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1章 暗殺者から冒険者へジョブチェンジ!
8、レオンハルトは肉を食うことしか考えてない
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王都を取り囲む城壁を抜けしばらく馬を走らせると、家屋が少なくなり緑が増えてきた。護衛の役目を果たすために周りを警戒しつつペイルの背にゆらゆらと揺られて進む。
「あんたが竜化して飛べばもっと早くライムライトに帰れるんじゃないのか?」
「竜化はなぁ。目立つし、デカい身体は魔力をたんまり使うから疲れるんだよ」
飛ぶことが出来れば障害物を迂回しなくていい分、早く目的地に着けるからいいなあと思っていたけれど、竜化はそんな簡単に使えるものではないようだ。
今では馬車をはじめ、巨大鳥が曳く鳥車、小人河馬が曳く河馬車など、さまざまな車が街道を走っている。緊急時でもないのにわざわざ魔力を大量に消費して竜化までして早く帰郷するほどでもないのだ。
王都から辺境のライムライトまでは約一週間ほどの旅程となる。近くに街がある場合は宿にも泊まるが、基本は野宿だ。道程には見通しの悪い森や林もあり、盗賊や魔獣の襲撃に注意が必要だ。そのため商人が旅をする時は、信頼できる冒険者や護衛を雇うのが常だった。
まあこっちには『紅竜』のレオンハルトがいるから、滅多なことでは盗賊も魔獣も襲ってこないだろう。レオンハルトは魔王討伐の立役者として顔がよく知られている上に、顔を知らなくても特徴的な二本の竜の角を見れば一目で竜人だと分かる。それでも襲ってくる輩はよっぽどの自信家か身の程知らずだ。魔獣の場合は大型ならいざ知らず、小型の魔獣はそもそもレオンハルトから溢れる魔力が恐ろしくて寄ることもできない。魔物避けの香を焚くよりよっぽど効果がありそうだ。
おかげでレオンハルトが一緒にいるとそこまで気を張らずに旅が楽しめる。でもそれはそれで寂しいこともある。小型の魔獣の可愛さを堪能したいのに、レオンハルトの気配でみんな逃げてしまうのだ。
「あっ! 角兎だ! 真っ白ふさモフ! 触りたい! あ、逃げちゃった……。可愛かったのに……」
「うんうん、アイツの肉はシチューに入れてトロットロにとけるくらい煮ると味に深みが出て最高なんだぜ」
「あっ! 森猪の親子! うわぁ、うり坊かわい……あ、行っちゃった……」
「うんうん、ボアはしっかり血抜きしてから酒に浸けておくと、肉の臭みが無くなって美味くなるんだよなァ。焼いてもいいが、鍋にすると旨い」
そして! レオンハルトは食べることしか考えてない!!
「あー…、はは。ホーンラビットは真っ白で可愛いですよね。触ると毛がふさふさで絹のように手触りがいいですよ。ボアのうり坊は丸っこくてこれくらいの大きさの子が一番可愛いですよね」
レオンハルトの代わりに、御者席に座ったエリオットさんが僕の求める答えをちゃんと理解して答えてくれた。「可愛いね」の返しは「そうだね可愛いね」っていう肯定だけでいいんだよ。
女性は概ね共感してくれる人に好意を持ちやすい。肉、肉言ってばかりのレオンハルトはそんなだと女性に相手にされなくなるぞ。
日が中天に差し掛かる頃には周りの景色はすっかり変わり、見渡す限りの草原の中を、バークレー商会の荷馬車と僕たちが乗るバイコーンが連れ立って進む。ここまでの道のりは順調で、思ったより早く進んだ。魔物避けの代わりになったレオンハルト様様である。
道は整備された街道から、馬車の轍が何度も草原を踏み固めることにより出来た、いわゆるけもの道へと変わっていた。周りに僕たち以外の馬車はいない。草原フィールドは魔獣が群れで背の高い草に潜んでいることもあるから注意が必要だ。群れで襲って来るような魔獣はレオンハルトの気配でも怯むことはない。
