“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

文字の大きさ
99 / 146
第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第18話 偉そうな男

しおりを挟む
 
 厳しい寒さを伴うも、爽やかな好天に恵まれた午後三時すぎ。奈美坂精神病院の敷地内に黒塗りの大型セダンが停まっていた。屈強そうなスーツ姿の男たちに囲まれ、車の横で煙草をふかす人物もまた、スーツ姿で体格が良い。185センチ87キロ。数字のわりに肥満の兆候は全く見られない。洋服の上からでもわかるほどに鍛え抜かれた体である。顔立ちは精悍で、浅黒い。発する雰囲気から察するに只者ではないだろう。この季節特有の剃刀のような冷たく鋭い空気と風に同化しているような人である。 


 車の中は禁煙ではない。そもそも、愛煙家の彼から煙草を取り上げられるような人間などいない。だが、この男は外で吸うことが好きだった。晴天の解放感の中、自然の空気ごと吸飲するのが楽しい。 


 フィルターの直前まで燃やした煙草を彼は足下に投げ捨てた。黒艶の良い革靴でそれを揉み消す。すると、それを見ていた妖精の如く美しい“少女"が近づいてきた。 


 まさか“危害"をくわえることなどあるまい、と、その愛らしい姿を見守る周囲の屈強そうな男たち。その輪の中に入った少女は、革靴の裏で潰された吸い殻を拾い、ひとこと。 


「ダメだよ、おじさん。煙草は灰皿に捨てなきゃ」 


 そして、煙草の残骸を持ち主に手渡した。少しだけ怒った顔もまた、美しいではないか。 


 屈強そうな男たちの表情に緊張が走った。このお方に説教出来る者など、この世にどれほどいるだろうか?しかも小柄な“少女"である。 


「おぉ、そうだな。悪ィ悪ィ」 


 だが、精悍な男は煙草を受け取り、素直に謝った。慌てて近づいてきた一人が差し出した手のひらにそれをのせた。 


「君は、ここの研修生かね?」 


 と、男。見た目と違い、気さくな話し方である。 


「うん」 


 とは、少女。こくり、と頷いた。 


「では、大人になったら“EXPER"になるんだね」 

「そうだよ」 

「そうか、がんばりたまえ」 


 男は、そう言って、たくましい右手を差し出した。少女も握り返す。こちらは華奢で、すぐ折れそうな腕である。


「おじさん、“社長"さんでしょ?」 


 少女が訊いた。 


「なぜ、そう思う?」 

「だって、“偉そう"にしてるから……」 


 それを聞き、男は大笑いした。周囲の連中の表情は、さきほどから緊張しっぱなしである。 


「そうかそうか、偉そうか」 


 ひと通り笑い終え、こう続けた。 


「“外れ"だよ。俺は“部長"さ」 


 その言葉に、少女は細首をかしげた。 


「それって、偉くないの?」 

「ん?まァ、自分では、そこまで大したこたァねぇと思ってるよ。上には上がいるもんさ」 

「ふーん、ダメだなぁ。男なら“一番"を目指さなきゃ」 


 周囲にいる屈強そうな男たちのひとりが、それを聞き頭を抱えた。 


「ねぇ、おじさん……」 


 少女は見上げ、訊ねた。ロリコンでなくとも、見惚れてしまうほどの美貌である。あどけなさと艶っぽさが小さな顔に同居している。 


「偉くなることって、大事なのかなぁ?」 

「なぜだい?」 

「友達が“総理大臣"を目指しているんだ」 

「ほう……」 

「しかも、その子、女の子なんだ」 

「見上げた根性じゃねぇか」 

「でも、総理大臣になるために、テレビも見ず遊びもせず、勉強ばっかしてるんだ。そうまでして、偉くなりたいのかなぁ……?」 

「いいことじゃねぇか。人間、努力するってことは大事だよ」 

「うーん……」 


 少女は、腕組みして首をひねった。その可愛らしい姿を見て、自身と子供との間にある価値観のズレは年齢差と経験差が作り出しているものなのかもしれない、と思った。若いうちはピンとこないものなのかもしれない。 


「ところで、そういう君の夢はなんだい?“お嫁さん"かね?」 


 それを聞いた少女が唇を尖らせた。 


「僕は“男"だよ。女じゃないやい」 


 言われ、男は大変に驚いた。どう見ても少女にしか見えなかったのである。 


「そいつはすまんかった。名前を教えてくれ」 

「東郷隼人」 

「隼人君か。ところで、君はどこかに出かけるのかい?」


 見ると、隼人はリュックを背負っている。分厚いジャンパーとジーンズを身につけており、その下はスニーカー履きだ。 


「塾」 

「塾?」 

「うん、成績が悪いから、お母さんに行けって言われてるんだ」 

「そうか、いっぱい勉強して来い」 

「おじさんも“社長"になれるように頑張りなよ」 

「ああ……精進するよ」 


 ぶんぶんと細い手を振り、門の方へ向かう隼人。対する男もゴツい手を振り返す。変わった出会いに苦笑が漏れた。周囲の屈強そうな男たちは、それを見て胸を撫で下ろした風である。 


「まさか男の子だったとはね……」 


 整髪料できちんと分けられた髪をポリポリとかきながら呟いた。天使のような“彼"は、少女より美しいのではないかと思えた。 


「あの子が“21世紀型育成制度"の適用第一号者なのです」 


 振り返った。白衣を着た声の主は奈美坂精神病院の主任職員、味噌川正広である。 


「ほう、あの制度のね」 


 言って、男は再び煙草に火を付けた。その点に関して、さほどの感銘はない。育成などには関わらない“立場"である。彼が望むのは既に戦力として計算できる“完成品"のほうだった。 


「しかし、美しい少年だな」 


 むしろ男は隼人の美貌に興味を持ったようである。いや、あの美しさに何も感じない者など、この世にはいないのかもしれない。 


「本部長、そろそろお時間が……」 


 屈強そうな男たちのうち、一人が言った。 


「一本、吸い終わるまで待てよ」 


 だが、本部長と呼ぶ男にそう返され、大きな体を丸めるように引っ込んだ。 


 男の名は佐伯雅一さえき まさかず。超常能力実行局鹿児島支局、実動本部長。EXPERたちのトップに立つ人物である。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...