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3.美少年との再会

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 結局戸田っちとは終電の時間まで飲んだ。丸山先生には申し訳ないが、戸田っちにはトキメキを感じる。もちろん好きではないが。身近なアイドル的な感じだ。
 特に最近の戸田っちには、めちゃくちゃときめいている。基本面倒くさがりで誰にも懐かない戸田っちだが、最近は戸田っちから私にメッセージを送ってくれたり、遊びに誘ってくれたりする。特別感があってすごくいい……付き合っている訳ではないけれど。

 そんなこんなで戸田っちとはお別れしてスマホを見ると丸山先生からメッセージが届いていた。

『お疲れ様です。同期とのごはん楽しめましたか? 気をつけて帰ってくださいね』

 丸山先生は今日戸田っちとごはんだということを知っている。もちろん戸田っちが男だということも。それでも私を信頼してくれているので、何か言われるということはない。
 さすがに大学のときに好きだったとは言っていないのだが、こうやって会って戸田っちにときめく度に少し罪悪感を感じる。でもごはんを食べるだけで本当にやましいことは何もないので、「浮気は絶対していない」これだけは自信を持って言える。

「こんなメッセージ送ってくれるなんて、やっぱり丸山先生ってマメだし優しいんだよなぁ」

 一人きりの帰り道で私は呟いた。少し酔っているのかもしれない。
 
 丸山先生が付き合うのは物足りないけど、結婚するにはもってこいの男だとすると、戸田っちは付き合うと楽しいけど、結婚するにはちょっと……な男だと思う。
 こんな風に考えてしまう私は、もしかしたらどっちのこともそんなに好きじゃないのかもしれない……とも思うけど、丸山先生が彼氏で、戸田っちが男友達という今の状況にとても満足していた。だからこれ以上考えることはやめようと思った。


 次の日。今日は授業終わりに丸山先生の家にお邪魔する日だ。駅でバッタリ会ったので、塾まで一緒に向かうことになった。

「河本先生、今日はオムライスの準備をしてきたので、帰ったら一緒に食べましょう」
「ふふ、ありがとうございます」
「なんで少し笑ってるんですか?」
「私がお家に行くのをすごく楽しみにしてくれているみたいで嬉しいんですよ」
「当たり前じゃないですか、楽しみに決まってますよ」
「私も楽しみです」

 やっぱりこんなに心穏やかでいられるのは丸山先生といるときだけだ。それを改めて私は実感していた。

 塾に到着したら塾長がちょうど教室の準備をしているところだった。

「塾長お疲れ様です!」
「お疲れ様です。お二人ご一緒に出勤ですか。仲がよろしいようでなによりです」
「駅でバッタリ会いまして」
「そうなんですね。今日もよろしくお願いします」

 丸山先生は会釈すると早速授業の準備に向かった。一方、私は塾長の元へ行き、昨日からずっと聞きたかったことを聞く。

「昨日体験で来ていた一之瀬くんって入塾してくれそうなんですか?」
「保護者面談のときは、他の塾にも体験に行って、比較してから決めるつもりですとお母様は仰ってましたけど……どうしてですか?」
「あ、いや、すごくいい子だったので入ってくれると嬉しいなぁと思って……」
「あぁ、確かにそうですね」

 それ以上は塾長から追求されなかった。
 
 そっか、他の塾に行ってしまうかもしれないのか……。すごく愛嬌のあるいい子だったからか、少し残念なような、なんとも言えない気持ちになった。


 そして週末がやってきた。

 今日私は今話題の純愛映画を一人で見に来た。なぜ一人かって? 私は泣ける映画を見て、思いっきり泣くのが好きなのだ。一人じゃないとできない。そして、映画を見終わった後、人と感想を語り合うのが嫌いなのだ。一気に現実に引き戻される感じがする。しばらくは一人で余韻に浸っていたい派だ。

 私はチケットを取っていた一番後ろの左から3番目の席に座る。
 この手の純愛映画は百発百中で泣けるのだが、実は私は少し苦手だ。なぜなら、真っ直ぐ一人に恋をする主人公を見ていると、「こんな風に恋愛できない自分」が浮き彫りになるような気がするからだ。
 
 10代の頃は素直に「こんな恋愛素敵!」って思いながら見れていたのだが……いつからだろう、そうな風に見れなくなったのは。
 学生のとき、毎日好きな人を目で追って、家では一緒に撮った写真を何度も見返して、メールの受信音を聞くとすぐ携帯を確認して……好きな人のことばかり考えていた。24時間ずっと考えていた。好きな人に一直線なときが私にもあった。
 でも社会人になってからは……あのときみたいに「どうしても手に入れたい人」は現れなくなってしまった。それは自分が大人になったからだろうか?

 ごちゃごちゃ考えていると、私の前を通って右側の席に座りたいのであろう男の子が「すみません」と声をかけてきた。私は足を椅子に寄せて、前を通れるようにスペースを空けた。

「あ……河本先生??」

 びっくりした顔の一之瀬くんがそこに立っていた。
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