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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第18話 偉そうな男
しおりを挟む厳しい寒さを伴うも、爽やかな好天に恵まれた午後三時すぎ。奈美坂精神病院の敷地内に黒塗りの大型セダンが停まっていた。屈強そうなスーツ姿の男たちに囲まれ、車の横で煙草をふかす人物もまた、スーツ姿で体格が良い。185センチ87キロ。数字のわりに肥満の兆候は全く見られない。洋服の上からでもわかるほどに鍛え抜かれた体である。顔立ちは精悍で、浅黒い。発する雰囲気から察するに只者ではないだろう。この季節特有の剃刀のような冷たく鋭い空気と風に同化しているような人である。
車の中は禁煙ではない。そもそも、愛煙家の彼から煙草を取り上げられるような人間などいない。だが、この男は外で吸うことが好きだった。晴天の解放感の中、自然の空気ごと吸飲するのが楽しい。
フィルターの直前まで燃やした煙草を彼は足下に投げ捨てた。黒艶の良い革靴でそれを揉み消す。すると、それを見ていた妖精の如く美しい“少女"が近づいてきた。
まさか“危害"をくわえることなどあるまい、と、その愛らしい姿を見守る周囲の屈強そうな男たち。その輪の中に入った少女は、革靴の裏で潰された吸い殻を拾い、ひとこと。
「ダメだよ、おじさん。煙草は灰皿に捨てなきゃ」
そして、煙草の残骸を持ち主に手渡した。少しだけ怒った顔もまた、美しいではないか。
屈強そうな男たちの表情に緊張が走った。このお方に説教出来る者など、この世にどれほどいるだろうか?しかも小柄な“少女"である。
「おぉ、そうだな。悪ィ悪ィ」
だが、精悍な男は煙草を受け取り、素直に謝った。慌てて近づいてきた一人が差し出した手のひらにそれをのせた。
「君は、ここの研修生かね?」
と、男。見た目と違い、気さくな話し方である。
「うん」
とは、少女。こくり、と頷いた。
「では、大人になったら“EXPER"になるんだね」
「そうだよ」
「そうか、がんばりたまえ」
男は、そう言って、たくましい右手を差し出した。少女も握り返す。こちらは華奢で、すぐ折れそうな腕である。
「おじさん、“社長"さんでしょ?」
少女が訊いた。
「なぜ、そう思う?」
「だって、“偉そう"にしてるから……」
それを聞き、男は大笑いした。周囲の連中の表情は、さきほどから緊張しっぱなしである。
「そうかそうか、偉そうか」
ひと通り笑い終え、こう続けた。
「“外れ"だよ。俺は“部長"さ」
その言葉に、少女は細首をかしげた。
「それって、偉くないの?」
「ん?まァ、自分では、そこまで大したこたァねぇと思ってるよ。上には上がいるもんさ」
「ふーん、ダメだなぁ。男なら“一番"を目指さなきゃ」
周囲にいる屈強そうな男たちのひとりが、それを聞き頭を抱えた。
「ねぇ、おじさん……」
少女は見上げ、訊ねた。ロリコンでなくとも、見惚れてしまうほどの美貌である。あどけなさと艶っぽさが小さな顔に同居している。
「偉くなることって、大事なのかなぁ?」
「なぜだい?」
「友達が“総理大臣"を目指しているんだ」
「ほう……」
「しかも、その子、女の子なんだ」
「見上げた根性じゃねぇか」
「でも、総理大臣になるために、テレビも見ず遊びもせず、勉強ばっかしてるんだ。そうまでして、偉くなりたいのかなぁ……?」
「いいことじゃねぇか。人間、努力するってことは大事だよ」
「うーん……」
少女は、腕組みして首をひねった。その可愛らしい姿を見て、自身と子供との間にある価値観のズレは年齢差と経験差が作り出しているものなのかもしれない、と思った。若いうちはピンとこないものなのかもしれない。
「ところで、そういう君の夢はなんだい?“お嫁さん"かね?」
それを聞いた少女が唇を尖らせた。
「僕は“男"だよ。女じゃないやい」
言われ、男は大変に驚いた。どう見ても少女にしか見えなかったのである。
「そいつはすまんかった。名前を教えてくれ」
「東郷隼人」
「隼人君か。ところで、君はどこかに出かけるのかい?」
見ると、隼人はリュックを背負っている。分厚いジャンパーとジーンズを身につけており、その下はスニーカー履きだ。
「塾」
「塾?」
「うん、成績が悪いから、お母さんに行けって言われてるんだ」
「そうか、いっぱい勉強して来い」
「おじさんも“社長"になれるように頑張りなよ」
「ああ……精進するよ」
ぶんぶんと細い手を振り、門の方へ向かう隼人。対する男もゴツい手を振り返す。変わった出会いに苦笑が漏れた。周囲の屈強そうな男たちは、それを見て胸を撫で下ろした風である。
「まさか男の子だったとはね……」
整髪料できちんと分けられた髪をポリポリとかきながら呟いた。天使のような“彼"は、少女より美しいのではないかと思えた。
「あの子が“21世紀型育成制度"の適用第一号者なのです」
振り返った。白衣を着た声の主は奈美坂精神病院の主任職員、味噌川正広である。
「ほう、あの制度のね」
言って、男は再び煙草に火を付けた。その点に関して、さほどの感銘はない。育成などには関わらない“立場"である。彼が望むのは既に戦力として計算できる“完成品"のほうだった。
「しかし、美しい少年だな」
むしろ男は隼人の美貌に興味を持ったようである。いや、あの美しさに何も感じない者など、この世にはいないのかもしれない。
「本部長、そろそろお時間が……」
屈強そうな男たちのうち、一人が言った。
「一本、吸い終わるまで待てよ」
だが、本部長と呼ぶ男にそう返され、大きな体を丸めるように引っ込んだ。
男の名は佐伯雅一。超常能力実行局鹿児島支局、実動本部長。EXPERたちのトップに立つ人物である。
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