この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

文字の大きさ
123 / 169
第四章 風の連理編

03.一直線の迷い道

しおりを挟む
 黄の国ナルギットへ入国後、とある商人と相棒の三毛猫に手招かれたシキ一行。
 気にも留めていなかったエーテル結晶が欲しくなるという奇妙な状態をくぐり抜け、一行は本来の目的である敵の住処を目指し、露店や商店で溢れかえった通りを歩いていた。

 一行の先頭を歩く褐色肌の男は、なにやら商人とのやりとりからやけに機嫌の悪い。
 一人先に行く彼を追って、シキ達もまた人の波をかき分けて売り物の山を通り過ぎる。

「待てレンリ! 何にそこまで腹を立てている?」

「シキ……お前も気づいていただろう。あの商人の、いやあの毛玉のやり方に」

 シキに呼び止められたレンリは立ち止まり、一転して突っかかるようにシキ達へ詰め寄った。それに対しシキも支離滅裂であった仲間達の様子を思い出す。先に急ぐと言いながらも商品を手放さなかった、異様な姿を。

「あのカムカムとかいう猫、魔術を使っていたな。一見パフォーマンスに見えた手招きも、恐らく術の一部か」

「あ、そういえば! レンリさんの話を聞いている最中、何だか呼ばれたような気がして、振り返るとあの子の手招きが目に入りました。そして気が付くと、露店の前で結晶を手に取っていました」

 戸惑いを含んだ表情で、エリーゼもシキとレンリの会話を理解する。
 それでもまだ、レンリの怒りは明らかにならない。

 何がそこまでレンリの癪に障ったのか。そこには事情も知らず純粋無垢な視線を向けていた、店主の少年の存在があった。

「あの毛玉は魔術で客を呼び込み、必要も無いものを売りつけている。それだけではない。店主はその手法に気付いていないから、見ず知らずの内に悪事へ手を貸しているんだ。ただ自分の商売が上手く行っていると信じ込んでいる。今も、これからもな」

 今はただ、生きるために必要な事をしているだけ。あの三毛猫にどこまで悪意があるのかは分からない。ただ飼い主の手助けをしているだけかも知れないし、自分の生活を裕福にするために利用しているのかも知れない。

 しかし、いつまで今の関係が続くのか。店主の少年が商売のカラクリに気付いた時、待っているのは。

 レンリはただ偶然出会った少年へ、必要以上に入れ込むような人間ではない。
 だからこそ、レンリの怒りはコントロールを失いかけていた。

「……似ているんだよ、あの店主と毛玉の関係が。俺とヴァーミリオンに。何も分からないまま手を貸して、良かれと思ってやっていた事が全て裏目に出る。お前達と会う前もそうだ。ヴァーミリオンの研究を手伝えばハロエリもハルウェルも、最後は全て救われると思っていた。そのために助けを求める声にも耳を塞ぎ、実験の材料として捕獲する手伝いをした。全部騙されているとも知らずにな」

 正しいと思い続けていた。正しいと思い込まされていた。
 それ故に、裏切られた現実がレンリの心を串刺しにしていた。

 レンリは歯を食いしばりながら、乱れた心情を吐露する。

「俺はあの毛玉に腹を立てているんじゃない。ただ愚かな自分が腹ただしくて、仕方がないんだ」

「だったら私は死んだ方がいいわね」

 オームギの突然の一言に、全員が振り向く。思いもよらない言葉にレンリは絶句する。

「ちょっとした興味から仲間の元を離れて、帰って来た時には故郷は滅んでて。何一つ守れず残された私は、何百年経とうが後悔の念が消える事なんて無い。それについ考えちゃうのよね。もしかしたら私が外の世界に出ちゃったせいで、私達の存在が知れ渡ったんじゃないかって。そうじゃないってのは分かってるけど、でもどこかできっかけになったんじゃないかって。今さら考えたってどうこう出来る訳が無いのに」

「……だとして、どうして死んだ方がいいという話になるんだ」

「だってそうじゃない。貴方は愚かな自分がとんでもなく腹ただしいんでしょ? なら、それ以上にどうしようもない私が出来る事と言えば、死ぬぐらいしかないじゃない。違う?」

「それは……」

 意地の悪いオームギに、レンリは返す言葉を失ってしまう。傍から聞いていたシキやエリーゼも、何と口を挟めばいいか分からない。誰が考えても、オームギが死ぬ必要は無いと分かっている。それはオームギにとっても同じだ。

 だからオームギは、意地悪だと分かっていて強い口調で言いつける。

「間違いは多かったかもしれない。でも、結果的に貴方はその子達を助けた! それにこれから研究所へ飛び込んで、他のみんなも助けるんでしょ? だったら今は怒りを抑えて、やるべき事をやるしかないじゃない。せっかくまだ間に合うかも知れないんだから、こんな所で迷っていて良い訳?」

 深く被ったとんがり帽子の、大きく広がったつばの隙間から。鋭く目を細めた表情でオームギはレンリを睨みつける。かと思えば顔から力を抜き、オームギは軽く微笑む。

「…………ハロエリ」

「ピピッピ!」

「…………ハルウェル」

「ピーッピ?」

 レンリの銀髪を、相棒達の羽ばたきが小さく揺らす。
 オームギの言うように、彼の周りで飛び回る二羽は、間違いなく彼が行動したから救われた命なのだ。

「……ああ、分かっているさ。お前らに言われなくたって俺は俺の目的を果たす。だから着いてこい! 奴へと至る入り口はもうすぐそこだ」

 迷いはまだ晴れてなどいない。だとしても、迷いながら進めばいい。

 レンリはまた、皆を先を先導するように歩く。しかし今は、怒りで回りが見えなくなっているのではない。次は先陣を切るために、彼は力強く黄の国を踏みつける。

「さながら年の功と言う奴か」

「その一言は余計」

 話をまとめようとした記憶喪失の男を、数百年以上生きた賢人は軽く小突く。
 彼らは目的のために力を合わせ、改めて敵地へと赴くのだ。

 そんな彼らを、ネオンは一歩引いた場所から眺めていた。

 言葉は、武器にも薬にもなる。
 本心で語り合えた者同士なら、言葉はそれ以上の力にも姿を変える事が出来る。

「…………」

 少女は何一つ喋らない。だからこそ少女は、その瞳で彼らを見守り続ける。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...