“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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序章2 運命の夏の日! 美少年と謎の男

第1話 出会い

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 8月1日の朝。


 真夏の暑さは、まだ本領を発揮していない時間だが、快晴のため、陽射しはすでに強かった。逆光線が浮かび上がらせる田舎集落の風景は、意外なほどに情緒に欠けている。朽ち果てたボロ家と、限界まで伸び切った草、格好の良くない樹々の存在が、その理由だろう。


 夏特有の重ッ苦しい風が吹き、そこを歩く60歳ほどの男と、小学生ほどの少女の会話を運んできた。


「今日も、暑くなるのかな……」

  
 おさげの髪と大きな目をした、大柄でかわいい女の子である。田舎の娘らしく、よく日に焼けているが、声は小さく活発そうな感じではない。


「おや?啓子けいこは夏が嫌いなのかね?」

 
 隣の男は、啓子と呼ばれた少女以上に日焼けしている。その顔は、なかなかに精悍なものだが、話し方は穏やかだ。

 
「どうして?」


 男は、聞き返した啓子の顔を見て、ニヤリと笑うと


「おまえの顔に“もうウンザリ"と書いてあるからのう」

 
 と、答えた。





 連日の猛暑で、啓子だけでなく、鹿児島県民すべての顔に、“もうウンザリ"と書かれていた。雨は久しく降らず、県内のダムは、どこも干上がっている状況だ。子供にとって、夏は楽しい季節なのかもしれないが、それは長期の休みがあるからであって、夏そのものが快適とは言い難い。そんな不快な空気の中、公民館の掃除当番が回ってきた。ふたりは暑くなる前にそれを済まそうと、早い時間に出てきたのだ。


 その公民館は、10世帯ほどの集落のものとしては、立派なものであった。数年前に建て替えられたばかりであり、外壁もきれいである。そして、その隅の影になっている場所に、子供がひとり、仰向けに倒れていた。


 「おじいちゃん。あれ……」


 啓子が、指でさして驚いている。男のほうは、彼女より先に気づいていたようで


「朝ッぱらから、人が倒れとるのう」


 と、冷静だった。


 男は近づいて、寝息をたてていることを確認すると、軽く肩をゆすった。子供は目を覚ますと同時に飛び起きた。


「いけね!寝過ごしたッ」


 寝起きのボンヤリとした頭を振って横に目を向けると、自分を起こした男が、ニヤニヤと見つめていた。


「女の子のくせに、言葉遣いがはしたないのう。しかも、こんなところで寝ているとは呆れたものじゃ」


 その言葉の意味を若干のタイムラグで理解すると、子供は大人に言い返した。


「僕は男だよ。女じゃないやい」





 隼人は気づいていなかったが、彼は三晩をかけて、奈美坂精神病院から40キロほどを逃走していた。廃屋の倉庫で目を覚ましたあと、そこに転がっていた懐中電灯を頼りに夜更けから再び行動し、歩行と走行を繰り返しながら山道を抜け、いくつかの田舎集落を越えながら、ここにたどり着いたのだ。ちなみに、昨日の日中は、廃寺の中で身を潜め眠っていた。


 誰にも見られずに、ここまで来られた理由は、もちろん運が良かったこともあるのだが、深夜に全く車が通らない田舎の狭い県道や山道、集落を走ってきたことにもある。ただ、今ここにいることは偶然なのだが。


「そいつはすまんかった。かわいい顔をしとるので、女の子かと思ったわい」

 
 男は高々と大きな声で笑った。隼人も、自分が女の子に間違われることには慣れていたので、いまさら腹は立たなかった。むしろ、身の上を聞かれることのほうが困る。


「あのう……ここはどこですか?」

 
 薄汚れてはいても、輝きを失わない美少年の、なんとも間の抜けた質問に男は答えた。


「なんじゃ、少年。記憶喪失にでもかかったか。ここは、首払村くびはらいむらという田舎じゃよ」

「首払村? 変な名前」

 率直な感想に、男は苦笑いをした。目の前の少年の美貌は類稀なもので、そのケのない男性でも見惚れてしまうほどだ。それが首をかるく傾げる姿は、どこか艶っぽくもある。


 ゆるく吹いた風に、隼人の髪が優しくゆれた。少し長めのそれは、母親の趣味であり、奈美坂精神病院で散髪をしてもらう時も、短くならないよう注文していた。思えば、いつか母親が会いに来た時、がっかりさせたくなかったのかもしれない。


 男の後ろに隠れるようにして、啓子が隼人を見つめていた。


「なんじゃ? 恥ずかしがっとるのか」

 
 その言葉を、啓子は小さな声で否定した。


「ち、違うもん! そんなんじゃ……」


 男は、またも高々と笑う。少女は、口を尖らせた。


「わしは首払一郎くびはらい いちろう。こいつは、孫娘の啓子じゃ。よろしくな。ところで、あんたの名前は?」


 一郎の質問に、少年は迷ったが、正直に自己紹介をした。


「僕は隼人。東郷隼人」

「隼人君か、いい名じゃ。ところで、君のご両親は近くにいるのかね?」


 隼人の目が、ほんの一瞬泳ぐ。質問者の一郎は、それを見逃さなかった。


「大人の立場としては、こんな場所に一人で寝ていたあんたを、放っておくわけにはいかんのじゃがな。迷子にでもなっているのなら、警察に連れて行ってもいいのじゃが」


 隼人は思わず身構えた。今、警察の世話になったら、奈美坂精神病院に送り返されることになるかもしれない。それはごめんだ。


 だが一方で、一郎のほうは泰然としてはいるが、全くスキがない。穏やかに隼人を見ているが、深い懐と雄大なプレッシャーを感じさせる。この男、一体何者なのだろうか。


 ふたりの視線の攻防に、啓子がたじろぎそうになったとき、隼人の腹の虫が音を立て、それに終止符を打った。


「なんじゃい? なんも食っとらんのか?」


 一郎の質問に、少年は少し恥ずかしそうに頷く。思えば三日以上、なにも食っていなかった。






 


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