元暗殺者の少年は竜人のギルドマスターに囲われる

ノルねこ

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3章 辺境の地ライムライトへ

20、レオンハルトは手玉に取られる

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 その日はペイルの背ではなくバークレー商会の荷馬車の荷台に乗せてもらった。残念そうではあったが、レオンハルトは僕が荷馬車に乗るのを反対しなかった。

 次の野営地には四人もの護衛を引き連れた他の商会の人たちも泊まっていたこともあり、さすがに二日続けての盗賊の襲撃なんてものもなく、平穏無事に天幕テントを張った野営地を後にした。

 馬車がガタンと大きく揺れ、荷台で眠っていた僕は目を覚ました。油を差し忘れた機械人形のように身体がギシギシする。盗賊の襲撃や二日間の夜通しの火の番と、荷物に埋もれての睡眠は思っていた以上に身体に負担があったようだ。僕は重たい頭を上げると幌を手で避けて外を見た。

「おう、起きたか」

 馬車の隣でペイルを走らせていたレオンハルトが、顔を出した僕に気付いて声を掛けてきた。レオンハルトの肩越しに見える空に、鳥がバサバサと逃げるように飛んでいくのが見えた。

「あとどれくらいで着きそう?」
「んーー。いつもなら昼過ぎくらいにゃ着くはずなんだけどなぁ……」

 レオンハルトが言葉を濁したのは、さっきから断続的に続く地面の揺れと音のせいだ。

 進むにつれ、次第に大きくなっていく戦闘音。
 
 進行方向に見える遠くの森の中で、誰かが戦っている。さっき馬車が揺れたのも戦闘音に驚いた馬が歩を乱したせいだった。

「お~お、シュタイナーのやつ、派手にやってるな」

 レオンハルトが遠くを見て目を眇めた。目に魔力を感じるから『遠視』の魔法でも使っているのだろう。

「ええっと、確かギルマスで二つ名『流星ミーティア』の」
「そう。こんな遠くにいてもアイツの魔力をビンビンに感じるぜ。『流星ミーティア』を使ってやがるな。ベリウスが聞いたって言う風の噂は本当だったみてえだ」
「ああ、殺人大雀蜂マーダージャイアントホーネットが分蜂して新しい巣を作ったって話ね」

 シュタイナーの二つ名でもある土属性魔法『流星ミーティア』は、標的を指定した広範囲魔法で、幾つもの岩を指定した場所へ流星のように落とす上級魔法だ。

「シュタイナー以外にも冒険者が何十人かいるみてぇだ。レイド戦真っ最中って感じか。こりゃあ西と北の街道は使えねえかもしれねぇなぁ」

 レオンハルトの言った通り、僕たちが使うはずだった北街道の入り口は封鎖されており、討伐されたばかりの殺人大雀蜂マーダージャイアントホーネットの働き蜂が積み重なって街道に置いてあった。殺人大雀蜂マーダージャイアントホーネットは毒針、触覚、前翅、後翅、大顎、そして蜂蜜など、いろいろな部位がよい素材となる。さらに女王蜂クイーンビーを討伐できればいい金になるだろう。レイド戦でも一人一人に入る金は少なくない。

 同じパーティーメンバーらしき若い冒険者が数人立って、来る旅人たちを別の街道へ案内していた。その中の若い女性冒険者がレオンハルトの顔を見ると手を大きく振ってから歩み寄ってきた。どうやら顔見知りのようだ。

「レオンハルト様! 現在シュタイナー様が陣頭指揮を取って殺人大雀蜂マーダージャイアントホーネット討伐のレイド中なんです。こちらの街道は立ち入り禁止となっているので迂回をお願いします」

 広げた地図を覗き込んだレオンハルトの腕に、胸元が大きく開いた防御力の弱そうな服を着た女冒険者が絡み付き、豊かな胸を押し付けている。さすが魔王討伐の英雄サマはおモテになるようで。僕はレオンハルトのつがいらしいけれど、胸が痛むといった嫉妬心は微塵も湧いてこない。レオンハルトはただの知り合いの域を過ぎない。少なくとも今はまだ。

