この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第四章 風の連理編

01.向き合うべき相手

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 エルフの住んでいた砂漠を去ってから数日。
 橙のエーテルコアを持ち去った赤の国の刺客の足取りを追い、シキ達は森の中を歩いていた。

 木漏れ日の中、純白の魔女は問う。これから戦う相手は何なのか。百年を超える時の中で、何が起きていたのか。

「ねぇ、コアを奪った奴らって結局なんな訳? 赤の国グラナートがどうとか言ってたけど……」

「ヴァーミリオンは赤の国の、特に兵力において中核を担う人物だ。表向きは国認定の研究者とされているが、奴はそんな生易しい存在ではない……!」

 赤色と青色。二羽の鳥を飼い慣らす褐色肌の男は、苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

「奴は不老不死という野望を遂げるため、多くの命を生体実験の材料として消費している」

「その材料を手に入れるために、ヴァーミリオンはわざわざ各地を探し回っているのか?」

「そんな効率の悪い事はしない……あれは所詮、趣味程度の行いだろう。奴の元へ集まる生物は、基本的に赤の国から送られるものが多い」

 レンリは言葉を詰まらせる。研究所で見てきたこれまでの犠牲が、何も出来なかった後悔となって彼を責め立てていた。そんなレンリの様子を見て、シキ達も胸がざわりと騒ぐ。

「最大国家であるグラナートは、世界各地からあらゆるものをかき集めている。エーテルの結晶や魔道具といった強力な物資、魔物や魔力適正の高い生物、そして人ですらも、奴らは奪い尽くす」

 赤の国は、人ですら奪う。

 レンリの言葉を聞いて、シキの頭の中にある人物が浮かび上がった。
 彼の持つ魔道具『大食らいの少身物グラットン・ダガー』の持ち主にして、彼が旅をするきっかけとなった存在、忘却の通り魔。

「レンリ、お前は赤の国で何が起きているのか知っているのか!?」

 シキは思わず立ち止まり、横を歩いていたレンリの肩を掴む。
 動揺したレンリは戸惑いを見せながら目を逸らし、シキの問いに対し捻り出すように言葉を口にした。

「……俺が知っているのは、奴の研究所に関する事だけだ。研究所へ送られて来るものは基本的に二つだけ。一つは魔物や生物といった実験の材料にされる命。そしてもう一つが、洗脳をかけて赤の国の駒にされる人間」

「洗脳! 戦いの最中に私達が受けた、身体の自由を奪われる魔術ですね……!」

 氷の魔術師エリーゼは、レンリの言葉を聞いて敵の使う魔術について分析する。
 砂漠の地下で起きた、数多の魔物を巻き込むほどの強大な精神掌握の魔術。

「ああ、奴は国が集めた物資や生物の一部を、実験の材料として提供してもらっている。その見返りとして、国が攫ってきた人間の精神を掌握し、都合よく動く傀儡に染め上げているんだ」

 大陸の最大国家である赤の国グラナート。その兵力を担う精鋭達をヴァーミリオンは染め上げ、作り上げている。そんな彼との敵対が即ち最大国家へ歯向かう事だとしても、彼らは止まる訳にはいかない。

「そんな奴らなんかに、私と仲間の大切な記憶が眠っているコアを渡す訳にはいかないわ」

「俺には生き物の声が分かる。あの研究所でどれだけ悲痛な叫びが響いていたか。これ以上、あのような実験を続けさせてたまるか……!」

 大切な仲間と、守れなかった者達。オームギとレンリが、それぞれ戦う理由と向き合う。

「私の失われた記憶には、エーテルコアの存在が大きくかかわっている。恐らく奪われたコアだけでなく、奴らの使っていた大罪武具も無関係とは言えないだろう。それに人攫いなどというふざけた手段を見逃せるほど、私は冷静になどなれぬものか!」

「誰かと無理やり離れ離れになるなんて。そんな悲しい事、許しておけません!」

 シキが、エリーゼが、旅をする目的と胸の内を重ね合う。

「…………」

 ネオンは見つめる。一同の向かう先にある、倒すべき敵の存在を。

 五人は歩みを揃え、宿敵へと続く森の中を踏み歩く。
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