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1章 暗殺者から冒険者へジョブチェンジ!
1、少年は暗殺者ナンバー『K』
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僕とレオンハルトが出会ったのは、今から五年前。
暗殺者と、その標的という立場だった。
*
物心がついた時、すでに少年は奴隷として暗殺者ギルドに所属していた。
毎日のように厳しい訓練が課せられ、暗殺の技術を叩き込まれた。親を知らず、名前もなく、ただ暗殺者のナンバーが割り当てられ、少年は『K』と呼ばれた。
少年の前にそのナンバーで呼ばれた暗殺者は何人もいたがすでに死んでおり、少年がそのナンバーを引き継いだのだ。もちろん少年が死ねばそのナンバーは別の人間のものになる。暗殺者という職業は従業員が簡単にすげ変わるのだ。
喜怒哀楽などの感情を持たず、ただ首領からの命令で人を殺す殺人機械として育てられた『K』は、氷属性の特性があるということもあり、早いうちから暗殺者としての才能を開花させた。暗殺者の訓練を共に受けていた同年代の子供たちはいつの間にか『K』以外誰もいなくなっていた。
しかし自分もすぐに後を追うことになるだろう。
その機会は案外早くに訪れた。
バサリ、とぞんざいに机の上に資料が置かれた。
「『K』、お前の次の暗殺相手はコイツだ」
相手の生い立ちに身長体重、利き腕、得物、使える魔法などの身体的特徴から、性格、遊び場、友人の名前、好きな酒の種類に至るまで、個人情報全てがこと細かく調べられた資料に、魔道カメラで撮った写真が一枚添付されている。
僕は写真の顔を見て眼を眇めた。
「……『紅竜』のお相手は僕には無理かと。手に余ります」
「まあどの暗殺者でもコイツを殺すのは無理だろうなァ」
写真に写っていたのは僕でも知っているくらいの有名人で、魔王討伐の大英雄『紅竜』のレオンハルトだった。その二つ名が示すように紅竜と人との間に生まれた竜人だ。鋏でぞんざいに切ったようなざんばらな長い真紅の髪に角が左右対称に生えている。目の下や腕など、ところどころに紅い鱗が生え、左眼には魔獣のかぎ爪でざっくりと付けられた大きな傷痕があった。
この写真、隠し撮りのはずなのにレオンハルトはばっちりカメラ目線で、こっちを向いて指を二本突き出し笑っている。どうしてこんな勝てないような相手の暗殺依頼を受けるんだろう。写真から目を上げ首領を見ると、彼はため息混じりに亀のように首をすくめた。
「どうしても断れないスジからの依頼で受けるしかなかったんだ。前金で半額はすでに支払われている。正直お前を失うのは大きな損失だが……。悪いな『K』」
依頼は受諾され金も支払われ、相手はどうあっても勝てない大英雄。つまり首領は僕に死んでこいと言っているわけだ。
「いえ別に。でもどうして僕なんです?」
「子供の方が相手は油断するだろう?」
机に置かれた資料を取り上げてざっと目を通した。レオンハルト・ドレイク、紅竜の竜人。身長210センチ、体重105キロ、年齢86歳、ライムライトのギルドマスター。魔法属性は火。得物は持たずその時々のありもので対処。結婚歴なし、付き合っている相手もなし、娼館通いなし。酒好き、肉好きで野菜嫌い。スタンピードの際、セントレーン孤児院の子を庇い左眼を負傷。特記、月に一度、寄附のためセントレーン孤児院に訪問。
「ウチの前に暗殺の依頼を受けた暗殺者ギルドがハニートラップを仕掛けたらしいんだが、失敗して返り討ちにあったそうだ」
確かにハニトラがダメならもう女の暗殺者は使えない。カメラ目線の写真を見るに、すでに暗殺者が動いているのはバレているから、知らない人物が近づいたら確実に警戒されるだろう。
資料によると子供好きのようだし、年上の男の庇護欲をかき立てる顔をしていると言われるまだ成人前の僕ならば、少しはレオンハルトを油断させることができるだろう。
それにもし僕が死んでしまっても、暗殺者はいくらでも育てられるから替えが利く。所詮自分は捨て駒だ。
