この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第四章 風の連理編

28.風は交わり暴風へと変わる

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 入り込む日差しは暖かく。張り詰める空気は冷たい。
 シャルトルーズが経営する紹介制の店内では、アルパインの発した一言により、街から切り取られたように静けさを帯びていた。

「……もう一度いいかな。何だって?」

「…………はーはっはっは。悪ぃ、取られちまった」

「一言一句違わない言葉をありがとう、アルパイン」

 何の冗談かと思い、シャルトルーズは来訪者のアルパインに改めて確認を取る。
 けれども返って来た言葉は覆らない。虚勢と誤魔化しの混ざった乾いた笑いを放ったのち、アルパインは黄のエーテルコアは取られてしまったとばつが悪そうに口にする。

 現実が受け入れられないシャルトルーズは一旦話してくれた事へのお礼を返すも、すぐさま言葉が指す結果を理解し、思わず机から身を乗り出していた。

「って、笑い事じゃないよ……! 昼過ぎには回収を終えて次の手を打とうと思っていたのに、今までなにやってたんだい!?」

「カンパネラさんがまた迷子になりました」

「だってぇ……コアっぽい雰囲気を感じたものだから、見つかるかもって思ったんだもの」

 事の始まりは単純である。シャルトルーズから頼みを受けナルギットへとやって来たアルパイン達は、すぐさまジョンブリアンの店へと向かい、黄のコア回収を目論んでいた。
 シャルトルーズの口添えにより彼が悪事を働いていた事を知っていたアルパイン達は、脅してでも強引に奪い取る算段であった。

 だが一際仲間想いで一際思い込みの激しいカンパネラは、他の三人が気づかぬ間に一人先走る。本来彼女達が欲しい緑のコアが見つかるかも知れないと感じ取り、のらりくらりと探しに出て行ってしまったのだ。

 そしてそんな彼女を探すため、エーテルの感知が一際優れているヅッチは別行動を取る事に。
 これがカンパネラとヅッチがはぐれた顛末である。

「そんなにそこかしこで見つかったら苦労しないよ。で、そっちの二人は?」

「アルパインがまた暴れたんだヨ」

「おいおいアタシらが探してんのは緑のコアだろォ? だったら他なんかよりそっち優先だろーよ」

 そしてもう一人の問題児、アルパインはがさつで横暴なところがあった。彼女もまた自分達の探しているのは緑のコアだからと、ナルギットのあちこちで緑のエーテル結晶を見つけては寄り道を繰り返していたのだ。
 シャルトルーズがコアの色は黄と伝えてしまったばかりに、彼女の中での優先順位が下げられたのである。そんなアルパインが勝手をし過ぎないように、隣で説得するのがスリービーの役目でもあった。だが説得をただでは聞き入れないのが、緑のエーテルコアと『巨人』の魔物を制御する胆力を持つ彼女なのである。

 こうして黄のコア回収は遅れ、どこからか情報を仕入れた第三者と鉢合わせた事により、シャルトルーズの算段は無残にも散ってしまったのであった。

「それを手に入れるための黄のコアだったんだよ。せっかく確実な手段が手に入ると思ったのに、取られるなんて……」

「そりゃこっちの台詞だぜおやっさん。何で他の奴らがコアの在処を知ってんのさ」

「競売は非公開で、シャルトルーズさんは特異な体質によって目視したから分かってたのよネ?」

 だが彼女達も何も手ぶらで好き勝手やっていた訳ではない。シャルトルーズが独自に手に入れたという背景から、先を急ぐ用事ではないと高をくくっていたのだ。
 故に彼女らの不満は、目の前で司令塔を気取るくたびれた金髪の男へも向けられるのである。

「そんな事僕だって知らないよ。君達にはいの一番に伝えたし、ジョンブリアンの奴が自慢でもしてたんじゃないの」

「叔父さん、怪しいです。まさか他の人にも教えたりしてませんよね?」

「…………売れるものは何でも売るのがナルギットなの! 黄のコアだって僕が欲しい訳じゃないさ。緑のコアを見つけ出して、交渉材料に使う予定だったのに……」

 郷に入っては郷に従え。売れるものは何でも売るのがこの国だ。とシャルトルーズは開き直る。そもそもシキやエリーゼに情報を伝えたのだってアルパイン達が回収をする前提であったのだからと、商売としての理由を自分に言い聞かせた。

 そんな叔父の様子を見て、この状況は彼にとっても想定外であるとヅッチは察する。
 であれば、そんな叔父が先ほどまで話していた相手は何だったのか。彼らが放っていた色は、何を意味していたのであろうか。

「でも叔父さん。先ほど入れ替わりで退店された方々、コアをいくつか持っていましたよね? ボクにははっきり見えました」

「んぁ? ヅッチそりゃ本当かよ。どういう事だいおやっさん」

 ヅッチの疑問を聞いたアルパインも加勢し、事態が二転三転して来たと一同は顔を見合わせる。
 そして視線がシャルトルーズへと集まった後、質問への答えと同時に聞き出した情報の存在を脳裏に浮かべるのであった。

「あぁ、彼女らはお得意さんの身内でね。……まぁ向こうはエリーゼちゃん達に任せればいいか。それよりも彼女らと言えば、ちょうどさっき素晴らしい情報を仕入れたんだよ。聞いてくれるかい? 君達も驚く事間違いなしさ!」

「おやっさんはいっつも話がなげーぜ。アタシ達はまどろっこしいのが嫌いなんだよォ。なぁカンパネラ」

「……あれ、カンパネラはどこに行ったノ?」

「……ッ、ヅッチ索敵ィ!」

 そそっかしさ二枚看板の一人アルパインはもう一人の看板カンパネラへと同情を求めた。だがカンパネラから返事は返って来ない。それどころかまたしても彼女は消えてしまったのである。
 アルパインはすぐにヅッチへ命令を出す。彼女のエーテルを感知する力と彼女の扱う魔術を頼りに、辺りのエーテルから仲間の位置を特定する。

「カンパネラさん見つけました! これは……ボク達が来た道を戻っている?」

「入違った奴らを追いかけてるな? コアでも貰う気か、アタシらも続くぞォ!!」

 一際仲間想いのカンパネラが考えそうな事ぐらい、仲間の三人ならすぐにわかる。
 アルパインはオシャレな店内を彩る扉を雑に叩き、瞬きをする間に開き飛び出してしまった。

「ちょ、アルパイン! 本当にもう、いっつもいっつもそそっかし過ぎないかナ!? ヅッチ、二人を止めるヨ!」

「は、はいスリービーさん! という事ですので叔父さん、お話は二人を連れ戻した後に聞きます! それでは!!」

「え、あぁ、うん。……いってらっしゃい」

 続いてスリービーとヅッチも、二人を追うように店を後にする。
 一人残されたシャルトルーズは、彼女らへ伝えようとしていた事を思い出しながらいつになるか分からない帰りを待つのであった。

「……技術も素質も十二分にあるんだけどねぇ。この忙しなさ、どうしたものやら」

 でもそれが彼女らの魅力でもあるのだろうと、一言添えて。
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