この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第四章 風の連理編

08.唯一無二の後ろ姿

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 大通りから外れ、こじゃれた商店街の一角で立ち呆ける男が一人。
 エリーゼとシャルトルーズが盛り上がっている中、店先で待っていたシキは考え事をしていた。

(地図を見たところ、黄の国ナルギットと赤の国グナラートはそれなりに距離があった。来た道を跨いだ先にまで地下が繋がっている訳がない。とすれば、やはりここから奴の研究所へと繋がる道がある)

 日の光が少しずつ落ちていく。腕を組み建物へもたれかかっていたシキの影も、時間の経過と共に僅かに揺れ動く。

(待て。そもそもヴァーミリオンの住処は赤の国領土内なのか? 赤の国との取引だけであれば、黄の国領土内でも不可能ではない。では場所はどうだ。レンリは動物に関する研究を行っていると言っていた。土地は確かに必要だが、それはこの国でも用意出来なくは無い広さなのか? 仮に黄の国内に協力者や組織の存在があったとすれば、矛盾はどれだけ現れる……?)

 一つ一つ、確定した要素と予測出来る可能性の欠片を埋める。いずれ見えて来る答えを知るために。答えに映り込んだ未知を捉えるために。胸の奥で震える焦燥感が、僅かな時間さえも無意識に蝕んでいた。

(可能性としては他に何がある? エーテルの痕跡に関しては、エリーゼとオームギが必死に解析してくれた。見えない扉はネオンと共に探し尽くしたはずだ。あるとすれば本当に、レンリの記憶を一通り塗り替えたぐらいか。いや、まだある。奴の使う手は何であった? 私達自身を縛る術だ。ああそうだ。ならばあの場で触れるのは壁や地面ではなく、私達自身………ネオン!!)

 側で待つネオンに対し、シキはすぐにでも気づいた可能性の限りを伝えようとした。しかしシキの呼びかけは、虚空へと消える。

「…………ネオン?」

 二人並んで待っていたはずのネオンの姿がない。慌てて辺りを見渡すも、それらしき人物は居なかった。

 シキは咄嗟にエリーゼの居る店を離れ、ネオンを探す。あのつかみどころのない無口少女が易々と連れ去らわれるとは思えないが、それでも心配をしないのは別の話だ。

 今シキの居る場所は大国ナルギットにある商店街である。欲しいと思った物はほぼ全て手に入るし、少し歩けばそこかしこから食欲をそそる美味しそうな匂いが立ち込める。であればあの大食い少女が釣られ、匂いの前でそのまま立ち止まっている可能性もあるはずだ。

 シキは少し考え、この短時間でそう遠くまでは離れていないと判断する。そしてなるべくエリーゼの居る店から離れないように注意しながら、腹の虫に耳を傾け、野生動物のように嗅覚を利かせる。僅かに顔を覗かせる美食の糸を手繰り寄せながら、気付くとシキは表通りから一つ入った路地裏へと移っていた。

 一転して人通りの少ない路地裏を歩きながら、シキは網目の様な街並みをその足でなぞる。
 大食い少女の釣られそうな糸を辿り、ついにシキは人影を捉えた。

 サンドイッチを片手に悠々と歩みを進める少女に対し、シキは手を伸ばし、肩を掴む。


「探したぞネオン……ッ!」


 振り返った少女と目が合う。
 少女は沈黙しながらも手に持っていたサンドイッチを食べ切り、そして一言呟いた。


「はい、違いますが」


 思いもよらぬ状況に、言葉が出なかった。
 シキは確実に、声を掛けた相手がネオンであると思っていた。

サンドイッチを頬張る後ろ姿だけで判断し訳ではない。慎重とも臆病とも形容し難い、物音が立たない独特の歩き方と身体の揺れ。エーテルを吸収する体質に白黒の特徴的な衣服が合わさり、どこに居ても分かる周りの背景からくり抜かれたような存在感。相反する二つの性質が合わさり、違和感にも近しい感覚で常に視界の中に現れるその少女は、文字通りこの世界で唯一無二の存在であった。

 そんな彼女だからこそシキは放っておく事も出来ず、つい探しに飛び出してしまう。そしてそんな彼女だからこそ、シキは確信を持って声を掛けたはずだった。

「僕に何か用かな?」

「い、いや。人違いだ。済まない……」

 なのに目の前の少女は、ネオンではないのだ。

 今にして思えば、目の前の少女が別人であると即座に気づく。髪は銀と言うよりは白髪に近く、髪型も巻かれた毛先こそ類似しているものの、ネオンの二つ結びとは違い真っ直ぐへ広がるように降ろされている。何より圧倒的に白の面積が多い彼女の衣服を見て、どう間違えばその後ろ姿をネオンと捉えてしまうのかと疑問にすら思うほどであった。

 シキは動揺しながらも謝罪し、すぐその場を立ち去ろうとした。だが後ろ背へ唐突に話しかけられ、シキは急ぎ足を止めて少女へ耳を傾ける。


「時に。ここがどこだか分かるかい? お兄様」


 偶然出会ったはずのその少女は、さも親し気にシキをお兄様と呼び、小さく笑みを作るのであった。
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