「成功の可能性はないと思います。それでもいいですね?」
「ああ」
了承の返事を首領にもらって資料を持って部屋を出た。暗殺者は暗殺の失敗イコール死だ。奥歯に毒薬を仕込んであるので、暗殺失敗と同時に奥歯を強く噛んで死ぬように胸にある奴隷印に刻み込まれている。きっと僕はもうこの暗殺者ギルドに戻ることはできないだろう。
僕は自分の部屋に戻り、暗殺計画を立ててから数少ない私物をまとめた。いつ死んでしまってもすぐに次の暗殺者が部屋を使えるように、いつも暗殺依頼を受けた後は部屋をきれいに掃除するようにしていた。小さい部屋だ。さして時間はかからなかった。
暗殺計画といってもとても簡単なものだ。酒に酔わせて帰り道で待ち伏せ、人気の少ない裏路地へ連れ込んで襲う。ただそれだけだ。レオンハルトが王都に来た時に必ず行くという酒場にあらかじめ店員として協力者を潜り込ませておく。酔わせて店から出てきたところで迷子のフリでもして案内を乞えば、優しい英雄サマならホイホイ案内してくれるだろう。いざとなったら女暗殺者たちのように誘惑してもいい。暗殺技術以外にもハニートラップのやり方は教わっている。特に僕の外見は不本意だが成人男性によく好かれるらしい。
そして決行の日、レオンハルトが好んで呑む火酒に、魔獣のマンティコアでさえも一瞬で眠らせるというアルラウネの蜜から抽出した睡眠薬を混ぜて出してもらった。それを飲んで眠ったり酔っ払ってくれたら簡単だったのだが、しっかりとした足取りのレオンハルトが酒場から出て来た。頬がほんのりと赤いだけであまり酔った様子はない。
「嘘だろ? もしかして状態異常が効きにくいのか?」
状態異常の耐性持ちは毒や麻痺が効かないし、もちろん酒や媚薬なども効かない面倒な相手だ。ハニートラップは男を酔わせてからベッドへ誘い、油断した所で殺害する方法だから、他の暗殺者ギルドが行ったハニートラップによる暗殺が失敗したのはそれが原因か。
酒場がある場所は繁華街だ。フードを深く被り、自分の気配を消して人混みに紛れレオンハルトを尾行する。殺しのタイミングを計るが、さすがに有名人なだけあって、歩いているだけで娼婦や売り子に話しかけられ、なかなか一人になることがない。
このまままっすぐ歩くと暗い川べりに出る。そこは近くに連れ込み宿があって、相手を探す街娼が立って客引きをしており、中にはいかにも未成年だと思われる少年、少女たちもいる。僕が男娼のフリをしてレオンハルトに声をかけても、そいつら仲間に見えて目立つことはないだろう。
そんなことを頭で考えながらも身体だけはいつ相手が動いてもいいように神経を尖らせる。ここで殺気を出すようなヘマはしない。人通りの多い道を歩くレオンハルトのうしろを一定の距離を取りながらつけていくと、レオンハルトがふいに曲がり角を曲がった。
(「まずい、気付かれたか?」)
焦りながらも顔にはいっさい焦燥感を出さないようにして後を追ったが、道を曲がった先にはすでにレオンハルトの姿はなく、濃い気配だけが残っていた。
「ちっ」
思わず舌打ちをする。やはり尾行がバレていたようだ。
誰かを探しているようにみえないようゆったりと歩きながらレオンハルトの気配を『気配察知』で探る。同時に頭の中で首領に渡された資料をパラパラとめくってレオンハルトが使える魔法を確認。
転移……は使えないから選択肢から外す。
次に飛翔……。竜人は完全な竜の状態なら空も飛べるが、人の姿をとっている時には使えないはず。あとは跳躍か浮遊……。
目線を少しだけ上にあげた瞬間、腕を取られて強く引っ張られ、少しだけ開いていた扉から中に引き摺り込まれた。レオンハルトの気配をまったく感じられなかった。
とっさに相手に反撃するためにカフスに仕込んだナイフを出そうとしたら束縛で阻止され、肩から指先まで全く動かなくなった。魔法の発動が早い。詠唱をしていなかったところを見ると、レオンハルトは魔法を無詠唱で使えるのか。
腕を掴んだままレオンハルトは僕のフードを外し、至近距離で顔をじろじろと見た。
「何だ。せっかくいい匂いさせるやつがいるなァと思ったらまだガキじゃねぇか。それも男かよ」