 見ている地図はギルド用のもので、離れたところにいる僕にも、一般用に売られているものより細かく書かれているのが分かった。貴族用のものになると、色がつき縮尺も正確なものになるらしいが、貴重なものなので各貴族家に収蔵されて外には出ない。

「今どこまで討伐が進んでる?」
「あらかた働き蜂は倒したので、半刻ほど前からシュタイナー様が女王蜂を相手取って戦ってます。討伐も間も無く完了しそうなので、夕刻までには撤収できそうです。シュタイナー様はさっきから『流星ミーティア』の魔法を頻繁に使っていらっしゃいますので、この街道に入るのは危険です。なのでこっちの道を使って、こう行って、こっちへ向かってください」
「分かった」

 レオンハルトは絡み付いた女冒険者の腕をやんわりと外して間を取り、地図をくるくると巻いて返した。道順が決まったようだ。手を挙げてすぐにこっちへ走り寄ってくる。

「ふっ、モテる男は辛いぜ……。なあなあ、俺がモテてケイは嫉妬した? 嫉妬したか?」
「全然。全く。これっぽっちも」

 とてもウザかったのでぶっきらぼうに答えると、僕の返事を聞いてレオンハルトは明らかに肩を落とした。

「そこは少しくらい気にしてくれよォ……」
「あーー、はいはい。さすがは英雄サマ、モテて羨ましいですね。ほら、さっさと行くよ! 早くグランダンナに入って武器をメンテナンスしてもらうんだから」

 僕はペイルに飛び乗ると、レオンハルトにさっさと後ろに座るように促した。

「ん、ほら。乗らないの? 早く行こう」

 ぱああぁと顔を明るくしたレオンハルトがいそいそと僕の後ろに乗り、僕を抱き込むようにしてペイルの手綱を握った。顎が僕の肩に乗るほどの、吐息がうなじに感じられるほどの近い距離。それはここまで乗せられてきた時よりも密着した、近い距離だった。

「相手を一旦落としてから優しく上げる。恋愛の常套手段だねえ」
「明らかにレオンハルト様が手玉に取られてますね」

 そんなことをバークレー商会の主従に言われているとはつゆ知らず、僕らは迂回路を使ってグランダンナの街へと入った。


  *


 グランダンナは山間に作られた自然豊かな環境にある街だ。温泉があるからか、硫黄独特の匂いが街全体を覆い、あちこちから湯気がもくもくと立ち上っている。

 ぐるっと迂回して東門から入った僕たち一行は、入街の手続きを終えて街に入った。

「うわ、かわいい」

 建物が小さくて、まるでミニチュアの街のようだ。王都は石やレンガで造られた建物が多かったのに対し、グランダンナは木を組んで造られた素朴な家が多い。

 線状に形成された街と山の間にはセイレーン川が流れている。川に沿うように道が作られており、道に沿ってドワーフや小人族ハーフリングが暮らす小さな民家や鍛冶屋などを中心とした生活必需品の店が立ち並んでいる。

 道を歩いていると、背に戦斧やピッケルを担ぎ、坑夫の姿をした小柄な者たちと多くすれ違う。ドワーフだ。男も女も地面につくほど長い髭を蓄えている。小人族ハーフリングも見かけるが、圧倒的にドワーフの姿の方が多い。

 この辺りはドワーフの工房が多いのか、そこかしこからカンカンという金属を槌で叩く音が響いている。さらに進むと旅人用の宿屋やヒト族が住む通常の大きさの家が小さい家と混在するようになる。ここまで来るとヒトの姿を多く見かけるようになる。冒険者ギルドもこの界隈にあるそうだ。

「なんだか遠近感が狂いそうです」

 通りを眺めたエリオットさんが嘆息した。気持ちは分かる。ドワーフや小人族ハーフリングの小さな民家の横に、二メトル(2m)超えのレオンハルトが立っていると、巨大化した人間が街を襲っているようにしか見えない。

 レオンハルトによるといつもはもっと冒険者が歩いているそうだが、この日はレイドに出ているのかその数は少ない。

「そこ、左に入って坂登って」

 僕たちの目的地は温泉付きの宿だ。そう、エリオットさんがぜひ行ってみたいと言っていた、竜が入ったと言われる温泉宿である。

 その宿は坂の中腹の赤い太鼓橋を越えた先に一軒だけ立っていた。通りすがりの宿よりも一回り大きく、朱が塗られた艶やかに光る柱にどっしりとした太い梁が印象的な、竜が入ったと喧伝したくなるのも分かるくらい立派な宿屋だ。さすがに竜の頭にタオルはないと思うけど。