「もうちょっと先に休憩するのにいい泉がある。そこで昼メシ食おうぜ」
レオンハルトが御者のハッシュさんに声をかける。ハッシュさんの隣に座ったエリオットさんがのんびりと頷くのと同時に僕のお腹が切なくクウゥゥっと鳴った。レオンハルトがずっと食べ物の話ばかりするからだ。
「ほら、あそこ」
レオンハルトが指を差した方を見ると、草原の遠くにこんもりと盛り上がった木立が見えた。
「ハッシュさん、あそこに泉があるからそっち向かってくれ」
「承知いたしました」
途中、二股に分かれたけもの道を左に曲がり、木立に向けて三十分ほど馬を走らせると泉に到着した。これまでも不特定多数がこの泉で休憩するために馬車を停めたのだろう。泉の前は草が薙ぎ倒されて小さな広場になっていた。
ペイルから降りたレオンハルトは背を反らし、腰をポキっと鳴らしてから草原の方を眼を眇めて見た。
「ん、じゃまあちょっくら見てくるわ。先に飯食ってな」
「はーい、いってらっしゃい」
草原の方へ歩いて行くレオンハルトの姿は一瞬にして周りの風景に溶け込んだ。
「うわ。【気配察知】しても全く気配を感じない。すごいな」
ここに来るまで魔物や盗賊に襲われないように出していたレオンハルトの殺気も気配も匂いも、何もかも感じなくなった。まるで最初からいなかったみたいに。
僕はペイルを木に繋げ、飼い葉桶に泉の水をたっぷりと汲んで置いた。ペイルは喉が渇いていたのか水をガブガブと飲み始めた。ここまで二人分の重さを乗せてきたのできっと疲れただろう。あとでブラシもかけてあげよう。
荷馬車の方ではエリオットさんが荷台に顔を突っ込んでなにやらガサガサと中を探っていたかと思うと、大きな絨毯のような分厚いテントシートをずるっと引っ張り出してドサっと泉のほとりに置いた。ハッシュさんは荷馬車の馬のために水を汲みに行っていていないので、僕はエリオットさんを手伝うことにした。
「重そうですね。手伝います」
エリオットさんと僕で左右を持ち、地面にシートを広げて敷いた。そのあとエリオットさんはもう一度荷台に頭を突っ込み、中から大きなバスケットを出してシートの上に置いた。
「これ、ドーラさんがお昼にって持たせてくれたんだよ」
バスケットの蓋を開けて中を見ると、衣をつけて油で揚げた肉を挟んだサンドイッチが大量に入っていた。パンに挟んだ肉は分厚く、真ん中がうっすらと赤い。なんの肉だろう。具が肉なのはレオンハルトの好みに合わせたんだろう。
「美味しそうですね」
夜見月亭の今日の朝食も美味しくてつい食べ過ぎてしまった。メインは近所の養鶏場で毎日仕入れているミニコカトリスの産みたてたまごを使った目玉焼きで、ぷっくりとした黄身にナイフを入れると、とろりと半熟の黄身がつややかな白身にとろけ、口に入れるとまろやかな味わいが広がってとても美味しかった。
カリカリに焼いたベーコンとキャーロットと新鮮なブロッコーリを合わせた付け合わせのサラダも、野菜の歯応えとベーコンの旨味が酸味のあるマスタードとよく合っていたし、自家製ソーセージと野菜がゴロゴロと入った温かいポトフは朝の身体に活力を入れてくれた。さすが料理が自慢の宿。この食事が食べられるのなら、またぜひ泊まりたいと思わせる味だった。
朝食と一緒に出されたバターたっぷりの柔らかなロールパンはドーラさんの手作りだと聞いたけど、このサンドイッチに使っているパンもドーラさんの手作りなのか、とっても美味しい。
バスケットを一旦閉めて横に置き、ティーポッドに似た縦型のケトルに水を入れて、火をつけた携帯用魔道コンロの上に置いた。湯を沸かしている間にハッシュさんが手を拭きながら戻ってきた。
「レオンハルト様はどうされたんですが? 歩いて行くのが見えましたけど」
「ここから三キーロほど先に、二……いえ三人隠れているから見に行ったんじゃないかな」
人が隠れていると聞いたエリオットとハッシュさんはビクッと身体を震わせた。
