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畑の人参が立派に育ちました。
ボルト邸のお馬さんバッキー、リッキー、ニッキーにはもちろんシリウスには一番出来の良い人参を食べてもらいました。ご満足いただけたようで感無量でございます。
今年のヘチマもすくすく育って花を咲かせて小さな実がつき始めた頃、私とキャメロンさんとマーサはボルト邸のご近所で口を半開き、呆然と佇んでおりました。

「お家を建ててくださるとは仰ってましたが…」
「お母様、これはお家というより…要塞?」
「多分、義父様の仕業だと思います…」

広い敷地を囲むように堅牢な石造りの塀が作られ、塀の上には侵入者を突き刺すような楔が並んでいます。新居を建て、そこにマーサも一緒に住むと知ったマーサの義父である辺境伯様は、ご自分も出資すると言い出してレイス伯爵と額を突き合わせて新居の設計図を確認なさいました。屋敷が小さすぎると設計図を書き換えさせ、防犯がなっていないと騒ぎ、なぜか子供部屋をいっぱい作ろうとしたハロルド様と一緒にマーサに叱られていたようですが、めげなかったようです。なんだか凄いお家が建築されております。

再婚ですから静かに、式などもせずに…と思っておりましたが、伯爵令息であるオリオン様は初婚。やらないわけにはいかないようです。新居の家具から食器選びにドレス選び、それに合わせた宝飾から靴選びまで加わり、途方にくれます。

そんなある日、ついに我が兄アニデス・バーンハイムが帰国致しました。

実に7年近く留学していた兄は見違えるような筋肉と小麦色の肌で帰国し、勉強しに送り出したのにいったい今まで何をやっていたのだと、お母様から熱烈な愛の鞭で迎えられておりました。
そして…

「お久しぶりです、アニデス殿」
「久しぶりだな、オリオン殿。一発殴らせろ」
「は?」

不意打ちとはいえ拳一発で現役近衛騎士を昏倒させ、

「ちょっと留学してる間にうちの妹が婚約解消されて傷物にされ、知らぬ間に嫁に出されてて、未亡人になったと手紙で知らされ、帰ってきてみればオリオン殿とまた婚約?これはどーゆーことだ?」

兄様、オリオン様を踏んでますよ、足癖が悪くなられたのではありませんか?

そういえば頬に傷跡がうっすら残るものの、無事完治されて良かったですね、オリオン様。



程なくして、第一王子アルファード殿下も帰国されました。思いの外早いお戻りでしたね。

「どうやら王太子殿下の婚約者候補だったお姫様には想い人がいたらしいの。で、これ以上の調査は無意味ということでさっさと帰国なさったようよ。よっぽど会いたかったのでしょうね、フロスト公爵令嬢に」
「…想い人ですか」

お腹の大きくなってきたキャメロンさんですが、ロバートを産んだ経験からまだ動いていても問題無しと主張し、未だにせっせと社交に励んでいます。我が兄、アニデスも社交能力は化け物級で、隣国から色々珍しい物をお土産に持ち帰ってくださいました。それを知ったキャメロンさんの背後に再び肉食獣が降臨。二人が手を組み、現在キャメロンさんのご実家が大変なことになっているらしいです。

「お母様、こちらご覧になりました?」
「ええ…」

差し出された大衆紙には「没落した男爵家。当主ロックハート男爵に恐喝・暴行の容疑」「北の修道院で強制労働中の元第一王子妃キャンベラが女児を出産。誰の子か?」アルファード殿下の留学の後下火になってきていた醜聞が、殿下のお戻りで再熱し、その後の情報が面白おかしく書かれています。北の修道院は厳しいところだと聞きますが、子供を出産し母となった彼女が良い方向に変わってくれることを祈るばかりです。
実はこの時キャンベラは下の病にかかっており、長く苦しむことになるがその事実を知る者は少ない。


さらに一月が過ぎた頃、隣国から王太子殿下の婚約者候補だったお姫様が突然いらっしゃいました。

私の実家に。

偶々結婚式の打ち合わせで実家に戻っていたのです。
家の前にずらりと並んだ50人近い護衛や侍女、侍従にメイド。可愛らしい馬車から妖精のようなお姫様が転がり出てきました。いえ、駆け出そうとして転んで侍従が慌てて支えています。お年は確か14歳、波打つ蜂蜜色の髪に新緑の瞳。整った顔立ちはお人形の様です。出迎えた両親の背後から兄と様子を伺っていたのですが

「アニデス・バーンハイムさま!」
「あ?」

兄の姿を見つけたお姫様が駆け寄って来られます。
何をしでかしたのですか、兄様!?
両親共々まじまじと兄を見てしまいます。しばらく考え、目を眇めてお姫様を見ていた兄が小さく「ああ」と漏らしました。

「何時ぞやのお嬢様か。海で魔海獣に襲われて溺れてた」
「あの時は危ない所をお助けいただき、ありがとうございました。
 遊覧船から落ちて、渦潮に流されてしまい、気がついたら魔海獣に囲まれていて…」

ーーお姫様って遊覧船から落ちるのですか?