「すごくないですか、ここ。お値段もそれなりにしそう……」
「まあ、それなりに、な。ただ、部屋に風呂が付いてねえ部屋ならそこまで高くはねえぜ」

 行くぞとレオンハルトに背を押され、宿泊手続きをするために宿の門を潜る。中に入ると一列に並んだ従業員たちに「いらっしゃいませ」と頭を下げられた。声と頭を下げる角度がきれいに揃っている。なんとも従業員教育が行き届いている。

「俺とケイは露天風呂つきの客室に泊まるぞ。金は俺が出す。エリオット、お前らは内風呂無しの部屋でいいと思うぞ。竜が入ったと言われる温泉は庭園にある大浴場だからな。そっちに入りたいだろ?」
「それは勿論!」

 すごく前のめりのエリオットさん。どれだけ竜が好きなんだ。

 ちなみに宿屋は基本一人部屋か二人部屋だ。だから泊まるときは僕とレオンハルト、ハッシュさんとエリオットさんという部屋分けになる。

「僕たちも内風呂無しの部屋でよくない? さっき風呂付きの部屋は高いって言ってたじゃないか」
「……そこいらの男にケイの肌を見せるわけねえだろ」
「? 今なにか言った?」
「いや? 俺が泊まるときはいつもこっちなんだよ。他の奴らに煩わされるのが面倒でな」

 宿屋の主人の顔を見ると、豊穣の神様のようなふくよかな顔でニコニコ笑って頷いている。いつも泊まっているというのは本当のことのようだ。

「あとで一緒に部屋の露天風呂入ろうぜ」
「お断りだ! おまえ、ぜったい変なことするだろ!!」

 やっぱり僕一人だけ別の安い宿屋に泊まろうかと真剣に考えた。

「あの、あのっ! 竜が温泉に入っていたとは本当の話なんでしょうか?」

 僕たちがつまらない言い合いをしている間に、エリオットさんが宿屋の主人へと詰め寄っていた。後ろでハッシュさんが必死になって止めている。ハッシュさんに白髪が多いのはもしかしなくてもエリオットさんのせい……なのかもしれない。

「露天風呂に入った竜を見たのは先先代、わたくしの祖父です。月見を楽しむために光量を落としており、薄暗かったことと湯けむりではっきりとは見えなかったそうですが、竜らしきシルエットを持つなにかが、頭の上に白いタオルのようなものを乗せて露天風呂に入っていたそうです。まあ、先先代は目が悪く、見間違えたのでしょうが……。わたくしも、わたくしの父も話半分で聞いておりました。しかしその話が面白半分に周りに広がって、頭にタオルを乗せた竜が入った温泉ということに……」

 エリオットさんの勢いに驚きながらも、主人はゆっくりとお祖父さんから聞いたという話をしてくれた。興奮したエリオットさんは目をキラキラさせて、主人の言葉に被せるように勢いよく喋り出した。

「何と! お祖父様はすごいものを見られたのですねっ! 大きさはどれくらいだと言ってましたか? 翼はありましたか? その竜は何色だったんでしょう! うーん、身体を温めるため? それとも怪我でもしてたのかな? 水竜なら水に入るのもおかしくないかも。はっ! 蜥蜴頭人リザードマンを竜と見間違えたという線も……」

 怒涛の勢いで質問責めにしていたが、今度は顎に手を当ててぶつぶつと考え込んでしまう。色々と想像したり考察したりするエリオットさんはとても楽しそうだ。

 ようやく解放された宿屋の主人は少し乱れてしまった服を整えてから踵を合わせピシッと直立した。指の先まで真っ直ぐな、綺麗な立ち姿である。

「もし祖父の話が嘘でも、そのおかげでこうして『紅竜』がうちの温泉に入りにきてくれるようになりましたので、竜が温泉に入ったという噂は本当になりました」

 いつもありがとうございます、と満面の笑みで主人は頭を下げた。
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