“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第35話 久美子、七変化?

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 S市内にある、とある洒落た喫茶店。流れる音楽はイージーリスニングであり、心が落ち着く。今の時間でもほどほどの入りだが、昼を過ぎると満席になるほどの人気店だ。 


 セピアの色合いを基調とした内装は、カウンターの向こう側に立つ髭面のマスターのこだわりなのだろう。アンティーク調の壁に囲まれた趣味の良いテーブル。その上に置かれたカップもまた上質な物である。味覚だけでなく、視覚的にも客を満足させようという店主の真心が伝わってくるではないか。学生から高齢者まで幅広いリピーターを生んでいる。 


 対面式の座席に、バーニング・ゼミナールのハンサム講師、元木憲剛は座っていた。注文はまだである。従業員の女性に“待ち合わせ"だと伝えてある。 


 “カランカラン" 


 ドアにつけられたベルの音。ひとりの女性が入って来た。ショートヘアにピアスが似合う細身の美人だ。 


「おまたー、憲剛くん」 


 と、明るく彼女。手を振りながら元木に近づいた。 


「おう、呼び出してすまねぇな」 


 立ち上がり、こちらも軽く手を上げるハンサム講師。 


「仕事、抜け出して来てくれたのかい?」 

「あン、いいのよォ。うちの店長、あたしには超甘いし」 


 女は、そう言い、元木の向かい側に座った。 


 ふたりからやや離れた窓際の席に野球帽を被った女がいた。変装した久美子だ。さきほどの“はんてんルック"ではない。スタジャンにジーンズ、スエードスニーカーというボーイッシュな格好がかわいい。美人は何を着ても似合うものである。 


 久美子はポケットからウォークマンを取り出した。いや、違うのだ。似ているが、それは音声出力の装置だった。繋いだイヤホンを耳につけると、音楽を楽しんでいるようにしか見えない。 


 実は久美子、先刻、元木とぶつかったとき、彼のジャケットの裾に超小型の盗聴器を取り付けたのだ。プライバシーの侵害であるため、使用許可がなかなかおりないのだが、今回は持ち出すことが出来た。それはなぜか?久美子はバロンの正体が元木ではないか、と疑っているのだ。 


 理由がある。背格好や声が似ていることもあるが、一戦交えたとき、バロンは隼人を“小僧"と呼んだ。あの美しい少年を男と見破れる者など、この世にいるだろうか?だが、バーニング・ゼミナール講師の元木ならば、知っていて当然である。現に彼は隼人にこう言っていたではないか。 


 “東郷くん、早苗くんに負けてはいけないよ。同じ『男子』として、今回は君の応援にまわってあげよう" 


 と。 


 また、元木は右肩を負傷している様子だった。そこは隼人が傘で攻撃した箇所である。戦場にもなったホステス、富井高子とバロンとの薬物取引現場はバーニング・ゼミナールの近くだった。そして、そのバーニング・ゼミナールという学習塾は今、幽霊騒動に揺れている。 


 これらの事柄の連鎖、偶然と片づけるには、いささか出来すぎている。幽霊を追う久美子が疑うのは至極当然と言ってよい。尾行し、監視してみようというわけだ。


 “カチッ……" 


 久美子はスイッチを入れた。イヤホンから二人の会話が流れてくる。 


 ──んじゃあ、これ、言われてた物ね 


 女が封筒を渡した。見ると、結構な厚みがある。 


 ──ありがとよ。お袋の入院費、なんとかなってるよ 


 と、元木。 


 ──おまえのおかげだよ。お袋、泣いて感謝してたぜ 

 ──数百万人に一人の病気ですものね。大変よね 

 ──だが、もう、これを最後にするよ。いつまでも、おまえに甘えるわけにはいかない。お袋を助けるのは息子である俺の役目だ 

「なに言ってんのよ!」 


 女は、ばんっ!と立ち上がり言った。大きな声である。客たちが見た。 


「す、すみません……」 


 恥ずかしそうに彼女、周囲に謝ってから再び座った。 


 ──憲剛くんのお母さんは、あたしのお母さんも同然なのよ 


 言って元木の手を握った。 


 ──あたしが手伝ってあげるから。ふたりでお母さんを治そ? 


 それを聞き、涙ぐむ元木。彼女の手を両手で握り返し、何度も何度も頭を下げた。 


 ──俺は……俺は幸せだぜ。おまえみたいな、いい女に出会えてよ…… 


 そして泣いた。見ると、女も涙を流している。 


 ──いいのよ。あたし、憲剛くんのためならなんだってするわ 










 午後十一時を少しまわったころ、元木の姿は、さきほどの喫茶店から少し離れた場所にあるハンバーガー屋にあった。客はまだ少ない時間帯であり、空席が目立つ。彼は隅っこのテーブル席に座り、ドリンクを飲んでいた。 


 そして、元木を追跡する久美子は、ターゲットに背を向けた角度で中央付近の席に座っていた。今の彼女は、ド金髪のカツラを被り、革のライダースジャケットを着たパンク女子スタイルである。同じ格好を続けると尾行と変装に気づかれてしまうため、着替えたのだ。メイクもキツめに決めている。それもまた、美しいのだが。 


