“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

文字の大きさ
72 / 146
第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎

第24話 扇風機

しおりを挟む
 
 人外の存在が、いつから我々の住む世界に現れるようになったのかは不明である。ただ、太古の時代より戦いが続いていることは確実とされており、歴史的な文献にもそのことが記されている。平安の世には陰陽師たちが討伐にあたり、それ以前にも、異能の力を持った者たちが古代の強力な呪法や魔術を用い、何度も撃退してきた。現在は、EXPERや退魔士らが対処することが多いが、自衛隊や警察との連携も進んでいる。 


 その人外が住まう世界とはどのような場所なのか。いまだに判明していない。我々人類がそこに行く手段がないからだ。異なる次元に存在する世界という説を唱える学者もいれば、地中深くや海底に存在すると推測する者もいる。人外とは宇宙から飛来した生命体ではないか、という人もいる。 


 入り乱れる諸説の中に、“物に宿る魂"が集う異世界があるのではないか、という一説がある。それは、どのような“物"であっても“魂"を持つという言い伝えから生じたものであり、豊かな世の中になった近年では信じる人が多い説だ。“生前"、粗末に扱われた物の魂が人間に憑依し、復讐のため、こちら側の世界にて実体化するのだという。ここ鹿児島でも、足が折れたテーブルの形をした化け物や、破損した人形の姿をした人外の出現が確認されている。 


 だが、飛び交うこれらの説は、やはり推測の域を出ない。我々人類が“そこ"に行くことができない限り、判明することはないのだろう。一方で、人外の存在は、“こちら側"に来ることができる。人間とヤツらとの戦いは、これからも続いてゆくのである。 










 三人の目の前に現れた巨大な扇風機型の人外は、羽の一部が欠けていた。これもまた、“こちら"の世界にいたとき、粗末に扱われた物なのかもしれない。片手に緑を抱いている。 


『猪熊ァー!出てこいや、オラァ!』 


 取り憑かれたリーゼント頭の声である。叫びながら近づいて来た。距離が縮むにつれ、隼人らが感じる風は強くなっていく。 


「わたしが囮になるわ。その隙に狙える?」 


 和美が確認した。頷いた隼人と敏子が銃を抜く。他のEXPERが到着するまでは粘らなければならない。しかも、緑を人質にとられている。狙いを外すことはできない。 


 三人は扇風機のほうへ走り出した。ムエタイの使い手である和美が先行する。あとの二人が追う形だ。練習場を縦に駆け抜け、接近しようとした。 


 そのとき、扇風機のデカい羽がまわり始めた。巻きおこる風に三人の足が止まってしまった。台風並みの強風である。 


「きゃっ……!」 


 敏子は悲鳴をあげた。彼女の銃は、S&W M10。通称ミリタリー&ポリスと呼ばれている。それを構えるも、風が強すぎて狙いが定まらない。ブレた手で発砲すると、緑に当ててしまうかもしれない。しかも、まだ遠い。 


『出せやオラァ……猪熊を出せやァ!』 


 と、元リーゼント頭の扇風機。先頭に立つ和美との距離が五十メートルほどに迫っていた。普段、ゴルフボールを受け止めるためだけに立っている周囲のネットが、今は風に煽られ揺れている。 


「みんな、大丈夫?」 


 和美が背後にいる二人の安否を確認した。彼女自身、後ろを振り向く余裕がない。力を抜いたら飛ばされそうだ。 


「僕も敏子さんも、大丈夫だよ」 


 最後方の隼人が叫んだ。大声をあげなければ聞こえないほどに風が強い。周囲は轟音の嵐である。 


(どうすれば、リーゼント頭くんを助けられるかしら?) 


