“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

文字の大きさ
90 / 146
第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第9話 花ノ宮奈津子

しおりを挟む
 

「はじめまして、『非現実ジャーナル』の花ノ宮奈津子と申します」 


 奈津子と名乗る女が頭を下げた。久美子も同様に返す。 


「こちらの花ノ宮さんが、例の“幽霊"の件で“取材"をしたいとおっしゃるの。天宮さんの意見を聞こうと思って」 


 と、初美が言った。特に困っているようには見えない。 


 『非現実ジャーナル』は、東京の出版社から毎月刊行されている雑誌で、様々な怪奇現象や心霊などといった各種非日常的な事柄を取り上げている。今日の人々を悩ませている“人外の存在"についての記事も好評で、世の中のオカルトブームも相まって着実に発行部数を伸ばしている。奈津子は、そこの看板ライターの一人だ。 


「天宮さんのお噂は聞いておりますわ」 


 と、奈津子が右手を差し出してきた。握り返す久美子。 


「この鹿児島で今、一番注目されている若手退魔士なんですってね。東京にいるわたしの同業者の間でも有名人ですわよ」 


 形のよい左手を口に当て、笑う奈津子に対し、良い印象はない。 


(この女、田舎を馬鹿にしているな……) 


 久美子は、そう思った。東京からやって来たこの奈津子という女、鹿児島の退魔士の間でも、よく知られている。デカいオフロードを駆り、人外の匂いがする場所にたびたび現れるからだ。良い記事を書くためとはいえ、自ら危険に飛び込むような人種の行動を肯定する気はない。 


 久美子と奈津子。実は初対面ではなかった。数ヶ月前、奈津子は取材で訪れた首払村で“神"を自称する化け物に取り憑かれた久美子に襲われたのである。超常能力実行局の見習いEXPER、河野和美こうの かずみに助けられ、そのときは、なんとか事なきを得た。 


 久美子の記憶は、その前後のことが曖昧で、ほとんど頭に残ってはいない。彼女が覚えているのは闘いに敗れ、化け物の“指姦"により、“人外の快楽"を植えつけられたことまでである。かたや奈津子も自分を襲った者が久美子だとは知らない。“憑依体"にされたときの久美子の顔には目と鼻がなかったからだ。 


「どうかしら?取材に協力しても問題ないかしら?」 


 初美は久美子に訊ねた。 


「……内容は?」 


 次に久美子が奈津子に訊ねる。 


「まず、第一発見者の方に、そのときの話を伺います。あと、塾内の写真を数枚……」 


 と、奈津子。“第一発見者"とは事務員の松子のことである。 


 久美子は初美のほうを見た。経営者の意見を知ってみたかったのだ。取材による後の影響などを考えないのか?


「まァ、その程度なら、いいんじゃないかしら?」 


 察した初美が答えた。 


「“危険"とは考えないのですか?」 


 重く、そして美しい唇を開いた久美子の言葉は、どちらに向けられたものであったか?それは当人のみぞ知る。 


「危険など、慣れっこの商売ですので」 


 言って奈津子は、また笑った。たしかに彼女、何度も危機に直面している。久美子はひとつ頷くと、無言で部屋を出た。 


(話には聞いていたけど、無愛想ね……) 


 奈津子は思った。彼女の中では、ただの“取材程度"で終わらせるつもりはなかった。 










 時刻は午後九時二十分。一階の廊下で久美子は、隼人とすれ違った。 


「天宮さん!」 


 そう言って笑う11歳の彼。欠点のない美貌の持ち主である。美少女にしか見えない。 


「僕、バスで奈美坂から通ってるんだ。今から帰るとこだよ」 


 と、隼人。 


 “そうか、世の中、物騒だから気をつけて帰りたまえ。そして帰ったら、今日の復習と明日の予習を忘れないようにな。さようなら" 


 などと思っても、この無口な女、声には出さない。ただ、頷いた。 


「うん、わかったよ!じゃあね」 


 隼人は細い手を上げ、言った。まるで久美子の心のうちがわかっているようである。 


「あ、そうだ……!」 


 何かを思い出したかのように隼人、くるりと振り向いた。小柄で痩せっぽちな彼が、分厚いジャンパーと太めのジーンズで着ぶくれしている。そんな姿も愛らしい。 


「こないだは、ありがとうございました」 


 そして、言った。 


「天宮さんの助言のおかげで、勝てたんだ」 


 先日、大隅半島のO町で、人気アマチュアゴルファー、林原緑はやしばら みどりを攫った巨大扇風機型の人外と戦った。旅館でばったり会った久美子から敵の“弱点"を教えてもらい、勝てたのだ。共闘した超常能力実行局の河野和美、倉敏子くら としこにも大きな怪我はなかった。 


「天宮さんの言う通りだったよ。“背中"が弱点だったんだ」 


 隼人の整った顔は明るい。聞き手が無言で、無表情であっても。 


(この少年は、私が怖くないのだろうか?) 


 久美子は思った。小学生が懐くには、ハードルが高い女だと自覚している。常に美しい仏頂面をぶら下げている自分だ。だが、隼人の考えは、また、違った。 


 “まったく、愛想のない女ね" 


 旅館で会ったあと、和美が言っていた。 


 “でも、ホントは、すごく優しい人だと思うよ" 


 隼人が言った。彼に惚れている和美は、その言葉を聞き、面白くなさそうだった。 


 “あの人はただ、顔と言葉に出さないだけなんだ" 


 それが隼人の見解だった。無垢な少年には、わかるのかもしれない。久美子という女が内に秘めている人柄が……


「立ち話は終わったかしら?そろそろ、通りたいのだけど?」


 いきなり久美子の背後から声がした。振り向くと、そこに一人の少女が立っている。


「新しい講師の先生ね」


 と言う少女、隼人と同い年くらいだろうか。長い髪を三つ編みにしており、ピンクのジャンパーの上からマフラーを巻いている。顔立ちは悪くないが、若干、険のある表情をしていた。ランドセルを背負っているところを見ると、学校帰りに直接、ここに通っているのだろう。久美子は頷いた。


「ああ、君も今、帰るとこなんだね」


 そう言った隼人。


「そうよ」


 と、少女は答えた。


「天宮“先生"。彼女は友村早苗ともむら さなえさんといって、この塾で一番成績が良い優等生なんだ」


 隼人が紹介した。






 
 

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...