“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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序章1 超常の力! 恐怖の奈美坂精神病院!

最終話 脱走

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 香代が死んだ……


 そう聞かされたとき、隼人は足もとがグラつくような錯覚に襲われた。 一瞬、視界が狭まるような不快感。 ここにいるみんなが、同じ思いをしただろう。誰からも、好かれていたからだ。


 “戦場"で香代は、現地難民の子供を救うため地雷原に飛び込み、死んだそうだ。彼女の体は跡形も残らなかったらしい。


 “あたしたちは人のために生きていくべきなんじゃないかしら。特別な力を持っている以上、どこの誰だか知らない人であっても、その人たちのために"


 香代はかつて、そう言っていた。面倒見の良かった彼女だが、全くの他人の命の面倒まで見る必要なんてないじゃないか……


 部屋に戻った隼人は、一晩中泣き明かした。涙が枯れることはなかった。





 それ以降、彼は奈美坂精神病院と超常能力開発機構に対する、ある疑いを持つようになっていった。


(先日の銃弾をよけるトレーニングといい、香代のことといい、奴らは僕たちのことを“道具"扱いしているんじゃないのか?もし、そうだとしたら、僕もいずれ香代と同じ目に遭うのかもしれない)





 そして……“事故"が起こる。





“火事だ!" 


 誰かが叫んだ。炎を生み出し、操る能力を持った“F型"の研修生の力が“暴発“したのである"。耐火耐震構造の奈美坂精神病院の外壁が燃えることはない。火がついたのは内部である。


 力を制御できなくなりパニックに陥った研修生が悲鳴をあげながら外に出た。両手から生み出された炎が渦を巻き、庭の木々に燃え移った。 


 大火災になった。火の粉をあげた奈美坂が暗天の夜空を赤く染める。研修生たちは建物の外に避難し、そして、職員たちは慌てふためいている。建物の中は、スプリンクラーが作動し、被害は最小限ですんだが、外はそうはいかない。一面、火の海である。 


 みなが表門から逃げ出す中、隼人はぼうっと紅蓮に染まる庭を見ていた。誰も彼のことなど見てはいない。そんな余裕はない。 


 駐車場がある裏門は無事だった。だから、誰もいない。すぐ裏が燃えているにもかかわらず、そこは真っ暗だった。それに気づいたとき、少年は駆け出した。逃亡を決意したのである。





「逃げる、逃げられるんだ!今なら……」


 隼人は走った。自身を鼓舞し、振り返りもせず、ただひたすらに。


 奈美坂精神病院は、鹿児島県S市の外れの山中に位置するが、車が通れるほどに道路が舗装されていたことが幸いした。下りの道は、バランスをとることが難しい反面、疲れは感じさせないものである。一度、転んで、膝から血が出ているが、ヒリヒリするだけで逃走に影響はないようだ。何度か消防車の集団と出くわしたが、その都度、脇の林に飛び込んで身を隠した。

 
 何度か外出したとき、車窓から見た風景を覚えているつもりだったが、夜の景色は、それとは全く違うことに気づき、少年は記憶に頼ることをやめた。街へ出て警察にでも見つかったら、連れ戻されるかもしれない。危険と恐怖を承知で、狭い県道へ入った。


 そこに入る直前、隼人は初めて後ろを振り返った。彼が一年ほど過ごした奈美坂精神病院の方角が、真っ赤に燃えている。共に生活していた仲間たちのことが気にはかかるが、逃げ出すチャンスをふいにもできない。


 夜空に咲く月光が、彼を助けた。と言っていいだろう。車がすれ違うのも困難な狭い道路に照明などひとつもないが、月明かりに浮かぶ白いガードレールを辿れば、正確に走ることができた。日付が変わり、夏の深夜の重い空気に淀む田舎道には都合よく車も通らない。ひとりの少年の逃走劇は、良好な偶然のもとに行われた。





 数時間後。


 途中で見つけた小さな墓地の水道で、たらふく水を飲むと、向かいに廃屋があることに気づいた。かすかに明るくなった空の下、身を隠すため入ったその廃屋の倉庫に寝ッ転がると、自然と独り言が漏れだす。

 
「逃げ切れた、のかな?」


 今にも崩れ落ちそうな、埃っぽい木造の天井を眺めていると、次第に笑いがこみ上げてきた。緊張と疲労で空腹は感じない。だからこそ隼人は、あっさりと眠りにおちることができたのだ。




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