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第四章 風の連理編
03.一直線の迷い道
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黄の国ナルギットへ入国後、とある商人と相棒の三毛猫に手招かれたシキ一行。
気にも留めていなかったエーテル結晶が欲しくなるという奇妙な状態をくぐり抜け、一行は本来の目的である敵の住処を目指し、露店や商店で溢れかえった通りを歩いていた。
一行の先頭を歩く褐色肌の男は、なにやら商人とのやりとりからやけに機嫌の悪い。
一人先に行く彼を追って、シキ達もまた人の波をかき分けて売り物の山を通り過ぎる。
「待てレンリ! 何にそこまで腹を立てている?」
「シキ……お前も気づいていただろう。あの商人の、いやあの毛玉のやり方に」
シキに呼び止められたレンリは立ち止まり、一転して突っかかるようにシキ達へ詰め寄った。それに対しシキも支離滅裂であった仲間達の様子を思い出す。先に急ぐと言いながらも商品を手放さなかった、異様な姿を。
「あのカムカムとかいう猫、魔術を使っていたな。一見パフォーマンスに見えた手招きも、恐らく術の一部か」
「あ、そういえば! レンリさんの話を聞いている最中、何だか呼ばれたような気がして、振り返るとあの子の手招きが目に入りました。そして気が付くと、露店の前で結晶を手に取っていました」
戸惑いを含んだ表情で、エリーゼもシキとレンリの会話を理解する。
それでもまだ、レンリの怒りは明らかにならない。
何がそこまでレンリの癪に障ったのか。そこには事情も知らず純粋無垢な視線を向けていた、店主の少年の存在があった。
「あの毛玉は魔術で客を呼び込み、必要も無いものを売りつけている。それだけではない。店主はその手法に気付いていないから、見ず知らずの内に悪事へ手を貸しているんだ。ただ自分の商売が上手く行っていると信じ込んでいる。今も、これからもな」
今はただ、生きるために必要な事をしているだけ。あの三毛猫にどこまで悪意があるのかは分からない。ただ飼い主の手助けをしているだけかも知れないし、自分の生活を裕福にするために利用しているのかも知れない。
しかし、いつまで今の関係が続くのか。店主の少年が商売のカラクリに気付いた時、待っているのは。
レンリはただ偶然出会った少年へ、必要以上に入れ込むような人間ではない。
だからこそ、レンリの怒りはコントロールを失いかけていた。
「……似ているんだよ、あの店主と毛玉の関係が。俺とヴァーミリオンに。何も分からないまま手を貸して、良かれと思ってやっていた事が全て裏目に出る。お前達と会う前もそうだ。ヴァーミリオンの研究を手伝えばハロエリもハルウェルも、最後は全て救われると思っていた。そのために助けを求める声にも耳を塞ぎ、実験の材料として捕獲する手伝いをした。全部騙されているとも知らずにな」
正しいと思い続けていた。正しいと思い込まされていた。
それ故に、裏切られた現実がレンリの心を串刺しにしていた。
レンリは歯を食いしばりながら、乱れた心情を吐露する。
「俺はあの毛玉に腹を立てているんじゃない。ただ愚かな自分が腹ただしくて、仕方がないんだ」
「だったら私は死んだ方がいいわね」
オームギの突然の一言に、全員が振り向く。思いもよらない言葉にレンリは絶句する。
「ちょっとした興味から仲間の元を離れて、帰って来た時には故郷は滅んでて。何一つ守れず残された私は、何百年経とうが後悔の念が消える事なんて無い。それについ考えちゃうのよね。もしかしたら私が外の世界に出ちゃったせいで、私達の存在が知れ渡ったんじゃないかって。そうじゃないってのは分かってるけど、でもどこかできっかけになったんじゃないかって。今さら考えたってどうこう出来る訳が無いのに」
「……だとして、どうして死んだ方がいいという話になるんだ」