 和美は考えた。まともに攻撃すれば、彼自身の命も危ない。徐々に相手を消耗させて、人外と切り離すことが上策となる。憑依体の体力が、ダメージや疲労により尽きることで、人外の実体化が一時的に解除されるからだ。問題は敵の体力量と、そして戦術である。距離を取るほうが安全だが、それだと、前進を止められず周囲の被害が拡大するおそれがある。ここら一帯は山手だが、下には人が住んでいるはずだ。この場に留めなければならない。 


「落ち着きなさい!あなたは、人外の化け物に取り憑かれているのよ。正気に戻りなさい!」 


 和美が叫んだ。深層意識のどこかに人間としての心が残っていないかと考えたが、応援が来るまで時間を稼ぐ必要もある。 


『殺してやる。俺たちを追い出そうとした猪熊を、俺を見捨てようとしている猪熊をッ……!』 


 扇風機が言った。ここを追い出されたら、彼には行くところがないのである。その不安が負の気を増長させ、人外に取り憑かれる隙を作ったのだ。 


 先行していた和美に他の二人が追いついた。敏子が言う。ぱっつん前髪が強風に煽られ、揺れている。 


「足止めしないと」 

「僕が近づいて囮になるよ」 


 それに対し、提案したのは隼人だ。 


「そんな……危険だよ!」 


 敏子が止めた。最年少の子供を前衛に立たせるわけにはいかない。 


「僕なら、“よけられる"から」 


 と、隼人。彼が持つ“D型"の超常能力ならば、接近戦では多大な威力を発揮する。 


「だから、僕に任せて」 

「やれるの?」 


 そう答えたのは和美である。 


「和美ちゃん!いくらなんでも……」 


 敏子は耳を疑った。いくらD型とはいえ、11歳の少年を近接戦闘に立たせるというのだ。 


「ダメだよ。責任者として、許可できない!」 

「でも、隼人くんなら、出来るかも」 


 和美の言葉には裏付けもある。彼は首払村で“神"と闘い、生き延びたのだ。魔剣リルムリートの力もあったが、隼人が持つ超常能力も発揮された。 


「僕が囮になるから、その隙に攻撃して」 


 隼人は自分を犠牲にしてでも、和美と敏子を守ると誓った。子供であっても、彼は“男"である。二人を香代のような目に遭わせる気はない。行くと決めた。 


 リーゼント頭との距離は三十メートルほどにまで縮まっていた。近くで見る扇風機の化け物は、まさに扇風機である。頭頂高は七メートルほど。中に羽がある円形のガード部分が顔なのだろうが、そこから下に伸びている部分は首なのか胴体なのか。それは、地面と平行になっている台座に繋がっていた。普通の扇風機ならば、そこにスイッチがあるはずだ。そして、その台座の下から二メートルほどの脚らしきものが生えていた。格好が悪い短足であるせいか、歩行する速度が遅いのは幸いである。 


 だが、首か胴体かわからない部分から生えている腕は長い。左手に抱えられている林原緑が叫んだ。 


「危ないから、逃げてください!」 


 こんなときでも、人の心配をする優しい娘である。隼人は香代のことを思い出していた。彼女は“戦場"で人を助け、そして、死んだ。 


「本当に、大丈夫なの?」 


 そんな緑の姿を見て、いよいよ決断を迫られた敏子が訊いた。あくまで、リーダーは彼女である。そして、少年は頷いた。 


 隼人が先行した。強風の中、なんとか近づき、扇風機が持つ長い腕が届きそうな距離から、やや手前の位置に立った。和美と敏子は十メートル後方だ。 


「逃げて……逃げて!」 


 泣きながら緑が叫ぶ。自分を助けようとしているのは、年端もいかない“少女"ではないか。 


「緑ちゃんをはなせ!」 


 と、隼人。全国に多数存在する林原緑ファンを代表して言った。 


『なんだ、てめぇ……?』 


 扇風機が言った。 


『どきやがれ!つーか、猪熊を出せ、猪熊を!』 

「緑ちゃんをはなせ!」 


 隼人は、もう一度言った。 


『どけえええええっ!!!』 


 扇風機の長い腕が一瞬しなり、鉄拳が放たれた。 


「いやああああっ!」 


 緑が、そむけた目を閉じる。隼人は超常能力を発動させた。






 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...