「ま、まさか、と、盗賊ですか?」
「あ、ごめんなさい。違いますよ、安心してください」
僕の言い方が悪くて二人を怖がらせてしまった。笑顔で手を振って弁明する。
「こんな素人臭い隠れ方をする盗賊なんていません。これは……おそらく冒険者ですね。それも初心者かな」
草原に来たということは、草原ハイエナか草原大鼠の討伐依頼だろう。待ち伏せしている最中か。けれど隠れ方がなっちゃいない。気配がここまでダダ漏れだ。
「三キーロ先なんてよく分かりますね」
目の上に手を庇のように当て、遠くを見ていたエリオットさんが感心したように言った。
「草しか見えません」
「【気配察知】を使っていますから」
その気配察知を使っても、未だにレオンハルトがどこにいるのかが分からない。でも冒険者たちを見に行ったはずなので、彼らの近くにいるのだろう。
「先に食べてもいいと言ってましたから、いただいちゃいましょう」
三人分のカップを浄化してから中に茶葉を入れてお湯を注ぎ、サンドイッチに手を伸ばした。
…………………………………
【作中の補遺】
(side.作者 今回はおまけではなく設定みたいなものです)
作者です。
今回は、面倒臭がりな作者自らが作中に出てくるいろいろなものの名前や用語を説明したいと思います。野菜の名前は決して書き間違えたわけじゃないです! 補遺に書いていないもので誤字脱字がございましたらお教えくださいませ。
まずはがんばって運び屋さんの仕事している魔獣たち。
巨大鳥
でっかいヒヨコさんみたいな鳥。「◯の勇者の◯り◯がり」のフィー◯ちゃんみたいな鳥さんです。
小人河馬
水辺に棲む象のような大きさのピンク色のカバ。とても人懐っこくて扱いやすいが、ちょっと歩くのが遅い。
今回の作中に出てきた魔獣たち。読んで字の如くです。
角兎
頭に角が一本があるウサギの魔獣。毛が真っ白で半長毛のふさふさ。毛皮は服に、肉は食肉に、角は小物にと、全身が素材の宝庫。
森猪
森に住む猪。食肉。子どもは現実世界と同じく「うり坊」と呼ばれ、これは異世界から来た落ち人がそう言っているのを聞いて「何その呼び方、かわいい~」と思った現地人から広まり伝わった。
ミニコカトリス
雄鶏と蛇が合わさったような魔物。たまごは食用、肉もニワトリとほぼ同じ味がして、良くからあげにされて食べられるかわいそうな鳥さん。ミニなので、牛くらいの大きさ。養鶏場といえばコカトリスが飼われている。この世界では魔獣バジリスクを長い時間をかけて家畜化したものがコカトリスとなった。
食べ物です。
サンドイッチ……伯爵! は、異世界にいないのに、どうしてその名が伝わっているんでしょう……?
これも異世界・チキュウから来た落ち人が広めた食べ物だからです。この世界と異世界の名前が同じものはほとんどチキュウの落ち人が最初に作ったもの。リバーシ、からあげ、マヨネーズやマスタード、カレー、ケイの「K」というアルファベットなどもそう。なぜかチキュウのニホンから来た落ち人が伝えるのは食べ物系が多い。
野菜は少しだけ名前が違います。
キャーロット=人参のこと。ブロッコーリ=ブロッコリーのこと。
他にもキャベーシ(キャベツ)、レタース(レタス)、オニアン(玉ねぎ)、ホウレンソウ(ほうれん草)、パンプッキン(かぼちゃ)などなど似た名前の野菜がいっぱいあります。
距離。
ミーリ(ミリメートルのこと)
セーチ(センチメートル)
メトル(メートル)
キーロ(キロメートル)
時間。
1日は24時間。
月は一月、二月ではなく、「光の月」「火の月」「水の月」「風の月」「土の月」「闇の月」があり、ひと月が60日、一年は360日となっている。新年は「光の月」から。
例:私の誕生日は光の月53日です。
その他
太陽ではなく陽球がある。陽球は地球での太陽と全く同じ感じ。月は金色と銀色の二つあり、折り重なるように見える。金色の月が前。
