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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第7話 親馬鹿の極み
しおりを挟む「決まってるでしょ!奈美坂精神病院よ」
と、美弥子は言った。もう、夜である。
「おいおい、こんな時間から……」
と、孝之。ここから奈美坂があるS市までは結構な距離である。
「明日でいいじゃねぇか」
「そんな悠長なこと、言ってられないわ」
「つか、俺の晩飯は?」
“バンッ!”
美弥子は机に、なにかを叩きつけた。それに描かれた肖像画が孝之を見つめている。なんと一枚の千円札ではないか。これで夕食を食いにいけ、という意味である。
隼人がいる奈美坂精神病院は、S市の外れの山中にある。四方を巨大な塀で囲まれた無機質な建物であり、夜に見上げると、いっそう不気味さが増す。だが、愛する息子が横道にそれる危険性に比べれば、そんなものは屁でもない。頼りない夫に代わり美弥子は単身、乗りこんだ。
「主任、“研修生"の東郷隼人くんの親御様が面会を求めていらっしゃるのですが……」
薩国警備の制服を着た一人の女が、壁にかけられた内線用の受話器を置き、言った。彼女の名は安田幸子。超常能力実行局のEXPERである。
超常能力実行局は退魔連合会と違い、世間には非公表の組織だ。薩国警備とは、そんな超常能力実行局が世を忍ぶ仮の姿だが、れっきとした法人格を有しており、表向きは民間の警備会社として活動している。
一方、奈美坂精神病院は、“超常能力開発機構"の南九州支部であり、医療機関を装っている。超常能力者の育成が目的の施設であり、ここを“卒業"した者は、将来的に“EXPER"。つまり、超常能力の実行者となるのだ。
幸子に“主任"と呼ばれた男は白衣を着ている。面倒くさそうに、こう答えた。
「なんで、こんな時間に、わざわざ子供に会いに来るのかねぇ……」
彼の名は味噌川正広。長身で、やけに恰幅が良い。見た目は格闘技かなにかをやっていそうだが、実は医師免許を持つ医者である。アメリカで博士号まで取ったインテリの45歳。
「やれやれ、なんと言って説得しようか……」
と、味噌川。この奈美坂精神病院に子供を預けている親が急に面会を求めることは決して珍しくはない。この男も所帯持ちで子供がいる身だ。上の子が受験を控えている。
「追い返すわけにはいかないのでしょう?」
そう言い、苦笑する幸子。EXPERである彼女は、ここの“卒業生“でもある。すらりとした細身で美人だ。今年、25歳。
奈美坂精神病院には、日夜問わず数人の職員とEXPERが常駐している。ふたりは今宵の宿直だった。
「そんなわけにはいくまい。通してくれたまえ。やれやれ……」
見た目通りの重い腰をあげ、味噌川は部屋を出た。
来客用の応接室は二号棟にある。美弥子は、そこに通された。
「ああ、これはどうもどうも。味噌川と申します」
さっきまでとはえらく違う明るい態度で味噌川は名刺を差し出した。頭を何度も下げ、太い腰が可動範囲の限界を数回往復する。下手に出ながらも、やけに、にこやかなのは、それが一番効果的な “保護者への応対法"だと考えているからだろう。
「実はですねぇ……」
味噌川は美弥子に席をすすめ、ものすごく申し訳なさそうな口調で続けた。
「当施設の“規則"で休暇以外では研修中の方とはお会いできないことになっておりまして。本当に申し訳ございません」
またも深々と下げた頭は七三を越えた一九分けである。
「今日は息子に会いに来たわけではありません」
美弥子は言った。きっぱり。
「はぁ、そうでしたか」
と、味噌川。予想とは違った。
「これは、どういうことなのでしょうか?」
美弥子は机の上に隼人の通信簿を置き、言った。
「これは、息子さんの成績表ですな。頑張っておられますよ」
