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第五章 永遠の探求者編
18.青の初級魔術
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氷の魔術で出来た檻と星の魔術で生まれた霧によって塞がれた通路を背に、エリーゼとウィスタリアは走っていた。
二人は歩みを止めないまま、言い合いにも似た相談を繰り広げていた。
「あの通路もいつ突破されるか分かりません。各部屋に残っている者達に避難を知らせましょう!」
「い、いえその心配はいらないです。私の魔術は方向感覚を狂わせる夜の霧。エリーゼさんの氷の檻と合わせて、ぜ、絶対に突破不可能になっております」
「敵はあの魔物達だけではありません! より強力な魔物や魔術師が現れたら、邪魔なんて意味をなさないかも知れませんよ!!」
「だ、だからこそなんです! だから迂回しながら戻って、み、皆さんと合流するべきなんです! そうすれば危機自体に対処出来て、そ、そして……」
ウィスタリアは地形を思い出しながら、合流する経路を考えていた。その時であった。
「水の魔術」
エリーゼとウィスタリアの目の前に、突如として巨大な水の壁が立ち塞がる。
二人が驚きの声を上げるよりも先に水の壁は二人を覆い、そして飲み込んでしまった。
────────────────────
あまりに突然で一瞬の出来事過ぎて、何が起きたのか理解が追い付かない。
さらに水に覆われた時に酸欠で気絶したのか、ほんの数秒間の記憶が飛んでいた。
「なっ、何が……起こって……!?」
気づいた時にはもう、身動きが取れなかった。エリーゼとウィスタリアは全身を水に覆われたまま、四肢を固定されていたのだ。そしてエリーゼはその瞬間思い出した。そうだ、大切な私の杖は。
エリーゼは薄ぼんやりとした意識の中で辺りを見渡した。そこは研究室の一室にしては質素で、物自体もあまり無い。そんな寂しげな風景の中、一人の人影に気づく。
「青のエーテルコアか。青の国アジュールの使い……ではなさそうだな」
エリーゼの杖を持っていたのは、黒髪のオールバックに目元を暗い布で隠した威圧感のある男であった。男は布で見えていないはずの視線を送り、エリーゼ達に何者かと問う。それに対しエリーゼは、ギロリと冷たい視線を返しポツリと呟く。
「私の杖、返して」
「奪い取って見せろ」
「……氷結精製:雪崩の浸食ィィィーーー!!」
何も持っていないエリーゼは、魔術を唱えると全身から雪の雪崩を放つ。
その身にまとわりついていた水も、近くでウィスタリアを覆っていた水でさえもその魔術の糧として、エリーゼは渾身の氷の魔術を怒りと共にぶつけた。しかし目隠しをした男に、動揺は無い。
「甘いな。それではまた奪われるだけだ。水の魔術」
目隠しの男はエリーゼの杖を左手で突き出すと魔術を唱える。瞬間エリーゼの放った雪の雪崩は形を変え、水の塊となって再び襲い掛かって来たのだ。
エリーゼは咄嗟に氷の壁を作る。水の塊は氷の壁に相殺され四散し、砕かれた氷塊と水が辺り一面に広がった。エリーゼとウィスタリアは、目の前の男に絶対的な力の差を見せつけられ恐怖する。
「私の魔術から水気だけを抽出して攻撃に転用した……? しかも反撃する一瞬で!? そんな事ある訳が……」
「ど、水の魔術って青のエーテルを扱った、初級魔術じゃないですか。そ、それをこの威力と精度でだなんて……。その技術、その姿。ま、まさかあなたは……!!」
目隠しの男の正体を察したウィスタリアは絶句した。この場で出会って良いはずのない、本来こんな所で出くわすはずのない、圧倒的な力を持つその男。その名は。
「グラナート軍団長の、サルビア様……!?」
ウィスタリアも何度か見かけた事がある程度であった。
この施設へ自由に出入り出来る数少ない存在にして、かつてのアイヴィのようなヴァーミリオンの駒ではない、ヴァーミリオンと対等の立場を持つグラナートの幹部が一人。
大陸最大国家の軍を率いる男が、通りすがった侵入者達の前に立ちはだかっていたのだ。