どうやって陽球や二つの月が動いているのか不明。誰も大気圏に出たことがないからね。
また説明が必要なものが出てきたら、その都度ここで補遺します。
お読みいただきありがとうございました。
…………………………
「あんたが竜化して飛べばもっと早くライムライトに帰れるんじゃないのか?」
「竜化はなぁ。目立つし、デカい身体は魔力をたんまり使うから疲れるんだよ」
飛ぶことが出来れば障害物を迂回しなくていい分、早く目的地に着けるからいいなあと思っていたけれど、竜化はそんな簡単に使えるものではないようだ。
今では馬車をはじめ、巨大鳥が曳く鳥車、小人河馬が曳く河馬車など、さまざまな車が街道を走っている。緊急時でもないのにわざわざ魔力を大量に消費して竜化までして早く帰郷するほどでもないのだ。
王都から辺境のライムライトまでは約一週間ほどの旅程となる。近くに街がある場合は宿にも泊まるが、基本は野宿だ。道程には見通しの悪い森や林もあり、盗賊や魔獣の襲撃に注意が必要だ。そのため商人が旅をする時は、信頼できる冒険者や護衛を雇うのが常だった。
まあこっちには『紅竜』のレオンハルトがいるから、滅多なことでは盗賊も魔獣も襲ってこないだろう。レオンハルトは魔王討伐の立役者として顔がよく知られている上に、顔を知らなくても特徴的な二本の竜の角を見れば一目で竜人だと分かる。それでも襲ってくる輩はよっぽどの自信家か身の程知らずだ。魔獣の場合は大型ならいざ知らず、小型の魔獣はそもそもレオンハルトから溢れる魔力が恐ろしくて寄ることもできない。魔物避けの香を焚くよりよっぽど効果がありそうだ。
おかげでレオンハルトが一緒にいるとそこまで気を張らずに旅が楽しめる。でもそれはそれで寂しいこともある。小型の魔獣の可愛さを堪能したいのに、レオンハルトの気配でみんな逃げてしまうのだ。
「あっ! 角兎だ! 真っ白ふさモフ! 触りたい! あ、逃げちゃった……。可愛かったのに……」
「うんうん、アイツの肉はシチューに入れてトロットロにとけるくらい煮ると味に深みが出て最高なんだぜ」
「あっ! 森猪の親子! うわぁ、うり坊かわい……あ、行っちゃった……」
「うんうん、ボアはしっかり血抜きしてから酒に浸けておくと、肉の臭みが無くなって美味くなるんだよなァ。焼いてもいいが、鍋にすると旨い」
そして! レオンハルトは食べることしか考えてない!!
「あー…、はは。ホーンラビットは真っ白で可愛いですよね。触ると毛がふさふさで絹のように手触りがいいですよ。ボアのうり坊は丸っこくてこれくらいの大きさの子が一番可愛いですよね」
レオンハルトの代わりに、御者席に座ったエリオットさんが僕の求める答えをちゃんと理解して答えてくれた。「可愛いね」の返しは「そうだね可愛いね」っていう肯定だけでいいんだよ。
女性は概ね共感してくれる人に好意を持ちやすい。肉、肉言ってばかりのレオンハルトはそんなだと女性に相手にされなくなるぞ。
日が中天に差し掛かる頃には周りの景色はすっかり変わり、見渡す限りの草原の中を、バークレー商会の荷馬車と僕たちが乗るバイコーンが連れ立って進む。ここまでの道のりは順調で、思ったより早く進んだ。魔物避けの代わりになったレオンハルト様様である。
道は整備された街道から、馬車の轍が何度も草原を踏み固めることにより出来た、いわゆるけもの道へと変わっていた。周りに僕たち以外の馬車はいない。草原フィールドは魔獣が群れで背の高い草に潜んでいることもあるから注意が必要だ。群れで襲って来るような魔獣はレオンハルトの気配でも怯むことはない。
「もうちょっと先に休憩するのにいい泉がある。そこで昼メシ食おうぜ」
レオンハルトが御者のハッシュさんに声をかける。ハッシュさんの隣に座ったエリオットさんがのんびりと頷くのと同時に僕のお腹が切なくクウゥゥっと鳴った。レオンハルトがずっと食べ物の話ばかりするからだ。
「ほら、あそこ」
