元暗殺者の少年は竜人のギルドマスターに囲われる

ノルねこ

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3章 辺境の地ライムライトへ

【間話】『I(アイ)』と『A(エース)』後編

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「ギルドの本拠地を教えたのは、レオンハルトに毒を盛ったギルドの協力者って聞いてたよね。だけど彼が教えたのはギルドの支部、酒場の『錦衣玉食きんいぎょくしょく』だった」

 このギルドの協力者というのは、怪我や病気で暗殺者を続けられなくなった元『深海』のメンバーや、元裏稼業に従事していた人間がしている。辞める時、奴隷印に新たに秘密保持契約が追加され、前職のことや協力者であることを暴露すると死ぬことになる。

「ギルドを辞めたとはいえ彼には暗殺者としての矜持が残っていたということだろう。苦し紛れに教えた『錦衣玉食』は支部とはいえ規模が一番小さい所だったから、彼にしてみればそこを教えてもギルドの被害は少ないとみたんだろうね。だけどそれがまずかった」

 レオンハルトの運が良かったのか、それともギルドが壊滅する運命だったのか。レオンハルトが酒場に着いた時、たまたま『錦衣玉食』にはオドネルがいた。

「裏カジノで有り金をはたいて一文無しになっていたオドネルは、元ギルドのボスだったという地位を笠に着て、拠点を転々としてタダで衣食住を提供させていた。そこにレオンハルトが現れて、オドネルはちょいっとボコられただけで簡単にギルドの本拠地を吐いた」
「なるほど、ちょっとってくる」

 今すぐにでもオドネルの元へ乗り込まんばかりの勢いで立ち上がったエースをアイは押し戻した。

「落ち着けって。お前、オドネルがどこにいるか知らないだろ。今ヤツは第三騎士団に捕縛されて牢にいる。それも『深海』所属の暗殺者たちとひとまとめにな。牢にいるメンバーと逃げ延びたメンバー双方に、オドネルがギルドの本拠地をレオンハルトにバラしたって情報を流しておいた。お前が手を汚さなくてもいずれ誰かに八つ裂きにされるだろうさ」

 アイの話を聞いたエースは目をパチパチと瞬かせたあとソファにどっと座った。髪を掻き上げてくつくつ笑う。

「……ふ~ん、なるほど。アイってば仕事ができる男だねぇ」
「俺は情報を流しただけだよ」
「たったそれだけで第三騎士団の動きまで牽制するなんてね。さっすがぁ」

 アイが情報を流した事により、オドネルは牢の中と外両方から命を狙われることになった。暗殺者ギルドのメンバーを捕縛する任を請け負っている第三騎士団は、牢に入っているオドネルが害されるのを防ぐため、監視に人員を割かなくてはいけなくなった。結果、メンバーを捕縛する人数が減ったため、メンバーが逃走しやすくなった。

 そしてエースも騎士団の邪魔が入りにくくなった事により、『K』を追いかけることが楽になったという訳だ。

「オドネルみたいな小者にかかずらっている時間はエースにはないだろ?」
「そうだね……。うん、ありがとうアイ」

 エースは滅多に感謝の言葉を言うことはないが、この時ばかりは素直にありがとうの言葉が出た。アイは一瞬虚を衝かれた顔をした。

「まさかエースに感謝される日が来るなんてな。あ、あとこれ、頼まれてた相手の情報と身分証明のカード」

 照れた顔を隠すように固められた前髪をぐしゃぐしゃと掻き回したアイは、デスクの引き出しを勢いよく開けて冊子のようにまとめられた書類とギルドカードを取り出した。ちなみに紙をまとめ、糸を使ってわざわざ冊子のように綴じたのはアイである。変なところで細かい男なのだ。

「さんきゅ」
「しかしエースも考えたな。確かにコイツに成り代わったら確実にライムライトに行くことになるし、レオンハルトともお近づきになれる。この姿なら奴も油断するだろうし、殺すことも不可能じゃないだろう」

