この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第三章 砂漠の魔女編

19.百の先へ

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 朝のオアシスにて、幻想的な湖の側で話をするオームギとエリーゼ。エリーゼはオームギと交流を深めるために自身の所持する魔道具『何でもホットサンドメーカー』を取り出し、作者とされるクリプトの話題を持ち出した。

 しかしオームギは魔道具の存在を知らず、始まりの魔術師クリプトはオームギとの旅を終えた後、その料理を再現するため魔道具を作ったと気づいたのであった。

「そうですか。この魔道具については知りませんでしたか……。では尚更、この魔道具について知りたくなったでしょう! オームギさんの料理技術をどこまで再現出来るのか、是非この私に挑戦させて下さいっ」

「待った待った、勝手に話を進めないで。そもそもとして、それは本当にクリプトが作った物なの? というか、もし本物だったとしてどうしてそんなもの貴方が持っている訳?」

「それも合わせて確認してみたかった、というのが本心ですね。正直本当にクリプト作かは断言出来ません。ですが効果は確実、噂に聞いたものと瓜二つです。そして何故私が持っていたのか。それは私の実家が長く魔術雑貨屋を営業しており、取引の中で偶然手に入れたからです」

「話の筋は通っている、か。まぁ、本物なんじゃない? その壊滅的なネーミングセンスを聞く限りはね」

「本当ですか! クリプトとお会いになった方からのお墨付きとは、これは嬉しくなってしまいますね」

「いや、ここでの出来事は全部忘れて貰うって言ったでしょ」

「そうでしたそうでした。嬉しさのあまりうっかりしていました」

「どこまで本気なんだか……」

 頭に『何でも』と名付け作り上げた魔道具が、実際に万能な性能を持ち合わせている。そんな性質を持つ物の精製など、オームギの知る限りでは一人しか思い当たらなかった。

 それは偶然か必然か。始まりの魔術師がもたらした、奇妙な出会い。

 相手の調子に乗せられながらもつい話し込んでしまったオームギは『何でも』集めたり収穫出来る大鎌を握り直し、そっと警戒心を解いたのだった。

「というか、そんな話が聞きたかったの?」

「そんな、とは?」

「クリプトはどうとか、ホットサンドがどうとかよ。結局ここを出る時には忘れるって分かっているのに、そんな事をしてどうなるって話じゃない」

「言われてみればそうですよね。ですが本題は最初に言った通り、朝食のお手伝いが目的です。一応私もあのメンバーの中では調理も担当しているので、腕には自信がありますよ」

 エリーゼに言われ、ふとオームギは彼女達が旅をする様子を思い浮かべる。見るからに不器用そうなシキと、掴みどころが無ければ何を考えているのかも分からないネオン。
 自然とエリーゼがまとめ役になるのは火を見るよりも明らかであった。

「…………ねぇ、エリーゼ」

「……? はい?」

「貴方はどうして、旅をしているの?」

 ある男は、世界中へ眠る記憶を探すため旅をしていると言っていた。そして無口な少女は、彼の手伝いをするように横に立っていた。

 では、この少女は何を思って旅をしているのだろう。そんな疑問が、百年以上オアシスへ隠れ続けた彼女の脳裏に浮かんだのであった。

「コアはその杖に取り付けられたままだし、貴方も記憶を探しているって訳ではないんでしょ。クリプトの研究? 七つ道具とかいうものを探している? それとも料理人としての腕を上げるためかしら?」

「どれも魅力的ではありますが……もっと大切なものを探しているのです」

「大切なもの?」


「家族です」


 家族。それは、かつて賢人と呼ばれた種族の彼女には、もういない存在。

「家族って……。貴方の実家は、確か魔術雑貨屋をやっているのでしょう?」

「ええ。私と祖母の二人で。祖父が亡くなった後兄がいなくなり、兄を探しに出た両親もまだ帰って来ていません」

「…………そう。見つかるといいわね」

「いえ、必ず見つけ出します。だから私達を見逃して下さい。そう言ったら、オームギさんは私達を解放してくれますか?」

「それとこれとは話が別。貴方が家族を見つけたいように、私だって安息を手に入れたい。妥協なんて許されない。そうでしょう?」

「……はい」

「分かっているならそれでいいわ。話し込んでいるうちに日も上がってきたし、さっさと食材揃えて朝食にしましょう」

「…………はい」

 きっと、仲間を捨てて好奇心を取り、旅人と共に外の世界へ出たオームギに、エリーゼの全ては理解出来ないのだろう。
 だが、オームギだって譲れないものはある。そのために費やした時間も環境も、もう二度と帰って来ないのだから。

 それでも。

「なにボサッと突っ立ってんの? 手伝うってなら早く付いて来なさい。貴方も腕を振るってくれるんでしょ?」

 誰も不幸にならない選択だってあるかもしれない。

 百年振りの尋ね人は、砂漠の魔女に可能性を示すのであった。
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