「知っているなら話が早い。お前達が騒ぎの元凶だな? どうして侵入などと無駄な事をする?」
「無駄……? 無駄だったらダメなんですか?」
「ああ、ダメだな。無駄は最も愚かで甘い行為だ。だからこうして阻止される」
「だからって。消えた人を追って、奪われたものを取り返そうとして。無駄だからって諦め切れる訳がないでしょう!!」
諦め切れなくて、ずっと探していた。諦め切れなくて、旅に出た。そして諦めない者達と共にここまで来た。その決意を口にした時、目の前に誰が立っているかなんて関係なかった。
エリーゼは激情を込めた魔術を放つ。その魔術には術名なんてまだ無い。辺り一面の水と氷塊を巻き込んだ雪の雪崩が、目隠しの男サルビアへと襲い掛かる。そしてサルビアも、エリーゼの杖を突き出し青の魔術を唱えようとした。だが。
「考えたな氷の魔術師。いや、この空間を認識したか!」
一面の水と氷塊が次々にサルビアを目掛けて雪の雪崩として精製される。エリーゼの青と黄のエーテルを受けたその全てが、サルビアへの敵意として放たれていたのだ。そしてそれは、サルビアの奪ったエリーゼの杖も例外では無かった。
サルビアの魔術でも上書き出来ないほどに青のエーテルコアから雪の雪崩が溢れ出す。
手元から襲い掛かる杖を手放すと、雪に雪崩て杖は本来の持ち主であるエリーゼの元へと戻っていった。
再び杖を手にしたエリーゼは、空間全ての雪をサルビアの元へと集中させる。
そして視界は、真っ白な雪の煙で覆われたのであった。
圧倒的な強さを誇る敵を前に優勢なエリーゼを見て、ウィスタリアは希望を抱いていた。
彼女の、彼女の秘める才能をもってすれば、あるいは……。
しかし希望に満ちた真っ白な雪の煙は、一瞬にして塗り替えられる。
「煮え滾れ────『沸き立つ勢杯』」
サルビアの一言と共に、空間の温度が一気に上がる。
真っ白な雪煙は、蒸気によってその意味を真逆に変えられる。
エリーゼの放った雪は跡形も無く解け、サルビアの周囲には蒸気を放つ液体の塊が空を舞う。
そしてサルビアの右腕からは、赤い宝石の埋め込まれた聖杯が掲げられていた。
グラナート軍団長サルビアは大罪武具が内の一つ『沸き立つ勢杯』を扱い、憤怒の熱湯をもって、エリーゼとウィスタリアに立ちはだかるのであった。
二人は歩みを止めないまま、言い合いにも似た相談を繰り広げていた。
「あの通路もいつ突破されるか分かりません。各部屋に残っている者達に避難を知らせましょう!」
「い、いえその心配はいらないです。私の魔術は方向感覚を狂わせる夜の霧。エリーゼさんの氷の檻と合わせて、ぜ、絶対に突破不可能になっております」
「敵はあの魔物達だけではありません! より強力な魔物や魔術師が現れたら、邪魔なんて意味をなさないかも知れませんよ!!」
「だ、だからこそなんです! だから迂回しながら戻って、み、皆さんと合流するべきなんです! そうすれば危機自体に対処出来て、そ、そして……」
ウィスタリアは地形を思い出しながら、合流する経路を考えていた。その時であった。
「水の魔術」
エリーゼとウィスタリアの目の前に、突如として巨大な水の壁が立ち塞がる。
二人が驚きの声を上げるよりも先に水の壁は二人を覆い、そして飲み込んでしまった。
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あまりに突然で一瞬の出来事過ぎて、何が起きたのか理解が追い付かない。
さらに水に覆われた時に酸欠で気絶したのか、ほんの数秒間の記憶が飛んでいた。
「なっ、何が……起こって……!?」
気づいた時にはもう、身動きが取れなかった。エリーゼとウィスタリアは全身を水に覆われたまま、四肢を固定されていたのだ。そしてエリーゼはその瞬間思い出した。そうだ、大切な私の杖は。
エリーゼは薄ぼんやりとした意識の中で辺りを見渡した。そこは研究室の一室にしては質素で、物自体もあまり無い。そんな寂しげな風景の中、一人の人影に気づく。
「青のエーテルコアか。青の国アジュールの使い……ではなさそうだな」
