6 / 146
序章1 超常の力! 恐怖の奈美坂精神病院!
最終話 脱走
しおりを挟む香代が死んだ……
そう聞かされたとき、隼人は足もとがグラつくような錯覚に襲われた。 一瞬、視界が狭まるような不快感。 ここにいるみんなが、同じ思いをしただろう。誰からも、好かれていたからだ。
“戦場"で香代は、現地難民の子供を救うため地雷原に飛び込み、死んだそうだ。彼女の体は跡形も残らなかったらしい。
“あたしたちは人のために生きていくべきなんじゃないかしら。特別な力を持っている以上、どこの誰だか知らない人であっても、その人たちのために"
香代はかつて、そう言っていた。面倒見の良かった彼女だが、全くの他人の命の面倒まで見る必要なんてないじゃないか……
部屋に戻った隼人は、一晩中泣き明かした。涙が枯れることはなかった。
それ以降、彼は奈美坂精神病院と超常能力開発機構に対する、ある疑いを持つようになっていった。
(先日の銃弾をよけるトレーニングといい、香代のことといい、奴らは僕たちのことを“道具"扱いしているんじゃないのか?もし、そうだとしたら、僕もいずれ香代と同じ目に遭うのかもしれない)
そして……“事故"が起こる。
“火事だ!"
誰かが叫んだ。炎を生み出し、操る能力を持った“F型"の研修生の力が“暴発“したのである"。耐火耐震構造の奈美坂精神病院の外壁が燃えることはない。火がついたのは内部である。
力を制御できなくなりパニックに陥った研修生が悲鳴をあげながら外に出た。両手から生み出された炎が渦を巻き、庭の木々に燃え移った。
大火災になった。火の粉をあげた奈美坂が暗天の夜空を赤く染める。研修生たちは建物の外に避難し、そして、職員たちは慌てふためいている。建物の中は、スプリンクラーが作動し、被害は最小限ですんだが、外はそうはいかない。一面、火の海である。
みなが表門から逃げ出す中、隼人はぼうっと紅蓮に染まる庭を見ていた。誰も彼のことなど見てはいない。そんな余裕はない。
駐車場がある裏門は無事だった。だから、誰もいない。すぐ裏が燃えているにもかかわらず、そこは真っ暗だった。それに気づいたとき、少年は駆け出した。逃亡を決意したのである。
「逃げる、逃げられるんだ!今なら……」
隼人は走った。自身を鼓舞し、振り返りもせず、ただひたすらに。
奈美坂精神病院は、鹿児島県S市の外れの山中に位置するが、車が通れるほどに道路が舗装されていたことが幸いした。下りの道は、バランスをとることが難しい反面、疲れは感じさせないものである。一度、転んで、膝から血が出ているが、ヒリヒリするだけで逃走に影響はないようだ。何度か消防車の集団と出くわしたが、その都度、脇の林に飛び込んで身を隠した。
何度か外出したとき、車窓から見た風景を覚えているつもりだったが、夜の景色は、それとは全く違うことに気づき、少年は記憶に頼ることをやめた。街へ出て警察にでも見つかったら、連れ戻されるかもしれない。危険と恐怖を承知で、狭い県道へ入った。
そこに入る直前、隼人は初めて後ろを振り返った。彼が一年ほど過ごした奈美坂精神病院の方角が、真っ赤に燃えている。共に生活していた仲間たちのことが気にはかかるが、逃げ出すチャンスをふいにもできない。
夜空に咲く月光が、彼を助けた。と言っていいだろう。車がすれ違うのも困難な狭い道路に照明などひとつもないが、月明かりに浮かぶ白いガードレールを辿れば、正確に走ることができた。日付が変わり、夏の深夜の重い空気に淀む田舎道には都合よく車も通らない。ひとりの少年の逃走劇は、良好な偶然のもとに行われた。
数時間後。
途中で見つけた小さな墓地の水道で、たらふく水を飲むと、向かいに廃屋があることに気づいた。かすかに明るくなった空の下、身を隠すため入ったその廃屋の倉庫に寝ッ転がると、自然と独り言が漏れだす。
「逃げ切れた、のかな?」
今にも崩れ落ちそうな、埃っぽい木造の天井を眺めていると、次第に笑いがこみ上げてきた。緊張と疲労で空腹は感じない。だからこそ隼人は、あっさりと眠りにおちることができたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
合成師
あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる