“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

文字の大きさ
89 / 146
第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第8話 学業成就の道とは

しおりを挟む
 
 退魔連合会鹿児島支部、S市出張所の退魔士、天宮久美子が市内の学習塾、バーニング・ゼミナールでの“潜入調査"を開始して三日がたった。無口な彼女は最小限の言葉と最大限の身振り手振りで、なんとか“講師"としての仕事をこなしていた。 


 人間、やってみれば出来るものである。久美子は、そう感じ始めていた。過去に学んだ知識と教養を脳内で総動員し、子供たちに勉強を教える。慣れるとは難しくないことなのかもしれない。 


 今も子供が一人、手を挙げている。久美子の指導を仰いでいるのだ。彼女は後ろから近づいた。 


(君か……) 


 その子供は、東郷隼人だった。 


「天宮“先生"、これ教えてよ」 


 彼が言った。知り合いに“先生"などと呼ばれると馬鹿にされているような気もするが、顔には出さず久美子、隼人が持ち込んだ奈美坂精神病院製のプリント問題に目を通した。 





 問1 漢王朝の歴代皇帝の即位順について、( )の中に適切な人名を書きなさい。 

 高祖→( )→( )→( )→文帝 


 問2 秦の始皇帝が行なった思想弾圧政策を「漢字」で書きなさい。 


 問3 後漢の光武帝が奴国に賜った物といえば「かんのわのなのこくおういん」ですが、それを漢字で書きなさい。 





(なんだ、これは……?) 


 久美子は驚愕した。これが小学生向けの問題なのか?どう見ても高校の世界史ではないか。いくら将来、社会に役立つ人材を育成するためとはいえ、こんな高等な教育を11歳の子供に課す奈美坂精神病院恐るべき、と思った。 


「フッ……」 


 久美子は言った。 


「学業成就の道とは、撃剣の道と相通ずる筋を歩む物也……」 


 やけに古風な物言いである。 


「おおっ……!」 


 と、隼人は期待した。これは深い話が聞けると思ったのだ。 


「それで、答えは?」 

「自分で考えたまえ」 

「へ?」 


 白首を捻る隼人に久美子はこう言ったのである。 


「過程なき結果に価値はない。勉学とは自己でつきつめてこそ、君の中で高尚な存在へと昇華するのだ」 

「でも、それじゃ、先生の存在価値がないじゃん」 

「自分で考えたまえッ……!」 

「はいっ!」 


 すごんだ久美子の顔を見て、隼人はシャキンとした。逆らったら怖そうだ。 










 夜九時、今日も一日が終わった。久美子がこのバーニング・ゼミナールに潜入した理由は、“幽霊"の調査だった。講師としてのスキルは上がっても、そっちのほうは進展がない。 


 一階の受付に戻ると、書類の整理をしている事務員の裏山松子うらやま まつこが久美子のほうを見た。初日に、ここを案内してくれた女だ。相変わらず地味な感じである。 


「天宮さん、塾長が呼んでるわ」 


 と、松子。今日も口のきき方が、ぶっきらぼうだ。


「松子さん、新人さんに対して、んな感じじゃ嫌われますよ」 


 横から、ひとりの男が割って入ってきた。長身で爽やか。なかなかハンサムな青年である。 


「天宮さん、少しは慣れましたか?」 


 そう訊いてきた。彼の名は元木憲剛もとき のりたかという。ここの正社員講師である。久美子は頷いた。 


「それは良かった。人間、慣れが肝心ですよ」 


 と、元木が言った。気さくな人柄のようだ。着ているスーツと履いている革靴は上等のブランド物であり、良く似合っている。 男性ファッションモデル並みの着こなしを見せており格好いいが、田舎の学習塾講師としては、いささかキメすぎのようにも感じる。


「元木君、わたしのこと、下の名前で呼ぶのやめてくれないかしら?」 


 と、松子。不機嫌そうな顔をした。 


「だって、“裏山さん"って呼びづらいでしょ?」 


 とは、元木。それを聞いた松子は、さらに不機嫌そうになり、デスクに広げた書類に目を戻した。 


「何日かやってりゃ、もっと慣れますよ。たかが子供の相手なんてね」 


 元木が言った。今、周囲に生徒はいない。久美子は、その台詞を不快に感じたが、それならば苦労はない、とも思った。 


 ちなみに、元木も松子も久美子の素性は知らないはずだ。表向きは女子大生のパート講師ということになっている。生徒や従業員の不安を煽らぬよう、潜入調査の形を要求したのは塾長であり、経営者でもある中久保初美である。退魔連合会の出資者たる会員の希望は最大限にきかなければならない。この塾で久美子が退魔士であることを知っているのは初美と、そして隼人だけである。 










 バーニング・ゼミナールは二階建て。一階は受付を兼ねた事務局の他、奥に塾長室があり、その間に教室が二部屋。二階には四部屋の教室がある。ロビーのようなものはなく、廊下に長机と椅子が置いてあり、そこでも自習が出来る。さほど広くないスペースを有効に活用するためであろう。トイレは各階に男女一箇所ずつ。ジュースの自動販売機は受付の前にある。 


 久美子は一階にある塾長室の前にやって来た。 


(調査の状況を訊くために、私を呼んだのか……) 


 ノックする前、考えた。いまだ進展はない。どちらかというと講師業に慣れることのほうに精一杯だった。だが、言い訳にはならない。とりあえず、ドアを叩いた。 


「どうぞ」 


 中から塾長の初美の声がした。ノブを回し、開けると、そこには女が二人いた。一人は初美。そして、もう一人は…… 


「天宮さん、こちらの方が“取材"に来られたのです」 


 初美と向かい合って座っていた客の女が立ち上がった。背が高い。170センチ以上ある。ベリーショートの髪型をした、ボーイッシュな美人である。彼女は自己紹介をした。 


「はじめまして、『非現実ジャーナル』の花ノ宮奈津子はなのみや なつこと申します」







 

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...