気味な紫の光を放っていた。

 氷柱の檻が彼らを捕らえるように生えて来るや否や、産み落とされた紫の炎がその一本一本をその身ごと弾き飛ばす。

「これならどうッスか、チャタロー!!」

「フンニャー!!」

 炎を使い終わった直後のオーキッドへ向けて巨大化したチャタローが突撃する。そして爪を立てると思い切り横なぎに大きな前脚を振るった。

 衝撃で屋敷の壁は抉れ、破片が散り土煙が舞う。

「当たるかよ!! 幻影を焦がすライティ・ミラージュ・右手の太陽ヘル・フレアァ!!」

 チャタローがなぎ払ったと思われたオーキッドは彼の生み出した身代わりであった。大技を放ち隙の出来たチャタローへ、暴れ狂う紫の炎が襲い掛かる。

「ぐあっ!!」

「ミルカ!! チャタロー!!」

 巨大化した猫は癖っ毛少女と共に、紫炎の爆発に巻き込まれ吹き飛ばされる。彼女達の悲鳴に思わずシキは声を張り上げた。

「貴様、何故立っているかと聞いている。愚者を灯す紫の太陽イグニス・ファトゥス・ソル・フレア

「……ッ!!」

 兄上と呼ばれた男アランブラは、青みを帯びた紫の炎から数十の炎の塊を放つ。弟の炎とは対照的に、従者のように揺らめく紫の炎が、ゆっくりとシキの周囲を囲んで行く。

「アネッサに与えたエーテルコアについて、知っている情報を洗いざらい話して貰おうか!!」

 シキはコアを失った短剣を抜き出すと、周囲にいる炎の一つを切り裂いた。修復が上手く行かず、炎の塊はいびつな燃え方をしながら消え去って行く。

 コアを失い記憶を奪う斬撃を放てなくなったとしても、エーテルを削る効果自体がこの短剣に宿っている事はこれまでの旅で見つけていた。

 そしてそれがこの紫の炎に有効な事も、屋外の戦いで証明済みであった。故に、シキは臆する事無く紫の炎を切り裂いたのであった。

「『大食らいの少身物グラットン・ダガー』……だと? 貴様、赤の国の者か……!」

 シキの短剣を目にしたアランブラは、殲滅すべき敵国の兵が目の前にいると認識した。しかし、敵兵だと思われた人物の言葉にそれは間違いだと即座に気づく。

「ただの拾い物だ!!」

 シキは切り拓いた包囲網から飛び出すと、そのまま円形に陣を作っていた紫の炎を切り裂きながら、アランブラへと襲い掛かる。

「何故お前のような者がエーテルコアを持っていた? それをどうしてアネッサに与えた? それにこの魔物の大群と隠されていた屋敷……お前達の目的は何だ!! この地で何をしようとしている!?」

 半月のように紫炎の半分を切り落とされたアランブラは怒りに燃えながら、歯向かって来る男へ己の存在する理由を語り突きつける。

「歴史を変えるのだよ……。我らダーダネラの民がこの世界を支配する。我らを魔物同然と扱った他種族を服従させ、我らがこの世界の頂点へと君臨する。ここはその始まりになるべく生まれた場所であった。はずであったのに、貴様らは……!!」

 アランブラの左手に、青みを帯びた紫の炎が灯る。炎は強く、アランブラの怒りに呼応するようにその大きさを増していく。

 そして炎は下される。襲い掛かる愚者へと。

「今ここで終わる訳にはいかぬのだ!! 灯せ、理想を灯す左手の太陽レフティ・イデアル・ソル・フレアァ!!」

 アランブラの怒りを受け入れるように、彼の左耳に付けられた耳飾りが眩い紫の光を放つ。

 理想を掲げる左手は、紫の太陽を灯し過去を求める旅人へと振り落とされた。

「ぐっ……はああああああ!!」

 シキは攻撃を受けながらも、意識を大食らいの少身物グラットン・ダガーへと注力する。それは記憶ごと奪う斬撃を放つためではなく、降り注ぐ特大のエーテルを吸収するために。

 そして、紫の光が消える。それと同時に、ザンッ!! と巨大な赤色の斬撃が屋敷内から屋外へと向かって放たれた。

 シキは反動で屋敷の内側へと吹き飛ばされる。そのまま背中を部屋の奥でぶつけるまで宙を舞い、やっとの事で地に足をつけた。大部屋の真ん中へ斬撃の跡を刻みながら、シキはアランブラの一撃を耐え凌いだのだ。

 薄暗い屋敷の中で、男の身体に炎が灯り始める。轟々と一つ、また一つと身体の傷口から炎が溢れ出す。

「今ここで終われないのは……私だって同じだ!! 答えろアランブラ! あのエーテルコアをどこで手に入れた!? そもそもエーテルコアとは……何なのだ!!」

 扉のあった入口からアランブラが入ってくる。シキの言葉を聞き、ニヤリと笑う。まだ何も知らない男を見下すようにアランブラは理想を語る。

「なんだ……。そんな事も知らずにエーテルコアについて探し回っていたのか。丁度いい、教えてやろう。その結晶が持つ真の力を。この世界を手に入れるための方法を」

「な、なに……!?」

「エーテルコアとは、この世界そのものなのだよ。この世界が出来た時から、既に存在していたとされるエーテルの塊。つまり、この世界が生まれた時からエーテルを貯め続けた莫大なるエネルギーの塊。それがエーテルコアなのだ。後はもう察しが付くだろう。そのようなコアを独占する事が何を意味しているか」

 シキは言葉を失った。記憶の断片、それ以外の特性など付属品程度に考えていたエーテルコアが、世界を征服できるほどの力を持つ代物だったのだ。

 呆然とする彼を前に、国を背負った男は容赦なく次の一手へと移る。

「だから我らは、成し遂げなければならないのだ。祖国を守るために、我らが種族を守るために。この世界に存在するエーテルコアを独占する!!」

 再び青みを帯びた紫の炎がア、ランブラの左手に灯る。

 屋敷の奥で潰れている敵へ敗北を突きつけるために、祖国ダーダネラを守るために、双子の太陽は愚者を灯す。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...