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3章 辺境の地ライムライトへ

18、盗賊たちは運の尽き

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※作中に残酷な描写があります。お気をつけ下さい。
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 お昼を食べてすぐ出発するはずが、『幻影ファントム』に巻き込まれたせいで僕たち一行の旅程は遅れに遅れていた。

 山岳地帯は陽が落ちるのが早い。明かりのない暗闇の中で馬を走らせることはできないし、野営地ではない場所で休むことになると山に棲む獣や魔獣に襲われる可能性も高くなる。

「少し急ぐか。馬には悪いが間道も使おう」
「はい」

 ハッシュさんが馬にムチを入れ、スピードを上げたペイルの背を追った。午前中は水辺スライムが逃げて行かないように『威圧』を出さないようにしていたレオンハルトだったが、今は積極的に出している。おかげで襲われることもなく、陽球が沈むギリギリの時間に滑り込むように予定していた野営地へと到着した。

 生活魔法でランタンを灯し馬車の荷台に括りつけると、全員で急いで野営の準備に入った。

 ハッシュさんが持っていた『害獣・魔獣避け』の中級スクロールを展開する。この『害獣・魔獣避け』は寄せ付けないというだけで完璧に来なくするものではないが、ないよりはあった方が安全だ。

 この『害獣・魔獣避け』スクロールは下級、中級、上級の三種類がある。ある程度効果が見込める上級は値が張るため、主に王侯貴族が旅行や視察時などに使用する。

 バークレー商会のような老舗商会や富裕層は中級、それ以外は下級を使用することが多い。稼ぎが良い高ランクの冒険者の中には中級スクロールをお守りがわりに持っている人もいるが、よっぽどのことがない限り使うことはない。

 と言うのもこのスクロール、持っていれば自分が持つ属性魔法以外の広範囲魔法を誰でも使うことができるメリットがある反面、一度展開してしまうと、もう同じスクロールを使うことができない、つまり一回使い切りだというデメリットがある。かけた費用に対して、効果があまり出ないーーコストパフォーマンスが悪いのだ。

 ハッシュさんは天幕テントの組み立てをしているレオンハルトと合流し、一緒に骨組みを組み始めた。二人とも手慣れているのかサクサクと天幕の形が組み上がっていく。

 僕とエリオットさんは焚き木になりそうな乾いた木の枝を近くで拾い集め、かまどを組んで火を起こし、手早く夕食の準備をはじめた。

 夕食といってもイチから作るのではなく、マジックバッグの中に入っている食べ物を出すだけだ。飲み物も、馬の飼い葉もバッグの中に入っている。さすが王家御用達の商会が使用するマジックバッグ、時間停止機能付きな上に容量が大きい。

 もちろんこの機能付き大容量マジックバッグも値段が高い。当たり前だが機能がつけばつくほど、容量が大きければ大きいほど値段が上がる。

 僕が持っているものは容量が少なく時間停止機能もついていないポーチ型のもので、一般的に流通しているマジックバッグ。ちなみに暗殺者ギルドからの支給品で、返すことができなくなったのでそのまま使っている。

 準備を終え焚き火の横に腰掛ける。暗闇の中で光る火の明るさ、寒さをしのぐ温かさ、炎のゆらめき、火が爆ぜる音。焚き火に当たっているとなぜか安心する。僕の隣で存在感がある男が豪快に串焼き肉を頬張っている。レオンハルトの真っ赤な髪が火に当たり、ますます紅蓮に染まっている。レオンハルトは自身の持つ属性の通りまるで火のようだ。火はいつでも当たり前のように人の営みの中心にある。

「そういえば夜中の見張りと火の番は必要ですよね」
「スクロールだけじゃ心許ないからな」

『魔獣・害獣避け』は気休め程度だと思っていたほうがいいし、朝まで火が消えないように見ている必要がある。そう考えるとやはり夜中の警戒はした方がいいだろう。

「じゃあ僕やりますよ。この中で移動中何もしていないのは僕だけですし、戦闘能力もあります」

 エリオットさんとハッシュさんは荷馬車の御者があるし、そもそも護衛の依頼人に寝ずの番をさせるなんてとんでもない。レオンハルトはペイルの手綱を握っている。僕は背に乗っているだけだ。

