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8.ずっと好きだった人

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 餃子を食べ終わり、テレビを見ながらゆっくりくつろいでいた。さっきの「浮気はどこからか」という話以降は、いつも通り楽しく穏やかに過ごしていた。

 ピロリン♪

 ドキっとしてしまった。なんとなく一之瀬くんと戸田っちからじゃないといいなと思った。メッセージを確認せずに放置していると、丸山先生から

「どうしたんですか? スマホ確認してもらって大丈夫ですよ?」

と言われてしまった。今日の丸山先生はなんだかちょっと怖い。私がそう感じているだけかもしれないけれど……。こう言われると確認せざるを得ないので、スマホを開いてメッセージを確認する。

『飲み会のお知らせです! 久しぶりにみんなで集まれたらと思ってます! 急なんですが、今週の……』

 大学のときの旅行同好会の同期グループからだった。私はホッとして、丸山先生に

「大学の同好会の同期メンバーで、今週久しぶりに集まろうってお誘いでした」

と報告した。わざわざメッセージの内容を報告する必要はないんだけど、報告した。

「河本先生は行かれるんですか?」
「そうですね……せっかくなので行こうかなと思ってます」
「あまり飲みすぎたらダメですよ?」

 そう言って丸山先生はニコッと笑った。いつもの優しい丸山先生だった。


 そして、同期との飲み会の日。そういえば戸田っちは来るのかなぁ、と考えていたら戸田っちからメッセージが届いた。

『今日河本も飲み会行くよな? もしその前時間あったら、ちょっとカフェでも行かん?』

 実は戸田っちは甘いもの大好きで、2人で遊びに行くときは必ずカフェでケーキを食べる。戸田っち曰く、「1人だとオシャレなカフェに入れない」らしく、よく戸田っちのカフェ巡りのお供をしていた。
 ケーキ食べたいんだな、と思い、

『いいよー! じゃあ15時駅前集合で大丈夫?』

と返信した。

 15時前に駅前に着き、戸田っちを待っていると「おまたせー」とゆるーい声が聞こえてきた。「全然待ってないよー」と言おうと思って顔を上げると、ドキっとしてしまって言葉が出てこなかった。

「ん? どしたの??」

 どしたのじゃないよ! 私は心の中で叫んだ。

 目元くらいまで伸びたふわふわの前髪を特にセットしないのが戸田っちスタイルなのだが、今日はワックスで前髪を上げていた。なんやかんや戸田っちとは長い付き合いだが、今日初めて戸田っちのおでこを見た気がする。普通にドキっとしてしまった。

「め、珍しいね、前髪上げてるの」
「ん? ああ、前髪伸びすぎてうっとおしかったから、今日は上げてきた」
「そうなんだ……」
「もしかして、ちょっとドキっとした?」

 なんてこと聞くんだ!! いたずらっぽく笑う戸田っちに、さらにドキドキは加速したけど、私は何とも思っていないように、

「猫っぽさが減ったなーと思っただけだよ」

と返した。戸田っちは「ふーん?」って言いながらニヤニヤしてたけど、私はどうにか平静を保った。

 そのあとカフェでケーキを食べ、どうでもいいことを話し、ゆっくり過ごした。大学のときの私なら泣いて喜ぶ状況だけど、今の私はそこまで舞い上がっていなかった。ああ、大人になったなぁ、と思った。
 戸田っちも大人になったなぁ、と思った。なんだか色気みたいなものも最近感じられる。戸田っちは気づいていないだろうけど、今日もすれ違う女の人や店員さんから熱い視線を送られていた。

「そろそろお店に向かうか」
「そうだね!」

 私たちは久しく会っていない同期の集まる店へと向かった。

 到着すると、すでに今日来るメンバーのほとんどが集まっていた。

「遅くなってごめんー!」

 そう言って私たちは席に着こうとすると、同期の1人が、

「えっ、お前ら一緒に来たん?」

とびっくりしたように声をかけてきた。まあ、戸田っちレアキャラだったし、誰かと一緒に行動するようなタイプでもなかったし、そりゃびっくりするか……と思っていると、さっき声をかけてきた同期がニヤニヤしながら、