 アイが渡した冊子には、エースが次に成り代わる人物の情報が集められていた。

 エースは渡された冊子をめくり、一頁ずつじっくりと読み込んでいく。ありとあらゆる情報が微に入り細を穿つようにアイの手で丹念に調べ上げられている。しばらくの間、部屋には紙をめくる音だけが響いていた。

 別にこの情報がなくてもエースはその人の外見、内面を模倣してほぼ完璧に近い状態で相手に成り代わることができるが、わずかでも違和感を覚えられないように、こうして毎回成り代わる者の情報をアイに集めてもらって情報を読み込み、完全にその者に成り代われるようにする。完璧主義のエースは少しの妥協も許さない。

 冊子の最後には決行日の警備のタイムテーブルと警備員の名前、宿屋の見取り図、周辺の地図が添付されていた。エースに説明を求められアイが一つずつ指をさして詳しく説明していく。

「入れ替わるのはここの大通りを一本入った所にあるメレキオールの宿屋。宿屋の見取り図はこれで、泊まる部屋は二階のこの部屋だ。睡眠香が焚いてあるから部屋に入る時はマスク必須でな。二つ離れたこの部屋にいる女に引き渡してくれ。こっちが夜間警備員の動きだ」
「おお~、よくここまで調べたね。アイすっごい!」
「仕事だからな」
「それができないやつが多すぎるんだよ。じゃ、金はいつものところに入金しとくね~」

 良い仕事をしてくれたアイに対しエースは報酬に色を付けて渡すことにした。

「あ、一つ確認。成り代わった後の本物さんはその後どこ行くの? 本物さんと鉢合わせしないように避けないといけないから、一応居場所を確認しておきたいな」

 エースが向かうライムライトと王都は距離があり過ぎて、互いが出会うことはおそらくもうないが、万が一ということもある。

「魔法で髪色と外見を変えて、軽い記憶操作をしたあとにギルドと縁が深い商会か酒場で働かせることになっているらしい」
「そっか。ちゃんと居場所が決まったら教えてね」

 成り代わった相手とどこかで遭遇し、周りに疑いを持たれてしまわないように、エースは極力相手の居場所を把握するようにしている。まあいざという時は、生き別れになった双子の兄弟とか、世の中には同じ顔が三人いるだとか、ドッペルゲンガーだとか言い訳するつもりだが。だが今までそんな面白いことになったことはない。

「よし、じゃあ試しにちょっと『変身メタモルフォーゼ』してみるね~。アイ、違和感があったら言って」
「ああ」

 エースの身体がぐにゃりと形を無くし闇に溶けたかと思うと、次の瞬間にはすでに別人の姿に変わっていた。そのあまりの精度に思わず感嘆のため息が漏れる。

「いつもながらすげえな。本人にしか見えない」
「そう? ぼくも向こうもよく知ってるアイが言うなら安心だな。あ、でもこんな若い姿じゃこの店を出るときに絡まれちゃうか」

 てへ、っと舌を出すと、エースは瞬時にさっきまでの平凡な男の姿に戻った。機嫌良く口笛を吹きながら冊子と身分証を手早くまとめて腰のポーチ型マジックバッグに仕舞う。機嫌がいいのはようやく『K』を連れ戻すための準備が整ったからだろうなとアイは思った。

 今日までエースは前の任務を強引に終わらせ、アイに連絡を取り、依頼人の王子を手にかけ、騎士団から逃げと、暗殺者ギルドが壊滅したことによって被った様々な面倒ごとを終わらせてようやく王都を出る算段が立ったばかりだった。

 本来『A』ナンバーを持つ者は将来、暗殺者ギルド『深海』の首領になってアイ達を統べる存在になるはずだった。周りの者たちもエースに傅くことを望んでいたし、また暗殺者としての実力も申し分なかった。エースがギルドを立て直す、もしくは新しく作ったとしたら、エースを首領として幾らでも忠誠を誓う者がいる。もちろんアイもその一人だ。

