上 下
71 / 146
第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎

第23話 リーゼント頭の過去

しおりを挟む
 

「面倒なことになったわね」 


 と、和美が言った。組織からのメッセージによると、扇風機のような形状の人外、つまり、リーゼント頭は、林原緑を抱いたまま、O町内の山中に逃げ込んだという。 


「“鹿屋支部のEXPER六人が急行し確保にあたったが、人外は強風を発生させ、当該支部員を寄せ付けず、そのまま逃走。二人が重傷"」 


 敏子が、コンソールに搭載された端末を読んだ。 


「他のEXPERの応援があるのかしら?」 


 と、和美。事態は急を要する。さらに端末から電子音が鳴った。新着のメッセージだ。 


「“現在、輝北きほく町にも人外が出現。鹿屋支部員16名が急行中。O町方面へは、国分こくぶ支部員四名が、現在急行中。さらに自衛隊へ協力を要請中"だって」 


 とは、敏子。今現在、輝北町に別の人外の存在が出現したため、鹿屋支部のEXPERたちは、そちらの対処に人員を割かれているようである。ここO町には、国分市から応援が駆けつけるとのことだが、時間がかかる。 


「自衛隊が絡むと、本格的にヤバいわね」 


 和美の表情は深刻だった。対物ライフルなどを持ち出された場合、リーゼント頭が危険だ。町に被害がおこる前に攻撃を強行する可能性は充分に考えられる。こうなると、緑が人質にとられていることが逆に幸いなのかもしれない。 


「僕たちへの指示はないの?」 


 隼人が訊いた。それに対し敏子が首を振る。リーゼント頭の近距離にいる三人に指示がないということは、内勤の連中が混乱している可能性も考えられた。 


「あのリーゼントの人が人外に化けたのは、猪熊さんに対する恨みのせいだよね?なら、ここに戻って来るかもしれないね」 


 とは、やけに冷静な隼人の台詞である。退校を言い渡され、抱えていた負の気が増長、爆発したのだろう。結局、ここに帰ってきて猪熊を狙うのかもしれない。 


「なぜ、あんなまわりくどいことをしたんだろうね」 


 敏子が言った。 


「寺山素子のこと?」 


 と、和美。 


「うん」 


 敏子は室内灯をつけ、素子に関する資料を取り出した。ここに来る前は、彼女が人外ではないかという疑いもあったのである。 


「素子さんって、キャディーとしての知識の他にスポーツ医学とかの勉強もしていたらしいんだよね。だったら、間違ったコースマネージメントやトレーニング方法を押し付けたりすることで、簡単に緑さんを“壊す"ことも出来たはずなんだけど……」 

「自分と同じ目に遭わせることが“復讐"だって言ってたわね。それじゃないかしら」 


 和美が言った。今、散々にマスコミから持ち上げられている緑に突如、“神風"が吹かなくなり、国民の期待通りの結果が出せなくなれば、一斉に叩かれるだろう。そして、ちやほやしてくれた連中は誰もいなくなる。それが復讐だと素子は言っていた。 


「でも、面倒だと思うんだよね。発覚すればヤバいのは、どっちも同じだし、人外を“飼う"なんて、危険も伴うし……」 

「“直接"手をくだすのが嫌だったんじゃないかな?」 


 敏子に答えたのは隼人だ。 


「それだと、“卑怯者"ね」 


 和美の言葉は辛辣に続く。 


「自分で手をくだすのが嫌だから、人にさせるなんて、卑怯よ……」 

「でも、悪党になりきれなかったから、人を頼ったのかもしれない。素子さんの目は、悲しんでたよ。ホントは心の何処かで、誰かに止めてほしいと願ってたんじゃないのかな?」 


 隼人が言った。しばし、三人は沈黙した。答えを出せる者が、ここにはいなかったからだ。子供じみた考えであると和美と敏子は思いもしたが、いよいよリーゼント頭が人外化して緑を攫ったとき、素子は後悔くらいはしたのかもしれない。事態が大きくなりすぎたのだ。 


「来た……!」 


 最初に気づいたのは隼人だった。後部座席の車窓から見える遥か向こう、猪熊ゴルフスクールの練習場が広がる先の木々が不自然に揺れた。良い月が出ているので見えたのだが、車の周囲にも風が吹きはじめた。まだ、距離はある。 


 三人は車を降りた。敏子が建物内に走り、スタッフと生徒たちに避難するよう指示した。練習場に設置された夜間練習用の照明群が一斉に灯る。明るいほうが戦いやすいという敏子の判断だった。彼女は、すぐに戻って来た。 