「そういえば河本、大学4年間ずっと戸田のこと好きだったもんなー」

と言ってきた。その場がシーンと静まった。

 私が戸田っちのことを好きだったのは同期のみんな知っていた。態度でバレバレだったらしい。私もそれを否定しなかったので、私が戸田っちのことを好きなのは周知の事実だった。
 でも、みんなそれを戸田っちの前で言うことはなかったし、私も戸田っちに直接好きだったと言ったことはない。まあ、戸田っちも知っていたとは思うけど。
 もう昔のことだし言ってもオッケーだよね、と思っているかもしれないが、全くオッケーじゃない。せっかく最近戸田っちといい関係を築けていたのになんてことしてくれるんだ……、と思った。気まずくなる心配もあったが、それよりも、好意を見せたら離れていく戸田っちを知っていたから、また離れていっちゃう……と怖くなっていた。

 私が何も言えずにその場に立ち尽くしていると、口を開いたのは戸田っちだった。

「河本今彼氏いるし、わざわざ今ここでそれを言わなくてもいいじゃん」
「そ、そうだよな……ごめんな」

 基本面倒なことは我関せずなスタンスを取る戸田っちがフォローしてくれたことが涙が出るくらい嬉しかった。結局そのあとは私が戸田っちのことを好きだったということには誰も触れず、飲み会は無事終了した。

「このあとカラオケ行く人ー!」

 飲み会は盛り上がり、大多数がそのままカラオケへと向かった。私はそんな気分にならなかったので、カラオケには行かず帰ろうとしていたら戸田っちが、

「駅まで一緒に行こうや」

と声をかけてくれた。あ、いつも通りだ……。もしかしたら距離を取られるんじゃないかと思っていたから、本当にホッとした。

「あの……今日変な感じになっちゃってごめんね。フォローしてくれてありがと」

 わざわざさっきの話題を掘り返したくはなかったが、どうしてもお礼を言いたかった。ちょっと涙が浮かんでいるのは暗いから分からないだろう。でも私からしたらそれくらい嬉しい出来事だった。

「あー俺が言いたくて言っただけだし。そんな泣いて感謝せんでもいいのに」

 そう言って戸田っちはニヤリと意地悪く笑った。目が潤んでいるのバレてた……。めっちゃ恥ずかしい……。

「別に泣いてないし!!」
「ははっ、そうですかー」
「完全にバカにされてる……」
「てゆうかさ、河本って本当に大学4年間ずっと俺のこと好きだったん?」

 どストレートすぎて心臓が止まりそうになった。もう今更ごまかす必要もないし、いいか……。

「……うん、まぁそうだったね」
「おーそっか……」
「気づいてたでしょ?」
「まぁなんとなくは。それ直接俺に言ってくれてたらなぁー」
「いや、直接言ったら絶対距離取られてたもん。それ分かってて言えないよ」
「そんなことしないよ。俺も河本気になってたし」
「は……?」
「いやだから、俺もちょっと河本気になってたんだって。大学のとき」

 酔っ払ってるからか、頭が働かない。え……戸田っちも私のこと気になってた……?

「彼氏いるの知ってるけど、今は俺のことどう思ってんの?」
「え……」
「俺さ、大学のときは河本のこと気になってただけだったけど、今は河本のこと本気で好きだよ」
「そ、そんな絶対嘘だ……」
「俺、冗談でこんなこと言わないし、そもそも好きでもないやつ遊びに誘ったりしないし。河本なら知ってるでしょ?」

 あまりの急展開に「これは夢だな……」と頬っぺたをつねったけど、びっくりするくらい痛かった。
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