レオンハルトが指を差した方を見ると、草原の遠くにこんもりと盛り上がった木立が見えた。
「ハッシュさん、あそこに泉があるからそっち向かってくれ」
「承知いたしました」
途中、二股に分かれたけもの道を左に曲がり、木立に向けて三十分ほど馬を走らせると泉に到着した。これまでも不特定多数がこの泉で休憩するために馬車を停めたのだろう。泉の前は草が薙ぎ倒されて小さな広場になっていた。
ペイルから降りたレオンハルトは背を反らし、腰をポキっと鳴らしてから草原の方を眼を眇めて見た。
「ん、じゃまあちょっくら見てくるわ。先に飯食ってな」
「はーい、いってらっしゃい」
草原の方へ歩いて行くレオンハルトの姿は一瞬にして周りの風景に溶け込んだ。
「うわ。【気配察知】しても全く気配を感じない。すごいな」
ここに来るまで魔物や盗賊に襲われないように出していたレオンハルトの殺気も気配も匂いも、何もかも感じなくなった。まるで最初からいなかったみたいに。
僕はペイルを木に繋げ、飼い葉桶に泉の水をたっぷりと汲んで置いた。ペイルは喉が渇いていたのか水をガブガブと飲み始めた。ここまで二人分の重さを乗せてきたのできっと疲れただろう。あとでブラシもかけてあげよう。
荷馬車の方ではエリオットさんが荷台に顔を突っ込んでなにやらガサガサと中を探っていたかと思うと、大きな絨毯のような分厚いテントシートをずるっと引っ張り出してドサっと泉のほとりに置いた。ハッシュさんは荷馬車の馬のために水を汲みに行っていていないので、僕はエリオットさんを手伝うことにした。
「重そうですね。手伝います」
エリオットさんと僕で左右を持ち、地面にシートを広げて敷いた。そのあとエリオットさんはもう一度荷台に頭を突っ込み、中から大きなバスケットを出してシートの上に置いた。
「これ、ドーラさんがお昼にって持たせてくれたんだよ」
バスケットの蓋を開けて中を見ると、衣をつけて油で揚げた肉を挟んだサンドイッチが大量に入っていた。パンに挟んだ肉は分厚く、真ん中がうっすらと赤い。なんの肉だろう。具が肉なのはレオンハルトの好みに合わせたんだろう。
「美味しそうですね」
夜見月亭の今日の朝食も美味しくてつい食べ過ぎてしまった。メインは近所の養鶏場で毎日仕入れているミニコカトリスの産みたてたまごを使った目玉焼きで、ぷっくりとした黄身にナイフを入れると、とろりと半熟の黄身がつややかな白身にとろけ、口に入れるとまろやかな味わいが広がってとても美味しかった。
カリカリに焼いたベーコンとキャーロットと新鮮なブロッコーリを合わせた付け合わせのサラダも、野菜の歯応えとベーコンの旨味が酸味のあるマスタードとよく合っていたし、自家製ソーセージと野菜がゴロゴロと入った温かいポトフは朝の身体に活力を入れてくれた。さすが料理が自慢の宿。この食事が食べられるのなら、またぜひ泊まりたいと思わせる味だった。
朝食と一緒に出されたバターたっぷりの柔らかなロールパンはドーラさんの手作りだと聞いたけど、このサンドイッチに使っているパンもドーラさんの手作りなのか、とっても美味しい。
バスケットを一旦閉めて横に置き、ティーポッドに似た縦型のケトルに水を入れて、火をつけた携帯用魔道コンロの上に置いた。湯を沸かしている間にハッシュさんが手を拭きながら戻ってきた。
「レオンハルト様はどうされたんですが? 歩いて行くのが見えましたけど」
「ここから三キーロほど先に、二……いえ三人隠れているから見に行ったんじゃないかな」
人が隠れていると聞いたエリオットとハッシュさんはビクッと身体を震わせた。
「ま、まさか、と、盗賊ですか?」
「あ、ごめんなさい。違いますよ、安心してください」
僕の言い方が悪くて二人を怖がらせてしまった。笑顔で手を振って弁明する。
「こんな素人臭い隠れ方をする盗賊なんていません。これは……おそらく冒険者ですね。それも初心者かな」