「皆様にはお初にお目にかかります。私エビアン国第四王女アネリネと申します」

兄が両親を紹介し、私のことも紹介してくださりご挨拶申し上げました。

「そういえば、兄様の手紙にありましたね。釣りをしてたら溺れて魔海獣に襲われていた人を助けたって。お礼に冷蔵器を頂いたと」
「ああ、お礼になんでもくれると言うのでな。お前が誕生日に欲しがっていた冷蔵器を頼んだのだ。だが、届く前に帰国したから…届けに来てくれたのか?」
「はい、こちらに」

背後から侍従が木箱に入った冷蔵器を差し出してくださいました。お礼を言って頂戴致します。ほくほく。
あら?マーサ、どうしたのですか。え?それどころじゃないでしょう、お姫様ですよ?あ、そうでした。
冷蔵器に浮かれて失礼な態度をとってはいけません。淑女らしくお淑やかにしておかねばです。

「わたくしは…私は、アニデス様がお礼に私を妻に欲してくださるのを待っていました!」
「ん?」
「それなのに、求められたのは冷蔵器。私ではなく冷蔵器でした…」

大変申し訳ございません。私が欲しがったばかりに。視線を上げることができません。
しかし、これは、つまり、もしや、隣国のお姫様の想い人というのは…………

「待っている間にアニデス様は帰国されてしまい、次はボルビックの王太子殿下との婚約のお話。このままではいけないと思い、思い切って海を渡って参りました」
「はぁ」

会話の意図がつかめず首を傾げている兄様。
キッ!と涙目のお姫様が顔を上げて決意の表情をなさっています。後ろの従者さん達も拳を握りしめて鬼気迫る雰囲気で固唾を飲んで見守っておられます。

「お助けいただいたあの日から、アニデス様を想わない日はありませんでした。どうか、私をお嫁さんにもらってくださいませ…!」
「あ、そういうことか。わかった」

「軽い!」背後でマーサの心のツッコミが漏れてしまっていますが、激しく同意です。
軽すぎる返事にきょとんとしてしまったお姫様に兄が膝を折って視線を合わせます。

「子爵の嫡男では身分が問題かもしれないが、その辺はエビアン国王陛下と要相談だな。姫様からしたら少しおじさんだが末長く宜しくお願い致します」

お姫様の少し小さな手をとった兄が唇を寄せて甲に軽く口付けると、お姫様は真っ赤になって倒れてしまいました。侍従は慌てふためき、兄も驚いていましたが、大丈夫だとわかると声を出して笑い始めて…正直、この兄で本当に良いのかと確認したい気持ちになりました。

「そういえば昔から兄様の口癖は『俺はいつかビックになってデカい花火をぶち上げる!』でしたね…」
「…本当に兄妹揃ってどこかズレていらっしゃるんですから」


世の中は不思議でいっぱいです。


その後、エビアン国王陛下と相談した結果、溺愛する末娘を他国の子爵子息にやるのは嫌だと反対され破談。と、なりかけたのですが号泣したアネリネ王女様が「お父様なんて嫌い!」と捨て台詞を残して家出。我が家へと押しかけ女房してきました。
エビアン国王妃様と姉姫様方は可愛い末の妹が出て行ってしまい嘆き悲しんだそうです。
父親の反対と家族の愛と恋心の間で涙するアネリネ王女に兄が「なら、俺がアネリネにお婿に貰ってもらおうか?」またしても軽く提案。

結果、エビアン国王妃様と姉姫様達を味方につけたアネリネ王女がエビアン国王陛下と激しいディズカッションをした末、成人したら臣籍降下し一代限りの女公爵となって、そこに兄が婿入りするという話になったようです。結婚は16歳にならなければできないので、2年は婚約期間となります。
婚約期間中、自国とエビアン国を行ったり来たりするのならと、兄はキャメロンさんと手を組み貿易を始めるそうです。


さて、嫡男である兄がお婿にいってしまうということで、私は実家からバーンハイム子爵家に籍を戻すように言われました。
紆余曲折ありましたが、私の名前は再びセレナーデ・バーンハイムとなります。
そうなるとオリオン様にはバーンハイム子爵家の婿養子になって頂かねばなりません。お願いしたところ本人は「別に構わない」そうです。

再びレイス家にお邪魔し、久しぶりのスライディング土下座を決めました。

「お義父さんをお嫁にください!」
「!!」

間違えました。

「お義父さん、息子さんをお婿にください!」

レイス伯爵夫妻とオリオン様は驚き固まっていますが、さすがは次期伯爵ハロルド様土下座姿を二度見した後、普通にソファを勧めてくださいました。

「元々、弟は俺の予備として当主の仕事も叩き込まれているから、子爵家に貰われて行っても問題ないでしょう」
「…そうなのですか?」
「確かに一通りは習ったな」

そういえば。と思い出して頷くオリオン様の隣に座らせて頂きます。
お向かいは優雅に紅茶を飲みながら、ねっとr…うっとり私の背後に控えるマーサを眺めるハロルド様です。

「何れ私が辺境伯に婿入りする可能性もありましたから、念のため習わせておいたのです」
「うぐ…!」

ハロルド様にウィンクされたマーサが変な声を出して震えたように見えましたが、きっと見間違えでしょう。ちなみにマーサのお母様と辺境伯様の間には三人の男児が生まれ、皆辺境伯様に似て筋骨隆々だそうです。義理とはいえ一人娘であり、愛する妻にそっくりなマーサが可愛くて仕方がないらしい辺境伯様は、只今全力でハロルド様からの婚姻承諾書を拒絶しているそうです。

「成人しているのです。本来ならば親の承諾など必要ないというのに…無駄な足掻きを」

メガネをクイッと直し、フッと口の端しを上げて笑みを浮かべたハロルド様が魔王様のようだなんて、私ったら疲れているのかしら。

マーサ、がんば!


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