「子供一人に寝ずの番をさせるってぇのもなぁ」
「でも手が空いているのは僕だけですし。その代わり明日の移動中は寝させてもらいます」

 レオンハルトは思案顔で串についた肉の残りを歯で取って、串を火の中にひょいっと投げ入れた。

「分かった、頼む。だが何かが襲ってきても決して無茶はするな。どうせ俺は敵の気配を感じた時点で目が覚める。足止めさえしてくれりゃあとは俺がる」
「分かった」

 もし今夜、ここに盗賊が襲ってきたとしても、所詮は戦闘訓練を受けていない素人同然、束でかかってきても元暗殺者の僕なら倒すのは簡単だ。だけどレオンハルトは、いくら敵が悪者とはいえ今の僕が襲ってくる人間を殺せるのか、そうなったときにまた僕が罪悪感で苦しむのではないか、それを心配しているのだろう。だからせめて僕の代わりにレオンハルトがあとは俺がやると言ったのだ。これ以上僕に手を汚させないために。

 レオンハルトは過保護だ。

 パチっと火の粉が爆ぜて、遠くなりかけていた意識が覚醒した。
 焚き火の前で、膝を抱えて座った状態で少しだけ眠っていたようだ。最近は暖かい布団で寝て、美味しいものを食べてと満ち足りた生活を送っていたので気が緩んでいる。気を付けないと。

 夜風が肌を撫でる。今日は曇っているので、見上げても金と銀の二つの月は見えなかった。

「はあ……。まさか本当に襲ってくるとは。運が悪すぎだろ」

 意識を集中し、魔力を練り上げる。『気配察知』をしていなくても、チクチクと肌を刺す殺気が感じられた。一、二。斥候が二人に、遠くに一、二、三、………十三人が団体で集まっている。間違いない、盗賊だ。商会の荷馬車とテント、焚き火には子供が一人。僕でも襲う。ただ、そんな盗賊にとって都合がいいこの状態を罠ではないかと疑っているのか、探ってくるだけでまだ襲っては来ない。

 バークレー商会の二人は二人用の天幕で、レオンハルトは幌を張った荷台の荷物の隙間で座ったまま眠っている。けれど今はもう起きているだろう。盗賊はもうちょっと殺気を隠す努力をしたほうがいいと思う。

 斥候役の二人がこの場から離れて残った仲間と合流。しばらくして盗賊たちが動き出す。幌馬車の中に護衛が隠れていることは盗賊たちも予測しているだろうが、どうせ護衛が隠れていたとしても二、三人。多勢に無勢で自分たちが勝てると踏んだのだろう。

 まさかその隠れた護衛が『紅竜』のレオンハルトだとは思うまい。盗賊たちが一瞬で全滅する未来が見える。僕は座ったまま上半身を伸ばした。

「さてと、足止めすればいいんだよねーー『氷の壁アイスウォール』」

 風切り音と共に森の奥から飛来した矢は、矢の斜線上に氷魔法で作られた小さな、それでいて堅い氷壁にぶつかり地面に落ちた。氷には罅ひとつ入っていない。何本か矢が射掛けられたが、どの矢も壁に阻まれて僕に届くことはなかった。

「ちくしょう、襲撃に気付かれてる!!」
「それもあのガキ、氷属性の魔術師だ」
「全員でやっちまえ!」

 襲撃が気付かれたことで隠れる気が無くなったのか、がさりと音が鳴って樹々の間から男たちが飛び出してきた。手には弓矢、片手剣、曲剣、大剣など、さまざまな武器を持っている。盗んだものだろう、ぱっと見でも筋の良いものだと分かる。手入れさえしてあればきっと切れ味がいいだろうにもったいない。宝の持ち腐れってやつだ。

「この大地を凍てつく白銀に染めよーー『氷陣アイスエリア』」

 詠唱したのは凍らせる範囲がすこし広かったからだ。僕たちがいる場所を避けた周り一帯が氷の領域と化す。

「うわっ」
「なんだこりゃ!」

 子供だと思って甘く見たな。僕に向かっていた何人かの足は地面と一体化したかのように氷漬けされて動けなくなった。氷は足からピキピキと上半身へと上り、そしてあっという間に全身を覆う。人間の氷の彫刻の出来上がりだ。ただ、閉じ込めただけで殺してはいない。温めれば息を吹き返すだろう。

「お前の氷魔法、詠唱するとえげつねぇ威力だなぁ」
「あ、レオンハルトさん」

 いつの間にか幌馬車から降りていたレオンハルトがテントの入り口に立って、氷に覆われた世界を面白そうに眺めていた。

「げえ! 『紅竜』のレオンハルト!」
「なんでこんなところに!」

 レオンハルトの顔を見て蒼くなった盗賊たちが後退りしたかと思うと、身を翻して脱兎の如く逃げ出した。

 氷で拘束できなかった者は……、残り八人。襲撃した商会の馬車にSSS級冒険者が乗っているなんて滅多にあることではない。それも魔王討伐に尽力した『紅竜』だなんて。全く同情はしないけれど。今まで盗賊たちは上手く襲撃を成功させていたのだろう、けれどもう運は尽きた。最悪の形で。

