“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎

第20話 緑の過去

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 三年ほど前、鹿児島県内の、とある中学校でいじめがあった。親の仕事の都合で、東京から転校してきた少女に対するものだった。 


 “都会から来たくらいで、気取りやがって" 

 “あんた、近寄らないでよ。都会菌がうつるから" 

 “おーい、今日も都会モンいじめて、ウサはらしちゃう?" 

 “きゃははは、こいつ泣いてるよォ。バカじゃないの?" 


 放課後のトイレで殴られ、鼻血を流しながらうずくまっていた転校生の少女。だが、手を差し伸べた者がいた。 


「大丈夫?」 


 それは、林原緑だった。東京からやって来て、孤立していた転校生に、唯一、声をかけてくれたクラスメイト。ゴルフをはじめる前から優しい少女だった。 


「はい、これ」 


 ハンカチを貸してくれた。転校生は、その恩を一生、忘れなかった。 





 ふたりは、すぐに友人になれた。学内外で共に過ごす時間は長くなり、休日もよく遊んだ。転校生にとっては、たった一人の話し相手だったのだ。 


「先生や御両親に相談したら?」 


 いじめは続いていた。子供だけで解決できる問題ではない。だから緑は、そうアドバイスした。しかし、転校生は首を横に振った。仕事で忙しい親に心配をかけたくないというのが理由だった。 


 閉鎖的な田舎の学校で、東京から来た転校生に対するいじめは徐々にエスカレートしていった。緑の目の届かない範囲で、それは陰湿から“過激"へと変貌した。 





 ある日の夜、痛めた脚を引きずりながら歩く転校生の姿があった。顔は腫れ上がり、制服は所々が破けていた。いじめグループから裸にされ、写真を撮られたのだ。泣き叫び、許しを乞う彼女の姿を見て、数人のクズどもは笑った。 


 “おい、ちゃんと写ってんのかよ?" 

 “バッチリ" 

 “エロ本に投稿したら、賞金もらえるんじゃね?" 

 “山分けしよーぜ" 

 “そのあと、ソープに売っちゃわね?こいつ" 

 “へへ、そりゃ、いいね" 


 頭の中に、連中の言葉が何度もこだまする。怖かった。そして、悔しかった。それでもなんとか歯を食いしばり、自力で自宅マンションまでは帰り着いた。 


 部屋に両親はいなかった。いつも仕事で遅くなるのだ。夕食は作り置きしても、手紙を書き置きなどしない。透明のラップをかけられた煮物と、ひっくり返された茶碗が、やけに無機質なものに見えた。 


 転校生はベランダに出た。下を見ると、暗黒だけが広がっていた。だが、その先に天国があるのかもしれない。そう思ったとき、彼女はスリッパを脱ぎ、飛び降りた。 


「緑、ごめんね……」 


 それが、人生最後の言葉であった。 





 緑は自宅にふさぎ込んだ。当然である。友人が自殺したのだ。毎日、部屋の中で泣き続けた。力になれなかった自分の無力さを嘆き、心の中でクラスメイト全員を呪った。いじめに加担した者たちも、それを見過ごした者たちも。無能な教師に怒りも覚えた。 


 一週間ぶりに登校したとき、緑は絶望した。友人の自殺の原因を作ったいじめグループの者たちが、教室で普通に談笑しているではないか。裁かれぬ罪もあるのか。それを知ったとき、彼女は教師たちに訴えた。 


「なぜ、あの子たちは捕まらないのですか?」 


 おとなしい緑にしては、珍しく声を荒げた。それを聞いた担任がクラスでアンケートをとった。結果、緑を除く全員が、“いじめなどありませんでした"と回答した。担任は、それで終わりにしようとした。面倒を避けたかったのである。教育委員会への報告もしなかった。 


 直後から、いじめの対象が緑に移った。転校生と仲良くしていたからであろう。クラスメイト全員から無視され、教科書や靴、着替えを隠される毎日が続いた。 


 “緑、ごめんね……" 


 という、転校生の最後の言葉。それは、自分が死ぬことで、こうなることを予想していたものでもあったのかもしれない。不登校になり、引きこもりとなった緑が、猪熊ゴルフスクールに入校したのは、その後のことである。 





 夜。猪熊ゴルフスクールの不良グループ五人は校長室に呼び出された。急なことであった。 


「てめぇ……今、なんて言った……?」 


 モヒカンが言った。 


「“退校"だよ。ウヒョヒョヒョヒョ」 


 猪熊が答えた。 


「君たちがいると、このスクールの風紀が乱れる。だから、処分するのだよ、ウヒョヒョヒョヒョ」 

「じゃあ、あたしたちはどこに行けばいいんだよ?」 


 噛み付いたのは、赤い髪のブルドッグ娘である。酒癖の悪い父親からの暴力に耐えかねて家を出た彼女は、放浪生活の末、ここに来たのだ。祖父母からの援助があったのである。 


「行き先は自分で探したまえ、ウヒョヒョヒョヒョ」 


 対する猪熊の言葉は、薄情なものだった。元々、退校にすることは決めていた。この不良たちが緑に絡んでいるところを、部外者である和美と敏子に見られたことで決断が早まったのだ。更生施設から本格的なゴルフスクールへと変質している今の過程では邪魔な存在である。世間体が悪い。 


