ONE LIMIT

ゆきみまんじゅう

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懺悔

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次の日の朝、俺は学校へは行かずに、村の外れに向かった。

目的は殺害道具の調達と、遺体の処理の準備だ。

先生には、体調不良だと伝えているので、多分疑われることはないだろう。

問題は椎菜だが、彼女は真面目な性格なので、学校をサボって、俺を探すことはないだろう。

そう推測して、朝から準備しようと思ったのだ。

まず初めに、俺は火葬場へと向かった。

その火葬場は、木材や藁を燃料とした簡素なもので、今はもう使われていない。

なので遺体の処理にはもってこいなのだ。

火葬場に着くと、俺は燃料になりそうなものを片っ端から集めて、火葬炉に放り込んだ。

次に廃工場に向かった俺は、手始めに武器を探し始めた。

かつては颯太の父親が経営していた工場は、今はすっかり朽ち果てており、見る影もない。

何故今でも取り壊させずに残っているのかは疑問だが、俺にとっては好都合だった。

入ってから数分後、すぐに良さげな物が見つかった。
それは長さ60センチほどの鉄パイプと、細いワイヤーだった。

作戦としては、ワイヤーで海花の父親を足止めして、鉄パイプで撲殺するという流れだ。

次に探したのは、遺体を運ぶための台車だ。
いくら俺でも、大の大人を担いでいくのは無理があった。

しばらく探索して、いくつかの台車を見つけた俺は、一番大きくて丈夫そうなものを選んだ。

最後に犯行現場になる、村と町への唯一の道路へと向かった。

今日、海花の父親は仕事に出かけている。

本来なら自動車で通勤するだろうが、前日に俺がタイヤをパンクさせておいたので、今日はバイクで出かけたはずだ。

バイクなら奇襲をかけられると考えていた俺は、今度はそのバイクを処理するための穴を掘ることにした。

あらかじめ用意していたスコップで、数時間かけてなんとか掘り切った俺は、さずかに疲れたのでその場でしばらく倒れ込んだ。

今、何時だろう。

気になって携帯で確認すると、午後5時を過ぎた頃だった。

あと1時間ほどで、海花の父親が帰ってくる時間だ。

あらかじめ海花の父親の帰宅時間や、バイクのナンバーを控えていた俺に、死角はなかった。

あとは道路の両端にある木に、ワイヤーを張るだけだ。

大丈夫、きっとうまくいく。

俺は何度も時間を確認しながら、その時を待つことにした。


待ち伏せしてから数分後、背後で木々をかき分ける音が聞こえた。

何か野生動物でもいるのだろうか。

まさか、誰かが歩いてやってきたというのはないだろう。

いや、もしそうなら、今のこの状況を見られるわけにはいかない。

男が道路付近で隠れており、手には鉄パイプが握られていて、その近くには人1人は余裕で入るほどの穴がある。

そんな状況を見れば、誰がどう見たって怪しいだろう。

もし、人だったとしたら、口封じのために殺さなければならなくなる。

そうなれば火葬場へ運ぶ手間が増えてしまう。

だがもう、つべこべ思っている場合ではないのだ。

俺は意を決して振り返り、相手の姿を確認した。

「あっ……、陸斗さん。ここにいたんですか。」
 
なんとそこには、俺と目が合い、驚いた様子の椎菜がいた。

何故ここに椎菜がいるのか、俺にはさっぱり理解出来なかった。

この作戦は、誰にも告げていない。
なのにどうして、俺が道路で待ち伏せしていると分かったのだろうか?

「あの、今日、海花ちゃんに話があるって言われて…。『陸斗にぃが、お父さんの帰ってくる時間とか、家にバイクはあるのかとか聞かれて、何か様子がおかしい』って、聞かされたんです。」