「おーい、お二人さん。戦闘になるからしばらく顔は出すなよ~~」

 レオンハルトはテントに向かって二人に中から出ないように言い置くと、にこやかな笑顔で両指の関節を鳴らした。とっても良い音がした。

「あははははは~~」

 ガキッ!
「ぎゃあ!」

 ボキィ!
「うわっ!」

 バキィィィ!
「ぎゃああ!」

 静かな夜を切り裂くように盗賊たちの悲鳴が響く。

 バリバリバリッ! ピシャーーンッ!!
「ぐえっ」

 あ、馬を連れて行こうとした盗賊が雷に打たれた。ペイル、すごい。

「僕も援護を……って、これ、する必要がある……のか?」

 決着はほんの数分。
 完膚なきまでに叩きのめされ、無効化された盗賊たちは呻き声を上げ地面に転がっていた。手加減を一応したのだろう。手や足が本来の数ない者もいるが、死んだ者はいなさそう。

 レオンハルトは自分のマジックバッグをゴソゴソと漁り、中から捕縛用の縄を取り出して僕に手渡した。

「ケイは凍らせた方を頼む。俺はこっち」

 レオンハルトは呻いている盗賊たちを『束縛バインド』で動けなくしてから一人一人、縄で荒っぽく縛っていく。僕は凍らせた盗賊たちを氷から解放し、仮死状態になっているそいつらを一緒くたにして木に縛りつけた。

 ぽんぽんと手を叩いて立ち上がる。凍らせた奴らは朝になれば目覚めるだろう。

「こいつらどうするの? 街まで連れてく?」
「メレキオールに戻るのも面倒だし、グランダンナまではまだ遠い。このまんま山ん中置いていくしかねえだろ。一応グランダンナに着いたらギルドに報告しておくか」
「そうだね……」

 盗賊を捕まえた場合、三つの選択肢がある。

 まず選択肢一、その場で全員殺す。死体は魔獣たちが骨も残さず喰ってくれる。

 次に選択肢二、殺さずに縛ったままその場に放置。レオンハルトが選んだ選択肢がこれだ。ある意味これが一番残酷な結果になる。盗賊たちは魔物に襲われても縛られているため抵抗できず、生きたまま喰われる事になる。運が良ければ通りかかった人に街まで連れて行ってもらえるだろう。

 最後に選択肢三、街まで連れて行って衛兵に引き渡す。この場合、連れていく手間があるが、盗賊に懸賞金がかけられていると金が手に入る。盗賊は牢に入れられ尋問されて処刑となる。
 
 どの選択肢を選んでも、最終的に盗賊たちの命はない。死ぬのが早いか遅いかだけの違いだ。

 もしあのまま暗殺者ギルドで働かされていたら、僕の未来は盗賊と同じようなものだったのかもしれない。

「おい、ケイ。出発の準備を」
「ああ、うん。今行く」
 
 僕は盗賊たちから目を逸らし、踵を返してテントの方へと歩き出した。少し周辺が明るくなってきていた。間もなく夜明けだ。

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【おまけの補遺】
(side.ハッシュ・フォージャー スクロールについて説明再び)

 こちらに登場するのは二度目です。確か1章の<10、新人冒険者たちはおっさんと少年に説教される>でもスクロールはどのような物なのか? について説明をいたしました。

 今回、再びスクロールを使うこととなりましたので、スクロールについて復習したいと思っております。前回と説明が重複する部分が多いかと思いますが、よろしくお願い申し上げます。

 ああ、本文の内容にはあまり絡まないので、読み飛ばしても大丈夫ですよ。

 スクロールとは<広範囲魔法が籠められた巻物>で、開くと魔法が展開します。自分の持つ属性以外の魔法が籠められたスクロールが使えるといったように、自分の属性以外の魔法も使うことができます。

 ただしどのスクロールも一回使い切りとなり、一度開いてしまったスクロールはもう使用できません。

 さて、前回使った『結界』のスクロールを覚えていらっしゃるでしょうか。今回使用していないのはなぜ? とお思いの方もいらっしゃるでしょう。これには理由があります。実はこの『結界』、持続時間が短いのです。上級で三時間、下級だと半刻、いつも使用している中級ですとおよそ1時間半といったところでしょうか。その分、上級のものでもお手頃価格です。持続時間が短いため、主に休憩時に使用します。

 他にも欠点があります。この『結界』は害あるものは弾くのですが、害がないものには効きませんし、強い魔力をぶつけて壊したり物理で強引にこじ開けることも可能です。上級なら滅多に破られることはないかと思いますが、そうですね……、レオンハルトさまでしたら簡単に破ることができそうですね。
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