「俺たちに飢え死にしろって言うのかよ?」 


 と、坊主頭。こちらも帰るところはない。継母と折り合いが悪く、グレたのである。第二の新婚生活の邪魔を嫌った実父が、猪熊ゴルフスクールに押し込んだのだ。 


「そうだよ、あたいらには、行くとこがないんだよ!」 


 金髪娘が言った。彼女は、養父から性的虐待を受けていた。不憫に思った実母が、ここの門を叩いたのだった。 


「“自業自得"なのだよ、ウヒョヒョヒョヒョ」 


 猪熊は、一蹴した。そのとき、ドアが開いた。 


「校長先生、待ってください!」 


 入ってきたのは緑である。 


「おお、緑じゃないか。こんな時間にどうしたのかね?」 


 と、猪熊。人気者に対しては、柔和な態度を見せる。 


「先生、考えなおしてください!」 


 緑が言った。自分をいじめている不良グループを庇うのか。どこまでも優しい娘である。 


「それは、できないのだよ。これは、正当な“処分"なのだ。ウヒョヒョヒョヒョ」 

「だから退校だなんて……昔の先生なら、そんなこと言わなかったはずです」 

「緑。この連中がいると、おまえにも悪影響が出るのだよ。だから、やめてもらうのだ」 

「そんな……」 


 すると、今まで黙っていたリーゼント頭が口を開いた。 


「素子を出せ……」 


 なぜ、緑のキャディー、寺山素子の名が出たのか。どのような関係があるというのか。 


「素子?なんでかね?」 


 猪熊が訊いた。 


「いいから出せ!てめぇと“いい仲"なのは知ってんだよ。早く呼んで来い!」 

「さて、なんのことやら、ウヒョヒョヒョヒョ」 

「貴様ァ!」 


 リーゼント頭は、怪我をしていない右手で猪熊に飛びかかった。だが、逆に殴り返され、吹っ飛んだ。 


「ぐはっ……!」 


 校長室の床に大の字に倒れたリーゼント頭。さすが、スパルタ上等を掲げていただけあって、猪熊は強かった。 


「今のは正当防衛なのだよ、ウヒョヒョヒョヒョ」 

「兄貴!」 


 仲間たちが駆け寄った。 


「どけ!」 


 そう叫び、リーゼント頭は立ち上がると、再び戦闘態勢に入った。 





 そのころ、旅館では和美と敏子、そして隼人の三人が、帰り支度をはじめていた。 


「これにて一件落着、ってことになればいいわね」 


 スポーツバッグの中に荷物を詰めこみながら、和美が言った。出発は明日、早朝である。 


「そうだね」 


 猪熊ゴルフスクールに仕掛けた監視カメラと連動しているモニターをしまいながら、敏子が答えた。持参した機器類の数をチェックしている。紛失でもしたら、大事になるからだ。 


 “神風"をおこした張本人が判明した以上、彼女たちがここにいる理由はなくなった。さきほど、鹿児島市にある超常能力実行局鹿児島支局本部にその旨を電話連絡し、帰投の運びとなったのである。ここから先は“先輩"たちの仕事だ。新人の敏子と見習いの和美に出番はない。 


「どうやら、解決しそうだね」 


 と、敏子。内心、お気に入りの温泉との別れを悲しんでいた。今夜遅くと明け方に、あと二回は入るつもりだ。肌の調子が絶好調である。 


「“神風"が吹かなくなったら、緑ちゃん、どうなるんだろ……?」 


 一足先に準備を済ませた隼人が言った。実は、大好きな緑に会えるのではないかと密かに期待していたのだが、どうやら叶わなくなりそうだ。 


「勝てなくなるのかなぁ……」 


 隼人のそんな言葉に、和美が答えた。 


「でも、“自力"で勝てるようにならなきゃ、この先、彼女のためにならないわよ」 


 次に、髪を撫でてくれた。 


「きっと大丈夫。彼女なら……」 


 と、和美。言いながら、顔を近づけてきた。至近距離で見る隼人の美しさは天使のようである。 


「残念ね、林原緑に会えなくて。なんなら、わたしで“我慢"する?」 

「我慢……?」 

「そうよ。わたしなら、いつでも隼人くんの近くにいてあげるわ」 

  
 そして、キスをしようとした。


「えー、コホン。和美ちゃん、あたしもいるんですけどォ……?」 


 と、後ろで敏子が咳払いをした。


 そのとき、モニターから警告音が鳴った。猪熊の部屋に仕掛けた監視カメラが、異状を知らせたのである。






 
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