予想外の発言に、思わず耳を疑った。
まさか海花が、裏切るとは思わなかった。

「やっぱり、ここで海花ちゃんのお父さんを、殺すつもりだったんですね。」

せっかくここまで苦労したのに、すべてが水の泡になってしまう。
椎菜さえいなければ、こんな事にはならなかったのに。

だったら、椎菜がいなくなってしまえばいいのではないか。

ふとそんなおぞましい考えが頭をよぎり、俺は頭を横に振った。

一瞬でもそんな事を考えてしまうなんて、自分でもどうかしていると実感する。

「今なら間に合います。一緒に家に帰りましょう。」

何が間に合うというのだろうか。
もうとっくに、この手を汚しているというのにだ。

「俺にはやることがあるんだ。…帰ってくれ。」

早くしないと、海花の父親が来てしまう。
それまでに、何としても椎菜を追い返さなければ、取り返しがつかなくなる。

「帰りません!私は、陸斗さんには人殺しになってほしくないから。」

だから、俺はとっくの昔に人殺しなんだ。
椎菜だってそれを知っているはずなのに、なんでそんなことを言うのだろうか。

段々椎菜と噛み合わなくなり、腹が立ってきた。

「一度人を殺しているんだ。二度やったって同じことだろう!」
「いえ、陸斗さんは殺してなんか……。」

椎菜は何か言いたげだったが、すぐに下を向いて黙り込んだ。

「言いたいことがないなら、さっさと帰れ!邪魔なんだよ!!」

本心とは裏腹に、次々と椎菜を罵倒していく。

決して椎菜の事が嫌いになってわけじゃない。
ただ、この場からいなくなってほしいだけなのだ。

なのに俺は、椎菜を泣かせてしまった。

これじゃあ、兄失格ではないか。

「そんなに…、私の事が嫌いなら……、ここで…殺してください……。」
「えっ……?」

違う、そうじゃない。

確かにほんの一瞬だが、椎菜を殺そうと考えた。
だがそれは気の迷いであり、俺は椎菜を殺したくなかった。

「私が、いなければ…、もう…邪魔者はいない……。違いますか?」

まるで椎菜には、俺の考えが全てわかっているようだった。

「ちっ…違う!邪魔だなんて…。」

一度口にしてしまったことは取り返しがつかない。

「陸斗さん、海花ちゃんのお父さんを殺す勇気があるのなら、私だって殺せるはずです!!」

椎菜が泣き叫ぶと同時に、遠くで落雷が鳴った。

すると突然雨が降り始め、すぐに大雨になった。

さっきまであんなに晴れていたのに。
まるでこの大雨は、俺たちの心情を表しているかのようだった。

俺は覚悟を決め、鉄パイプを握りしめたまま、椎菜との距離を詰めていく。

そして椎菜の間近まで来ると、鉄パイプを振りかざした。

すると椎菜も覚悟を決めたのか、その場に膝を落として目を瞑った。

「私、幼い頃から引っ込み思案で、全然友達ができませんでした。でも、陸斗さんだけは、いつも私の味方でした。どんなに辛いことがあっても、陸斗さんがいるだけで、心が救われました。きっと私の人生、陸斗さんがいなければ、何の価値もないものだったと思います。今まで、私を支えてくれて、本当にありがとうございました。」

いや、それは違う。
救われたのは、むしろ俺の方だ。


実は俺はこの村の出身ではない。
そして俺には、本当の妹である睦美がいた。

かつての俺にとって、睦美目に入れても痛くないほど可愛い存在だった。

ところが俺が小学一年生になった頃、睦美が交通事故に遭いこの世を去った。

そのショックで家に引きこもるようになった俺を心配して、両親は環境を変えるために、思い切って田舎に引っ越す事に決めたのだという。

だが環境が変わったからといって、すぐに立ち直れるほど、俺は強くなかった。

そんなある日、椎菜が家を訪ねてきた。

その時は俺しかいなかったので、仕方なく応対することにしたのだが、始めて椎菜を目にした時、俺は驚いた。

椎菜は睦美と同じくらいの年頃のようだったが、顔は無表情であり、目は虚ろだったのだ。

「あの…、これ……よかったら…。」

渡されたのは風呂敷で包まれた煮物の入った容器だった。
だがそんな物はどうでもよかった。

「あのさ、ちょっと、上がってこない?」

まるで人生に絶望したような少女を、放っておくわけにはいかないと思ったのだ。

それからというもの、椎菜は毎日俺の家に来るようになり、俺も椎菜がきっかけで、学校に通うようになった。

もしあの時、椎菜に出会わなければ、俺の方こそ、終わっていたかもしれない。

そんな大事な人を、何で殺さないといけないのだろうか。


「……う…っ……えぐっ……ああ……!!」

気づけば俺も、泣き出していた。

俺はただ、海花を救いたいと思っていただけだった。

なのに結果として、椎菜を傷つけてしまったのだ。
これでは、本末転倒もいいところだ。

「なあ…。俺は、許されるのと思うか。」

殺人を犯し、大切な人を傷つけた俺を、一体誰が許すというのだろうか。

「私にも、罪はあります。あの時、陸斗さんたちを止められなかった事、今でも後悔してます。だから、自分だけを責めないでください。私も一緒に、罪を背負いますから!」

椎菜の言葉を聞いて、俺は心が少し軽くなった気がした。

あんなにもひどい事を言ったのに、椎菜は俺を見捨てないでくれた。

それが本当にありがたくて、いつしか俺は鉄パイプから手を離していた。

俺が泣きじゃくっていると、椎菜はスッと立ち上がると、俺を抱きついてきた。

「なあ、椎菜…。どうすれば、海花を救えると思うか?」

俺がそう尋ねると、椎菜は強く俺を抱きしめた。

「大丈夫です。これから一緒に考えましょう。」

俺はその言葉に応えるように、椎菜を抱きしめ返した。
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