「だってそうじゃない。貴方は愚かな自分がとんでもなく腹ただしいんでしょ? なら、それ以上にどうしようもない私が出来る事と言えば、死ぬぐらいしかないじゃない。違う?」
「それは……」
意地の悪いオームギに、レンリは返す言葉を失ってしまう。傍から聞いていたシキやエリーゼも、何と口を挟めばいいか分からない。誰が考えても、オームギが死ぬ必要は無いと分かっている。それはオームギにとっても同じだ。
だからオームギは、意地悪だと分かっていて強い口調で言いつける。
「間違いは多かったかもしれない。でも、結果的に貴方はその子達を助けた! それにこれから研究所へ飛び込んで、他のみんなも助けるんでしょ? だったら今は怒りを抑えて、やるべき事をやるしかないじゃない。せっかくまだ間に合うかも知れないんだから、こんな所で迷っていて良い訳?」
深く被ったとんがり帽子の、大きく広がったつばの隙間から。鋭く目を細めた表情でオームギはレンリを睨みつける。かと思えば顔から力を抜き、オームギは軽く微笑む。
「…………ハロエリ」
「ピピッピ!」
「…………ハルウェル」
「ピーッピ?」
レンリの銀髪を、相棒達の羽ばたきが小さく揺らす。
オームギの言うように、彼の周りで飛び回る二羽は、間違いなく彼が行動したから救われた命なのだ。
「……ああ、分かっているさ。お前らに言われなくたって俺は俺の目的を果たす。だから着いてこい! 奴へと至る入り口はもうすぐそこだ」
迷いはまだ晴れてなどいない。だとしても、迷いながら進めばいい。
レンリはまた、皆を先を先導するように歩く。しかし今は、怒りで回りが見えなくなっているのではない。次は先陣を切るために、彼は力強く黄の国を踏みつける。
「さながら年の功と言う奴か」
「その一言は余計」
話をまとめようとした記憶喪失の男を、数百年以上生きた賢人は軽く小突く。
彼らは目的のために力を合わせ、改めて敵地へと赴くのだ。
そんな彼らを、ネオンは一歩引いた場所から眺めていた。
言葉は、武器にも薬にもなる。
本心で語り合えた者同士なら、言葉はそれ以上の力にも姿を変える事が出来る。
「…………」
少女は何一つ喋らない。だからこそ少女は、その瞳で彼らを見守り続ける。
気にも留めていなかったエーテル結晶が欲しくなるという奇妙な状態をくぐり抜け、一行は本来の目的である敵の住処を目指し、露店や商店で溢れかえった通りを歩いていた。
一行の先頭を歩く褐色肌の男は、なにやら商人とのやりとりからやけに機嫌の悪い。
一人先に行く彼を追って、シキ達もまた人の波をかき分けて売り物の山を通り過ぎる。
「待てレンリ! 何にそこまで腹を立てている?」
「シキ……お前も気づいていただろう。あの商人の、いやあの毛玉のやり方に」
シキに呼び止められたレンリは立ち止まり、一転して突っかかるようにシキ達へ詰め寄った。それに対しシキも支離滅裂であった仲間達の様子を思い出す。先に急ぐと言いながらも商品を手放さなかった、異様な姿を。
「あのカムカムとかいう猫、魔術を使っていたな。一見パフォーマンスに見えた手招きも、恐らく術の一部か」
「あ、そういえば! レンリさんの話を聞いている最中、何だか呼ばれたような気がして、振り返るとあの子の手招きが目に入りました。そして気が付くと、露店の前で結晶を手に取っていました」
戸惑いを含んだ表情で、エリーゼもシキとレンリの会話を理解する。
それでもまだ、レンリの怒りは明らかにならない。
何がそこまでレンリの癪に障ったのか。そこには事情も知らず純粋無垢な視線を向けていた、店主の少年の存在があった。
「あの毛玉は魔術で客を呼び込み、必要も無いものを売りつけている。それだけではない。店主はその手法に気付いていないから、見ず知らずの内に悪事へ手を貸しているんだ。ただ自分の商売が上手く行っていると信じ込んでいる。今も、これからもな」
