“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第二章 大隅秘湯、夜這い旅? 人気ゴルファーの謎

第26話 リルムリートの声

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「隼人くん!」 


 和美は動揺した。愛する少年の危機を作ったのは、彼女自身である。 


「わ、わたしのせいだ。わたしの……」 


 和美は走り出し、隼人のもとへ駆けつけようとした。だが目の前の巨大扇風機が、ゆっくりと向きを変える。 


「きゃっ……!」 


 今度は横を走り抜けようとした和美が暴風に煽られ、動きを止められた。ヤツは正面に風をおこすことができる。


「和美ちゃん!」 


 敏子は銃を撃った。このときの彼女には、リーゼント頭の命を助けようという意志はなかったのかもしれない。和美と隼人、そして緑の安全を優先した。だが扇風機の頭部を襲った銃弾は跳ね返された。38口径では威力が足りない。 


「トシちゃん、わたしのことはいいから、隼人くんを!」


 暴風の中、和美が敏子に叫んだ。だが、轟音にかき消され、声が届かない。 


「お願い、もう、もうやめて……!」 


 扇風機の腕のなかで、緑は泣き叫んだ。もはや、絶体絶命の状況である。 










『隼人、隼人……』 


 誰かが呼ぶ声がした。 


『隼人、起き上がりなさい』 


(誰?香代?) 


 隼人は思った。だが、香代のものとは違う。もっと、絡みつくような。少女のようにも、大人のようにも聞こえる不思議な声質である。 


(まさか……リルムリート?) 


 訊いてみた。こんな声の持ち主を、隼人は“ひとり"しか知らない。乳白色の空間の中、彼の目の前に美しい女が立っていた。 


(ああ、リルム……生きていたんだね) 


 隼人の涙は再会の喜びが流させたものなのか。それとも、罪の意識か。首払村の“神"と相討ちになり消えた魔剣リルムリートではないか。 


(ごめんよ、リルム……僕のせいで、君は“壊れて"しまった……) 


 泣きながら隼人は詫びた。“彼女"のおかげで神を斃すことができた。だが、リルムリート自身も砕け散った。ずっと、申し訳ないと思っていたのだ。 


『あなたのせいではないのよ……あなたの腕は完璧だったわ……』 


 そう言うリルムリートの唇は血の如く紅い。長い金髪は腰のあたりまで。瞳はファイヤーオパールの色に輝き、純白のドレスを身に纏っている。日本人ではない。 


 今、ふたりが立っているこの空間は一体なんなのか。隼人にはわからない。“魔剣"の心の世界なのか。居心地は良く、適度な温度である。 


『立って……お姫様のような、私の王子様……あなたには、なすべきことがあるわ』 


 リルムリートは、いつの間にか隼人の目の前にいた。背は彼女のほうが高い。“実体化"した剣の姿と美しい女の姿、どちらが本物なのか。 


(そうだ、和美さんと敏子さんが危ない……!) 










 隼人は目を覚ました。扇風機がおこした暴風により吹き飛ばされたが、受け身をとっていたようである。“日常の鍛錬"の賜物だろうか。起き上がり、敵の姿を確認した。さきほどより距離は離れている。気を失っていたのは、わずか数秒のことだった。 


 見ると、今度は和美が暴風の中に晒されている。扇風機の向きは隼人から見て横。右側面を見せている。こちらに風は吹いていない。 


(距離が出来たことで、僕に対する攻撃を後回しにしたのか) 


 隼人は冷静だった。結果的に、風で飛ばされたことが幸いしたのである。彼はホルスターから大型の拳銃を抜いた。S&WのM29。世界最強の44マグナムを撃ち出すハンド・キャノンだ。 


(こんなとき、リルムがいてくれたら、もっと“楽"なのかなァ……) 


 ふと思った。“魔剣"の力ならば人外と、それに取り憑かれた人間を一太刀で“切り離す"ことが出来る。だが、“彼女"は首払村で砕け散った。手元にはない。 


(さっきのは、“夢"なのか、それとも……) 


 ならば、なぜ、消えたはずのリルムリートが隼人の意識の中に現れたのか。幻覚と幻聴だったのだろうか。少年にはわからなかった。 


 隼人は数歩走り、銃の射程距離内に立った。両足を開き、44マグナムを構える。奈美坂精神病院でナンバーワンの腕を持つ彼ならば、当てることは容易い。 


(どこを狙えばいいんだろ……) 


 しばし、迷った。撃ちどころ次第では、扇風機に取り憑かれているリーゼント頭を死なせてしまう可能性もある。


 “腕と脚よ、隼人" 


 リルムリートの声が聴こえたような気がした。それも幻聴なのかもしれない。だが、隼人は従った。照門と照星の延長線上にターゲットをロックする。 









『ガーッハッハッハ!俺様の勝ちだぁ』 


 巨大扇風機の勝ち誇った大笑いがこだまする。暴風に和美の動きは止められ、敏子の弾は底をついた。 


「逃げて、逃げてください」 


 左手に捕らわれている緑が泣き叫ぶ。だが、轟音の中、声など届かない。 


 敏子は左側面から扇風機の脚に取り付いた。決死の覚悟で緑を助け出すつもりなのか。健気なロリータボディが、よじ登ろうとする。


(あれは……?) 


 台座にあたる部分に立ったとき、敏子は“ある物"の存在に気がついた。急ぎ“それ"に近づこうとする。だが…… 


『あー、痒い痒い』 


 言って、扇風機は右手で払った。 


「きゃあ!」 


 悲鳴をあげた敏子の小さな体が地面に投げ出された。 


「トシちゃん!」 


 暴風に煽られながら、和美は相棒の危機を見た。だが、動けない。足を上げただけで吹き飛ばされそうな状況である。 


『さぁ、終わりだァ!』 


 轟音を響かせながら、巨大扇風機の右手が振り上げられた。狙いは和美だ。 


(ここは吹き飛ばされても、よけなきゃ……) 


 和美は、飛んでかわそうとした。そのとき、鳴り響く銃声が轟音を切り裂いた。 


『Gyaaaaaaaaaa!!!』 


 悲鳴をあげる扇風機。猛烈な痛みに、あげた拳が止まった。 


 さらに五発の銃声。同じ場所に重い銃弾を喰らった扇風機の右腕が千切れ飛んだ。44マグナムの威力、恐るべし。


「隼人くん!」 


 和美は銃声が鳴った先を見た。そこに、愛する少年が銃を構える姿があった。 


『餓鬼ィ……この、クソ餓鬼がァァァァァッ!!!』 


 右腕を失った扇風機は、風を隼人に向けようと動いた。スピードローダーで素早く弾を装填した隼人は、次に右脚を狙い、引き金を弾いた。暗黒の夜空に、銃声が響く。


『UGaaaaaaaaaaaa!!!』 


 44マグナムの衝撃を受け、痛みに叫ぶ扇風機の体が傾いた。だが、首を回し、暴風を隼人に向けた。風に煽られ、再び小柄な少年の動きが止まる。 


「和美ちゃん、扇風機の台の上にスイッチが!」 


 なんとか起き上がった敏子が叫んだ。暴風の束縛から解放された和美は、それを聞き、扇風機の脚部から台座の上によじ登った。


(あれは……!)


 そこで和美が見た物は、敏子の言うとおり四つ並ぶ巨大なスイッチだった。右から強、中、弱とあり、左端の赤が“切"。彼女は、それに手を伸ばした。






 
 
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