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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第6話 東郷家、波乱?
しおりを挟む予期せぬ再会に驚いた久美子。無口な彼女は、珍しくなにかを言おうとした。が、先に口を開いたのは隼人のほうだった。
「あ、あ、あなたは、退魔連合会の天宮久美子さ……ぶっ!」
みなまで言わせず、久美子は白い手で口を塞いだ。そのまま首根ッこを掴み、ズルズルと引きずった。
「わー、わー」
と騒ぐ隼人を連れ、久美子は教室の外へ出た。
二階の女子トイレ。久美子は隼人を便座に座らせ、ガチャン、と鍵をかけた。
「ここで、何をしている?」
そして見下ろして訊いた。美人なので、すごむと迫力がある。
「あ、天宮さんこそ、何してんのさ?」
と、隼人。
「私は、“仕事"だ」
「僕は、“勉強"だよ」
それを聞き久美子は、いよいよ怪しんだ。確か、この少年は超常能力者の育成施設、奈美坂精神病院の研修生だったはずである。将来的に退魔士と並ぶ異能の戦士、EXPERになる予定だと聞いている。
ちなみに久美子が彼を女子便所に連れこんだ理由は、この隼人という少年が、たいそう美しいからである。久美子が男子便所にいると、なにかとまずいが、隼人の見た目は美少女にしか見えない。個室に二人っきりでいることがバレても、“この女の子が気分が悪いというので、吐く手伝いをしているのです"などと言えば切り抜けられる。レズに間違われる可能性も否定はできないのだが。
(まさか、この少年、なにかの“密命"を受けて、ここにいるのではあるまいな……)
久美子は思った。隼人が将来、所属する予定の超常能力実行局と退魔連合会は友好関係を築いており、互いの領分を侵すことはタブーとされる。仕事がバッティングした場合、最悪、こちらは手を引かなければならないのである。いや、そうなったら、むしろ久美子には最高か。元々、乗り気ではなかった仕事だ。
「とりあえず、私の質問に答えてもらおう。ここで何をしている?君は育成施設にいるはずの身で、自由に外出も出来ないはずだ」
久美子は言った。たまに話すと口調が男のようである。退魔道を邁進する彼女は対外的には“女を捨てた"とアピールしている。夜な夜な、いやらしい下着姿の自分を鏡に映して楽しんでいるなどとは誰も知らない。
「えっと、それは、そのォ……」
訊かれた隼人のほうは、両方の人差し指をツンツン。どうにも答えにくそうにしている。美しい少年のそんな姿は天使のように愛らしいが、目の前の女には効かない。
「こ・こ・で・何・を・し・て・い・る?」
久美子は隼人とキスをする直前の距離まで顔を近づけ、もう一度訊いた。
「実は……」
観念した隼人、ついに告白することとなった。
数日前、ここは隼人の実家。車庫に愛車を停め、ひとりの小柄な男が降りてきた。黒縁眼鏡をかけており、なよっとした優男である。
「おーい、今、帰ったぞー」
玄関のドアを開け、そう言った彼の名は東郷孝之。隼人の父である。
「お~い、美弥子ォ、いねぇのか?」
一家の大黒柱の声に反応はない。おかしい。電気はついている。靴を脱いであがり、首を傾げながら、孝之はリビングの戸を開けた。
「ど、どうした……?」
そして、異様な光景を見た。彼の妻、東郷美弥子がテーブルに座り、一枚の紙切れを見ていた。隼人に瓜二つの美しい愛妻の顔は青ざめ、そして震えているではないか。
「あ、あなた……」
美弥子は孝之のほうを見た。まるで、この世の終わりみたいな表情だ。
(借金の催促か?いや、車と家のローンは毎月なんとか払っているし、近所の連中から不幸の手紙をもらうような付き合い方もしてねェ。そうなると、俺個人に恨みを持つ者か?)
孝之は思った。
「こ、これを……」
美弥子は、わなわなと震える手に持った紙切れを夫に差し出した。“果たし状"かもしれない。孝之は受け取り、それを見た。
「つうしんぼ?」
拍子抜けした彼は思わずコケた。その紙切れは、奈美坂精神病院から送られてきた隼人の通知表だったのである。
「び、ビックリさせんなよォ……」
と、孝之。将来のEXPERを育成する奈美坂精神病院に通う子供は一般の学校に通うことがない。そのため、ビデオ教材で義務教育を学ぶことになるのだが、成績表は、きちんと保護者に送られる。
「わはは……」
それを見て孝之は笑った。
「しっかし、あいつ、相ッ変わらず馬鹿だなァ」
記載された隼人の学業成績は数字で評価されているが、かんばしいものではない。
「まァ、焦るこたァねぇよ。あいつは、まだ子供だ」
「なに呑気なこと言ってんのよ!!!」
美弥子は夫を怒鳴りつけた。
「あなたが、そんな適当人種だからいけないのよ!これからの世の中は“学歴"ですべてが決まるわ。勉強が苦手なんて大変なことなのよ!」
と、頭を抱える美しい妻。
「いやいや、あいつは将来の“進路"は決まってるし、そう悲観することは……」
と、孝之。
「だいたい、あなたが“甘やかす"から勉強が苦手な子に育っちゃったのよ!もし、ハーくんが横道にそれちゃうようなことがあったら、私、もう生きてはいけないわ……」
自分のことを棚の最上段にあげ、美弥子は嘆いた。猛烈に……
“男ってのは勉強が全てじゃねえよ。熱いハートと腕っ節さ!"
などと言える雰囲気ではない。孝之は空気を読んだ。
「このままだと、あの“猪熊ゴルフスクール"みたいな青少年更正施設に、ハーくんを入れなきゃならなくなるわ」
抱えた頭を振る美弥子。実は最近、テレビで元プロゴルファー、現教育者である猪熊豪三郎の言葉を聞き、感銘を受けたばかりだった。“どんな問題児でも立ち直ることが出来る。だが、取り掛かりは早くすべきなのだ、ウヒョヒョヒョヒョ"と、いうものであった。
「私、今から行ってくるわ!」
席を立ち、テーブルに置かれた車のキーを取った美弥子。
「どこに?」
と、訊いた孝之に美弥子は、こう答えたのである。
「決まってるでしょ!奈美坂精神病院よ」
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