 だからアイは本心ではエースにライムライトに行ってほしくなかった。アイたちが信奉し、統率者となってもらいたいと思っている人をむざむざと死地に赴かせたくない。レオンハルトとエースとの戦いとなればどちらも無傷ではいられないだろう。

 でもエースは自分たちの上に立つ事よりも愛弟子をレオンハルトの元から連れ戻すことを優先にした。

(エースは自分がいないうちに横から掻っ攫われてしまったお気に入りのおもちゃを取り返しに行くだけだと思っているんだろうけどさ)

 けれどアイの目から見ると、ギルドのトップの座を蹴り、死ぬかもしれないのにわざわざ遠く離れたライムライトまで出向き『K』を奪い返しに行く、というエースの行動はどう見てもーー。

(執着、と言うよりは)

 『K』に好意を持っているとしか思えなかった。

(そして本人はそのことに気付いてない。エースの育ちを考えれば恋心や愛情なんか知らないんだろうけど)

 そしてレオンハルトもある意味『K』に執着している。つがいを感じる能力がない人間にしてみれば、つがいも執着も似たようなものだ。

「なあエース。『K』を連れ戻しに行くのはいいが一筋縄ではいかないぜ。だってレオンハルトは『K』のことを自分のだと公言してるんだぜ。竜族の運命のつがいについてはエースも知ってるだろう? 『K』がその運命ならレオンハルトは絶対に『K』を手離さないだろう」

 竜族の運命のつがい。半身であり魂の片割れ。出会った瞬間にそれと分かり、相手以外見えなくなる。たとえ配偶者や恋人がいようとも強引に自分のものにしようとするため、獣種によるヒト拉致誘拐事件は珍しくない。

 特に竜族は多種族よりもつがいを溺愛する傾向があり、他の者の目に触れさせないように囲い込み、巣に篭っていっさい外に出そうとしない。

 まさしく『執着』だ。

「運命とかつがいとかよく分かんないんだけどさ。繋がってるものは断ち切っちゃえばいいじゃん」

 何処かから出したバタフライナイフの柄を愛おしそうに撫でながらエースはこともなげに答えた。

 傲慢にも見えるエースの強さに裏付けされた自信がアイには眩しく見える。神が決めた運命の絆を断ち切るなんてことは不可能に思えるが、エースが言うととても簡単にできることだと思ってしまう。

 無事に、帰ってきて欲しい。生きてさえいれば。
 アイは強く、強くそう思った。

「じゃあぼくはそろそろ行くね。あ~あ、ライムライト行くのいつぶりだろ。もう王都に戻ることはできないかもしれないなあ……」

 エースはレオンハルトと相容れない。戦いになれば確実にどちらかが死ぬ。負ける確率は自分の方が高いとエースには分かっていた。それでも。

 自分よりも強い相手と戦うのは、とても愉しそうだ。

 (待っていてね、ケイ。すぐに迎えに行くから)

 

 …ーーましてやな相手を奪うために戦うのはーー…






 あれ?
 ぼく、今何を思ったんだっけ?

 エースは首を傾げた。



 エースには感情というものがよく分からない。

 人格や情緒が形成される幼少期、エースは魔術師によってたくさんの子供と共に地下牢に囚われていた。周りは食料エサを奪い合う敵ばかりで、裏切りや殺し合いは日常茶飯事。そんなエースが牢の中で学んだ感情は、痛い、怖い、憎い、辛い、悲しい、悔しい、など負のものばかりだった。いまだに子供っぽい喋り方をするのも、誰かと会話をすることが極端に少ない環境にいたからだ。

 だからエースは陽の感情が理解できない。
 誰からも与えられなかったから。
 
 

 (ん~? なんか胸のあたりがちくちくする。何だろこれ、むっちゃ気持ち悪い)
 
 エースは残った茶菓子を口に放り込むと、冷めてしまった紅茶と一緒に違和感を飲み込んだ。

 


 ーーーそれが芽生えたばかりの『愛情』という感情だと気付かずに。
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