草原に来たということは、草原ハイエナか草原大鼠の討伐依頼だろう。待ち伏せしている最中か。けれど隠れ方がなっちゃいない。気配がここまでダダ漏れだ。
「三キーロ先なんてよく分かりますね」
目の上に手を庇のように当て、遠くを見ていたエリオットさんが感心したように言った。
「草しか見えません」
「【気配察知】を使っていますから」
その気配察知を使っても、未だにレオンハルトがどこにいるのかが分からない。でも冒険者たちを見に行ったはずなので、彼らの近くにいるのだろう。
「先に食べてもいいと言ってましたから、いただいちゃいましょう」
三人分のカップを浄化してから中に茶葉を入れてお湯を注ぎ、サンドイッチに手を伸ばした。
…………………………………
【作中の補遺】
(side.作者 今回はおまけではなく設定みたいなものです)
作者です。
今回は、面倒臭がりな作者自らが作中に出てくるいろいろなものの名前や用語を説明したいと思います。野菜の名前は決して書き間違えたわけじゃないです! 補遺に書いていないもので誤字脱字がございましたらお教えくださいませ。
まずはがんばって運び屋さんの仕事している魔獣たち。
巨大鳥
でっかいヒヨコさんみたいな鳥。「◯の勇者の◯り◯がり」のフィー◯ちゃんみたいな鳥さんです。
小人河馬
水辺に棲む象のような大きさのピンク色のカバ。とても人懐っこくて扱いやすいが、ちょっと歩くのが遅い。
今回の作中に出てきた魔獣たち。読んで字の如くです。
角兎
頭に角が一本があるウサギの魔獣。毛が真っ白で半長毛のふさふさ。毛皮は服に、肉は食肉に、角は小物にと、全身が素材の宝庫。
森猪
森に住む猪。食肉。子どもは現実世界と同じく「うり坊」と呼ばれ、これは異世界から来た落ち人がそう言っているのを聞いて「何その呼び方、かわいい~」と思った現地人から広まり伝わった。
ミニコカトリス
雄鶏と蛇が合わさったような魔物。たまごは食用、肉もニワトリとほぼ同じ味がして、良くからあげにされて食べられるかわいそうな鳥さん。ミニなので、牛くらいの大きさ。養鶏場といえばコカトリスが飼われている。この世界では魔獣バジリスクを長い時間をかけて家畜化したものがコカトリスとなった。
食べ物です。
サンドイッチ……伯爵! は、異世界にいないのに、どうしてその名が伝わっているんでしょう……?
これも異世界・チキュウから来た落ち人が広めた食べ物だからです。この世界と異世界の名前が同じものはほとんどチキュウの落ち人が最初に作ったもの。リバーシ、からあげ、マヨネーズやマスタード、カレー、ケイの「K」というアルファベットなどもそう。なぜかチキュウのニホンから来た落ち人が伝えるのは食べ物系が多い。
野菜は少しだけ名前が違います。
キャーロット=人参のこと。ブロッコーリ=ブロッコリーのこと。
他にもキャベーシ(キャベツ)、レタース(レタス)、オニアン(玉ねぎ)、ホウレンソウ(ほうれん草)、パンプッキン(かぼちゃ)などなど似た名前の野菜がいっぱいあります。
距離。
ミーリ(ミリメートルのこと)
セーチ(センチメートル)
メトル(メートル)
キーロ(キロメートル)
時間。
1日は24時間。
月は一月、二月ではなく、「光の月」「火の月」「水の月」「風の月」「土の月」「闇の月」があり、ひと月が60日、一年は360日となっている。新年は「光の月」から。
例:私の誕生日は光の月53日です。
その他
太陽ではなく陽球がある。陽球は地球での太陽と全く同じ感じ。月は金色と銀色の二つあり、折り重なるように見える。金色の月が前。
どうやって陽球や二つの月が動いているのか不明。誰も大気圏に出たことがないからね。
また説明が必要なものが出てきたら、その都度ここで補遺します。
お読みいただきありがとうございました。
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