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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎
第24話 扇風機
しおりを挟む人外の存在が、いつから我々の住む世界に現れるようになったのかは不明である。ただ、太古の時代より戦いが続いていることは確実とされており、歴史的な文献にもそのことが記されている。平安の世には陰陽師たちが討伐にあたり、それ以前にも、異能の力を持った者たちが古代の強力な呪法や魔術を用い、何度も撃退してきた。現在は、EXPERや退魔士らが対処することが多いが、自衛隊や警察との連携も進んでいる。
その人外が住まう世界とはどのような場所なのか。いまだに判明していない。我々人類がそこに行く手段がないからだ。異なる次元に存在する世界という説を唱える学者もいれば、地中深くや海底に存在すると推測する者もいる。人外とは宇宙から飛来した生命体ではないか、という人もいる。
入り乱れる諸説の中に、“物に宿る魂"が集う異世界があるのではないか、という一説がある。それは、どのような“物"であっても“魂"を持つという言い伝えから生じたものであり、豊かな世の中になった近年では信じる人が多い説だ。“生前"、粗末に扱われた物の魂が人間に憑依し、復讐のため、こちら側の世界にて実体化するのだという。ここ鹿児島でも、足が折れたテーブルの形をした化け物や、破損した人形の姿をした人外の出現が確認されている。
だが、飛び交うこれらの説は、やはり推測の域を出ない。我々人類が“そこ"に行くことができない限り、判明することはないのだろう。一方で、人外の存在は、“こちら側"に来ることができる。人間とヤツらとの戦いは、これからも続いてゆくのである。
三人の目の前に現れた巨大な扇風機型の人外は、羽の一部が欠けていた。これもまた、“こちら"の世界にいたとき、粗末に扱われた物なのかもしれない。片手に緑を抱いている。
『猪熊ァー!出てこいや、オラァ!』
取り憑かれたリーゼント頭の声である。叫びながら近づいて来た。距離が縮むにつれ、隼人らが感じる風は強くなっていく。
「わたしが囮になるわ。その隙に狙える?」
和美が確認した。頷いた隼人と敏子が銃を抜く。他のEXPERが到着するまでは粘らなければならない。しかも、緑を人質にとられている。狙いを外すことはできない。
三人は扇風機のほうへ走り出した。ムエタイの使い手である和美が先行する。あとの二人が追う形だ。練習場を縦に駆け抜け、接近しようとした。
そのとき、扇風機のデカい羽がまわり始めた。巻きおこる風に三人の足が止まってしまった。台風並みの強風である。
「きゃっ……!」
敏子は悲鳴をあげた。彼女の銃は、S&W M10。通称ミリタリー&ポリスと呼ばれている。それを構えるも、風が強すぎて狙いが定まらない。ブレた手で発砲すると、緑に当ててしまうかもしれない。しかも、まだ遠い。
『出せやオラァ……猪熊を出せやァ!』
と、元リーゼント頭の扇風機。先頭に立つ和美との距離が五十メートルほどに迫っていた。普段、ゴルフボールを受け止めるためだけに立っている周囲のネットが、今は風に煽られ揺れている。
「みんな、大丈夫?」
和美が背後にいる二人の安否を確認した。彼女自身、後ろを振り向く余裕がない。力を抜いたら飛ばされそうだ。
「僕も敏子さんも、大丈夫だよ」
最後方の隼人が叫んだ。大声をあげなければ聞こえないほどに風が強い。周囲は轟音の嵐である。
(どうすれば、リーゼント頭くんを助けられるかしら?)
和美は考えた。まともに攻撃すれば、彼自身の命も危ない。徐々に相手を消耗させて、人外と切り離すことが上策となる。憑依体の体力が、ダメージや疲労により尽きることで、人外の実体化が一時的に解除されるからだ。問題は敵の体力量と、そして戦術である。距離を取るほうが安全だが、それだと、前進を止められず周囲の被害が拡大するおそれがある。ここら一帯は山手だが、下には人が住んでいるはずだ。この場に留めなければならない。
「落ち着きなさい!あなたは、人外の化け物に取り憑かれているのよ。正気に戻りなさい!」
和美が叫んだ。深層意識のどこかに人間としての心が残っていないかと考えたが、応援が来るまで時間を稼ぐ必要もある。
『殺してやる。俺たちを追い出そうとした猪熊を、俺を見捨てようとしている猪熊をッ……!』
扇風機が言った。ここを追い出されたら、彼には行くところがないのである。その不安が負の気を増長させ、人外に取り憑かれる隙を作ったのだ。
先行していた和美に他の二人が追いついた。敏子が言う。ぱっつん前髪が強風に煽られ、揺れている。
「足止めしないと」
「僕が近づいて囮になるよ」
それに対し、提案したのは隼人だ。
「そんな……危険だよ!」
敏子が止めた。最年少の子供を前衛に立たせるわけにはいかない。
「僕なら、“よけられる"から」
と、隼人。彼が持つ“D型"の超常能力ならば、接近戦では多大な威力を発揮する。
「だから、僕に任せて」
「やれるの?」
そう答えたのは和美である。
「和美ちゃん!いくらなんでも……」
敏子は耳を疑った。いくらD型とはいえ、11歳の少年を近接戦闘に立たせるというのだ。
「ダメだよ。責任者として、許可できない!」
「でも、隼人くんなら、出来るかも」
和美の言葉には裏付けもある。彼は首払村で“神"と闘い、生き延びたのだ。魔剣リルムリートの力もあったが、隼人が持つ超常能力も発揮された。
「僕が囮になるから、その隙に攻撃して」
隼人は自分を犠牲にしてでも、和美と敏子を守ると誓った。子供であっても、彼は“男"である。二人を香代のような目に遭わせる気はない。行くと決めた。
リーゼント頭との距離は三十メートルほどにまで縮まっていた。近くで見る扇風機の化け物は、まさに扇風機である。頭頂高は七メートルほど。中に羽がある円形のガード部分が顔なのだろうが、そこから下に伸びている部分は首なのか胴体なのか。それは、地面と平行になっている台座に繋がっていた。普通の扇風機ならば、そこにスイッチがあるはずだ。そして、その台座の下から二メートルほどの脚らしきものが生えていた。格好が悪い短足であるせいか、歩行する速度が遅いのは幸いである。
だが、首か胴体かわからない部分から生えている腕は長い。左手に抱えられている林原緑が叫んだ。
「危ないから、逃げてください!」
こんなときでも、人の心配をする優しい娘である。隼人は香代のことを思い出していた。彼女は“戦場"で人を助け、そして、死んだ。
「本当に、大丈夫なの?」
そんな緑の姿を見て、いよいよ決断を迫られた敏子が訊いた。あくまで、リーダーは彼女である。そして、少年は頷いた。
隼人が先行した。強風の中、なんとか近づき、扇風機が持つ長い腕が届きそうな距離から、やや手前の位置に立った。和美と敏子は十メートル後方だ。
「逃げて……逃げて!」
泣きながら緑が叫ぶ。自分を助けようとしているのは、年端もいかない“少女"ではないか。
「緑ちゃんをはなせ!」
と、隼人。全国に多数存在する林原緑ファンを代表して言った。
『なんだ、てめぇ……?』
扇風機が言った。
『どきやがれ!つーか、猪熊を出せ、猪熊を!』
「緑ちゃんをはなせ!」
隼人は、もう一度言った。
『どけえええええっ!!!』
扇風機の長い腕が一瞬しなり、鉄拳が放たれた。
「いやああああっ!」
緑が、そむけた目を閉じる。隼人は超常能力を発動させた。
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