ニヤリと笑ったかと思うとレオンハルトは『束縛』を解除し僕を引き寄せ、うなじに顔を埋めてスンスンと匂いを嗅いだ。ブワッと頭に血がのぼり、なんともいえない感覚に寒気がして、口の中で呟くように魔法を唱えた。
「『氷槍』」
レオンハルトのように無詠唱とはいかないまでも、短い詠唱で魔法の発動ができるのが僕が強みだ。ピシピシと音を立てて槍のように先端が尖った氷が僕とレオンハルトの間の床に生え、僕達を分断、そのままレオンハルトに襲いかかる。
「はっははは! お~~すげ、氷の出現が早いじゃん」
軽くバックステップで躱しながら、次から次へと手に火の玉を作って氷槍に向けて打ってきた。じゅっと氷に当たってあっという間にとけていく。これだから相性の悪い火属性の奴は嫌いだ。
「……ちっ、『氷弾』!」
この魔法はその名の通り氷の弾丸を打つ魔法だ。威力は落とし、その分弾数を増やし弾速を速くする。しかしレオンハルトは目にも止まらぬ速さで動いて全弾を避け、一発も当たらない。
レオンハルトは僕が作った氷槍の先端を炎で解かして平らにし、足場にして跳躍、僕に向け蹴りを繰り出す。氷の盾と両腕でガードしたが、氷の盾が粉々になって身体が後ろに吹っ飛び、背が壁に当たってその場に崩れ落ちた。
「かはっ……」
口の中に血が込み上げてきて赤い塊をペッと吐いた。どうやら肋骨が何本か折れたようだ。
スローモーションのようにレオンハルトが僕の方へ向けて歩いてくるのが見えた。勝てる気がしない。
これはもう無理だな……。
仕込んだ毒を飲むために奥歯を噛み合わせ、力を入れようとした次の瞬間、僕の目に映っていたレオンハルトが煙のように消え失せ、姿がすぐ目の前に現れた。レオンハルトは僕が歯を噛み合わせられないように口を強引に開かせ、歯と歯の間に手を差し込んで奥にまで突っ込んだ。
一瞬息が止まる。レオンハルトは長い指で毒薬を仕込んだ一番奥の差し歯を探し当て、力任せに抉り出した。
「がっ、うぐっ……!!」
耐え切れないほどの激痛が走り、くぐもった悲鳴が自分の口から漏れた。差し歯と言っても自分の歯を抜き、毒を仕込んだ後に回復で元に戻したもので、他の歯と何ら代わりない。痛みで反射的にレオンハルトの手を強く噛んだ。生理的な涙が出て頬を濡らし、血と混じった涎が口から流れて床に落ちる。
「おー、痛てて。思いっきり噛みやがって」
僕の口に突っ込んでいた手を抜き取ったレオンハルトは、抜かれたばかりの奥歯を指で持ったままパタパタと手を振った。
…………………………………………………………………
【おまけの補遺】
(side.ロイ・クレイン 魔獣の説明)
やあ! 第一話に出てきた元B級冒険者のロイだ。
あの後、隣街のギルドで無事A級になった。応援ありがとな! 二つ名は『強弓』だ。攻撃手段が弓だからな。
今日は俺が作中に登場した魔獣の説明をするぜ。
まず『マンティコア』。こいつは人の顔をしているが胴体はライオン、尾はサソリで猛毒を持っているからまずは剣士に尻尾を切ってもらうといいぜ。魔法が効きにくいからあとはがんがん物理攻撃だな。そんなに強くはないからソロならB級、パーティーならC級で討伐出来ると思うぜ。
お次は『アルラウネ』だ。
植物系モンスターでとても弱い……けど男の冒険者は注意が必要。だってむっちゃ美人なんだぜ! それも裸! 大きな花の中に美女が裸で佇んでるんだ。その美しさと甘い匂いで俺たち男を誘惑して、ふらふらと近づく人間を蔦で絡め取って食べてしまう。襲われるのは男の冒険者だけだ。E級の弱い冒険者でも、美女に誘惑さえされなければ簡単に討伐できる。火に弱いから燃やして終わりだ。
お、こっちにもアルラウネがいやがる。あれ? さっきのよりおっぱいが小さ……
しゅるしゅる、しゅるるん。
「あっ! ロイさーーんっ!! 大丈夫っすか!? 大変っす! ロイさんがアルラウネの蔦に!」
「女性に胸の大きさのことは言っちゃあいけないよな」
「さようですな」
「…………。」
「本格的にアルラウネに溶かされそうになるギリギリまでロイはこのままにしておこう」
「了解っす!」
「おいテメエら! 助けろよーー!!」