「隼人くんは、どうするの?」 


 和美が訊いた。彼は奈美坂精神病院の研修生に過ぎない。そして、まだ、子供である。 


「僕も戦うよ」 


 と、隼人。答えはわかっていたのかもしれない。いざというときは、この身に代えても隼人を守る。そう、和美と敏子は思った。展開によっては、彼の能力が必要となるかもしれない。 


 一方の隼人は、全力で和美と敏子を助けると内心で誓っていた。香代のような目には決して遭わせないと。彼は、ホルスターから44マグナムを抜き、弾の装填を確認した。 










 リーゼント頭は、鹿児島市にある裕福な家の次男坊として生まれた。父親が経営していた建設会社は、かつて公共工事の請け負いで儲かり、急成長を遂げた。わりと年がいってからの子供であったため、幼少時から可愛がられた。リーゼント頭自身は、父親の苦労時代を知らない。物心ついたときには、家は金持ちだった。 


 不幸は、彼が小学六年生のときにおきた。大学生だった兄が、通学の途中で亡くなったのである。それは通り魔の犯行だった。捕まった若い犯人は、“女に振られ、むしゃくしゃしてやった"などと言っていたという。 


 この件で、家庭が壊れた。父親は、車で迎えに行くのが遅れた妻を責めた。その妻にも言い分があった。渋滞に巻き込まれたのである。喧嘩が絶えなくなり、やがて妻は、夫と子供を置いて家を出た。 


 長男がいなくなれば、期待は次男にかかる。それまで優しかった父親は、リーゼント頭に厳しくあたるようになり躾けた。勉強漬けにさせられたのだ。 


 “お前は将来、会社を継ぐのだから、とにかく勉強しろ" 


 父親の口癖だった。だが、優秀だった兄に比べ、リーゼント頭は不出来な子供だった。勉学はものにならず、父親を苛立たせた。殴られることも多かった。 


 それまで甘やかされて育ってきた反動もあったのだろう。母親がいなくなった寂しさもあったに違いない。急激に変貌した父親への反発もあり、リーゼント頭はグレた。体格に恵まれていた彼は喧嘩に強く、手がつけられない不良になっていた。通っていた中学の近辺では無敵であり、誰ともつるむことはなく、一匹狼的存在だった。 


 そのころから、父親の会社が傾きはじめた。回収できない債権が相次いだのである。資金繰りと息子がやらかす不祥事の謝罪に追われた父親は、ついに、問題児の更生施設の門を叩いた。それが、ここ猪熊ゴルフスクールだった。 


 入校初日から、リーゼント頭は問題をおこした。脱走を企てたのである。だが、それは校長、猪熊豪三郎の手により阻止された。 


 “邪魔すんじゃねぇ!" 

 “なら、吾輩を倒すのだな、ウヒョヒョヒョヒョ" 

 “てめぇッ!" 


 リーゼント頭は勝負を挑んだ。そして、完膚なきまでに叩きのめされた。 


 “吾輩は、おまえの親父から面倒を託された。ここから逃げることは叶わんよ、ウヒョヒョヒョヒョ" 


 暴力が良いわけではないが、少なくとも、このころの猪熊は、今とは違い熱血先生だったのである。以降、リーゼント頭は何度も喧嘩を売ったが、一度も勝てなかった。反抗心を持ちながらも、拳と拳の会話の中、内心では猪熊のことを慕うようになっていった。以降も問題をおこし、何発も殴られたものだが、親身に接してもくれたのだ。彼にとっては、ここが唯一の居場所だった。そして、その想いは、今でも変わらない。










 照明の向こう、二百メートルほど先にある打ちっぱなし練習用のネットが倒壊した。周辺周囲に強風が巻きおこり、待ち構える隼人ら三人の髪を逆立たせる。


「あれが、“彼"なのね……」


 和美が言った。人外を発現させたリーゼント頭の姿は巨大になり、変わり果てていた。


「緑ちゃんもいるね」


 人外の左手を見た隼人。片手で抱えられている林原緑は動いている。逃げ出そうとしているのか。


「思ったより、大きいね」


 とは、敏子。相手はかなりデカい。人外の多くは体長二メートルから四メートルほどと言われている。だが、目の前の敵は、七メートルはありそうだ。


「それにしても、ホントに“扇風機"だね」


 言って隼人は、さきほどの坊主頭の言葉を思い出した。リーゼント頭が変貌した人外は、まさに巨大な扇風機に手足が生えたような形をしていたのだ。






 
しおりを挟む

処理中です...