エリーゼの杖を持っていたのは、黒髪のオールバックに目元を暗い布で隠した威圧感のある男であった。男は布で見えていないはずの視線を送り、エリーゼ達に何者かと問う。それに対しエリーゼは、ギロリと冷たい視線を返しポツリと呟く。
「私の杖、返して」
「奪い取って見せろ」
「……氷結精製:雪崩の浸食ィィィーーー!!」
何も持っていないエリーゼは、魔術を唱えると全身から雪の雪崩を放つ。
その身にまとわりついていた水も、近くでウィスタリアを覆っていた水でさえもその魔術の糧として、エリーゼは渾身の氷の魔術を怒りと共にぶつけた。しかし目隠しをした男に、動揺は無い。
「甘いな。それではまた奪われるだけだ。水の魔術」
目隠しの男はエリーゼの杖を左手で突き出すと魔術を唱える。瞬間エリーゼの放った雪の雪崩は形を変え、水の塊となって再び襲い掛かって来たのだ。
エリーゼは咄嗟に氷の壁を作る。水の塊は氷の壁に相殺され四散し、砕かれた氷塊と水が辺り一面に広がった。エリーゼとウィスタリアは、目の前の男に絶対的な力の差を見せつけられ恐怖する。
「私の魔術から水気だけを抽出して攻撃に転用した……? しかも反撃する一瞬で!? そんな事ある訳が……」
「ど、水の魔術って青のエーテルを扱った、初級魔術じゃないですか。そ、それをこの威力と精度でだなんて……。その技術、その姿。ま、まさかあなたは……!!」
目隠しの男の正体を察したウィスタリアは絶句した。この場で出会って良いはずのない、本来こんな所で出くわすはずのない、圧倒的な力を持つその男。その名は。
「グラナート軍団長の、サルビア様……!?」
ウィスタリアも何度か見かけた事がある程度であった。
この施設へ自由に出入り出来る数少ない存在にして、かつてのアイヴィのようなヴァーミリオンの駒ではない、ヴァーミリオンと対等の立場を持つグラナートの幹部が一人。
大陸最大国家の軍を率いる男が、通りすがった侵入者達の前に立ちはだかっていたのだ。
「知っているなら話が早い。お前達が騒ぎの元凶だな? どうして侵入などと無駄な事をする?」
「無駄……? 無駄だったらダメなんですか?」
「ああ、ダメだな。無駄は最も愚かで甘い行為だ。だからこうして阻止される」
「だからって。消えた人を追って、奪われたものを取り返そうとして。無駄だからって諦め切れる訳がないでしょう!!」
諦め切れなくて、ずっと探していた。諦め切れなくて、旅に出た。そして諦めない者達と共にここまで来た。その決意を口にした時、目の前に誰が立っているかなんて関係なかった。
エリーゼは激情を込めた魔術を放つ。その魔術には術名なんてまだ無い。辺り一面の水と氷塊を巻き込んだ雪の雪崩が、目隠しの男サルビアへと襲い掛かる。そしてサルビアも、エリーゼの杖を突き出し青の魔術を唱えようとした。だが。
「考えたな氷の魔術師。いや、この空間を認識したか!」
一面の水と氷塊が次々にサルビアを目掛けて雪の雪崩として精製される。エリーゼの青と黄のエーテルを受けたその全てが、サルビアへの敵意として放たれていたのだ。そしてそれは、サルビアの奪ったエリーゼの杖も例外では無かった。
サルビアの魔術でも上書き出来ないほどに青のエーテルコアから雪の雪崩が溢れ出す。
手元から襲い掛かる杖を手放すと、雪に雪崩て杖は本来の持ち主であるエリーゼの元へと戻っていった。
再び杖を手にしたエリーゼは、空間全ての雪をサルビアの元へと集中させる。
そして視界は、真っ白な雪の煙で覆われたのであった。
圧倒的な強さを誇る敵を前に優勢なエリーゼを見て、ウィスタリアは希望を抱いていた。
彼女の、彼女の秘める才能をもってすれば、あるいは……。
しかし希望に満ちた真っ白な雪の煙は、一瞬にして塗り替えられる。
「煮え滾れ────『沸き立つ勢杯』」
サルビアの一言と共に、空間の温度が一気に上がる。
真っ白な雪煙は、蒸気によってその意味を真逆に変えられる。
エリーゼの放った雪は跡形も無く解け、サルビアの周囲には蒸気を放つ液体の塊が空を舞う。
そしてサルビアの右腕からは、赤い宝石の埋め込まれた聖杯が掲げられていた。
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