“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎

第25話 モグラ叩き

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『?』 


 扇風機は立ち止まり、首らしきものをひねった。目の前の“少女"は、巨大なパンチが割った大地の横に立っていた。見事にかわされたのだ。 


『きっ、貴様ァ!』 


 怒った扇風機、二発目を放った。今度はフックだ。 


『???』 


 そして、またも驚いただろう。華奢な“少女"は軽く飛び退いただけで、あっさりとかわしてしまったではないか。


 隼人が持つ“D型"の超常能力とは、“驚異的な反射神経"である。それが発動したとき、彼の目には迫りくる対象物の動きがスローモーションに見える。相手の攻撃が当たることはないのだ。 


『貴様ァ、どんな“手品"を使いやがった?』 


 と、扇風機。この能力、相手の目には、まるで瞬間移動をしたかのように見えるらしい。 


「その程度か!たいしたことないな」 


 隼人が挑発した。さらに怒り狂った扇風機の連続攻撃が飛ぶ。 


『このッ、このッ、このッ、このッ、当たれ、当たれ、当たれ、当たれェっ!』 


 と、掛け声は勇ましいが、全部かわされた。隼人の周囲の地面が穴だらけである。見ていられないのだろう。捕らわれの身である緑は、手で顔を覆っていた。 


『ちょこまかちょこまか動きやがって!』 


 もともと僅少な冷静さを完全に失った扇風機の、さらに続く鉄拳の連打連打連打。全く当たらないので穴が増えるだけだった。傍から見ると、まるでモグラ叩きのようである。 


『ゼェゼェ……』 


 美しいモグラを追う扇風機が肩で息をした。見た目的に、どこら辺が肩なのかはわからないが。 


「もう終わり?」 


 と、隼人。さらに煽る。 


『るせえええええええッ!!!』 


 伸びる扇風機のパンチ。これまた少年は、あっさりとかわした。 


 一見すると簡単に対処しているように見える隼人。だが、実は、苦労がないわけではない。巻きおこる強風のため、体のバランスを維持するのが大変であった。気を抜くと吹き飛ばされ、転倒しそうになる。さらに彼が持つ“D型"の超常能力は、気力体力の消耗が激しい。長引くとむしろ不利なのだ。 


(和美さん、敏子さん。急いで……!) 


 敵に悟られぬよう、余裕の表情を保ちながら隼人は二人の動きを見た。懲りずに飛んでくるパンチはまたも空振りに終わる。だが、いつまでもは続かない。 


 隼人が囮になっている隙に、和美と敏子はこっそり扇風機の背後にまわっていた。 


 “奴の弱点は……背中だ" 


 二人は、天宮久美子からのアドバイスに従ったのである。そして、その通りであった。風が吹いていない。 


「どうやら、リーゼント頭くんが風をおこせるのは“前"だけみたいね」 


 言って和美は扇風機の後ろ姿を見た。どこの家庭にもある扇風機に手足が生えている様は滑稽である。しかも、美少年と“モグラ叩き"の最中だ。 


「狙える?」 


 和美は相棒に訊いた。 


「この距離なら、なんとか」 


 敏子は、ホルスターから38口径を取り出した。それを両手で構え、撃鉄を上げた。彼女の銃の腕は、下手な和美と違い、実戦で使えるレベルである。距離は十メートル強。狙いは扇風機の右脚。ここを撃って動きを止めるつもりだ。隼人を狙う右腕は動いているので当てにくい。緑を抱いている左腕を撃つわけにもいかない。 


 敏子は引き金を引いた。その軽い感触とともに、リコイルが両腕に響く。銃声と着弾は、ほぼ同時だ。扇風機の右脚に見事、命中した。 


「ダメだ……」 


 敏子が言った。38口径程度の威力ではビクともしない。


「もう一度……!」 


 さらにダブルアクションで全弾を撃ち尽くし、命中させたが、扇風機の脚にはヒビひとつ入らない。 


「トシちゃん、これ」 


 和美が自分のベレッタを手渡した。受け取った敏子は狙いを定め撃った。当たるには当たるが、やはり効かない。敵は頑丈だった。 


「隼人くんの銃なら、なんとかなるかもしれないけど」 


 と、敏子。彼の銃は44マグナムだ。二人の銃とは威力が全然違う。 


 そのとき、前方の隼人を狙っていた扇風機の右腕が後ろに飛んできた。リーチの圏外にいる和美と敏子の数メートル前の地面に穴を開けた。距離があったことは幸いである。 


「こうなったら“力"を使うしかないわね」 


 和美が言った。敏子も頷く。いまだにモグラ叩きを続けている扇風機に対し、和美は人差し指を向けた。その先端が青白く光る。


 和美が持つ超常能力は“L型"である。それは“帯電能力"であり、自身の体に電気を帯びることができる。そこからさらに“放電"し、遠距離にいる相手を狙撃することが主な戦法となるが、他にも様々な使い方がある能力だ。かつて首払村の“神"に取り憑かれた天宮久美子を倒したときは、近接で触れ、感電させたものである。


 和美の人差し指から電撃が放たれた。狙いあやまらず。一直線に伸びた光線は扇風機の右脚にヒットし、そして、そのまま吸い込まれた。


『ハーッハッハッ!馬鹿め、馬鹿め』


 笑う扇風機に“異変"がおこった。顔にあたる部分の巨大な羽が、さらに力強くまわり始めたのだ。


『俺様の“好物"をくれるとはなァ……!』


 隼人の周囲に吹く風が強風から暴風に変わった。小柄な体が吹き飛びそうになる。


「わっ、わっ、わ……?」


 なんとかバランスをとる隼人。状況が悪化した。


「しまった……!」


 敏子は気づいた。目の前の巨大な扇風機は、和美の電撃をエネルギーに変えてしまったのである。そういえば、リーゼント頭は鼻にコンセントを突っ込んだり、乾電池を体中にくっつけて喜んでいたと不良たちが言っていたではないか。


「逃げて……逃げてください!」


 扇風機の左腕の中で、緑は泣いていた。自分を助けるため、犠牲者が生まれようとしているのだ。


『くたばれや、クソ餓鬼ィ!』


 扇風機の右ストレートが放たれた。超常能力を発動させている隼人は飛び退き、それをかわした。だが、彼の体が一瞬、宙に浮いたそのとき、さらに猛烈な暴風が吹いた。


「うわーっ!」


 軽量級の隼人の体が煽られ、そして吹き飛んだ。


「隼人くん!」


 和美が叫んだ。愛する少年の危機を呼んだのは、彼女自身だった。






 
 
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