この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

文字の大きさ
168 / 169
第五章 永遠の探求者編

18.青の初級魔術

しおりを挟む
 氷の魔術で出来た檻と星の魔術で生まれた霧によって塞がれた通路を背に、エリーゼとウィスタリアは走っていた。

 二人は歩みを止めないまま、言い合いにも似た相談を繰り広げていた。

「あの通路もいつ突破されるか分かりません。各部屋に残っている者達に避難を知らせましょう!」

「い、いえその心配はいらないです。私の魔術は方向感覚を狂わせる夜の霧。エリーゼさんの氷の檻と合わせて、ぜ、絶対に突破不可能になっております」

「敵はあの魔物達だけではありません! より強力な魔物や魔術師が現れたら、邪魔なんて意味をなさないかも知れませんよ!!」

「だ、だからこそなんです! だから迂回しながら戻って、み、皆さんと合流するべきなんです! そうすれば危機自体に対処出来て、そ、そして……」

 ウィスタリアは地形を思い出しながら、合流する経路を考えていた。その時であった。


水の魔術ドロップ


 エリーゼとウィスタリアの目の前に、突如として巨大な水の壁が立ち塞がる。
 二人が驚きの声を上げるよりも先に水の壁は二人を覆い、そして飲み込んでしまった。


 ────────────────────


 あまりに突然で一瞬の出来事過ぎて、何が起きたのか理解が追い付かない。
 さらに水に覆われた時に酸欠で気絶したのか、ほんの数秒間の記憶が飛んでいた。

「なっ、何が……起こって……!?」

 気づいた時にはもう、身動きが取れなかった。エリーゼとウィスタリアは全身を水に覆われたまま、四肢を固定されていたのだ。そしてエリーゼはその瞬間思い出した。そうだ、大切な私の杖は。

 エリーゼは薄ぼんやりとした意識の中で辺りを見渡した。そこは研究室の一室にしては質素で、物自体もあまり無い。そんな寂しげな風景の中、一人の人影に気づく。

「青のエーテルコアか。青の国アジュールの使い……ではなさそうだな」

 エリーゼの杖を持っていたのは、黒髪のオールバックに目元を暗い布で隠した威圧感のある男であった。男は布で見えていないはずの視線を送り、エリーゼ達に何者かと問う。それに対しエリーゼは、ギロリと冷たい視線を返しポツリと呟く。

「私の杖、返して」

「奪い取って見せろ」

「……氷結精製:フリージングビルド:雪崩の浸食アヴァランチィィィーーー!!」

 何も持っていないエリーゼは、魔術を唱えると全身から雪の雪崩を放つ。
 その身にまとわりついていた水も、近くでウィスタリアを覆っていた水でさえもその魔術の糧として、エリーゼは渾身の氷の魔術を怒りと共にぶつけた。しかし目隠しをした男に、動揺は無い。

「甘いな。それではまた奪われるだけだ。水の魔術ドロップ

 目隠しの男はエリーゼの杖を左手で突き出すと魔術を唱える。瞬間エリーゼの放った雪の雪崩は形を変え、水の塊となって再び襲い掛かって来たのだ。
 エリーゼは咄嗟に氷の壁を作る。水の塊は氷の壁に相殺され四散し、砕かれた氷塊と水が辺り一面に広がった。エリーゼとウィスタリアは、目の前の男に絶対的な力の差を見せつけられ恐怖する。

「私の魔術から水気だけを抽出して攻撃に転用した……? しかも反撃する一瞬で!? そんな事ある訳が……」

「ど、水の魔術ドロップって青のエーテルを扱った、初級魔術じゃないですか。そ、それをこの威力と精度でだなんて……。その技術、その姿。ま、まさかあなたは……!!」

 目隠しの男の正体を察したウィスタリアは絶句した。この場で出会って良いはずのない、本来こんな所で出くわすはずのない、圧倒的な力を持つその男。その名は。


「グラナート軍団長の、サルビア様……!?」


 ウィスタリアも何度か見かけた事がある程度であった。
 この施設へ自由に出入り出来る数少ない存在にして、かつてのアイヴィのようなヴァーミリオンの駒ではない、ヴァーミリオンと対等の立場を持つグラナートの幹部が一人。

 大陸最大国家の軍を率いる男が、通りすがった侵入者達の前に立ちはだかっていたのだ。

「知っているなら話が早い。お前達が騒ぎの元凶だな? どうして侵入などと無駄な事をする?」

「無駄……? 無駄だったらダメなんですか?」

「ああ、ダメだな。無駄は最も愚かで甘い行為だ。だからこうして阻止される」

「だからって。消えた人を追って、奪われたものを取り返そうとして。無駄だからって諦め切れる訳がないでしょう!!」

 諦め切れなくて、ずっと探していた。諦め切れなくて、旅に出た。そして諦めない者達と共にここまで来た。その決意を口にした時、目の前に誰が立っているかなんて関係なかった。

 エリーゼは激情を込めた魔術を放つ。その魔術には術名なんてまだ無い。辺り一面の水と氷塊を巻き込んだ雪の雪崩が、目隠しの男サルビアへと襲い掛かる。そしてサルビアも、エリーゼの杖を突き出し青の魔術を唱えようとした。だが。

「考えたな氷の魔術師。いや、この空間を認識したか!」

 一面の水と氷塊が次々にサルビアを目掛けて雪の雪崩として精製される。エリーゼの青と黄のエーテルを受けたその全てが、サルビアへの敵意として放たれていたのだ。そしてそれは、サルビアの奪ったエリーゼの杖も例外では無かった。

 サルビアの魔術でも上書き出来ないほどに青のエーテルコアから雪の雪崩が溢れ出す。
 手元から襲い掛かる杖を手放すと、雪に雪崩て杖は本来の持ち主であるエリーゼの元へと戻っていった。

 再び杖を手にしたエリーゼは、空間全ての雪をサルビアの元へと集中させる。
 そして視界は、真っ白な雪の煙で覆われたのであった。

 圧倒的な強さを誇る敵を前に優勢なエリーゼを見て、ウィスタリアは希望を抱いていた。
 彼女の、彼女の秘める才能をもってすれば、あるいは……。

 しかし希望に満ちた真っ白な雪の煙は、一瞬にして塗り替えられる。


「煮え滾れ────『沸き立つ勢杯イラ・チャリス』」


 サルビアの一言と共に、空間の温度が一気に上がる。
 真っ白な雪煙は、蒸気によってその意味を真逆に変えられる。

 エリーゼの放った雪は跡形も無く解け、サルビアの周囲には蒸気を放つ液体の塊が空を舞う。
 そしてサルビアの右腕からは、赤い宝石の埋め込まれた聖杯が掲げられていた。

 グラナート軍団長サルビアは大罪武具が内の一つ『沸き立つ勢杯イラ・チャリス』を扱い、憤怒の熱湯をもって、エリーゼとウィスタリアに立ちはだかるのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...