 ──元木さん…… 


 清楚な女の声がイヤホンから流れた。久美子はコンパクトで化粧をなおすフリをして、鏡を傾けてみた。そこに映る声の主は長い黒髪をした品の良い美女だった。手にコートを持っている。 


 ──あぁ、来てくれたのですね…… 


 元木が言った。さっき喫茶店で会った女に対したときとはキャラが違う。バーニング・ゼミナールで講師をしているときの口調だ。 


 ──私、ずっと、会いたかったのです……とても、嬉しい…… 


 と、美女。 


 ──僕も…… 


 とは、元木。今度は実に爽やかな好青年ぶりだ。 


 数分、世間話をしたあと、美女はバッグから封筒を取り出した。 


 ──これ、使ってください。 


 こちらもかなり分厚い。やはり、“金"なのか? 


 ──ありがとう、でも…… 


 と言って元木は、美女の手を優しく押し返した。 


 ──これは受け取れません。いくら事業で失敗した父を救うためとはいえ、あなたから借りることなんて出来ません 


 盗聴中の久美子は白首をひねった。さきほどとは理由が違う。“母親が入院"とか言ってなかったか? 


 ──なぜ、なぜですの? 

 ──あなたのことを愛しているから……だから、だからこそ、受け取れないのです 

 ──そんな……私、あなたのためなら、どんなことだって出来ますわ。そう、死ねと言われれば、死ぬことだって…… 

 ──別れましょう…… 

 ──元木さん……! 

 ──父の借金は、いずれ僕が背負うことになるでしょう。あなたに迷惑はかけられない。だから…… 

 ──そんな……あなたを失ったら、私…… 

 ──もう、僕のことなんか忘れたほうがいい。あなたの幸せを、遠くから祈っています 

 ──私、“尼"になります…… 

 ──馬鹿なことを言っちゃいけない 

 ──そう、私は鳥籠の中で育てられた世間知らずの馬鹿ですわ。だから、こうする以外に道を知らないのです。尼になって、生涯、あなたの妻であり続けますわ…… 

 ──ああ、なんて、なんてことを…… 


 などと言いながら、涙した元木は美女の手を握った。かなりの演技派である。 


 ──あなたの、その清らかな精神に僕は惹かれたのです 


 そして、震える声で言った。久美子には嘘泣きとしか思えなかった。 


 ──元木さん……! 

 ──よいのですか? 

 ──はい 

 ──ありがとう、では、使わせていただきます 










 その後、夕方にかけて、彼はさらに三人の女と会った。彼女らの職業はそれぞれ異なる。OL、学校の先生、客室乗務員。みな、ことごとく美人であった。そして、元木が用意した理由もまた、それぞれに異なった。 


 “元木君、大怪我した弟さんのために、これ使って" 


 ファミレスでOLは、そう言い、大金を手渡した。 


 “憲剛、ごめんなさい。これだけしか用意出来なかったの。借金まみれの友達、助けてあげてね 


 映画館で学校の先生は、そう言い、大金を手渡した。 


 “モックンのためなら、なんでもするよ。これで、妹さんを風俗の世界から救い出せるの?" 


 公園で客室乗務員は、そう言い、大金を手渡した。 


 悪い意味で久美子は感心してしまった。まったく見事なものである。おそらくは交際しているであろう女たちから口八丁で金を巻き上げているのだ。みな、疑うことなく、そして、惜しむことなく元木に金を出した。卓越した集金能力ではないか。


 そんな久美子は、元木にバレぬよう、その都度、変装を重ねた。和服美人、男装の麗人、人気アニメキャラのコスプレ。美人だから、なにを着せても似合うものである。










 午後六時すぎ。晴れていた空も薄暗く暮れた。帰宅途中の学生や社会人たちがぽつぽつと見られる中、元木は駅前の広場に立っていた。まだ、女に会う気なのだろうか?いくら仕事とはいえ、監視する久美子は、いい加減、ウンザリしていた。また、歯が浮きそうなヤツのトークを聞かされることになるのか。そう思うと気がめいる。


 ネタが尽きたのか?元木の背中が見える位置に立つ、今の久美子はなんと、女子高生ルックである。本日通算七度目の変装。文字通りの七変化。紺のブレザーに身を包む彼女に違和感はない、はずである。なにせ、去年までは、ミッション系の高校に通っていたのだ。すれ違う人々の目には清純可憐な美少女に見えているに違いない。ちょっぴり恥ずかしくとも、そう思いたかった。


 日中に比べると気温が格段に下がり、吐く息も白くなった。行き交う人々の背中が丸くなり、マフラーや手袋をする者も出はじめる。馬鹿馬鹿しくなってきた久美子も帰りたくなった。本気でそうしようかと思ったそのとき、元木にまた“女"が近づいた。


 その女……いや、“女"と呼ぶにはあまりにも小柄である。“少女"ではないのか?久美子は美しい目を細め、よく見た。そして、驚いた。


 “元木先生!"


 耳にかけたイヤホンから聴き知った声がする。その少女、総理大臣になるのが夢、と語るバーニング・ゼミナールの塾生、友村早苗ではないか。
 
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