今はただ、生きるために必要な事をしているだけ。あの三毛猫にどこまで悪意があるのかは分からない。ただ飼い主の手助けをしているだけかも知れないし、自分の生活を裕福にするために利用しているのかも知れない。
しかし、いつまで今の関係が続くのか。店主の少年が商売のカラクリに気付いた時、待っているのは。
レンリはただ偶然出会った少年へ、必要以上に入れ込むような人間ではない。
だからこそ、レンリの怒りはコントロールを失いかけていた。
「……似ているんだよ、あの店主と毛玉の関係が。俺とヴァーミリオンに。何も分からないまま手を貸して、良かれと思ってやっていた事が全て裏目に出る。お前達と会う前もそうだ。ヴァーミリオンの研究を手伝えばハロエリもハルウェルも、最後は全て救われると思っていた。そのために助けを求める声にも耳を塞ぎ、実験の材料として捕獲する手伝いをした。全部騙されているとも知らずにな」
正しいと思い続けていた。正しいと思い込まされていた。
それ故に、裏切られた現実がレンリの心を串刺しにしていた。
レンリは歯を食いしばりながら、乱れた心情を吐露する。
「俺はあの毛玉に腹を立てているんじゃない。ただ愚かな自分が腹ただしくて、仕方がないんだ」
「だったら私は死んだ方がいいわね」
オームギの突然の一言に、全員が振り向く。思いもよらない言葉にレンリは絶句する。
「ちょっとした興味から仲間の元を離れて、帰って来た時には故郷は滅んでて。何一つ守れず残された私は、何百年経とうが後悔の念が消える事なんて無い。それについ考えちゃうのよね。もしかしたら私が外の世界に出ちゃったせいで、私達の存在が知れ渡ったんじゃないかって。そうじゃないってのは分かってるけど、でもどこかできっかけになったんじゃないかって。今さら考えたってどうこう出来る訳が無いのに」
「……だとして、どうして死んだ方がいいという話になるんだ」
「だってそうじゃない。貴方は愚かな自分がとんでもなく腹ただしいんでしょ? なら、それ以上にどうしようもない私が出来る事と言えば、死ぬぐらいしかないじゃない。違う?」
「それは……」
意地の悪いオームギに、レンリは返す言葉を失ってしまう。傍から聞いていたシキやエリーゼも、何と口を挟めばいいか分からない。誰が考えても、オームギが死ぬ必要は無いと分かっている。それはオームギにとっても同じだ。
だからオームギは、意地悪だと分かっていて強い口調で言いつける。
「間違いは多かったかもしれない。でも、結果的に貴方はその子達を助けた! それにこれから研究所へ飛び込んで、他のみんなも助けるんでしょ? だったら今は怒りを抑えて、やるべき事をやるしかないじゃない。せっかくまだ間に合うかも知れないんだから、こんな所で迷っていて良い訳?」
深く被ったとんがり帽子の、大きく広がったつばの隙間から。鋭く目を細めた表情でオームギはレンリを睨みつける。かと思えば顔から力を抜き、オームギは軽く微笑む。
「…………ハロエリ」
「ピピッピ!」
「…………ハルウェル」
「ピーッピ?」
レンリの銀髪を、相棒達の羽ばたきが小さく揺らす。
オームギの言うように、彼の周りで飛び回る二羽は、間違いなく彼が行動したから救われた命なのだ。
「……ああ、分かっているさ。お前らに言われなくたって俺は俺の目的を果たす。だから着いてこい! 奴へと至る入り口はもうすぐそこだ」
迷いはまだ晴れてなどいない。だとしても、迷いながら進めばいい。
レンリはまた、皆を先を先導するように歩く。しかし今は、怒りで回りが見えなくなっているのではない。次は先陣を切るために、彼は力強く黄の国を踏みつける。
「さながら年の功と言う奴か」
「その一言は余計」
話をまとめようとした記憶喪失の男を、数百年以上生きた賢人は軽く小突く。
彼らは目的のために力を合わせ、改めて敵地へと赴くのだ。
そんな彼らを、ネオンは一歩引いた場所から眺めていた。
言葉は、武器にも薬にもなる。
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