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序章1 超常の力! 恐怖の奈美坂精神病院!
第5話 劣等感
しおりを挟む左肩の怪我は回復したが、あの日以来、隼人は香代をさけるようになっていた。同じD型の超常能力を持ちながら、香代は銃弾をよけることができるほどのレベル。彼にはそれができない。みじめな劣等感が、隼人と香代の間にカベを作ったのだ。
「あら?隼人、こんにちは」
久しぶりに廊下ですれ違ったとき、香代はいつも通りにあいさつをしてくれた。隼人は軽く頷くと、すぐにその場を立ち去ろうとした。
「まだ、怒ってるのね……こないだのこと」
頭のいい彼女がさけられていることに気づかないはずがない。だが、理由については勘違いしていた。怒ってなどいない。カッコ悪い、ただの嫉妬と、ちっぽけなメンツを潰された男の意地だ。
「あたし、何度でもあやまるから。だから、もう許してちょうだい」
美人で、いつもハツラツとしていた香代のそんな言葉を聞いて、胸がグチャグチャに握り潰されたような不快さを感じた。なぜ、そこまでするのだろうか。悪いのは、香代にかなわない隼人のほうである。
数日後、トレーニングを終えたあと、隼人の部屋の前に香代が立っていた。
「あっ、隼人!」
寄りかかっていた壁から身をはなし、香代が近づいて来る。
「ご飯まだでしょ。いっしょ行こ?」
だが少年は、差し出された彼女の手を軽く払い、疲れていると言いながら部屋のドアを開けた。
「待って!待ってよ。今日はあたし、あなたに話があって……」
隼人は振り向きざまに、香代に向かって怒鳴った。罵声を浴びせたのだ。その内容は、彼女の人格をおおいに傷つけ、当分、立ちなおれなくするほどに“効果的"なものだった。
「隼人……今、何て言ったの……?」
それを聞き、気持ちが良かった。香代は、いつも自分の前を歩いていた。そんな彼女に対し、“やり返す"ことが出来た。そんな風に思った。だから、もう一度言ってやった。香代の顔が、真っ青に染まってゆく。最高だ。この世が終わるとき、人間はこんな顔をするのだろう。
「隼人……ひどい……」
香代は涙を流した。銃弾をよけそこなってから、この女はやけに自分に媚びてくる。当然だ。悪いのは、けしかけた君のほうだ。
言いすぎたと気づいたのは、ほんの数秒後のことだった。だが、喧嘩を売った以上、あとには引けない。隼人は乱暴にドアを閉めた。このときの香代の顔を、彼は生涯、忘れることはなかった。
奈美坂精神病院から、香代の姿が消えた。職員からの発表によると、彼女は“戦場"に送られたらしい。
香代は話があると言っていた。それは、隼人に別れを告げるためだったに違いない。そして彼は、それすら聞かずに、みっともない嫉妬から、ひどいことを言ってしまったのだ。
奈美坂の子供グループの中でも、リーダー的ポジションにいた香代は、D型の超常能力者として、“実戦レベル"に到達したと判断され、研修を兼ね、戦場に送られたということらしい。反射神経に優れたD型は、前線に配置されるとのことだった。
数日間、隼人はふさぎ込み、食事も喉を通らない毎日が続いた。 いつでも自分に優しかった香代に、あんなひどいことを言った申し訳なさと後悔。そして、彼女がいなくなった寂しさから集中力がなくなり、トレーニングでもミスを連発するようになった。職員によるカウンセリングが何度か行われたが、隼人は本当のことは言わなかった。そもそも、自分が悪いのだから言えなかった。ちっぽけだが、それなりのプライドもある。 それでも奈美坂側は、銃弾をよけることができなかった恐怖と、仲良しだった香代がいなくなったことによるストレスであると判断したのだからすごいものだ。ほとんど当たっていた。
僕は香代のことが好きだった……
自分の心には薄々気づいていた。いなくなってから認めることになるとは最悪だと思った。人生の中で、とりかえしのつかないことがあるということを小柄な少年は初めて知り、思い知らされた。香代が帰ってきたら、ちゃんと謝ろう。
数日後。夕食のあと、急な全体集合がかかった。 何事だろうかと、研修生たちが騒ぐ中、奈美坂の職員の口から以下のことが告げられた。
香代が“戦死"したのである。
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