この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第五章 永遠の探求者編

01.侵入者

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 長く続く記憶の径路をくぐり抜け、シキとアイヴィは目を覚ます。

 そこは薄暗い洞窟の中に、すっぽりとくり抜かれて出来たような大きな空洞であった。
 洞窟の壁を這うようなひび割れから赤いエーテルが溢れており、放つ光が灯りの代わりを務めているようだ。

 光を視線でなぞると、壁の先にそびえ立つ巨大な扉が目に入った。
 シキは共に転移したアイヴィへ、この場所の説明を求めるのであった。

「アイヴィ、ここはどこだ?」

「ここはヴァーミリオンの研究所。と言ってもここは研究所内じゃなくて、彼の元へ運ばれて来る人や魔物の搬入口の一つ、かな」

 シキの身長の何倍もある巨大な扉は、大型の魔物を管理するための堅牢な檻としても機能しているらしい。
 そのような魔物が易々と入ってしまう研究所の規模に、シキはこれから立ち向かう相手の存在を否が応でも意識させられる。

 だが搬入口と呼ぶには、違和感があった。

「……外へと繋がる出入口は無いのか? 扉だけでは、ただの牢と変わらんだろう」

「んふっ、そうだよ。この施設に出入口なんて無いんだよ。あるのはただ、ごく一部の人しか通れない径路だけ。だから誰も逃げ出せないし、グラナートの国民もここの存在すら知らない。だからこそ、こんな非道な施設が今も平気で動いてるんだ」

 どこか儚げな笑顔を見せると、強く奥歯を噛み締めるアイヴィ。
 彼女がこれまで加担してきた罪の数々が、口にしてしまう事によってより彼女へと襲い掛かる。

 そんな彼女を見て、シキは否定も肯定もしない。出来るのはただ、今戦うべき相手を見据えるのみ。
 シキの意志も、より強く扉の奥へと向けられた。


 その時だった。
 巨大な扉は、唐突に地響きを鳴らしながら開かれる。


「うそっ、まだ開けてないのに……!?」


 アイヴィではない。であれば、この扉を開けられるのは研究所の関係者のみ。
 二人が警戒態勢へと移行する前に、扉の向こうからは似た服で統一された、職員らしきエーテル使い十数人が雪崩れ込んで来たのだ。

 シキは拳を握り締め、アイヴィも右手の指先を短剣に這わせる。
 だが二人の緊張に対して、職員の一人が気の抜けた声で話しかけてきた。

「おや、今日のご予定はアイヴィさんでしたか! 久しく見なかったので心配しておりましたよ」

 どうやら彼らは、アイヴィが任務を終えて戻って来たと勘違いをしているらしい。
 隣に立つシキは、さながら彼女に騙された仲間の一人とでも思っているのだろう。

 相手の人数を見て、アイヴィも咄嗟に話を合わせようと平然を取り繕う。

「えっ、あ、うんうんそうだよ? みんな久しぶりだねっ☆」

「今回は……そちらの方のみですか? 人数が必要と伺っていましたが」

「あーごめんごめん、みんなに会いたくて大げさに伝えちゃったかも?」

「魔物の群れとは流石に誇張し過ぎですよ。私達も作業があるのですから、別部署まで巻き込むような事は控えて頂きたい」

 必死に話を合わせるが、職員とアイヴィの会話がいまいち噛み合わない。
 ひょうひょうとした様子であしらうも、職員達も困惑を隠せていないようだ。

 それもそのはず。アイヴィにとって、今この搬入口で誰かとの遭遇は想定外だったのだ。
 すると、不思議に思う職員達の中から見かけない職員が一歩前に踏み出した。増員として呼ばれただろうその職員は、どよめく周囲を静止して口を開く。

「……聞き間違いでしたら申し訳ないのですが」

「へっ?」

「別の搬入の際に聞いた噂ですが、アイヴィさん。あなたはグラナートを裏切って、国外へ抜け出したと耳にしました」

 思いがけぬ言葉に、職員達へ困惑と緊張が走る。
 動揺で漏れた声が空間へと溶け込むと同時、互いの視線が交差する。

 噂が事実であると、彼らは瞬時に察した。

「んふふ……どうしてこう、上手くいかないのかなぁ」

 肩を落としたと見せかけて、短剣は懐から引き抜かれる。
 彼女が構えたのを見て、シキも掌へとエーテルを集中させる。

「アイヴィ、やるのか……!?」

「この人数差、あなたと言えど勝ち目が無いのは明白でしょう! 武器を捨てて投降してください!」

 十数人の職員達は、それぞれの構えで敵意を示す。
 それを見て、アイヴィも諦めたように短剣を投げ捨てた。

 親しく話しかけて来た職員が安堵したのも束の間。
 短剣の刃先が地面に触れると同時、アイヴィはにやりと笑みを作り微笑んだ。

「んふふっ……、落としちゃった刃物はね、気をつけて触れないと危ないんだよっ!?」

 少女のクリーム色の髪が、残像のように暗闇で揺蕩い消える。
 瞬間、無数の植物が彼女の足を這って、薄暗い空間を包むのであった。
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