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暗殺者と、その標的という立場だった。
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物心がついた時、すでに少年は奴隷として暗殺者ギルドに所属していた。
毎日のように厳しい訓練が課せられ、暗殺の技術を叩き込まれた。親を知らず、名前もなく、ただ暗殺者のナンバーが割り当てられ、少年は『K』と呼ばれた。
少年の前にそのナンバーで呼ばれた暗殺者は何人もいたがすでに死んでおり、少年がそのナンバーを引き継いだのだ。もちろん少年が死ねばそのナンバーは別の人間のものになる。暗殺者という職業は従業員が簡単にすげ変わるのだ。
喜怒哀楽などの感情を持たず、ただ首領からの命令で人を殺す殺人機械として育てられた『K』は、氷属性の特性があるということもあり、早いうちから暗殺者としての才能を開花させた。暗殺者の訓練を共に受けていた同年代の子供たちはいつの間にか『K』以外誰もいなくなっていた。
しかし自分もすぐに後を追うことになるだろう。
その機会は案外早くに訪れた。
バサリ、とぞんざいに机の上に資料が置かれた。
「『K』、お前の次の暗殺相手はコイツだ」
相手の生い立ちに身長体重、利き腕、得物、使える魔法などの身体的特徴から、性格、遊び場、友人の名前、好きな酒の種類に至るまで、個人情報全てがこと細かく調べられた資料に、魔道カメラで撮った写真が一枚添付されている。
僕は写真の顔を見て眼を眇めた。
「……『紅竜』のお相手は僕には無理かと。手に余ります」
「まあどの暗殺者でもコイツを殺すのは無理だろうなァ」
写真に写っていたのは僕でも知っているくらいの有名人で、魔王討伐の大英雄『紅竜』のレオンハルトだった。その二つ名が示すように紅竜と人との間に生まれた竜人だ。鋏でぞんざいに切ったようなざんばらな長い真紅の髪に角が左右対称に生えている。目の下や腕など、ところどころに紅い鱗が生え、左眼には魔獣のかぎ爪でざっくりと付けられた大きな傷痕があった。
この写真、隠し撮りのはずなのにレオンハルトはばっちりカメラ目線で、こっちを向いて指を二本突き出し笑っている。どうしてこんな勝てないような相手の暗殺依頼を受けるんだろう。写真から目を上げ首領を見ると、彼はため息混じりに亀のように首をすくめた。
「どうしても断れないスジからの依頼で受けるしかなかったんだ。前金で半額はすでに支払われている。正直お前を失うのは大きな損失だが……。悪いな『K』」
依頼は受諾され金も支払われ、相手はどうあっても勝てない大英雄。つまり首領は僕に死んでこいと言っているわけだ。
「いえ別に。でもどうして僕なんです?」
「子供の方が相手は油断するだろう?」
机に置かれた資料を取り上げてざっと目を通した。レオンハルト・ドレイク、紅竜の竜人。身長210センチ、体重105キロ、年齢86歳、ライムライトのギルドマスター。魔法属性は火。得物は持たずその時々のありもので対処。結婚歴なし、付き合っている相手もなし、娼館通いなし。酒好き、肉好きで野菜嫌い。スタンピードの際、セントレーン孤児院の子を庇い左眼を負傷。特記、月に一度、寄附のためセントレーン孤児院に訪問。
「ウチの前に暗殺の依頼を受けた暗殺者ギルドがハニートラップを仕掛けたらしいんだが、失敗して返り討ちにあったそうだ」
確かにハニトラがダメならもう女の暗殺者は使えない。カメラ目線の写真を見るに、すでに暗殺者が動いているのはバレているから、知らない人物が近づいたら確実に警戒されるだろう。
資料によると子供好きのようだし、年上の男の庇護欲をかき立てる顔をしていると言われるまだ成人前の僕ならば、少しはレオンハルトを油断させることができるだろう。
それにもし僕が死んでしまっても、暗殺者はいくらでも育てられるから替えが利く。所詮自分は捨て駒だ。
「成功の可能性はないと思います。それでもいいですね?」
「ああ」
