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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第8話 学業成就の道とは
しおりを挟む退魔連合会鹿児島支部、S市出張所の退魔士、天宮久美子が市内の学習塾、バーニング・ゼミナールでの“潜入調査"を開始して三日がたった。無口な彼女は最小限の言葉と最大限の身振り手振りで、なんとか“講師"としての仕事をこなしていた。
人間、やってみれば出来るものである。久美子は、そう感じ始めていた。過去に学んだ知識と教養を脳内で総動員し、子供たちに勉強を教える。慣れるとは難しくないことなのかもしれない。
今も子供が一人、手を挙げている。久美子の指導を仰いでいるのだ。彼女は後ろから近づいた。
(君か……)
その子供は、東郷隼人だった。
「天宮“先生"、これ教えてよ」
彼が言った。知り合いに“先生"などと呼ばれると馬鹿にされているような気もするが、顔には出さず久美子、隼人が持ち込んだ奈美坂精神病院製のプリント問題に目を通した。
問1 漢王朝の歴代皇帝の即位順について、( )の中に適切な人名を書きなさい。
高祖→( )→( )→( )→文帝
問2 秦の始皇帝が行なった思想弾圧政策を「漢字」で書きなさい。
問3 後漢の光武帝が奴国に賜った物といえば「かんのわのなのこくおういん」ですが、それを漢字で書きなさい。
(なんだ、これは……?)
久美子は驚愕した。これが小学生向けの問題なのか?どう見ても高校の世界史ではないか。いくら将来、社会に役立つ人材を育成するためとはいえ、こんな高等な教育を11歳の子供に課す奈美坂精神病院恐るべき、と思った。
「フッ……」
久美子は言った。
「学業成就の道とは、撃剣の道と相通ずる筋を歩む物也……」
やけに古風な物言いである。
「おおっ……!」
と、隼人は期待した。これは深い話が聞けると思ったのだ。
「それで、答えは?」
「自分で考えたまえ」
「へ?」
白首を捻る隼人に久美子はこう言ったのである。
「過程なき結果に価値はない。勉学とは自己でつきつめてこそ、君の中で高尚な存在へと昇華するのだ」
「でも、それじゃ、先生の存在価値がないじゃん」
「自分で考えたまえッ……!」
「はいっ!」
すごんだ久美子の顔を見て、隼人はシャキンとした。逆らったら怖そうだ。
夜九時、今日も一日が終わった。久美子がこのバーニング・ゼミナールに潜入した理由は、“幽霊"の調査だった。講師としてのスキルは上がっても、そっちのほうは進展がない。
一階の受付に戻ると、書類の整理をしている事務員の裏山松子が久美子のほうを見た。初日に、ここを案内してくれた女だ。相変わらず地味な感じである。
「天宮さん、塾長が呼んでるわ」
と、松子。今日も口のきき方が、ぶっきらぼうだ。
「松子さん、新人さんに対して、んな感じじゃ嫌われますよ」
横から、ひとりの男が割って入ってきた。長身で爽やか。なかなかハンサムな青年である。
「天宮さん、少しは慣れましたか?」
そう訊いてきた。彼の名は元木憲剛という。ここの正社員講師である。久美子は頷いた。
「それは良かった。人間、慣れが肝心ですよ」
と、元木が言った。気さくな人柄のようだ。着ているスーツと履いている革靴は上等のブランド物であり、良く似合っている。 男性ファッションモデル並みの着こなしを見せており格好いいが、田舎の学習塾講師としては、いささかキメすぎのようにも感じる。
「元木君、わたしのこと、下の名前で呼ぶのやめてくれないかしら?」
と、松子。不機嫌そうな顔をした。
「だって、“裏山さん"って呼びづらいでしょ?」
とは、元木。それを聞いた松子は、さらに不機嫌そうになり、デスクに広げた書類に目を戻した。
「何日かやってりゃ、もっと慣れますよ。たかが子供の相手なんてね」
元木が言った。今、周囲に生徒はいない。久美子は、その台詞を不快に感じたが、それならば苦労はない、とも思った。
ちなみに、元木も松子も久美子の素性は知らないはずだ。表向きは女子大生のパート講師ということになっている。生徒や従業員の不安を煽らぬよう、潜入調査の形を要求したのは塾長であり、経営者でもある中久保初美である。退魔連合会の出資者たる会員の希望は最大限にきかなければならない。この塾で久美子が退魔士であることを知っているのは初美と、そして隼人だけである。
バーニング・ゼミナールは二階建て。一階は受付を兼ねた事務局の他、奥に塾長室があり、その間に教室が二部屋。二階には四部屋の教室がある。ロビーのようなものはなく、廊下に長机と椅子が置いてあり、そこでも自習が出来る。さほど広くないスペースを有効に活用するためであろう。トイレは各階に男女一箇所ずつ。ジュースの自動販売機は受付の前にある。
久美子は一階にある塾長室の前にやって来た。
(調査の状況を訊くために、私を呼んだのか……)
ノックする前、考えた。いまだ進展はない。どちらかというと講師業に慣れることのほうに精一杯だった。だが、言い訳にはならない。とりあえず、ドアを叩いた。
「どうぞ」
中から塾長の初美の声がした。ノブを回し、開けると、そこには女が二人いた。一人は初美。そして、もう一人は……
「天宮さん、こちらの方が“取材"に来られたのです」
初美と向かい合って座っていた客の女が立ち上がった。背が高い。170センチ以上ある。ベリーショートの髪型をした、ボーイッシュな美人である。彼女は自己紹介をした。
「はじめまして、『非現実ジャーナル』の花ノ宮奈津子と申します」
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