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9.揺れ動く気持ち

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 突然の戸田っちからの告白。いや、これは告白なのか……? 私が都合のいいように解釈しているだけかもしれない。

「俺人生で初めて告ったわ」

 告白だったようだ。4年間好きだった人からの告白。嬉しいはずなのに、複雑な心境だった。たぶん大学のときの私なら素直に喜べただろう。

「私に彼氏いること知ってるよね……?」
「うん、でも河本さ、彼氏のことそんなに好きじゃないじゃん」
「……」

 なにも言い返せなかった。否定できない自分を心底軽蔑した。でもそれが本音だと気づいてしまった。

「別に今すぐ彼氏と別れてほしいって言ってる訳じゃないし、俺と付き合ってくれたら嬉しいけど、そんな上手くいくとも思ってないし、とりあえず俺の気持ち知っててってだけだから」
「うん……」
「難しいかもしれないけど、今まで通り接してくれたら嬉しい」
「ありがとう……」

 戸田っちの優しさが本当に嬉しかった。そして、本気なんだなというのが伝わった。

 そのあとはいつも通り他愛のない話をし、駅に着いたら解散した。


 あの告白の日から、特に戸田っちから返事を催促されることもなく、今まで通りに接してくれた。ちゃんと考えなきゃと思うものの、結局「好きってなんだろう……」となり、自分の中で結論が出なかった。
 丸山先生も戸田っちも好きであることは間違いない。ただ、どっちも「その人のことを考えると苦しくなるほど好き」ではなかった。もう自分がよく分からなかった。そして、「好き」について考えているとき、決まって一之瀬くんの顔が浮かんだ。そのたび急いでかき消した。

 戸田っちからの告白以降、ぼんやりしていることが多くなり、丸山先生から心配されることも多くなった。そのたび申し訳ない気持ちになった。
 何か勘づいているのか、丸山先生もそわそわしていることが多くなった。ただ、丸山先生に核心をつかれることが怖くて、私は気づかないふりをした。


 そんなある日。丸山先生から有名なレストランに誘われた。
 「別れ話なのかな……」とドキドキしていた。最後の思い出作り的なことじゃないのかなと思った。最近の丸山先生の態度から、なんとなく覚悟はしていた。正直そこまで落ち込んでいなかった。

 料理を食べ終え、食後の紅茶を飲んでいるときに丸山先生が姿勢を正し、改まった態度になった。私も覚悟はできていた。

「あの……河本先生……」
「はい」
「僕と……」
「はい」

 すごいためるなぁ、と考える冷静な自分がいた。

「僕と……結婚してくれませんか?」
「……え?」

 まさかプロポーズされるなんて、1ミリも予想していなかったので、ただただ固まってしまった。

「お返事はすぐじゃなくていいので、真剣に考えてくれませんか?」

 そう言って丸山先生は紙袋から小さな花束を取り出し、私にプレゼントしてくれた。
 小さい頃から夢に見ていたプロポーズ。穏やかで優しい彼氏からレストランで花束を貰って最高のプロポーズじゃないか。なのに……私の気持ちはびっくりするくらい冷めきっていた。

 とりあえずお礼は言わないと……。そう思い、私は精一杯笑顔を作り、

「ありがとうございます、丸山先生」

と、どうにか返事をした。

「……はあぁー、すごい緊張しました……。実はこのところずっと今日のことで頭がいっぱいになっていて……」
「あ……もしかして、それでそわそわされてたんですか?」
「あぁ、気づかれてましたか……。でも今日伝えられて良かったです。お返事はゆっくり考えてもらって大丈夫ですので」

 そう言って丸山先生は優しく微笑んだ。本当に、私にはもったいないくらい素敵な彼氏だ。なのに自分は……。自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだった。
 丸山先生か戸田っちか、自分の中で早いところハッキリさせないとな、と強く思った。


 戸田っちからの告白に、丸山先生からのプロポーズ。どちらからも返事は待つって言ってもらっているけれど、そういう訳にはいかない。毎日私は2人への返事を考えていた。でも考えれば考えるほど、2人のことが好きなのか分からなくなっていた。

 気がつけば一之瀬くんと映画を見に行くと約束していた日が迫ってきていた。2人への返事を考えなきゃいけないのに、一之瀬くんとの約束の日のことで頭がいっぱいになっていた。


 そして一之瀬くんと映画に行く日がやってきた。

 何着ていこうかとか、どんなメイクしていこうかとか、考えている時間がとても楽しかった。前日はパックをして、むくみ取りのマッサージをして、こんなことするのすごい久しぶりだな、なんて考えていた。今日も楽しみすぎて、集合時間の20分も前に到着しそうだ。

 早く来すぎちゃったな……と思いながら歩いていると、待ち合わせの場所に一之瀬くんがいることに気づく。
 どくん、と心臓が鳴った。今日の一之瀬くんがあまりにもかっこよくて、息が止まりそうだった。その場で動けずにいると、一之瀬くんが私に気づき、

「先生!」

と満面の笑みで手を振ってきた。それで私は正気に戻った。

「ちょっ、先生って呼ばないで……!」
「あっ、そうですね……! じゃあ、なんて呼んだらいいですか?」
「うーん、河本でいいんじゃないかな?」
「さすがに呼び捨てはできません……。じゃあ、すみれさんでもいいですか?」
「あ……下の名前知ってたんだ……」
「当たり前じゃないですか!」

 そう言って一之瀬くんは私に微笑んだ。喉の奥がギューっとなった。

「じゃあ、すみれさん、早速行きましょう!」
「……うん!」

 周りの景色がキラキラして見えた。こんなに世界って色鮮やかだったっけ、なんて考えていた。
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