了承の返事を首領にもらって資料を持って部屋を出た。暗殺者は暗殺の失敗イコール死だ。奥歯に毒薬を仕込んであるので、暗殺失敗と同時に奥歯を強く噛んで死ぬように胸にある奴隷印に刻み込まれている。きっと僕はもうこの暗殺者ギルドに戻ることはできないだろう。
僕は自分の部屋に戻り、暗殺計画を立ててから数少ない私物をまとめた。いつ死んでしまってもすぐに次の暗殺者が部屋を使えるように、いつも暗殺依頼を受けた後は部屋をきれいに掃除するようにしていた。小さい部屋だ。さして時間はかからなかった。
暗殺計画といってもとても簡単なものだ。酒に酔わせて帰り道で待ち伏せ、人気の少ない裏路地へ連れ込んで襲う。ただそれだけだ。レオンハルトが王都に来た時に必ず行くという酒場にあらかじめ店員として協力者を潜り込ませておく。酔わせて店から出てきたところで迷子のフリでもして案内を乞えば、優しい英雄サマならホイホイ案内してくれるだろう。いざとなったら女暗殺者たちのように誘惑してもいい。暗殺技術以外にもハニートラップのやり方は教わっている。特に僕の外見は不本意だが成人男性によく好かれるらしい。
そして決行の日、レオンハルトが好んで呑む火酒に、魔獣のマンティコアでさえも一瞬で眠らせるというアルラウネの蜜から抽出した睡眠薬を混ぜて出してもらった。それを飲んで眠ったり酔っ払ってくれたら簡単だったのだが、しっかりとした足取りのレオンハルトが酒場から出て来た。頬がほんのりと赤いだけであまり酔った様子はない。
「嘘だろ? もしかして状態異常が効きにくいのか?」
状態異常の耐性持ちは毒や麻痺が効かないし、もちろん酒や媚薬なども効かない面倒な相手だ。ハニートラップは男を酔わせてからベッドへ誘い、油断した所で殺害する方法だから、他の暗殺者ギルドが行ったハニートラップによる暗殺が失敗したのはそれが原因か。
酒場がある場所は繁華街だ。フードを深く被り、自分の気配を消して人混みに紛れレオンハルトを尾行する。殺しのタイミングを計るが、さすがに有名人なだけあって、歩いているだけで娼婦や売り子に話しかけられ、なかなか一人になることがない。
このまままっすぐ歩くと暗い川べりに出る。そこは近くに連れ込み宿があって、相手を探す街娼が立って客引きをしており、中にはいかにも未成年だと思われる少年、少女たちもいる。僕が男娼のフリをしてレオンハルトに声をかけても、そいつら仲間に見えて目立つことはないだろう。
そんなことを頭で考えながらも身体だけはいつ相手が動いてもいいように神経を尖らせる。ここで殺気を出すようなヘマはしない。人通りの多い道を歩くレオンハルトのうしろを一定の距離を取りながらつけていくと、レオンハルトがふいに曲がり角を曲がった。
(「まずい、気付かれたか?」)
焦りながらも顔にはいっさい焦燥感を出さないようにして後を追ったが、道を曲がった先にはすでにレオンハルトの姿はなく、濃い気配だけが残っていた。
「ちっ」
思わず舌打ちをする。やはり尾行がバレていたようだ。
誰かを探しているようにみえないようゆったりと歩きながらレオンハルトの気配を『気配察知』で探る。同時に頭の中で首領に渡された資料をパラパラとめくってレオンハルトが使える魔法を確認。
転移……は使えないから選択肢から外す。
次に飛翔……。竜人は完全な竜の状態なら空も飛べるが、人の姿をとっている時には使えないはず。あとは跳躍か浮遊……。
目線を少しだけ上にあげた瞬間、腕を取られて強く引っ張られ、少しだけ開いていた扉から中に引き摺り込まれた。レオンハルトの気配をまったく感じられなかった。
とっさに相手に反撃するためにカフスに仕込んだナイフを出そうとしたら束縛で阻止され、肩から指先まで全く動かなくなった。魔法の発動が早い。詠唱をしていなかったところを見ると、レオンハルトは魔法を無詠唱で使えるのか。
腕を掴んだままレオンハルトは僕のフードを外し、至近距離で顔をじろじろと見た。
「何だ。せっかくいい匂いさせるやつがいるなァと思ったらまだガキじゃねぇか。それも男かよ」
ニヤリと笑ったかと思うとレオンハルトは『束縛』を解除し僕を引き寄せ、うなじに顔を埋めてスンスンと匂いを嗅いだ。ブワッと頭に血がのぼり、なんともいえない感覚に寒気がして、口の中で呟くように魔法を唱えた。