と一言。そして味噌川は、それを見た。お世辞にも程があるが、“努力不足ですなァ"、などとも言えない。
「どこが……どこがですかッ!!」
美弥子は怒鳴った。怖い顔をしても美人は美人である。
「あなた方の管理がなっていないから息子の成績が上がらないのではないのですか?」
「いえいえ、我々は学習指導要領にのっとり、適切な教育を……」
「ビデオ教材を眺めているだけで適切な教育と言えるのですか?」
「きちんと定期的に試験も行っておりまして……」
「そのテストの点数がこれですか?」
成績表と共に送られてきた隼人の算数の試験を美弥子は見せた。右上に赤く書かれた点数と、やけに多いバッテンが惨状を物語っている。
「あなた方は言ったはずですわ。ここは“能力"の開発だけでなく、将来、社会人として必要な教養も身につく施設です。どうか安心して御子息をお預けください、と」
(調子の良いことを……)
味噌川は、美弥子にそんなことを吹き込んだ職員を恨んだ。そして、そのケツを拭く羽目になった自分の運の悪さも。もっとも、他所様の子供を預かる以上、奈美坂精神病院は教育面もきちんと充実してはいるのだ。この場合、勉強に不熱心な隼人が一番悪い。だが、味噌川の立場では、そんな反論も出来ない。
「だいたい、あの子は顔は私に似ましたが、頭は主人に似て“そこそこ"良いのです。こんな成績で終わるはずがありません」
という美弥子のセリフ。それを聞き、“親馬鹿の極致"だと味噌川は思ったが、言葉には出さないし出せない。
「では、今後は息子さんの学習にさく時間を増やすことで対処致します。当施設内には教員免許を持つ職員もおりますので、その者たちと連携し……」
「これは児童虐待ですわ……」
と、美弥子。
(人聞きの悪い……)
味噌川は、思った。
「子供の義務である教育を適切に受けさせないここは虐待施設ですわ。ああ、なんてことを……」
美弥子はハンカチで涙を拭いた。ついでに鼻も噛んだ。
「“塾"に行かせます……」
そして言った。形の良いその鼻が真っ赤になっていた。
「はぁ?」
と、味噌川。語尾の発音が思わず上がってしまった。
「ここでの“日課"が終わったあと、息子を、この塾に通わせます」
言って美弥子は、バッグの中からバーニング・ゼミナールのパンフレットを取り出した。
「ここからならば、バスで通える距離です。息子を、この塾に行かせます」
もう一度、言った。
「いや、夜ひとりで通わせるのは危険ですので……」
と、味噌川。
「なんのための“能力"なのですか?」
とは、美弥子。たしかに隼人が持つ超常能力ならば大概の危険は乗り越えられる。奈美坂精神病院から近隣のバス停までは徒歩で行ける。
「もちろん、月謝はこちらで払います。送り迎えもいりません。ならば問題はないでしょう?」
「いや、ですが当施設では“原則"として研修生の夜間外出は控えていただいておりまして……」
「“原則"ということは、“例外"もあるということではありませんか!」
“バンッ!”と、美弥子は机を叩き、怒鳴った。
「児童虐待ですわ……」
そして、また言った。
「勉強する自由すら奪われているなんて……もう、訴えるしかありませんわ……」
またも美弥子は涙を拭き、鼻を噛んだ。対する味噌川は只々、困り果てた。
──と、いうわけなんだ。
説明し終えた隼人。久美子は黙って聞いていた。数秒の沈黙の後……
「プッ……」
笑った……笑ったのだ、この女が。大変に珍しいことである。
「あ、天宮さん、今、笑ったよね?笑ったでしょ?ひどいなぁ……」
隼人は唇を尖らせた。久美子は、すぐに真顔に戻り、ぶるぶると首を振った。
「まァ、でも、天宮さんが先生で良かったよ。知ってる人のほうが、質問とかしやすいし」
美少年のそんな言葉に“ギクッ"とする久美子。初日から、とんだハプニングである。
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