「『氷槍』」
レオンハルトのように無詠唱とはいかないまでも、短い詠唱で魔法の発動ができるのが僕が強みだ。ピシピシと音を立てて槍のように先端が尖った氷が僕とレオンハルトの間の床に生え、僕達を分断、そのままレオンハルトに襲いかかる。
「はっははは! お~~すげ、氷の出現が早いじゃん」
軽くバックステップで躱しながら、次から次へと手に火の玉を作って氷槍に向けて打ってきた。じゅっと氷に当たってあっという間にとけていく。これだから相性の悪い火属性の奴は嫌いだ。
「……ちっ、『氷弾』!」
この魔法はその名の通り氷の弾丸を打つ魔法だ。威力は落とし、その分弾数を増やし弾速を速くする。しかしレオンハルトは目にも止まらぬ速さで動いて全弾を避け、一発も当たらない。
レオンハルトは僕が作った氷槍の先端を炎で解かして平らにし、足場にして跳躍、僕に向け蹴りを繰り出す。氷の盾と両腕でガードしたが、氷の盾が粉々になって身体が後ろに吹っ飛び、背が壁に当たってその場に崩れ落ちた。
「かはっ……」
口の中に血が込み上げてきて赤い塊をペッと吐いた。どうやら肋骨が何本か折れたようだ。
スローモーションのようにレオンハルトが僕の方へ向けて歩いてくるのが見えた。勝てる気がしない。
これはもう無理だな……。
仕込んだ毒を飲むために奥歯を噛み合わせ、力を入れようとした次の瞬間、僕の目に映っていたレオンハルトが煙のように消え失せ、姿がすぐ目の前に現れた。レオンハルトは僕が歯を噛み合わせられないように口を強引に開かせ、歯と歯の間に手を差し込んで奥にまで突っ込んだ。
一瞬息が止まる。レオンハルトは長い指で毒薬を仕込んだ一番奥の差し歯を探し当て、力任せに抉り出した。
「がっ、うぐっ……!!」
耐え切れないほどの激痛が走り、くぐもった悲鳴が自分の口から漏れた。差し歯と言っても自分の歯を抜き、毒を仕込んだ後に回復で元に戻したもので、他の歯と何ら代わりない。痛みで反射的にレオンハルトの手を強く噛んだ。生理的な涙が出て頬を濡らし、血と混じった涎が口から流れて床に落ちる。
「おー、痛てて。思いっきり噛みやがって」
僕の口に突っ込んでいた手を抜き取ったレオンハルトは、抜かれたばかりの奥歯を指で持ったままパタパタと手を振った。
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【おまけの補遺】
(side.ロイ・クレイン 魔獣の説明)
やあ! 第一話に出てきた元B級冒険者のロイだ。
あの後、隣街のギルドで無事A級になった。応援ありがとな! 二つ名は『強弓』だ。攻撃手段が弓だからな。
今日は俺が作中に登場した魔獣の説明をするぜ。
まず『マンティコア』。こいつは人の顔をしているが胴体はライオン、尾はサソリで猛毒を持っているからまずは剣士に尻尾を切ってもらうといいぜ。魔法が効きにくいからあとはがんがん物理攻撃だな。そんなに強くはないからソロならB級、パーティーならC級で討伐出来ると思うぜ。
お次は『アルラウネ』だ。
植物系モンスターでとても弱い……けど男の冒険者は注意が必要。だってむっちゃ美人なんだぜ! それも裸! 大きな花の中に美女が裸で佇んでるんだ。その美しさと甘い匂いで俺たち男を誘惑して、ふらふらと近づく人間を蔦で絡め取って食べてしまう。襲われるのは男の冒険者だけだ。E級の弱い冒険者でも、美女に誘惑さえされなければ簡単に討伐できる。火に弱いから燃やして終わりだ。
お、こっちにもアルラウネがいやがる。あれ? さっきのよりおっぱいが小さ……
しゅるしゅる、しゅるるん。
「あっ! ロイさーーんっ!! 大丈夫っすか!? 大変っす! ロイさんがアルラウネの蔦に!」
「女性に胸の大きさのことは言っちゃあいけないよな」
「さようですな」
「…………。」
「本格的にアルラウネに溶かされそうになるギリギリまでロイはこのままにしておこう」
「了解っす!」
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